いのちのせんたく 第90話


「・・・貴様、いま何と言った?」

ヴィレッタは、聞き間違いかと眉を寄せながら聞き返すと、C.C.は鼻で笑いながら「なんだ、お前耳が悪いのか?」と馬鹿にするように言った。カチンと来たヴィレッタは、眉間に深いシワを刻み、ズンズンと今にも殴りかかりそうな勢いで近づいてきたが、C.C.はヴィレッタが脅迫されたとはいえ黒の騎士団に、いや、ゼロに寝返ったことを知っている人物。後ろで様子を伺っているコーネリアの耳に入った時、全力で否定すればどうにでもなだろうが、不安要素をわざわざ作る必要はない。そう思い留まり、振り上げかけていた拳を降ろした。
そんな葛藤を見透かすように黄金の瞳は、楽しげに細められた。

「仕方ないな、もう一度だけ言ってやろう。私たちは今日、この場を去る」

C.C.は、今度はちゃんと聞き取れるように、ゆっくりと答えた。
この場を去る。
聞き間違いでも勘違いでもなく、ここを出て行くと言ったのだ。
少し離れた場所で朝食の準備をしている他の騎士団員たちは何時もと変わらない様子に見えるが、私たち、と複数形なのだから、団員は全員連れて行くのだろう。となれば、ここに残るのはコーネリア、ヴィレッタ、セシルの三人だけとなる。
敵である黒の騎士団と離れられるのだ。
それは喜ばしいことではあるのだが、同時にたった三人でこの不気味な土地で暮らすのかと思うと、不安が胸のうちに広がった。

「ほう、ここを離れるというのか」

後ろで話しを聞いていたコーネリアが、確認するように聞いてきたので「そうだ」と、答えた。コーネリアからすれば、文句を言いながらも自分たちの世話をする従者が減ることになる。それが不満なのか不愉快そうに眉を寄せた。

「ここを離れてどうする。水場がなければ生きてはいけないだろう」

水は必要不可欠なものだ。水がなければ数日と持たずに死んでしまうだろう。海水を用いればどうにかならなくはないが、恐らくコーネリアにはそこまでの発想はない。川の水を飲む際に煮沸する必要が有ることも知らなかった皇女様だから、塩辛い海水を飲水に変えたり、水分の多い雑草類から水を取り出すことさえ想像はしないだろう。

「心配無用だ、新たな水場を見つけた。私達はそこに行く」
「水場だと?海に出るのではないのか?」

ヴィレッタは、川ではなく海辺で生活するものだと考えていたらしい。だが、それは否定する。となれば川の上流か、下流かと問われたが、それも否定する。

「全く別の場所だ。だから、ここを発つ際には、ここにあった物資をいくらか持っていく」
「何を勝手なことを!この場の物資は我々の、コーネリア様のものだ!」

ヴィレッタが吠えるが、C.C.はすっと目を細めてそれを制した。 やましいことのあるヴィレッタは、たったそれだけで思わず口を閉ざしてしまう。
自ら魔女と名乗る黄金の瞳の少女。
皇帝が、あれほど大掛かりな罠とルルーシュというエサを用意してまで捉えようとしている人物。何より、ヴィレッタの秘密を握っている相手。
魔女を名乗るだけあり、感情の見えないその眼光にはヴィレッタの言葉を止めるほどの何かがあるのだろうとコーネリアは考え、ヴィレッタに下がるよう命じた。話をする相手に対して、畏怖の念を抱いた者にまかせられない。

「出て行く事は止めないが、ここの物を持ち出すことを容認する訳にはいかないな」
「持っていくのは、私たちの寝袋類」

コーネリアの言葉は無視し、C.C.は話を続けた。
寝具は各自の所有物だ。
持って行くには当然なのでコーネリアは反論しなかった。

「この拠点の刃物は4本、そのうち2本残していく。全て同じ形のものだから、一番切れ味のいいものを残していこう」

黒の騎士団は4人で2本。
ブリタニア軍は3人で2本。
ここで駄目だと言うこともできるが、コーネリアはしばらく考えた後、是と答えた。人数あたりの刃物の割合はこちらが多いし、すでに刃が 欠け切れ味が鈍り、使われなくなったものがある。それを自ら選んで持っていくというならば、大した問題はないだろう。
予想通りの反応だとC.C.は目を細めた。

「鍋は・・・そうだな、あの大鍋だけでいい。他は残していこう」

C.C.が指差した先にある鍋は、大きすぎて殆ど使われていない鍋だった。水をくんだり、手に入れた山菜を洗うときに使うことがある程度だ。ここには他に使い勝手のいい鍋が幾つもあるが、C.C.はそれだけでいいという。あまりにもこちらが有利な条件に、コーネリアは訝しむように目を眇めた。

「・・・何を企んでいる?」
「普段使っている物を持って行くと言っても、どうせ拒否するだろう?ならば、普段使っていないものを選ぶだけだ。ここで争い、殺し合いをするつもりはないからな」

人数では勝っていても、全員無傷で事を終わらせれるかといえば、まず無理だろう。ならば全員が無傷のままここを去るためにも、そしてここを出ても生き延びられるよう、確実に手に入る物を選ぶ。それだけだ。

「これが小さな鍋なら問題だが、大鍋なら、まあ大きすぎて煮炊きに不便といえば不便だが、それでも十分使える。こちらは人数が多いからな、これからはこの鍋に活躍してもらうさ」

C.C.はコーネリアの返事を聞くこと無く、川原に投げ出されたままになっていた大鍋とその蓋を手にした。殆ど使われてはいないが、こうしてひどい扱いをしているせいであちこち凹み、傷がついているが、まあ問題はない。

「他にも欲しいものはあるが・・・」

そう言いながら、C.C.は探るような視線でコーネリアを見た。

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