|
ルルーシュの開けた箱は女性用の衣類箱。 もう一つはそれとは真逆の男物で、大きさから見ても藤堂たちのものが入った箱だった。中を漁っていると、見慣れた衣類が目に入り、スザクは反射的にそれを引き抜いた。 「るっルルーシュ見て!道着が入ってる!うわ~いいな、藤堂さんのだよねこれ!いいな~!」 スザクが手にしたものは、二人にとっては見慣れた道着で、大きさから見てもスザクのものではなかった。スザクは運動するときには、昔から道着を着ていたた。だから、藤堂の着替えに道着があることが非常に羨ましかった。 「いいな~いいな~貸してくれないかな藤堂さん」 「おまえな、サイズが違いすぎるだろ」 「そうなんだけどさ・・・でも、動くなら道着が動きやすくていいんだよ」 しみじみと、道着を握りしめながら言うのだが、傍から見ている感じでは、非常に動きづらそうにしか見えないのだが・・・特に袴が。そう思いながら、ルルーシュも箱のなかを漁り、気になるものを見つけて引っ張りだした。 「おい、スザク」 「何ルルーシュ、僕は今どうやってこれを・・・」 「こっちのには枢木って書いてあるぞ?」 ほら、とルルーシュが差し出したのは袴。その袴の裏側に枢木と名前が縫われていた。慌てて自分の手にある袴を見ると、同じ場所、袴の背の部分の裏側に藤堂と書かれていた。 「良かったな、誰かは知らないが、お前のことも考えてくれてたらしい」 「うん!凄く嬉しい!ありがとうルルーシュ!」 満面の笑みと、キラキラとした瞳で見つめられて、ルルーシュは一瞬たじろいだ。子犬だ、子犬がいる。ふわふわな毛並みの子犬が・・・っ。これで18歳、俺と同い年だと!?ありえないだろ!いや同い年なんだがっっ!そんな動揺など一瞬で消し去り、呆れたように呟いた。 「は?何で俺なんだ?」 「君が見つけてくれたから!」 「・・・なんだそれは」 「でも、よかったね。藤堂さん達の着替え、無かったもんね」 「ああ、これで洗っている間、バスタオルで我慢してもらわずに済むな」 しかも、バスタオル・タオルもそれなりに入っている。これだけあれば、足りなくなるということはないだろう。 そんなことを考えていると、川原の方から声が聞こえてきた。 「あ、仙波さんだ、殿下もいる」 こちらに手を振るクロヴィスに、スザクも手を振り返した。 「・・・そうだったな、兄さんを探していたんだった」 下着のショックで完全に忘れていたルルーシュは、失態だと顔を歪めた。 「箱は持って行ったほうがいいよね。よいしょっと・・・」 「・・・」 驚くだけ無駄だとはわかっているが。 結構な大きさがある箱二つを重ねると、スザクは軽々と持ち上げた。 「いこう、ルルーシュ」 「・・・ああ。転ぶなよ、スザク」 「転ばないよ、君じゃないんだから」 明るく言われた言葉に、ピクリと眉が寄った。 さらっというスザクに悪気など欠片もないことはわかっているが、腹は立つが、さわやかな笑顔を見てしまえば、腹立たしさはあっという間に消えてしまう。そう思ってみていると、何を思ったのかニコニコ笑顔でスザクは空いている方の手を差し出してきた。 「・・・?なんだ?」 「お手をどうぞ、皇子様」 先ほどまでとは違う声。 先程までとは違う表情。 一瞬で騎士としての振る舞いに戻ったスザクの力強い声に驚き、よし、この三文芝居に乗ってやろうと思ったのだが・・・『皇子』という身分を出したのは、記憶が戻っているのかを試すスザクの手かもしれないと気がついた。ここ最近ずっと油断していたから、すぐには気づけなかったが、スザクは元々ルルーシュに記憶が戻っていないか探りを入れていた男だ。この三文芝居、乗る訳にはいかない。内心穏やかではなかったが、そんなこと表面には一切出さず、ルルーシュはいつもとかわらぬ笑みを浮かべて呆れたように言った。 「・・・おまえな、そこは・・・いや、俺相手に馬鹿なことやるなよ」 ペちりと差し伸べられた手を払うと、スザクは目をパチクリとさせた。 「え?なんで?なんか間違ってた?」 それとも、手を繋ぐのは嫌? 「むしろ今のどこに正しい所があったんだ」 大体、男同士で手を繋いでどうする。 「君は皇子様で、こんな足場の悪いところを歩くんだから、騎士の僕が手を差し伸べるのは何もおかしくないと思うけど?」 スザクは、平然とした顔で言った。 ここにいるのは二人だけだから、何を話した所で問題はない。探りを入れるためでも、ルルーシュを嵌めようとしたわけでもなく、純粋にそう思ったから言ったのだが、ルルーシュはそうは受け取らなかった。受け取れなかった。 表面上は笑顔のままだが、ルルーシュの心の温度は一気に冷えきっていた。 「お前が騎士なのは間違いないな、なにせブリタニア最強の騎士、ナイトオブラウンズのセブンだ。だが、俺は只の庶民だぞ?その言葉を俺ではなく、クロヴィス殿下に向けたなら、間違いはないんだがな」 俺相手にだから、間違いでしかない。 ルルーシュが笑いながら言った言葉を聞いて、スザクはあからさまに顔をこわばらせた。その反応からも、自分の失言に全く気づいていなかったことが理解る。 そう、ここにいるルルーシュはルルーシュ・ランペルージ。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアではない。 その記憶は、このルルーシュにはない。 最近そんなことを考えずに、あまりにも普通に接していて、その上ルルーシュがクロヴィスを兄と呼んでいたから、そのあたりの境界線が曖昧となっていた。 「あ、えと、それは、ああ、ほら、君は学園の王子様だろ?」 流石に不味いと思ったのだろう。 記憶のないルルーシュに言うべきではない言葉で、記憶のあるルルーシュには、もっと言ってはいけない言葉だから。そんな意図で言ったわけではない、罠に嵌めようとしたわけではないと、苦しい言い訳を始める姿は滑稽だし、あからさまに動揺していることも理解る。だから、その必死さはスザクが腹黒い考えを持っていなかったことを証明するには十分なものだった。 「学園の王子様か。シャーリーと会長がそんな事を言っていたな。・・・ふむ、本物の皇子様と共に暮らしているのだから、更に磨きがかかったかもしれないな」 さすが俺だ。と言わんばかりの自信に溢れた笑顔で笑うと、スザクはどこかホッとしたように笑った。 「それ以上磨きをかけなくていいよ。不安になるから」 それでなくても、君は人を引き付けるんだから スザクはルルーシュに近づくと、その薄い背中を軽く支えながら、止めていた足を動かした。手を繋ぐのは無理だと判断したが、万一の時に備えて並んで歩く。 「どんな意味だ、それは」 磨きがかかれば、俺の記憶が戻ったかどうか判別しにくくなるからか? 「君は、今のままでいてくれればいい。ただの、一般人のままで」 ルルーシュと目を合わせることなく言われた言葉。 そこには、先ほどの明るさはない。 この馬鹿が。 ポーカーフェイスはどうしたんだ。 俺をゼロと疑い、探りを入れてきた時のお前はどうした。 自分を隠すことを忘れたスザクから、ルルーシュは目をそらした。 |