まだ見ぬ明日へ 第7話

今日は特に大きな用事もなく、L.L.は物的証拠になる仮面を隠せるよう、バッグに細工を施していた。

「君は器用なんだね。そういう細かい作業、僕にはできないよ」
「だろうな。・・・どうせならここをもう少し・・・。よし、ちょっと材料を買ってくる」

そう言うと仮面を入れたバッグを閉じて立ち上がり、当然にように部屋から出ていこうとした。

「え?買い物なら僕がいくよ。今帰宅時間だから、学生だらけだよ?」
「だからいいんだろ、学生に紛れる事が出来るからな。それにお前、何を買えばいいのか、言って解るのか?」
「じゃあ一緒に行こう。あ、そうだ。僕の制服着なよ、その方が目立たないから」

今の彼は彼は白いシャツに黒のスラックスという、学生とも部外者とも取れる格好だが、それよりも制服の方がいいだろうと、予備の制服を出そうとしたら、彼に不要だと断られた。

「お前みたいな目立つ奴と一緒になんて冗談じゃない。学園内にファンクラブもあるらしいじゃないか。それに、制服を着ていたら部外者だという逃げ道を潰すことになるから却下だ。堂々としていれば案外ばれないものなんだよ」

今まで何度も出かけているが何も問題はなかったと、スザクの制止を聞かずにさっさと出て行ってしまった。

「・・・まったく。軍から隠れているはずなのに、堂々と行動しすぎじゃないかな」

僕は呆れたように溜息を吐いた。
L.L.が細工をしていたバッグを開けて中を覗いてみると、マスクだけではなく、通信機の類も綺麗に収納されていた。彼はゼロが活動しやすくなるよう、いろいろな物を用意くれる。いつの間にかL.L.専用の高そうなパソコンも僕の机を占拠してるし、L.L.ってお金どうしてるんだろう?
そんな事に今更気がついた自分の鈍感さに呆れて溜息をつく。

「一緒にいても、彼の事なにも理解ってないんだな。僕は」

そう呟いたときにコンコン、とノックする音と同時に部屋の扉が開いた。

「お兄様、お茶の用意ができましたわ」

そこには居たのは杖を片手に立つ目の不自由な妹、カグヤ。
漆黒の艶やかで美しい長い髪と日本人形のような容姿、年齢の割には落ち着いた言動をする彼女が、昔はお転婆だったといっても誰も信じない。

「ありがとうカグヤ。一緒に行こうか」

彼女の手を取り歩き出した僕は、その部屋に侵入者がいた事に気がつかなかった。

「お兄様、今度L.L.さんをまた遊びに連れてきてくださいませ」

紅茶を一口飲んだ後、にこにこと笑いながら言うカグヤの珍しい我がままに、僕は思わず目を開いた。




数日前、何かあった時の為にと、L.L.を友人としてカグヤと咲世子に紹介した。
僕とカグヤは日系ブリタニア人ということになっているが、実際は純粋な日本人だ。僕たちの世話をしてくれている咲世子は日本人である事を隠してはいない。
生徒会のみんなや、クラスのみんなと打ち解けてはいるが、いまだプライベートな場所にはミレイ以外連れてきたことはない。 ある種聖域とも言える場所に彼を入れた事で、二人から後で文句を言われる覚悟はしていたが、給仕を終えた咲世子が部屋を後にしようとした時、彼は爆弾を落とした。


僅かな回数ではあるが、首相の息子として公の場にいた、枢木朱雀。
開戦前には事あるごとにメディアに顔を出ていた次代天皇、皇神楽耶。
代々、今生天皇の傍に控えていた忍の一族篠崎家の若き頭首、篠崎咲世子。
死んだとされた者たちが、まさかブリタニア人の住む中心地にこうして堂々と暮らしているとは驚きだ。


なぜその事を!この時僕は初めて彼を警戒した。
咲世子は青ざめたカグヤを後ろに庇い、クナイを手にした。
そんな緊張感の中、何事もないかのように彼は優雅に紅茶を一口含んだ。

