いのちのせんたく 第81話


ガサガサ、ザザザザザと大きな音と悲鳴を上げて遠ざかる人の気配をしばらく見つめていたスザクは、もう戻っては来ないだろうと判断し藤堂の元へと戻った。

「上手くいったようだな」

あまりにも簡単に事が進んだことに苦笑するしかなかった。

「ええ、これでもう追っては来ないでしょう。でもまさか、本当に藤堂さん達を頼って追ってくるなんて・・・」

僕にはいまだに信じられません。とスザクは息を吐いた。
なにせ相手は黒の騎士団の副司令。
ルルーシュの、いやゼロの次に権力を持ち、藤堂より上の地位の人物だ。だからそれなりの人徳と能力を兼ね備えているはずだが、藤堂の話を聞けば聞くほど、彼らはまさに無能だった。ルルーシュの反応も「だろうな」とでも言いたそうだった。
なんでそんな無能が高い地位に?
ルルーシュは優秀だ。面倒事は自分がやれば問題ないと、部下の能力には頓着しなかったのだろうか?

「だが、こうして着いて来た。彼の策のおかげで、無事縁を切ることが出来たな」

もし、事前に策を授けられていなかったら、追ってきたのに気づいた段階で間違いなく口論となっていただろう。いや、その前に円満に別れるという空気を作ることさえ出来ず、物資を分けることも上手く行かずにあの川原で罵り合いを続けていたか、最悪当身でもして一時的に気を失わせた隙に移動を始めたか。
どちらにせよ、扇達は意固地になり、必ずこちらの拠点を探しだそうとしたはずだ。
互いに刃物を所持している以上、口論だけではすまなくなる可能性さえある。
それ以上に問題なのは、どちらの拠点も海に近い場所にあることだ。
森を探すのをあきらめ、海岸にいるかもしれないと当たりをつけた扇たちが海辺にそって移動し始めれば、いずれ人の手が入ったあの海岸にたどり着いてしまう。
だから、扇たちには藤堂たちを探すという行動を取られては困るのだ。

「そうですね」

スザクは腕に絡みつく蛇はそろそろ邪魔だなと、その左手に力を込めた。すると、蛇はぐったりと力を無くし、するすると腕から離れていった。

「殺したのか?」
「いえ、気絶させただけです。ここで殺したら鮮度が落ちますから」
「なるほど、では運び方を考えなければな」
「そうですね、頭を固定してその竹に縛り付けてもいいですか?」

頭を固定させ、縛ってしまえば噛まれずにすみますよ。
木箱を運ぶために固定していた二本の竿を指差したので、たしかにこれに縛り付けてしまえば、荷物と一緒に運べるなと藤堂は頷いた。

「そうしよう。どれ、縛るものを探してくるか」
「ロープを持ってきてます」
「準備がいいな、ではスザクくん蛇を持ってきてくれ」
「はい」

スザクたちの所に行くということは、ブリタニアの軍門に下るという意味なのに、二人のやり取りはあまりにも自然で、対等の立場・・・いや、どちらかと言えばスザクが下という立場で交わされる会話に、朝比奈と仙波は狐につままれたような顔をした。
直ぐ側に隠していたリュックを持ってきたスザクは、ロープを取り出すと、藤堂とともに竹の棒に大蛇を縛り付けていった。

「スザクくん、此処から先は荷物を運ぶのを手伝ってくれ」

仙波は限界が近いし、朝比奈の体力も危ういため、藤堂が頼むとスザクはあっさりと了承した。むしろ一人で運ぶとさえ言い出したため、仙波と朝比奈はますます困惑した。一人で運ぶということは両手が使えなくなるということだ。いくら招き入れたとはいえ敵である黒の騎士団の前で無防備になるなどありえないだろう。

「ここを発つ前に、食事にしましょう」

放置していたことで火の勢いが衰え、くすぶっていた火種に薪を足すと、スザクはリュックの中から竹の筒を4本取り出した。かなり太く短いその竹筒は上下が分かれる構造らしく、一度蓋部分を開けた後、中に水を加えて再び蓋をし、それらを焚き火の傍に並べた。

