まだ見ぬ明日へ 第10話

「じゃあ、ジュリアスさんは、スザクとカヤちゃんの従兄ってことで!はいこれ、渡しておいてね。この学生服着て授業に混ざるのもOKよ!」

二日後、ジュリアスが承諾してくれた事をミレイに話すと、すでに彼の学生服が用意してあり、各場所の根回しも終わっていた。
教職員にはアッシュフォード家の遠縁にあたり、学園で預かることになったが、体面があるのでランぺルージ兄妹の従兄としてクラブハウスに住む、という<設定>で話しを通したそうだ。
赤の他人だと知っているのは、僕たちと、生徒会メンバー、教職員、そして理事長だけとなる。
年齢も誤魔化して僕と同級生にしたらしい。
こんなに簡単に共犯者である彼の事の居場所を確保できるとは思わなかった。
なぜそこまでミレイがL.L.を気にするのかはわからなかったが、僕にとっても都合がよかったので詳しく聞くのはやめた。
いつまでもクラブハウスにいるのは、いつ誰に気づかれるかわからないと、L.L.はゲットー近くに部屋を用意して、近いうちにそちらに移ると言っていたのだ。
正直彼の身体能力と容姿を考えると、僕としては自分の守れる範囲に居て欲しかったので、どうやって彼をこのクラブハウスに留めるか悩んでいたのだった。
なので、内心これ幸いと今回の件を利用した。説得中は彼を泊めている、という事しにして、カグヤと咲世子と共に彼を説得続けていたのだ。
根負けした彼が承諾してくれたのは今朝、朝食の時だった。
自由に学園内を歩き回れる上に、堂々とクラブハウスに住めるというメリットも捨てられなかったようだ。

「で、引越しどうするの?君の荷物それっぽいの用意するの?」
「その必要はない。以前使っていた部屋があるから、そこから移動するだけだ」

あっさり言ったその内容に僕は驚いた。
元々旅行好きで数年戻らない事もある、という設定で部屋を借り、契約更新などの金銭的なものは全部自動引き落としにしているのだという。
彼が使っているお金は、本当に株などで稼いでいたらしく、軍に捕まった時、身分を確認できるものを持ち歩いていなかったことが幸いし、部屋もカードなどもそのまま残っていた。ただ、そこは政庁から近い場所のため、身を隠している今は近づき難く、ほとぼりが冷めるまでここにいて、そのうちゲットー近くに移動する予定だったという。

「何だお前。軍の実験体だったから試験管から生まれたとでも思ったのか?それとも長年、世間も知らずに軍で隔離されていたと思ったのか?」
「いや、そこまでは思っていないけど、君が部屋を借りて普通の生活をしているイメージがわかなくて」
「・・・まあいい。元々部屋を引き払う予定ではいたんだ。その準備中、軍に捕まってしまってな。荷物を引き取りは明日の朝7時、貸し倉庫経由だから大体11時にはここに着く」
「明日!?明後日にしてくれれば、土曜だから手伝えたのに!」
「馬鹿か。明後日は昼前にナオト達と会うのを忘れたか」
「朝の7時って、君が普段寝てる時間だよ?大丈夫なの?」
「何でさっきから妙な心配をしてるんだ?大丈夫に決まってる。幸い今日は夜に活動は入れてない事だし、夜に寝ればいいだけだ。大体一日二日徹夜したぐらいで何だっていうんだ」

見るからにもやしっこだからだよ、とは口が裂けても言えない。
俺が一体どれだけ生きてると思ってるんだ、と不機嫌になりながらL.L.は渡された制服をハンガーにかけ、クローゼットにしまう。

「まったく、まさかまた高校の制服を着る羽目になるとはな」

同じクラブハウス内のとはいえ、生徒会の活動と、授業中、放課後共に校内を徘徊する際は制服の着用を命じられたのだ。
嫌がっているように見えて、どこか嬉しそうな気がするのは気のせいだろうか。

「俺がここに来る話はもういいだろう。それよりも今後のゼロの活動内容だが」

パソコンから何やらプリントし、そのまま手渡される。そこには何かのマークと。

「黒の騎士団?」
「地盤固めが終わった後はテロではなく戦争へと駒を進めていく事になる。そうなると、統制のとれた軍隊への意識改革が必要だ」
「軍隊・・・」
「そうだ。でなければ同じ兵器、同じ数の手駒を揃えたところでブリタニアには勝てない」
「手駒?」

人を駒というその言葉に僕は不快感を感じ、つい睨みつけてしまう。
L.L.は何事もないようにその視線を受け流し、淡々とした声音で話し続ける。

「そう、駒だ。指揮官は兵士を駒として扱わねばならない。そうしなければ私情に流され、余計な被害を出すことになるからだ。どの駒をどう配置すればいいのか、最小の被害で最大の効果を出すにはどうするか。そのためには冷徹な決断を下すことも必要となる。それと同時に、兵士には駒に徹する意思を徹底的に教え込む事となる。作戦を無視、あるいは手柄を立てようと勝手な判断で行動された場合、作戦そのものが失敗するだけではなく、不必要な被害を出す事となるからだ。別に爆弾を抱えて特攻しろとか、死んでこいという命令をするわけではないが、たとえば囮になれ、敵の中に潜入しろ、そんな風に命にかかわる危険な指示をすることは当然出てくる」

