いのちのせんたく 第88話


テーブルの上に所狭しと並べられた料理はどれも美味しそうな香りを漂わせており、誰のものかわからない腹の虫が聞こえてきた。ルルーシュ以外全員が恥ずかしそうに笑ったため、皆のお腹がなったのかもしれない。
その様子が、おかしくて皆は楽しげに笑った。
今この場には人種に寄る隔たりも、敵味方だという蟠りも一切なく、労働をし腹をすかせた者たちが食卓を囲んでいた。

「さあ、冷めないうちに食べてくれ」

クスクスと笑っていたルルーシュの許しが出たので、いただきます、と手を合わせたあと食事を開始した。暖かくおいしい食事は、お腹だけではなく心も満たしていく。 いままで味付けなど無い、素材をただ煮こむか、焼くかだけだった生きるための食事が、この一日でガラリと変わった。戸惑いはまだあるが、それ以上に食欲が勝り、皆夢中で箸を進めていった。朝比奈と競うように動いた上に、ルルーシュが自分の知らない場所で彼らと接触することを警戒し続けていたスザクもまた、今日は何時も以上によく食べた。クロヴィスはというと、いつも通りのんびりと優雅に食事を進めているから、こちらはさほど疲れてはいないらしい。
全員の様子を把握した後、ルルーシュは話を始めた。

「皆、食べながら聞いて欲しい。明日からの予定だが、先程も話したように今いるこの場所に仮設の住居を立てる」

今いる場所。
洞窟前の平で広いスペース。
いままではルルーシュの調理場所と、こうして食事をする場所、そしてクロヴィスの作業場が設けられていたのだが、それらを撤去し、住む場所を作る。
スペース全てを使うのではなく、その2/3程を使い、残り1/3は、今まで通り調理や食事の場とする。クロヴィスの作業場は、仮説住居の中となる。
前回の大雨を考えると、この場所か、あの高台の岩場どちらかに作るしか無く、高台の岩場に作った場合、大雨で洞窟と分断されてしまう。やはり何があるかわからない以上離れるのは避けたほうがいい。となればこの場所に作るいがいないのだ。

「とはいっても、あくまでも一時的なものだ。女性たちが無事ここに到着してから、折を見て木造の住宅を建設する」

こちらの拠点にはのこぎりがあるし、周りには木材となる木々が豊富に生い茂っている。自分たちだけなら家を用意する必要はなかったし、なにより労力を考えて無理だと判断したが、男手がこれだけ増えたなら、しっかりとした居住空間を作ることが可能だ。暫くの間仮設住宅は男が使い、洞窟は女性が使う。だが、木造の家が建てば、そちらの女性を、洞窟を男たちで使いながら増築していく。まず目指すのは、全員がゆっくりと体を休めることのできる場所づくりだろう。

「とはいえ、それはまだ先の話だ。明日作るのはあくまでも竹を組み合わせた家になる。その後はトイレの増設だな」

男女が同じトイレなのは、多分彼女たちの性格上何も問題無いだろうが人数が増えれば一つでは足りなくなる。

「罠はどうするの?」
「ああ、罠は明日の朝設置しなおしてくれ。今の食料だけでは足りなくなるからな」

今日も川と海に罠は仕掛けていない。
もし魚がかかっていても、処理する時間がなかったからだ。
保存食に余裕はあるが、またいつ大雨が降るかわからない以上、保存食は今の4倍は用意したいし、これだけ人数がいれば捌くのも時間はかからないだろう。藤堂たちが捌いた大蛇は現在干している。それらは明日、燻製にする。畑も広げたいし、保存の効く野菜類も集めてしまいたいが、全てを一気になど無理な話だ。
衣食住。
衣は現状ではどうにもならない。素材となるものもまだ見つけられないからだ。食には余裕があるから、消去法でもまずは住から。

「藤堂は予定通りカレンたちと合流を。昼食も人数分用意するから、持って行ってくれ」

ただ、この場所には完全密封できる容器類はない。使用するのは切り出した竹筒だから持ち運びには注意が必要だ。そのへんは実際に運んだスザクが説明をした。その後も明日の予定を上げていき、全員それに納得し食事は終了となった。
食後のお茶はレモンバームを使ったハーブティ。若い葉に熱湯を注いだだけのお手軽ティーだが、リラックス作用や精神安定、皮膚炎の治療や疲労回復などの効果もあるため、精神面だけではなく肉体面においても今の彼らに必要な効能を持っている。
さわやかな香りもまた、彼らの疲れを癒やしてくれるだろう。
暗くなり、全員で洞窟で休むという話をしたが、藤堂は今日のところは我々は外で休みたいと言ったため、ルルーシュ、スザク、クロヴィスが洞窟内で、藤堂、朝比奈、仙波は洞窟の外で休むこととなった。
理由は簡単だ。
合流したばかりの朝比奈と仙波に、全てを理解し、全てを信じろとは言えない。
突然同じ洞窟内で休めと言って、ゆっくり休めるとは思えない。
ルルーシュたち抜きで、彼らだけで話たいこともあるだろう。
その意図に気づいたからこそ、ルルーシュは承諾した。
クロヴィスとスザクは理解できなかったらしく、スザクは「外より中のほうがいいですよ」と、藤堂を説得してたが、ルルーシュに引っ張られて洞窟へと入っていった。




ぱちぱちと薪がはせる音を聞きながら、三人は顔を見合わせた。
騒がしかった洞窟内が静かになったので、どうやら3人は寝たらしい。それが理解ると知らず緊張していた体から力が抜け、朝比奈と仙波は深く息を吐いた。美味しいものを食べ、お風呂に入り、お茶を飲んだからだろうか。 休憩と言っても座る程度のものしか無かったというのに、仙波と朝比奈の顔色はあちらの拠点にいた時よりずっと良く、まだどこか疲れた表情はしているが、以前ほどではない。その顔には確実に生気が戻ってきていることに藤堂は気がついた。

