まだ見ぬ明日へ 第100話 |
「やっと抜け出せたと思ったら、随分と入り込んでくれたものだな」 胸元が大きく開いた漆黒のロングドレスを身に纏ったC.C.は、冷たい視線を辺りに向けながら、ゆっくりと足を進めた。歩み進める度に、腰に付けられた金の縁取りと赤と緑の宝石で装飾された紫色の布がシャラリと音を立てて揺れ動き、スカートの裾がたなびいた。スカートの部分に金色でダイヤのマークが描かれており、それはまるでゼロの衣装の模様を連想させる。 シャラリ、シャラリと肩に付けられた装飾も歩みに合わせて音をたてる。 いま、彼女が姿を現したのは、明らかに何も無い空間だった。 自分たちが通ってきた階下にある扉では無い。 突然、何もない場所から姿を表したのだ。 目がさめるような新緑を宿した長い髪と、神秘的な黄金の瞳を持つ美しい少女は、豪奢な衣装を纏い、シャラリシャラリと音を立て、近づいてきた。いっそ神々しいと言っていいほど神秘的な雰囲気を纏い歩くC.C.に、知らず固唾を呑んだ。 「・・・あなたは・・・誰かしら?」 先ほど皇妃である自分を敬称もなく呼んだことが不愉快だと言いたげにマリアンヌは冷たく硬質な声音でそう尋ねた。そんなマリアンヌを、C.C.もまた愚か者を見るような視線を向けた。 「私は、C.C.」 「C.C.?貴女が?」 マリアンヌは、驚きの声とともにまるで観察するような視線を投げかけてきた。 不愉快だと言いたげに、C.C.は目を細めた。 「ほう、私を知っているのか?」 「ええ、話は聞いているわ。貴女今まで何処にいたの?ずっと探していたのよ。貴女にはまだ解らないかもしれないけれど、貴女は私たちの協力者、私たちは仲間よ。こちらに来なさい」 よくよく見ると、この少女の容姿は情報通りだと解り、ようやく探し人が見つかったと、マリアンヌは楽しげに、まるで歌う様にそう言った。 皇帝側の協力者。 つまり黒の騎士団の敵。 その言葉に、ゼロを含めた者が、目を見張った。 だが、その言葉をあざ笑うかのようにC.C.は言葉を紡いだ。 「私が?お前たちの協力者?初対面の相手に恥ずかしげもなくよく言えるものだな。お前もシャルルも、もう少し賢い人間だと思っていたのだが、思い違いだったらしい。私は黒の騎士団の首魁、ゼロの協力者であり、共犯者だ」 カツリカツリと靴音を鳴らしながら近づいてきたC.C.は、ゼロたちをその背に庇うようにシャルルとマリアンヌに対峙した。 「違うわC.C.、貴女の味方は黒の騎士団でもゼロでもない、私たちなのよ」 さも当たり前のように言うマリアンヌに、C.C.はピクリと眉を寄せた。 「C.C.よ。そなたの願い、儂等なら叶えることが出来る」 今まで口を閉ざしていた皇帝が、重厚な声音でそう言った。 「私の願い?何だお前、私の願いを知っているのか?是非教えてほしいものだ」 小馬鹿にするようなその発言に眉を寄せたマリアンヌは、どうして解らないのかしらと苛立たしげに口を開いた。 「貴女の願いは死ぬこと。不老不死の身体を捨て、普通の人間となり、死を迎えることよ。その願いを叶えてあげるから、こちらに来なさい」 不老不死。 その言葉にC.C.に多くの視線が集まった。 傷が直ぐ治るだけの体質。 それは嘘。 その体は不老不死。 長い時を生き続ける不滅の存在。 「クククククッ、フハハハハッ!たしかに私は不死の魔女C.C.。だが、私は死など望んではいない。そんなものに興味はない」 高笑いの後、C.C.はそう断言した。 永遠の眠りを望むかと聞かれれば、それは是と答えただろう。 だが、死を望むかと聞かれればそれは否。 この不死の呪いをこの身から消し去るつもりは毛頭無い。 この呪いは、未来永劫この体に刻み続ける。 「そんなはずはないわ!貴方は永遠の時を生きる事に疲れ、永遠の終りを望んでいるはずよ!」 C.C.の態度に激高したマリアンヌは、その眉間に深いシワを刻み、怒鳴りつけた。元ナイトオブラウンズ・ナイトオブシックス。そして現在は皇妃という地位にある女傑の一喝は、一般人であればその怒気に気圧され、膝をついてしまうかもしれないほどだった。だが、C.C.は何事もないようにその怒りを受け流し、何かを思い出すかのように腕を組み、視線を頭上に向けた。 「永遠の終り?・・・いや、まて。・・・ああ、たしかにそう望んでいた時期はあったな・・・もう2000年以上前の話だから忘れていたよ」 ああ、そうだった。 それはとても懐かしい感情だった。 たしかにあの頃は、一人で永遠を生きることに疲れ果てていた。 「そんなはずないわ!貴女は死ぬために私達に協力するのよC.C.!」 「そう言われても困るな。誰に聞いたかは知らないが、少なくても今の私は死など望んではいない。それよりゼロ、見た限りL.L.はいないようだが、見かけなかったか?」 マリアンヌとの会話などどうでもいいという態度で、C.C.はゼロに尋ねた。 「いや、まだL.L.