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「君がセンバで、君がアサヒナかな?私はクロヴィス・ラ・ブリタニア。ブリタニア人と日本人というわだかまりはあるだろうが、今はそのことを忘れて、ここで共に生きるために協力をして欲しい」 ロイヤルスマイルを浮かべ、自己紹介した男の名は予想通りのもので、他人の空似ではなく本人なのか?あるいは悪戯か?と、二人は完全に混乱していた。 クロヴィスならば敵だ。 いや、それ以前にクロヴィスはすでに死んでいる。 大々的に葬儀が行われ、ゼロもまた自分が暗殺したと宣言をしているのだ。 そのクロヴィスがここにいるはずがない。 ならばやはり他人の空似、その名前を語る誰か、あるいは・・・幽霊ということになる。 もし後者であるなら、死者であるクロヴィスがいる以上、ここは死者の国、あるいはその手前で、この川は三途の川ということになる。太陽の光を反射し、キラキラと輝いていたはずの水面が、色のないドロリとした液体に見えた。 みるみると顔色を無くした二人に、ああ、これは困ったなとクロヴィスは藤堂を見ると、解っているというように、藤堂は頷いた。自分も実際に経験したことだから、二人がこういう反応となることは解っていた。だからこそ、あえてクロヴィスのことを知らせずに会わせたのだ。もし自分が事前にクロヴィスの存在を知らされていたら、間違いなくこちらを貶めるための罠だと判断し、合流することを拒んだだろう。 普通に考えるなら、死者であるクロヴィスがいる場所なら、ここは死者の世界、あるいはそこに至る道と考えられる。クロヴィスそっくりの人間を使い、こちらに死の国だと思わせ、気力を奪おうとしているのだとでも考え、警戒しただろう。 だが、こうして本物を目の当たりにしてしまえば、そんな考えは一瞬で吹き飛ぶ。 偽物にはない、皇族の威厳がこのクロヴィスにはあるのだから。 さて問題はここからだ。どう説明するべきかと思わず顔を見合わせた時、釜戸に火を入れていた人物が立ち上がった。 「兄さんの説明には時間もかかるだろうから、先に藤堂達は温泉に入ってくれないか。日が暮れるまでにやっておきたいことが幾つかある。話し合いは夕食の時にしてもらえると助かるんだが」 そう言いながらこちらへ振り向き、近づいてきた人物に、仙波と朝比奈は思わず息を呑んだ。スザクもクロヴィスも間違いなく、「人が羨むような美形」という分類に入るのだが、この黒服の人物はそんな二人が霞むレベルだった。 日本人にもなかなか見られないほど美しく艶やかな黒髪に、世の女性が欲するだろうシミひとつ無い透き通る白い肌と、瞳を囲む長いまつげ。長い手足は男女ともに憧れるほどで、その体は女性でもなかなか見られないほど腰が細い。 その顔も恐ろしいほどに整っていて、男だということを忘れて見惚れてしまう。 予想よりも低い声だが、落ち着きがあり耳に心地いい。 消去法でいけば、彼がルルーシュなのだろう。 記憶の混濁に加え体を壊している上に、これだけ線が細いとなれば、心配するのは無理は無い。そして見た感じ運動は苦手なタイプだろうと、仙波は簡単に分析をした。 気になるのはクロヴィスらしき男を兄と呼んだことだろうか。 朝比奈の方は、口をあんぐりと開けて驚き見入ってしまっていて、その様子をクロヴィスはおやおや?というように苦笑しながら見、スザクは不愉快げに眉を寄せ、ルルーシュがそれ以上朝比奈に近寄らないように、さりげなくルルーシュの行動を制した。 さりげなく、というのはあくまでもスザク視点の話で、歩みを止められたことにルルーシュは気づいており、相手は黒の騎士団だから警戒しているのだろうと判断し、気づかないふりをした。 「やることがあるなら、日が高いうちにやってしまったほうがいいのでは?」 藤堂の提案に、ルルーシュはゆるく首を振った。 