まだ見ぬ明日へ 第3話

近づいてきているこの駆動音は。
彼の遺体を階段に隠し、様子を伺うと1騎のナイトメアフレームが壁を破壊し、この場所にやってきた。

「・・・なぜ親衛隊が!?」

聞こえたのは女の声。
力を発動した僕の姿は見えていないようだ。
あのナイトメア、奪えないかな?
一番見た目の損傷が少ない隊員の傍で、苦しげなうめき声をあげ、遺体を動かしてみた。

「まだ生きて!?」

できるだけ音をたてず、それでいて迅速に行動を起こす。
動きを止めたナイトメアのコックピットが開き、軍人の姿が確認できた瞬間。僕はナイトメアに駆け上り、その首筋に手刀を落とした。いくら憎むべきブリタニア人とは言え、やはり女性を殺すのは気が引ける。中を見ると、起動キーが刺さったままだった。スイッチも切ってない。よほど慌てたのか?間抜けだな。
女性を床に寝かせ、僕は彼の遺体を抱えてナイトメアに乗り込んだ。
生死問わず、と親衛隊は言っていた。
ならば、ここに置いていくわけにはいかない。彼は恩人だ。

「サザーランドか。操作は・・・うん。大丈夫みたいだ。ガニメデより操縦しやすいかも」

本来は一人乗りの狭い機体。人ひとりを抱きかかえて乗るのは無理があるかと思ったが、彼が細身で助かった。なんとかなりそうだ。

「・・・早くこの場を切り抜けて、君を」

ブリタニアに見つからない場所に埋葬する。それがせめてもの。
サザーランドを起動し、移動を開始する。できるだけここから離れなければ。だが、外の光景を見て僕は愕然とした。

「なんでこんな・・・!!」

あの建物の中だけではなかったのか。
いたるところに転がっているのは人であったはずの肉塊。
人間に対してナイトメアで。その結果がこの光景。
時折聞こえてくる通信内容に耳を疑う。
人間狩りだ、楽しもう。イレブンは皆殺しに。何人殺した?まだそんなものか。殺せ、殺せ、殺せ。

「人間じゃない・・・!」

ブリキが・・・!そうだ、誰かが言っていた。きっとブリキは腐罹鬼と書くのだと。災いを身にまとった腐った鬼。ああ、本当にその通りだ。こいつらは災いを振りまく病原菌だ。テロリストはまだ抵抗を続けているらしく、あのグラスゴーも民間人の逃走を助けているようだ。

「このサザーランドを使えば、ひとりでも多くの人を救える・・・でもっ!」

軍に捕まるわけにはいかない。
彼を安全な場所に埋葬しなければいけない。
カグヤの安全を考えるとこれ以上深入りはできない。

「くそっ僕は・・・っ!俺は!!・・・・はっ!?」

すぐ傍で銃声が聞こえた。そして続く悲鳴。
なぜブリタニアが。私たちが何をした!
イレブン風情が我々ブリタニア人と対等な口を聞けると!?思い上がるな!地べたに頭を擦りつけて震えながら死ね!
銃声。そして笑い声。
肌が、心が震えざわめき、僕は無意識に操縦桿を握った。

「・・・行って・・・どう、する・・・たった一騎で、何が、できる」

弱々しく、それでも強い意志を感じさせる声がすぐ横から聞こえてきた。

「へ?」

我ながら間の抜けた声が出た。
苦しげな声が続く場所を思わず凝視する。

「・・・お前が、行った、ところで、もう間に合わない。イレブンを、日本人を、救いたいのであれば頭を使え」

死んでいたはず。その傷は致命傷で。あれ?でも。顔色は青白いが強い意志を秘めた紫紺の瞳がこちらを見ていて?
かろうじて聞こえる程度の声だけれど、間違いなく彼の口から紡がれている言葉で。
あれ?呼吸も、心臓も、止まっていなかったっけ?あれ?勘違い?

