いのちのせんたく 第93話


黒の騎士団、カレン、千葉、ラクシャータ、C.C.
ブリタニア軍、セシル

5人もの人間がこの場を離れたことで、見慣れたはずのこの場所が、どこか物寂しくみえた。敵ばかりとはいえ、いままでは7人で暮らしていた。
それが今日から二人きりになるのだ。
二人きりで、生き残らなければならない。
常識が通じない、この奇妙な場所で。
・・・助けなど来るかわからないこの場所で。
ざわりと言い知れぬ不安と寂しさが背筋を震わせた。

「あやしいな」

背後から聞こえた声にハッとなり、ヴィレッタは慌てて振り返った。
そこには、険しい表情をしたコーネリアがいて、黒の騎士団とセシルが去っていった方角をじっと見つめていた。ここでの生活でだいぶやつれてしまったが、それでも美しさを損なわない皇女は、凛とした声音で命じた。

「ヴィレッタ、あの者達の新たな拠点を突き止めてこい」
「拠点を、ですか?」
「そうだ。突然ここを離れると言い出したことも気になるが、ここよりも好条件な場所など無いだろうに、あの者たちからは不安が感じられなかった」

いや、ただ一人セシルだけは不安をその顔に浮かべていた。
そう、セシルのあの態度が普通なのではないだろうか。
水と温泉に洞窟、そして多くの道具。
この奇妙な場所で生きるならば、手放したくないもののはずだ。
それらを捨てて移動するということは、それだけの価値がある何かを見つけた可能性が高い。ここよりも好条件な場所か、脱出するための何かか。
そう、おかしすぎるのだ。あまりにもあっさりと彼らは身を引きすぎている。
先ほどのC.C.とのやり取りもそうだ。
鍋にせよ、ナイフにせよ、こちらと争わずに済むものだけを選び、それだけで十分だとあっさりと身を引いた。 普通であれば、生存確率を上げるそれらの道具を奪い合い、時には殺しあうのではないだろうか。
なにせ我々は敵同士。
国を奪った者と、奪われた者。
恨み、恨まれているのだから。

「・・・先日、あの3人が戻らなかった日に、何か見つけたのかもしれません」

あの日以降、彼らの態度は変わった。それまでのピリピリとしていた空気が消え、余裕のようなものが感じられた。
突然物を作り出したのも、温泉を見つけたのも、戻ってきた日ではなかったか?
セシルを連れ出したのはこちらの油断を誘うためか?
あやしい、考えれば考えるほど怪しかった。

「いいな、奴らの企みを暴いてこい」
「イエス・ユアハイネス」

ヴィレッタは、騎士の礼を取り深々と頭を垂れた。



険しいと言うほどではないが、自然のままの歩きづらい森の中を進んでいくと、後ろを歩いていたC.C.が突然足を止めた。

「やはり、来たようだな」

その視線の先は、今通ってきた道。
つまり、今までいた拠点の方角だった。

「来たって、誰が?」

なにか見えるの?と言いたげに、カレンもまたその方向に視線を向けたのだが、何も見えないし、何も聞こえなかった。勘違いじゃないの?と、C.C.を見るが、冗談や勘違いとは思えない、真剣な表情で森の奥を見つめていた。

「私たちは、今までに何度もここを通ってきた。ほら、よく見ると、人の通った跡が残っているだろう?多少迷いはするだろうが、合流地点までついてくるだろうな」

そう言うと、C.C.は踵を返し、合流地点を目指して歩き出した。

「ヴィレッタとコーネリアがついて来たわけね」

ラクシャータは呆れたように言った。

「え?ほんとうに来たわけ!?」

可能性は示されていたが、まさか本当に来るとは思っていなかった。
何も知らないセシルは何の話かしら?と、首を傾げていた。その顔は青ざめており、不安で胸がいっぱいなのは表情から見て取れる。今日になって突然「ここを離れる黒の騎士団と共に行け」と命令された事の整理もできていないだろう。

「まあいいさ、さっさと休憩場所まで行こう。私は腹が減った」

どうせここで騒ぎ立て、追い返した所で意味は無い。
時間を無駄に浪費すれば、セシルが倒れかねない。
考え方を返れば、今日、こうして後を着いてきてくれてよかったと思う。 歩いた跡をすぐに消すことは出来ない以上、新たな拠点まで来てしまう恐れがある。
それだけは避けなければならない。
・・そうだ、どうせなら扇達の拠点に、いろいろな意味で飢えた男どもの元へ向かうよう仕向けてやろうか?
そのうち一人は、想い人だしな?
会いたいんだろう?
あの男に。
それはそれで面白そうだなと、魔女は歪んだ笑みを浮かべた。



黒の騎士団とセシルが去り、ヴィレッタがその後を追った。
ただ一人拠点に残ったコーネリアは、言い知れぬ不安を抱きながら、ヴィレッタが戻るのを今か今かと待ち続けていた。
総督であることを捨て、それまで必ず従者を従えていた皇女が、たった一人で世界を渡り、謎に包まれたギアス嚮団を追っていた。
その間に孤独と不安、恐怖に耐えられるようになったと思ったのだが、やはり多くの人が行き交う場所での孤独と、不可思議な場所での孤独は違うらしい。
彼らの新たな拠点が、1日掛かる場所なら今日は戻ってこれないだろう。
となれば、この場所でたった一人で夜を明かさなければならないのか。
ろくに目印の無い森の中で道に迷い、ここに戻ってこれない可能性もあった。
そうなれば、この場所でただ一人生きていかなければならない。
自然の理さえ無視したような、この奇妙な場所で。
助けなど期待もできないこの場所で、ただ一人。
不安が胸の中一面に広がり、全身に鳥肌が立つ。
重苦しい息を吐いたとき、がさり、と草が揺れる音がした。
ヴィレッタが戻ったのかと、反射的に立ち上がり、視線を向けた先に佇む人物を見て、コーネリアは思考を停止させた。

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