「ここに来てまだ半日ほどだが、何か問題があったらなら言って欲しい」

トラブルに成ることはできるだけ避けなければならない。
特に、体を壊しているルルーシュに関わることは。
ブリタニア人ではあるが、自分たちの、黒の騎士団のトップでもあるのだから、いまこの場で彼と険悪な空気になることも避けたい。
藤堂の問に、仙波と朝比奈は顔を見合わせた。

「予想外だった、としか言いようはありません。ブリタニア軍が我々を騙している可能性を考えていましたが・・・ここを取り仕切っているのは間違いなくあの少年でしょう」

この場で指揮をとるのは誰の目から見ても学生であるルルーシュだった。全員の行動予定を全てたて、指示をだすのもルルーシュ。ブリタニアの皇族、ブリタニアの軍人、黒の騎士団の幹部を前にしても、遠慮などすること無く当然のようにその上に立って指示を出している。あれを演技だとも、その後ろに他の誰かがいるとも到底思えなかった。
間違いなくこの場を取り仕切っているのも、この拠点をこれだけ整えたのも、あのブリタニアの少年だとわかる。食事もただ煮て焼くだけではない。食べる者達の体調や趣向も考え、栄養面も考えた上でしっかりとした料理を用意していた。このサバイバル生活で、料理を。そちらを取り仕切っているのも、ルルーシュだった。

「問題があるとすれば、そのルルーシュくんの体のことですな」

食糧の心配は、ルルーシュの説明とスザク、クロヴィス、藤堂の話を聞いたためさほど心配はしていないし、これだけの人間がいて、お荷物がいないのだからいまから集めることになってもどうとでもなるだろう。住む場所に関してもルルーシュが考えていたので、それをどう形にするかだけだ。この場所が恵まれていたのか、あるいは探索がされたからなのか、道具は一通り揃っているようなので、どのような形になるかさえ決まれば、あとは人海戦術でどうにでもなる。
となればやはり問題となるのは、この状況を、この安定を生み出している柱であるルルーシュの体調だ。彼が崩れれば、この安定も崩れるだろう。動きすぎる、働き過ぎる、手を貸してあげて欲しいとスザクと藤堂が言った意味も今なら理解できる。・・・あれだけの量の夕食を一人で用意するとは思わなかった。柵を作り終わったら手伝うつもりでいたのに、自分たちが行った時にはもう殆ど終わっていた。それを見て、スザクとクロヴィスは後はやるからと休ませようとしたが、頑として聞き入れなかった。手が早いのもあるのだろうが、何をするにしても自分がやらなければ、自分が率先して動かなければという意志が伝わってくる。
・・・扇達に爪の垢を煎じて飲ませたいほどだ。

「彼の体調に関しては、私もまだはっきりと解っていないが、痛覚が無いことだけは解っている。先日ここに来た時には、足を挫いていたことにも気づかずに、腫れ上がった足で歩きまわっていた。くれぐれも、彼には危険な作業はさせないように。・・・スザクくんが一緒にいるだろうから、彼のことはスザクくんに任せるのが一番だろう」

藤堂の言葉に、朝比奈は不愉快そうに眉を寄せたが、何も言わなかった。藤堂が日本を裏切ったスザクを高く評価していることが気に入らないのだろうと仙波は判断し、スザクと朝比奈が衝突しないように見ていることにした。藤堂の判断は間違っていない。どこまで大丈夫で、どこからが無理なのか。その判断はずっと一緒にいたスザクとクロヴィスに任せる方がいい。

「ルルーシュくんのこと以外では、まだ問題はなさそうだな。ならば休むことにしよう、明日はラクシャータ達もここに来ることになるからな」

少しでも体力を戻しておかなければ。
仙波と朝比奈も同意し、眠ることとなった。
屋外での睡眠という状況は今までと変わらないというのに、この日彼らは久しぶりに熟睡することが出来た。


***

ルルーシュは平常運行だ。
明日は仙波と家造りの話し合いだと意気込んでいる。
藤堂が来たことで、スザクははしゃいでいるんだなと考えている。

スザクは気疲れした。
朝比奈がルルーシュを意識し始めていることを敏感に察知している。
朝比奈が藤堂に親しく?擦り寄っているのが気に入らない。

クロヴィスは平常運行だ。
これでルルーシュも楽になるだろうと気楽に考えている。
朝比奈とスザクの仲がが悪いのが気になっている。

藤堂はようやく一息つけたと安堵している。
朝比奈がピリピリしているのが気になっている。
朝比奈とスザクが仲良く競い合っているように見えている。
仙波とルルーシュは上手くやれそうだと思っている。

仙波は緊張し高ぶっていた神経が落ち着いたことに気がついた。
ルルーシュの体調を気にしている。
朝比奈とスザクが衝突しそうだと警戒している。

朝比奈はやる気を取り戻した。
藤堂にいいところを見せたいのに対抗してくるスザクがウザいと思っている。
ルルーシュの傍にいるスザクがウザいと思っている。
スザクがいなければいい場所なのにと不満を感じている。


・・・といったところでしょうか。
とりあえず、ルルーシュと藤堂の取り合いをスザクと朝比奈がする形で、不穏な?空気は残してみた。それに気づかないルルーシュと藤堂。そっち面では二人は似ていると思います。

これがゲームだったら、数時間もかからずに家が完成しますよね。
ゲームによっては次の瞬間完成してますよね。
現場監督に仙波、そして藤堂とスザクが動けば・・・木材さえ用意しておけば半日で作れそうな気もしなくもない。カレンもいるから余裕か?

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