いのちのせんたく 第98話


がさがさ、がさがさと草が揺れた。
生き物が蠢き、草を、枝を踏み、かき分け、進む音。
その音は一つではなく、複数の音が鳴り響いていた。
重苦しいその音は、突然歩みを止めた。
先頭を進むものが足を止めたことで、後ろにいたものも足を止める。
しばらくそのまま聞き耳を立てていたが、やがて先頭のものが駆け出した。
先程までの重苦しい足音が不思議なほどの速さで駆け出したそのものに、続けとばかりに後ろのものも足を早めた。
ガサガサガサと大きな音をたて進んだ先には別の音。
水の流れる音が聞こえてきた。
鬱蒼とした森を抜け、広がった視界の先には、水面を照らす美しい川が流れていた。

「いやったああああぁぁぁ!おい見ろよ!川だ、川っ!!戻ってこれたんだ!!」

男は叫びながら振り返ると、続いて二人の男が森の中から飛び出した。

「おお!本当だ、戻ってこれた!!」
「水っ!水を飲もう!!」

森の中を徘徊し、この川原へやってきたのは、藤堂たちを追って森へ入った扇たちだった。先頭を歩いていた玉城は、川へ駆け寄ると迷わず川の水を口にした。残る二人も川の水で手を洗った後、その手で水をすくい、同じように口にした。

「つめてええええ!生き返るぜ!」
「ああ、本当だな」
「冷たい水なんて久しぶりだ」

なにせここに来てからはずっと、藤堂達が沸かした水を冷まして飲んでいた。自然に冷めたお湯など当然冷たいはずもなく、いつもぬるい水を仕方がなく飲んでいた。

「大体、何でいちいち水を沸かさなきゃならねーんだよ。あれか?俺達への嫌がらせだったんじゃねーか?」

自分たちは、俺達に隠れて冷たくて美味い川の水を飲んでいたんだ。

「あり得るな。バッタや蛇、カエルを目の前で食べていたのも、俺達を精神的に追い込むための嫌がらせだったか?」
「まてまて、二人共。藤堂達がそんなこと・・・」
「するはずないってか?してたんだよ、ずっと。大体あの雨の日に俺たちは森の中であのでっかいウサギを見つけただろ?藤堂たちだって捕まえて食べてた。ウサギはあれ1匹じゃなかったってことだし、ちょっと森に入っただけで簡単に見つかったんだから、藤堂達は影でこっそり捕まえて、うまい肉を腹いっぱい食ってたんだよ」

あんなおとなしそうなウサギなら、俺でも捕まえられたと、玉城は言った後、まだ喉の渇きはいえないと、再び水をガブガブと飲んだ。 3人とも、脱水症状を起こしかねない状態だったから仕方がない。
森を歩きまわっている間に水は尽きていた。
戻る途中で目印を見失い、どこにあるか探しまわっても見つからず、暗くなってきたため仕方なく森の中で一夜明かした。動物の唸り声と、まとわりつく虫、鬱蒼とした雑草に囲まれ、とても眠れたものではなかった。だから明るくなってから、ずっと川があると思う方向へひたすら歩き続けていたのだ。
藤堂たちなら、見覚えのある場所があったり、木の印以外の明確な目印を覚えたりしただろう。だが、木に印さえつければ間違いなく帰れると過信していた彼らは、歩いた地形などまったく覚えていなかったし、ここに来た初日と大雨の日以外この川原から動かなかったため、土地勘は皆無だった。
戻ってこれたのは奇跡だろう。
顔をじゃぶじゃぶと洗い、どうせだから温泉にも入ることにした。
放置したままになっていた荷物から、ろくに洗っていないバスタオルを引っ張りだし、3人は温泉に浸かった。

「で、これからどうするんだ扇」
「せっかく洞窟を使えるようにしてくれたんだ。洞窟を拠点にしよう」
「だな、この辺は安全だったけどよ、森の中にはヤバイ動物もいそうだったから、寝てる間に襲われたら事だ」