には会ってはいない」 「やはりまだか」 嘆息したC.C.は頭上に視線を向けた。 その瞬間、今まで澄み切った青空だった上空に巨大な球体が出現した。 畏怖の念を思わせる、異様な球体。青空から一変し、不安を煽るような薄暗さへ。 突然様変わりした光景に、皆恐怖から思わず一歩後ずさり、皇帝と皇妃もまた息を呑んだ。 「もしかして・・・これが、神なの?」 神。 静まり返った空間に、マリアンヌの呟きが響き渡った。 C.C.は周りに構うこと無く、頭上に鎮座する存在を睨みつけ、怒鳴りつけた。 「おい、神!いい加減に私の魔王を開放しろ!」 神に対してなんて失礼な口のきき方を。そう誰もが思った。 そのC.C.の声に呼応するように、神と呼ばれたその球体は空間と共鳴し、咆哮を上げながら震えた。大気が震え、地面が震え、生徒会のメンバー、そして神楽耶はその迫力に耐え切れず、床にぺたりと座り込んだ。まるでC.C.の口のきき方が気に入らないと、神が激昂しているようだった。 「・・・C.C.、これが、神だというのか?」 いつになく硬いゼロの声に、C.C.は一度息を吐くと「そうだ」と答えた。 「神、あるいは集合無意識、Cの世界。呼び方は様々だ。全ての命はここから産まれ、やがてここに還る。世界各地にある遺跡はこの神の元に来るための装置だ。そして私達不老不死者はその神の使いという位置づけだな」 「神の、使い」 「そうだ。それにしても神はなぜお前たちの侵入をこうも容易く許し、これだけの人間をこの地に集めたんだ?」 誘拐に関しては間違いなく神が手をかした。この遺跡を使い日本とブリタニアを移動するために。だが、他の者・・・ゼロたちまで招き入れていたとは予想外だった。 確かにギアスユーザーであっるゼロ、マオ、ロロがいれば扉は開けるが・・・。 呆れたようにC.C.が呟いた時、皇帝と皇妃の直ぐ側にゆらりと人影が現れた。 「神もまた終わりを望んでいるからだ」 老齢な声音の男は、司教風の漆黒の衣服を身に纏い、フードで顔を覆い隠していた。 その風貌、マオが得た情報の人物に当てはまるもの。 下にある門から来なかったという事は、恐らくブリタニア側の門から神が招き入れたのだろう。この男は神の駒。そしておそらくは、カレンのいう預言者。 「ようやく会えたな。はじめまして、ギアス嚮団の嚮主。探したぞ?」 「ほう?私を探していたと?それは失礼した。早くに姿を表していれば、もっと前に協力してもらえたということか」 長いローブを翻し、皇帝と皇妃を背に庇うようにC.C.と対峙すると、老齢の嚮主は苦笑交じりにそう言った。 「いや?私の目的はお前の命だよ。神を殺そうと考えている愚か者に神の裁きを与えるのは神の使いの役目だろう?」 「何を言うC.C.。君の望みを叶えるためにも、既存の神には退場してもらうべきだ」 「私の願いは神の死ではないよ。下らない事をこれ以上続けるのはやめて、世界平和でも考えたらどうだ?侵略戦争などという愚かな行為も早々にやめることだ。まあ、日本はもう返してもらったが」 ここにたどり着く前に聞こえた解放宣言。 少なくても藤堂と泉はあちら側に残っているし、その後の策も何パターンも用意されている。押し返されている事は無いはずだ。 「そういえばイレブンが随分と頑張ったようだね。クロヴィスとユーフェミアが盾になるとでも思っているのかな?ここに来る前にシュナイゼルにエリア11を制圧するよう命じてきた。もう間もなく不穏分子は淘汰されるだろう」 「ほう?皇帝でもないお前が宰相補佐に命令だと?なるほど、やはりお前がブリタニアの宰相も兼任しているのか」 「気づいていたか。流石はC.C.というべきかな」 「お前ごときに褒められても嬉しくは無いよ」 すっと表情を消し、C.C.はそう言った。 「まあいい、これでC.C.のコードをこの場に用意できたのだ。あとはラグナレクを開始し、アーカーシャの剣で神を殺すだけ」 響主はまるで陶酔しているかのように、大仰な動作で神を見上げた。 「そして、儂が新たな神となり新たな世界を構築する」 皇帝は重厚な声でそう言った。 「馬鹿なのかお前たちは。何を聞いていた?私は協力などしない」 「するさ」 響主はゆっくりとした歩みで皇帝と皇妃の元へと歩いた。 皇帝と皇妃はその歩みをさえぎらないよう、左右に分かれて、自分たちの背にある者へと響主を誘導する。 今まで二人の・・・いや、皇帝の体とそのマントで隠れて見えなかったが、そこには台座のような物が置かれており、一人の人物が拘束され、寝かされていた。 いくつもの機材、いくつもの管、いくつもの配線がその人物の体に繋がっている。 人体実験。 L.L.とC.C.、ジェレミアの事を知る者は、その言葉が頭によぎった。 目を口さえも封じられた人物の額が赤く輝いて見える。 「C.C.、紹介しよう。ペンドラゴンの地下深くから発掘した。名を、P.P.という」 その言葉に、C.C.はすっと目を細めた。 |