「温まるまで少し待ってくださいね。水は足りてましたか?」
「いや、そろそろ無くなりそうだ」
「じゃあ、そちらは空にしてください。皆さんの分も持ってきてますので」

そう言って、リュックからまた竹の筒をだし、これは全員に手渡された。
たぷんという感触が手に伝わってきて、水が入っていることがすぐに解った。
食事ということはあの竹の筒の中身は食べ物なのだろう。
そして水。
予想外の待遇に、仙波と朝比奈はどう反応していいのかわからず戸惑っていると、藤堂は迷うこと無く持ってきた分を空にし、渡された水に口をつけた。3時間近く歩いたのだから喉は乾いている。それはわかるが、敵が差し出したものを迷わず口にしたことに驚きが隠せなかった。

「水はもう1本ずつ用意してますから、足りなかったら言ってくださいね」

ラウンズのマントを外し、焚き火の傍で竹筒の様子を見ながら回転させているスザクを見ながら、今更警戒しても仕方がないと、仙波と朝比奈も渡された水に口を着けた。
程なくして、表面が焦げた竹の筒をスザクが運んできた。

「熱いですから火傷に注意してくださいね」

表面が焦げた竹筒は熱く、よく見ると切れ目が入っていて、そこから熱い蒸気を吹き出していた。渡された竹製の箸に更に驚かされた。今まで箸の代わりに手頃な枝を使っていたが、この箸はそれとはまるで違う。竹を使いやすいサイズに切りそろえ、角を丸めたそれは、まさに食事のための道具だった。
全員に配り終わった後、スザクは自分の分を手に取り、岩場に座った。

「いただきます」

手をあわせた後、火で炙っていた竹を手にし、ぱかりと蓋を外した。
白い湯気と共に美味しそうな匂いが辺りに充満する。それを真似て自分の蓋を開けると、懐かしい香りが鼻を突いた。箸を手に持ち、恐る恐る中を確かめると、茶色の汁の中に、野菜と魚がゴロゴロと入っていた。

「・・・スザクくん、これは」
「驚きました?僕も驚かされました。まさかルルーシュが味噌まで作ってるなんて思ってませんでしたから」

味噌。
そう、これは味噌の香り。
白身の魚の切り身とジャガイモ、だいこん、小さい川海老も入っている。他にも野菜が入っているが、何かはわからなかった。
所狭しと入っている野菜はしっかり火が通っており、箸がすっと入っていった。この短時間で火が入るとは思えないから、一度下茹でをしているのだろう。

「お弁当を用意してくれるっていうので、お味噌で何かをって強請ってみたら、これを作ってくれました」

イメージは味噌汁というより、一人用の鍋だそうです。

「味噌をこの環境下で・・・流石だな、ルルーシュくんは」

頂きます、と手をあわせ藤堂は味噌汁を口にした。 野菜、魚、海老と昆布の出汁がよく出ていて美味しく、何より温かい。

「やはり美味しいな」

しみじみと言われた感想に、スザクは我が事のように嬉しそうに笑った。

「味噌を、作った?」
「この島に人が住んでいたのですか?」

いただきますと手をあわせ、口にした料理に驚いた二人の問に、藤堂とスザクは顔を見合わせたあと苦笑した。

「いや、彼らの拠点も我々とほぼ変わらない。だが、彼らはあの環境下でも、これだけのものを作っているということだ」
「ブリタニア人なんですよね?なのに味噌を?」

ブリタニア人に味噌と醤油は馴染みが薄い。
だが、先ほどスザク以外はブリタニア人と言っていたし、藤堂たちが口にする名前もブリタニア人のものだった。

「ルルーシュは戦前から日本に住んでますから、日本食は元々得意なんですよ」
「戦前、からですか」

仙波は眉を寄せ、ふむ、と少し考えてからホクホクのじゃがいもを口にした。

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