いのちのせんたく 第82話


人の気持ちとは不思議なものだ。
疲労と空腹で弱っていた体に、暖かくて美味しいものを与えると、自然と気持ちも穏やかになり、顔も綻んでくる。塩気のきいた濃い目の味付けに、体が喜んでいるのが解った。その時ようやく、ああ、我々は塩分が足りなかったのかと思い至った。水と塩は生きていく上で必要なものだというのに、この奇妙な場所での生活に惑わされ、そんな当たり前なことにも気づけないほど視野が狭くなっていたのだ。
一口、また一口と食べ進めるごとに、苛立ちささくれていた心が落ち着き、先程までとは自分の心境がガラリと変わっていることに気づかされた。

「それで、どれだけのブリタニア人・・・いえ、軍人がいるんですか」

あちらの状況を教えてほしいと尋ねると、ああ、そうだったなと藤堂は言った。
その口調は、あまりにも軽く、穏やかで、これから敵陣に向うというのに、不安も、悲壮感も何も感じられなかった。
冷静になって解ったことがある。
藤堂はあまりにも冷静すぎるのだ。
生きるため敵に頭を下げ、助けを請い、共生させてもらうようには見えない。

「軍人というのであればスザクくんだけだ。そしてあちらにいるブリタニア人は二人、スザクくんと合わせて三人で行動していた」
「二人、ですか!?」

あまりにも少ない人数に、仙波は驚きの声を上げた。
なにせこちらは元軍人が三人なのだ。
敵である黒の騎士団を受け入れるのだから、こちらを押さえ込めるだけの人数と、軍人がいると思っていた。だからこちらを受け入れる条件として、奴隷のような扱いを受けることも覚悟していたのだ。ただ、女性も合流するため、彼女たちの身の安全は再優先でと、そのあたりも考えていたのだが、聞き間違いでなければ、女性が増えれば完全に人数はこちらが上回る。しかも軍人はスザクだけ。ありえない話だと仙波と朝比奈は顔を見合わせた後、スザクを見た。

「ええ、間違いありません。あの二人はあまり体を動かすのは得意ではないので、藤堂さんたちが来てくれるのは助かります。・・・実は、ルルーシュが昨日熱を出しまして」

眉尻を下げ、困ったようにスザクが言うと、藤堂は眉を寄せた。

「そんな状態で、この弁当を用意してくれたのか?」

どうやら話題に上がったルルーシュという人物が、料理関係を仕切っているようだった。このような場所で、これだけしっかりとした美味しい料理を作る者がいるだけでも驚きだが、日本人好みの料理をブリタニア人が作ったことも驚きだった。

「今朝は熱も下がって動けるようになったので・・・」
「つまり、熱がある間は動けなかったのかな?」

鋭いところをついてくるなと、スザクは正直に頷いた。
隠していても仕方がないし、またルルーシュが動けなくなる可能性はあるのだ。
できるだけルルーシュの状況を理解してもらっていた方がいい。

「・・・はい。自力では殆ど」

足をくじいても動こうとし、スザクとクロヴィス、ラクシャータに叱られていたあのルルーシュが、自力で動けなかったというのは、どう考えてもいい状態とは思えない。
そして今拠点にはクロヴィスとルルーシュの二人だけ。
何かあったら対処できるとは、とてもではないが思えない。

「ならば早く戻ったほうがいいだろう。動けるからとまた無理をしかねない」
「クロさんが見張っていますが、早めに出発できるならお願いします」

この会話だけで、料理を用意したルルーシュは体を壊しており、クロさんと呼ばれた者が世話をしていることもわかった。
どう考えても、そんな三人ではこちらを抑えこむのは不可能。
なのに招き入れるのか?
ブリタニア人が。
ブリタニア軍人が。
敵である黒の騎士団を。
藤堂達が彼らを力で脅し、嫌々こちらを受け入れるのではなく、こちらの労力に期待していることも、藤堂が相手を心配している様子から、険悪な空気など無いこともよく分かった。

「そうだ、これだけは二人に覚えていてもらわなければな」

藤堂は改まった口調で朝比奈と仙波を見た。

「ルルーシュくんはスザクくんの親友で、戦前から日本に住んでいる。私は彼とその頃知り合っているのだが・・・」

藤堂と戦前から面識がある。
だからこそ藤堂を受け入れるという流れになったのかと、仙波は理解した。

「ルルーシュくんは、ブラックリベリオンで頭に怪我をし、幼い頃の記憶が混濁している。だから昔の話は振らないようにしてくれないか。おそらくその時の怪我が原因で、身体を悪くしていると思われる。見た感じは普通だが、彼には今痛覚がなく、疲労していることも、体調を崩している事も自分ではわからない状態だ」
「・・・そんな状態でこの場所で?」

自分たちでさえ疲れきっているこの生活に、体に問題を抱えたものが?と、朝比奈と仙波は驚いた。だが同時に、敵である自分たちを招いてでも人手を欲していた理由にも納得できた。ろくに動けないだろう人を抱え、残り二人で生きるにはこの環境は楽とはいえないだろう。体力仕事はスザクの役目のようだが、言い換えればスザクが怪我や病気をしてしまえば手詰まりになる。

「多分疲れが出たんだろうと思いますが、しばらくは無理はさせられません。もしルルーシュが何かをしようとしているのを見かけたら、手伝ってあげてください」

そんな人間相手なら、手伝うのは当たり前だと、二人は頷いた。

「スザクくん達から出されている条件はそう難しいことではない。一つは今話したルルーシュくんのことだ。彼が作業していれば、出来る限り手伝うこと。そして、先ほども言ったが、過去の話はしないように。こんな環境下で症状が悪化してはことだからな」

ラクシャータが合流すれば、彼女が体調管理をすることになるが、我々全員で彼の体調の変化には注意しなければならない。その言葉にも二人は素直に頷いた。

「もう一つは、そのルルーシュくんがあちらの拠点ではリーダーとなる。彼が何かを指示した時には、無理な内容でない限り従うように」
「そのルルーシュという人物が、その拠点のトップに?」
「そういうことだ。彼は頭も良く、全体を把握し指示をだす、リーダーとしての才能がある。スザクくんとカレンくんが通っていた学園で生徒会の副会長をしているそうだ。おそらくその経験が生きているのだろう」
「生徒会の?紅月とも知り合いということですか?」
「ええ、カレンもルルーシュのことは、よく知っています」

なるほど、カレンと藤堂がお墨付きを与える人間がいるから纏まったのかと理解した。

「ルルーシュくんがトップになるのは、こちらから出した条件になる。ブリタニア軍のスザクくんたちと、我々黒の騎士団が共に生活するには、どちらに対しても平等な視点を持てる者が好ましい。そして実際に彼はスザクくんとカレンくんの上に立ち、二人を使う立場だったし、長年日本にいるためどちらかと言えば思考は我々に近い」

戦前からということは、あの戦争を体験しているということ。
主義者の多くはそんなブリタニア人だと聞く。

「後は扇たちの事だが、それはまた後で話そう。皆食事は終わったようだな」

話をしている間に、全員綺麗に完食していた。
これだけ美味しいものだから、箸が止まらなかったのだ。

「休憩はここまでにして、先へ進もう」
「ここから3時間ほどかかりますので、水は各自で持ってくださいね」

食べ終わった竹の食器類をまとめ、リュックに仕舞いながらスザクは言った。



扇たちは木の傷を頼りに拠点に戻ります。
でも3時間水なしに近いから、きっと死にかけてるんじゃないかな(遠い目)
自業自得だし、こんな話だから瀕死はあっても死なないですけどね。



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