まだ見ぬ明日へ 第8話

「そうなんですの。猫に大事なものを取られたようで、慌てて走って行きましたわ」

スザクに用事があったのだろうか。
今日は仕事がないはずの生徒会メンバーが訪ねてきたので、そう伝えた。

「大事なものって?」
「それは・・・。でも大事な物のはずですわ。だってお兄様のあんな素っ頓狂な声、子供の頃以来ですもの」
「何だろう、スザクの大事なものって」

ラブレター?恥ずかしい写真?ポエム手帳!
次々と上がる内容に、どれも私には見る事ができませんわ、と内心がっかりする。
すると、くすくすと楽しそうな笑い声が上がりはじめ。

「まーかせて。ぜーったいスザクより先に取り返して見せるから。先に!」

お祭り好き生徒会長ミレイに燃料が投下され、盛大に燃え上がり始めた。



・・・なんだ、これは。

買い物を終えて戻ると、テーブルの上にあったはずのバッグが床に落ちていて、中に収めていたはずの仮面が無くなっていた。
念のためテーブルやベッドの下を確認していると、ピンポンパンポンと校内放送を告げる音が鳴り響いた。

『こちら、生徒会長のミレイ・アッシュフォードです。猫だ!』
「猫?」
『校内を逃走中の猫を捕まえなさい。部活は一時中断。協力したクラブは予算を優遇します!』

いやな予感がして、俺は携帯電話を取り出した。

『そして、猫を捕まえた人にはスーパーなラッキーチャンス!生徒会メンバーからキッスのプレゼントだ!』

オーホホホホホと、高笑いがあたりに響く。
それと同じくして校内がざわめきだす。
そっと窓から外を伺うと、生徒たちが辺りを見回しながら走り出す姿が見えた。
チッと、思わず舌打ちをしながら携帯を操作する。 電話は1コールで相手に繋がった。

「・・・スザク」
『ごめん、仮面を猫に取られた』

嫌な予感は的中した。

『猫ーっ猫を捕まえたら所有物は私に!』

力を入れて叫んだせいか、咳込む声が辺りに響く。
僕はギアスで不可視状態になって猫を追いかけていた。
人の姿が見えたら、猫と逆方向に物を投げたり、壁を叩いたり、物を落としたりと注意をそらす。
おかげでなかなか追いつけない。
カグヤが放送で、猫の鳴き真似をすると、おお~っという野太い声が辺りに響いた。
・・・よし。猫を階段横のテーブルの下に追い込む事に成功した。
不可視状態でも僕が分かるのか、相変わらず威嚇してくる。
大丈夫だよ、その仮面が欲しいだけだから。
そう思って手を伸ばした時、後ろに足音。
慌てて振り返ると、シャーリーとカレンが後ろに立っていた。

「これで私たちのキスは安泰ね、シャーリーは後ろをお願い」

まずい、彼女たちの気を逸らさないと。
僕は辺りに何かないか見回した。

「待って!」

シャーリーがカレンを止める。

「何?」
「キスの権利、カレンは誰に使うの?」
「は?」
「ひょっとして、スザク君?」
「なっ何でそうなるのよ?」

ほんと、何でそうなるんだろ?
二人は会話に夢中になっている、今がチャンスだ。
今のうちに仮面を・・・っ!しまった!
猫は僕の手をするりとかわし、二人の足元を走りぬけた。

「だって・・・あのさ・・その」

二人が猫に気づいていない事に安堵し、僕は再び猫を追いかけた。
校舎の外に出た時、猫の姿を見失った僕は周囲を見回した。
すると、、鐘楼塔へ走る見知った背中が見えた。
慌てて鐘楼塔へ向かい、その背中に声をかけた。

「L.L.!」
「スザク!」

ニャーニャーと鐘楼塔の上から聞こえる鳴き声に、僕たちは上を見上げた。

「チッ、猫を確保するのが先だ。それと、ギアスは解け!」

あ、忘れてたと、僕はギアスを解いた。

「僕に任せて!体を動かすのは、僕のほうが得意だよ。君はゆっくり来て!」

僕は階段を駆け上がると、この、体力馬鹿が!と言う声がかなり下から聞こえてきた。
開いていた窓から猫が屋根に出る。
窓から下を覗くと、猫に気がついた人たちが集まってきていた。
黒猫と黒い仮面。
距離的に仮面は気付かれていないかもしれないが、この状態は非常にまずい。
僕は慌てて屋根に上った。
窓の方から息をのむ気配と、遠ざかる足音。
おそらく、人だかりに気がついたL.L.が身を隠したのだろう。
しまった、彼には部屋に戻ってもらうんだった。
見られて困るものばかりがここに集まってる。
どうにか屋根を登り、鐘の下で猫を捕まえ、仮面を剥ぎ取る。
ギアスで仮面だけを不可視化し、猫を抱えて屋根から降りた。