「いや、まずは体を休めてくれ。いま着ている服も日が高いうちに洗えば、夜までには乾く。ここにいるのは男だけだから、服が乾くまではバスタオルを巻いていてくれ」 藤堂達は扇達とは違い、温泉が見つかる前も水浴びはし、定期的に服を洗ってはいたが、どれも水洗いだけなので、言いたくは無いがかなり臭う。加齢臭というよりは不衛生な状況でいた事による獣臭さなため、とりあえず体をしっかり洗い、衣服も洗って欲しいのだ。とはいえ、ルルーシュたちのように着替えがあったわけではないから、こればかりは仕方が無いのだが。 「ならば、毛布も洗ってしまったほうがいいな」 「ああ、洗えるものは洗ってくれ。バスタオルもこちらのを使って、そちらのは洗って欲しい。朝比奈は兄さんの着替えなら着れるかもしれないな、兄さん、服を借りても?」 藤堂と仙波は無理だが、朝比奈ならクロヴィスの服を着れそうだ。 「構わないよ、持ってこよう」 ブリタニアの頂点に立つ皇族、クロヴィスがあっさりと自分の持ち物をイレブンに貸すことを承諾し、その上自分で持ってくるとまでいったので、仙波と朝比奈は本当にクロヴィスなのかと疑いの眼差しを向けた。 同じように疑った覚えのある藤堂は、二人の反応に苦笑するしか無い。 「いえ、俺が取りに行きます。洞窟にはロープも取りに行く必要があるで。スザク、手を貸してくれないか」 「うん、わかったよ」 ルルーシュがこの場を離れることに安堵したのか、スザクは嬉しそうに頷いた。 「すまないな、お前も疲れているとは思うが」 「全然疲れてないよ。ほら、行こうルルーシュ」 朝比奈の視線が気に入らないスザクは、ルルーシュを急かしその場を後にした。 「では、我々は温泉にはいろう」 温泉に入り、衣服と毛布などの布類を洗い、干す。 そして休憩する。 それがこの場のリーダーであるルルーシュの命令なのだ。 その上、藤堂まで同意を示した以上、二人は従う以外ない。 何より、これらのものは自分の所有物。 汚れているから洗えと言われれば、洗うのは当然のことだ。 「ところでクロさん、ルルーシュくんが昨日熱を出したとか」 あのクロヴィス相手にクロさんと親しげに呼び、平然と会話そする藤堂に、二人は驚きが隠せなかった。藤堂に話しかけられたことで、クロヴィスは眉尻を下げ、暗い顔で深いため息を吐いた。 「そうなんだよ藤堂、聞いてくれないか。あれだけ無理をするなというのに、あの子はこちらが目を離すと、すぐに何かを始めてしまうんだよ」 感覚が狂っているルルーシュ本人は無理をしていないつもりのようだが、どう考えても今の体にはオーバーワークだった。クロヴィスとスザクが目を離せば、煩いのがいなくなった隙にと、何かしらの作業を始めてしまう。 「その結果、熱を出したと」 「微熱は普段からあるのだが、昨日はかなり高くてね。今回のことで解ったのことは、高熱を出すほど体調を崩せば、身動きを取ることさえ出来ない状態になる、ということだね」 スザクが大げさに話したわけではないのかと、藤堂は納得したように頷いた。 この短い間で解ったことだが、スザクはルルーシュに対して過保護になっている。クロヴィスも過保護だが、恐らくそれ以上だろう。今も朝比奈と仙波との接触でゼロの記憶が、というよりも、ルルーシュに危害を加えかねないと接触を拒んでいるように見える。 だから、過保護な彼が話すルルーシュの体調は事実とは異なり、大げさに話している可能性を疑ったのだが、本当に動けなくなっているのなら、ルルーシュに関しては自分の認識以上に調子が悪いと考えたほうがいいだろう。 もしかしたら、スザクやクロヴィス並みの過保護がちょうどいいのかもしれない。 「その箱に石鹸なんかは入っている。私は君たちが持ってきた荷物の方を確認させてもらうよ」 少しでもルルーシュの負担を減らすためにね。 その言葉に、藤堂は頷き温泉へ向かった。 |