川原で寝ているより、洞窟の方がずっと安全だし、遠くまで見渡せる。何より、また大雨が降った時の事を考えれば、川原で過ごすのは危険だろう。
投げ出されたままだった荷物をかき集め、仙波達が掃除をし、あの頃よりは臭いが消えた洞窟へ移動した。とは言え直接地面に荷物を置く気にも座る気にもなれず、結局荷物は洞窟の前の綺麗な場所に積み上げられた。

「どうにかしないと、中で寝るのは・・・なぁ」

自分たちがしたことだといっても、やはり汚いものは汚い。

「川があるんだから、川の水で洗い流せばすぐだろ!」
「洗い流すって、どうやって」
「ヤカンがあるじゃねーか。あれで水くんで、運べばいいんだよ!」

あのヤカンだけで、ここを?
扇と南はできるできる!と笑いながらいうたまに気呆れて息を吐いた。
そもそも、ここがこうなった原因は玉城だ。
最初に自分たちの制止を振りきってなければ、こんな思いしなくて済んだのに。と、扇と南は自分たちも加わってやっていたことなど棚に上げて、玉城を非難がましい目で見つめた。
その視線を、玉城は「ほらほら、二人共俺が頼りになるからって羨望の眼差しで見つめてるぜ!やっぱ俺には人を率いる力があるんだな!」と、盛大に勘違いしていた。

「いい案がある」
「何だ南」
「その簡単な清掃作業は玉城に任せて、俺達は食材を集めたり、晩飯の準備をしたりしないか?」
「え?何だよそりゃ!?俺一人にやらせる気か!?」
「いや、南の言うことは最もだ。ヤカンは一つしか無いから、ここは分担して作業をしないか」
「薪もこれでは足りないと思わないか?おれは、ちょっとその辺を探してくる」
「俺も薪を探しながら、食べれそうな木の実でもないか探してこよう」

二人はそういうと、すぐに坂道を下っていった。

「おいおい、本気かよ!?ずりーぞ二人共!」

ギャンギャン喚く玉城に、うんざりした顔で二人は振り返った。
このままでは作業をせずにゴロゴロしだすだろう。
なにかいい手は無いかと考えてすぐ、南はいいことを思いついた。

「玉城」
「あー?何だよ!?」
「俺達の拠点を・・・俺達の生命線を、お前に任せる!」
「へ?」
「俺達が生きていく上で、拠点は最も重要な場所だ。この場所で俺たちが生き抜くためにも、ここは細かな気配りができて部下からも信頼の厚い玉城、お前にこの場所の管理を任せたい。どうだろうか扇」
「え?あ、ああ、そうだな。玉城ならきっとやれる」

南の意図はいまいちわからない扇だったが、とりあえず相槌を打つと、玉城はしばらく考えこんだ後豪快に笑った。

「だよな!こんな大事な役目、俺じゃなきゃできねーよな!よっしゃ、おめーら、この洞窟のことは、この玉城様に任せておけ!!」

あっさりと口車に乗った玉城は、よっしゃ、早速掃除するぞ!と、ヤカン片手に川を目指した・・・のだが。次第にその歩みは緩やかになり、立ち止まると同時に蹲った。
どうしたんだ!?と思ったその時、なぜ玉城が蹲ったのかその原因がわかった。

ぎゅるるるるごろごろごろごろ。

自分のお腹からものすごい音が聞こえると同時に、激しい痛みが腹を直撃した。。

立っていられなくなり、扇と南もお腹を抱えて座り込む。

「な、なん、でっ、急に、腹がっ」

ぎゅるるるるるるるる

「いってええええええええええ」
「くっ・・・薬を、薬っ」

腹痛に効く薬があったはずだと、お腹を抱えながら南は荷物をあさった。そういえば、あの口うるさい朝比奈が言っていた気がする「ホント馬鹿だね、生水飲んで死にたいの?」飲むなら、沸かしたの飲みなよ。・・・あの時は、煩いなとしか思っていなかったが、ここで生活するために必要なことを教えてくれていたのだ。
それから2日間、3人は寝こむこととなった。



なんかこいつら臭い(真顔)


馬鹿は体で学んで覚えるしかないと思う。

今日覚えたこと
生水飲んだらお腹を壊す。

コーネリアと合流させることも考えたけど、悪い予感しかしなかったので止め。

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