「あちゃー。結局スザク君が捕まえたのかー」

あからさまにがっかりした様子で、ミレイが言った。
野次馬はさらに増えていて、でも仮面の話をする人が一人もいない事にほっとした。
猫確保の報酬をもらい損ねたーと、あからさまにがっかりし、次々生徒が立ち去っていく。水着のままのシャーリーはカレンを連れて着替えに戻った。

「で、何?見られて困るような代物なのよね?」

生徒会メンバー三人とカグヤ、そして僕がだけが残ったその場所で、ミレイはいたずらっ子のような表情で訪ねてきた。
その腕には、先ほどまで僕に噛み付いていたあの猫がおとなしく抱かれている。

「言いませんよ、何でそんな楽しそうなんですか」
「もー!いいじゃない、知りたいなースザク君のひ・み・つ」

不可視化状態とはいえ、その秘密を手に持っている現状は正直心臓に悪い。
早く帰りたい。

「もういいじゃないミレイちゃん」

おずおずと、ニーナが援護をしてくれる。
仕方ないわね、とミレイは肩をすくめた後、さらなる爆弾を落としてくれた。

「じゃあ、猫に取られたものはもういいわ。で、一緒にこの塔を登ってたのは誰なのかしら?もちろん紹介してくれるわよね?」

窓にちらっとみえたのよね~。なーんで出てこないのかしら?

「え・・・え~と、それは」

あからさまに動揺してしまい、声が裏返った。
誰かと居ました、と言っているようなものだ。
僕の反応に気を良くしてミレイは楽しそうに笑った。
どうしよう。彼には不可視のギアスは効かないから姿を消すことができない。
居ないと言えば、会長は皆を連れて、じゃあ探しましょう!と、塔を登るだろう。
彼が逃げ切れるのか。答えは否。

「なになに~?彼女とか?水臭いな~隠さないで紹介しろよ!」
「え?彼女?」
「ちらっとしか見えなかったからな~。ほらほら、お姉さんに白状しなさいな」
「お兄様?」

どうしよう、どうしようと頭の中でぐるぐる考えているが何も思い浮かばない。すると。

「俺だよ、カグヤ」

塔の暗がりから、諦めたような声音でL.L.が姿を現した。

「あなたは?」

見知らぬ人物だった事で、ミレイが僅かに警戒した声で尋ねた。

「先ほど放送をしていた、ミレイ・アッシュフォード嬢ですね。俺はジュリアス・キングスレイ。スザクとカグヤの友人です」

普段の不遜な態度とは違い、人の良さそうな声音と笑顔でL.L.は答えた。
彼のこんな笑顔って初めて見たよ僕。ってそれが本名?

「ジュリアスさん、お待ちしてましたわ!ほら、お兄様。私の言ったとおりですわ」

声でL.L.と分かったのだろう、カグヤがパン、と手を叩きうれしそうな笑顔で言った。
何の話だと、L.L.に目で訴えられる

「カグヤがね。君は連絡を取ればすぐに来てくれるって、自信満々に言ってたんだ」

僕は肩をすくめながら答えた。

「当然だな。カグヤが呼んでいるなら、その日のうちに会いに来るさ。気分転換にもなるしな」

その言葉に、部屋に引きこもってる状態だからそうだよねと、納得してしまう。

「カグヤちゃんの恋人なわけ!?」
「カヤちゃんの彼氏?」
「えー?うそ、聞いてないわよ私。カヤちゃんいつの間に?」
「言っただろう二人の友人だと。スザクには頻繁に会えるが、カグヤはなかなか会えないから、呼んでくれて嬉しいよ。カグヤ」

にこりと、それはそれは綺麗な微笑みを浮かべた。
それを直視したミレイとニーナの頬が桜色に染まる。

「ところで、立ち話もなんですし、クラブハウスに行きませんこと?」

カグヤの提案で、全員生徒会室へ移動することになった。
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