そこまで一気に話すと、彼はペットボトルの水を一口含んだ。

「でも、駒という言い方はなんかやだな」
「・・・駒は駒でも、使い捨ての駒ではない。それならテロリストで十分だ、軍隊にする意味はない。何度も使い、何度も訓練し、その能力を高め育て、やがて最強の駒とする。一介のテロリストではなく、歴戦の勇士と呼ばれるような兵士にな。その意味が理解できないなら、まず考えろ。あらゆる戦闘を組み立て、その結果を想像しろ。そして、その過程で、命令に従わないものが出た場合の被害を考えてみろ。敵は案山子じゃない、こちらの予想外の動きもする。あらゆる可能性、あらゆる不運、あらゆるイレギュラーを想像しろ」

う・・・と、僕は言葉を詰まらせた。

「今すぐお前にもその意識を持てとは言わない。お前も駒の一つだ。ゼロという名のキング、敵が最も狙う最高の囮、そして指揮官。それがお前だ、スザク。何度も戦場に出、何度も作戦に参加し、あらゆるものを吸収しろ。考える時間はこれから嫌でもある」
「・・・で、君はそのゲーム盤の打ち手という事?」

常に安全な場所で作戦を指示し、安全な場所で傍観している。それはまさにゲームマスター。戦争をゲーム感覚で傍観できる位置。

「いや?俺も当然、駒だ。ただ、まだ盤上に上がれない」

あっさりと、さも当たり前のようにL.L.は答えた。

「まだ?」
「俺がブリタニア人だからだ。たとえ主義者だと主張しても、スパイ扱いされかねない。そんな俺をゼロが庇えばゼロの信頼も落ちる。だが、その条件がクリアされた時、俺はゼロのサポートとして、作戦会議にも出られるしナイトメアにも乗れるようになる。だが、今はまだ無理だ」
「反対だ!君が表に出るなんて!」

僕は反射的に叫んだ。

「・・・お前、少し前まで、自分だけ安全な場所で指示出して、ゲーム感覚で戦争する気なのかって顔で見てなかったか?それなのに反対って何なんだ?」
「う・・・気づいてたの?」
「むしろ、それだけ表情に出していて気付かれないと思っていたのかお前・・・お前が反対しても俺は前線に出る。後方でふんぞり返って高見の見物など冗談ではない」

L.L.は眉根を寄せて、不愉快そうに睨みつけた。
女の子より体力のなさそうなL.L.が戦場に出るとか、どんな冗談なんだろう。行動力だけは人一倍あるからホント困る。
ナイトメアに乗ったら速攻で撃墜される気がする。死ななければいいという事ではない。

「いや、指揮官なら後方でふんぞり返っているのが正解だと思うんだけど?」
「・・・王が動かなければ部下は付いてこない」
「さっきキングはゼロ、つまり僕って言っただろ?なら僕が動けば部下は付いてくるよ」
「・・・くそ。スザクのくせにそこに気がつくか。だが、そのキングに指示を出すのは俺だ」
「スザクのくせにってひどいな。君が動かなくてもキングである僕は動けば大丈夫だよ」

出る、出るなという言い合いを続け、結局その時が来るまでこの話は保留となった。
最初に手渡された用紙を見ると、今後の組織構成についての物だった。
サイタマゲットーの泉グループが加わる事となり、規模も大きくなることから、リーダーを誰にするのかをゼロとナオト、泉、そしてそれぞれの幹部を交え何度か話し合いがなされてきた。
リーダーに関しては、ナオトと泉がゼロをと望んだのだが、他のメンバー、特に紅月グループの古参メンバーには、仮面の男など信用できない。ナオトこそが適任だと主張している。
当のナオトがゼロを、と言っているのに聞かないのだ。よくこんな纏まりのないメンバー面倒を見ていると感心してしまう。
返事は後日、と言ってその話は保留にしていたが、明日正式に伝えるようだ。
L.L.はゼロをトップである総司令に、そして副司令としてナオト、補佐官として副リーダーであった扇。それ以下も古参メンバーを中心にうまく編成していた。
泉は、自分たちを優遇すると、派閥が二つに分かれかねないと、扇と共にナオトの補佐官という役割を望んでいたため、そのように配置されていた。

「正直なところ、古参メンバーを中心にするのは得策ではない。今はまだ組織の規模が小さいから問題ないが、後々組織が拡大すればするほど、役割も増え、責任も重くなる。だが、古参の者がその能力に合っているかと言えばそうではない。後から入った者の方が相応しい能力を持っている場合が多々ある。だが、今から古参のメンバーを蔑にすると、不満が起きる。特に日本人は序列社会だ。最初に入った者ほど偉いという認識があり、それを覆そうとすると反発が起きる。問題は、その能力で対応できなくなるその時だ」

どうやら駒の話だけではなく、頭を悩ませる問題はまだまだありそうだ。
頭がパンク寸前になった頃、L.L.は今日はここまでにしよう、と資料を片付けた。
ほっと息を吐くと、L.L.はどこからか引っ張り出してきた毛布を掛けてソファーに横になってしまった。

「え?何してるの?ベッドで寝なよ!」
「男二人で一つのベッドに寝られるか。大体狭いだろ俺たちじゃ」

そういえば、夜は僕、朝にL.L.と、同じベッドは使っていたが、最初に彼をここに運んできたあの時以外同じ時間に休んだことはなかった。あの時はベッドをL.L.、そして僕がソファーに寝ていた。

「そうかな。君は細いから何とかなるよ?それにソファだと、ちゃんと眠れないよ。明日は朝から忙しいんだろ」
「大丈夫だ。慣れてる」
「・・・わかったよ、それなら僕がそっちに寝るよ」

君が動けなかった間は、ソファーで寝てたしね。

「お前は二重生活で体力の消耗が激しいんだ、ちゃんと休め」

その後、僕が!俺が!という言い争いがしばらくの間続いた。
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