「なに間の、抜けた顔を、している。ケホッ・・・助けたいのであれば、現状を確認するのが先だ。ひとまず十時の方向の廃ビル4階に移動し、身を隠せ。まずはそれからだ。」
「え?」
「聞こえなかったのか?十時の方向の廃ビル4階だ。・・・行け。」

ゼイゼイと苦しげに息をしながら睨みつるその人は間違いなく生きていて。途切れ途切れだった言葉も、段々と滑らかになっていくのがわかる。

「救うのではなかったのか。日本人を」

日本人を救う。
できるのであれば。可能性があるのであれば。たとえわずかでも可能性にすがりたい。憎悪で満たされた暗く澱んだ思考がいつの間にか消えていた。

「わかった。十時の方向4階だね」

誰にも見られないよう注意しながら、崩れかけのビルを登っていく。・・・4階。できるだけ外が見えて、なおかつこちらが目立たない場所に陣取る。

「よし、ここでいい。悪いがすこし体を支えていてくれ。さすがにまだ自分で起こせないようだ」
「うん。わかった」

操縦の邪魔にならないよう寝かせていた体を支えると、彼は正面の操作キーへと手を伸ばした。震えるその手も支えると、すまない、という声が聞こえた。痛みに顔をしかめながらも滑らかな手つきで次々とキーを叩き、画面を開いていく。

「ねえ、君」
「・・・なんだ」
「死んだのかと、思ったんだ」
「だろうな」
「心臓、撃たれてたよね」

確認するよう彼の胸元を見ると、銃弾で破れた服が間違いなく心臓だと主張している。

「・・・特異体質なんだ」
「特異体質?」
「大抵の怪我はすぐ直る。こんな大怪我でも時間がたてば回復する。傷跡も残さず、な」
「え?傷も残らないの!?」

大怪我ってレベルじゃないよ?確実に致命傷で、っていうか死んでたよね!?

「だからこそ、ブリタニアが欲している。この体質を兵士に、あるいは皇族に、皇帝にと」

頭を撃たれても、首を切り落とされても治るぞ?気味が悪いだろう。でも、そういう体質なんだよ。ああ、でも致命傷はさすがに一度死んでしまう。だからさっきまでは間違いなく死んでいた。安心しろ。

「・・・えーと。それって生き返ったってこと?」
「生きた死体ともでも思ってくれ。だから」

俺が傷ついても気にする必要はない。
そう言いながらも手は止まることなく操作を続けている。残念ながら画面を見ていても何が何だかさっぱりわからない。

「テロリストのグラスゴーはまだ動いているようだな。みろ、これがブリタニアの兵力だ」

識別信号は諸刃の剣。こうやって位置情報を相手に知られてしまう。
画面に表示されたブリタニアのナイトメアは思った以上に多い。

「俺のような存在を公開する愚は犯さないだろう。となれば情報は秘匿され、援軍は呼びずらい。・・・つまり、盤上の駒はこれだけ」

とはいえ、サザーランド1機では突破するのは難しい。
テロリストと連絡が取れれば、それだけ勝算が上がるのだが、さてどうするか。

「これで連絡できないかな?」

彼を左腕で支えつつ、僕は制服の内ポケットに入れてた通信機を取り出した。

「テロリストの車で見つけて、持ってきちゃったんだよね」

多分連絡付けれるよ?

「・・・よし、ならば条件はクリアだ。これから俺が言う指示をテロリストに伝えろ」

その瞳に、その表情に見えるのは勝利への確信。
救うぞ、日本人を。

「わかった。ところで、君」
「・・・なんだ」
「名前は?」
「・・・」
「名前。僕はスザクだ。君は?」
「・・・L.L.だ」
「えるつー?」
「・・・そうだ」
「名前?」
「悪いか?」
「えーと、うん。じゃあL.L.」

反撃を、始めよう。
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