「君は・・・」
「この事を、誰かに教えるつもりはない」
「信用しろ、というのですか?」

警戒心を解くことなく、咲世子が聞く。

「誰かに、例えば軍に通報するのであれば、わざわざこんなことは言わないさ」
「では、何が目的ですか?」
「目的があるのは俺じゃない。スザク、お前だろ?日本の象徴であり今生天皇、現人神。日本人が守り続けた尊き血族。最後の至宝、皇神楽耶。お前と咲世子、確かに戦術に関しては問題ない。だが、お前はカグヤを守るために戦略も欲した。違うか?」
「・・・違わない。君の力を貸してほしい」
「ならば、真実を知られたら裏切られるかも、という不安は持つべきではない。俺は最初から、お前たちを知っている。」
「じゃあ」
「あの時言ったはずだ、スザク。俺は、お前の味方だと。後はお前たちが俺を信じるかどうかだ」

ブリタニア軍から身を隠している彼が、同じく身を隠している僕たちを売る可能性は低い。だが、僕達と一緒にいるのは危険だと、離れていく可能性は高かった。
彼の頭脳は惜しい。カグヤを守るため、そしてブリタニアと戦争するために。
そして共に在れば、彼を守ることも出来る。
僕は、ほっと息を吐いた。

「まあ、頼もしいお言葉ですわ!」

明るい声と、パン、と両手を叩く音が聞こえ、そちらに視線を向ける。
咲世子の陰に隠れていたため、気がつかなかったが、カグヤがにこにこと楽しそうに笑っていた。

「君は彼を信じてくれるの?」
「だって、枢木のお兄様は信じているのでしょう?」
「それは・・・」
「無自覚ですの?でも、信じるの?ではなく、信じてくれるの?と仰っている時点で、答えは出ていますわ」

おほほほ、と口に手を当てながら笑う姿を見て、こんな笑い方をするカグヤを見るのは久しぶりだと気がついた。枢木のお兄様、なんて呼び方も、身分を偽ってからは口にすることはなかったのに。

「枢木のお兄様に、そこまで信用される者を私は咲世子と藤堂以外知りませんわ。ならば、私が信用するに値すると思いませんか?」
「神楽耶様・・・」
「咲世子、私が信じた御方を貴女も信じてくれませんか?」

咲世子は数瞬思案した後、かしこまりました。と、クナイを収めた。
その後は、あの緊張感が嘘だったかのように穏やかな時間が流れた。一緒に折り紙を折ったり、昔見た桜や梅などの季節の花々、古い町並みの美しさを語り合ったりと、咲世子も交え楽しく過ごした。下手な日本人よりも日本文化に詳しい彼にその理由を聞くと、どの国よりも日本が好きなんだ、と言った。
戦争前から日本にいて、幸せだったころの思い出が沢山あるのだ、と。
彼を夕食に招待する事になり、今日は日本尽くしで行きましょう!と、咲世子さんが張り切って作ったのは勿論和食。彼の箸の使い方がとても上手だったのが印象的だった。




「お兄様?」

なかなか僕が返事をしないので、カグヤは眉尻を下げ、不安げに聞いてきた。

「ああ、ごめんね。彼には後で聞いてみるよ。」
「では、L.L.さんの事ですから、きっと今日来てくださりますわね」

咲世子にも言っておきますわ、とにこにこ笑いながら言う。

「え?いや、まだ決まったわけじゃ」
「何を仰っているんですの?あの御方ならきっと今日ですわ」
「え・・えーと・・・」

むしろ、何で俺が相手をしなければならない!と、断られそうな気がするんだが。
L.L.に会ってからというもの、カグヤは僕たちの前では段々昔の、目が見えていた頃の明るさと強引さを見せ始めていた。喜ぶべき事なんだが、カグヤがらみのトラウマも地味に抉られて辛い。

「できるだけ希望に沿えるよう努力します」
「それでこそお兄様ですわ!」

つい、カグヤから目を逸らしたその時、あり得ない物が見えて、僕は思わず叫んだ。
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