まだ見ぬ明日へ 第101 話


体に繋がる数多くのコードと、何を目的にしているかもわからない機器。その四肢を縫い止めるために突き立てられた器具。明らかに非道な人体実験を行ったという痕跡を数多く残した人物が横たわる台座が視界に入り、皆が息を飲んだ。
小さな悲鳴が上がる中でただ一人、C.C.だけは先程までの凍えるほどに冷たかった視線を緩ませ、何処か安堵したような表情でその人物、P.P.と呼ばれたモノを見つめた。それは、普通の人間から見れば、明らかに場違いな、慈愛に満ちた表情だった。

見つけた。
ずっと、探していたんだぞ?

誰にも聞こえないほど小さな声で、C.C.は呟いた。
予想通りというべきか。
不老不死者が最後に至る状態に陥っていた。
いずれ来るかもしれない、私たちの未来の姿。
その状態で長い年月、同胞は苦しみ続けていたのだ。
自我を失い、苦しみに
遅くなってすまない。
だが、もう大丈夫だ。
必ず・・・眠らせてやる。
苦しみのない、永遠の眠りに。

「残念なことに、地下から見つけ出したこのコードユーザーは気が触れていてね。まともな会話さえできなかった。おそらくは不適合者だったのだろう」

嚮主は情けない者を見るような、見下す視線を苦しみもがく者へと向けた。
それだけで、C.C.の神経を逆なでするには十分なものだった。

「与えられたコードに精神が耐えきれず、気が狂れたと?それは違うな、間違っているぞ響主」

凛とした力強い声が辺りに響きわたる。
怒りに任せ怒鳴ろうとしていた感情はそれだけで鎮まり、C.C.は視線を嚮主から逸らした。そこは先ほどC.C.が姿を現した空間だった。ゆらりと空間が僅かに揺れた後、そこには漆黒のマントを身に纏い、大きなフードで顔を隠した人物が立っていた。

「ようやく解放されたか、遅いぞL.L.」

C.C.は視線だけをL.L.へ向けると、そう言った。
その声には僅かに安堵の色が見えた。

「これでも最速で解除したんだが・・・それにしても、随分と多くの者が侵入したな」

それは先程C.C.も述べた感想だった。
本来誰も居ないはずのこの空間に、軽く二桁を超える人間がいるのだから当然か。
漆黒の布を金で縁どり、赤い宝玉が埋め込まれた、足の先まで隠れるほど長い豪奢なマントを揺らしながら、L.L.はC.C.の元まで歩いた。

「お前、それはどうしたんだ?」

それはお前のものではないだろう?
呆れと嘲笑を込めた声音でC.C.は言った。
だが、その視線は懐かしい物を見るように優しげに細められていた。

「これしか無かったんだから仕方がないだろう。・・・俺に白は似合わない」

不可抗力だし、選択の余地が無かったんだと、舌打ちと共に吐き捨てた。
C.C.の衣装とそのマント。それだけでマントに隠された衣装の想像は容易い。
・・・あの衣装は、C.C.にとってトラウマだ。
見せないようにと気遣ったのか、もうあの姿を誰にも見られたくなかったのか・・・。
顔も見えないほど深くフードをかぶっているため、その表情はわからなかった。

「懐かしいマントだと思っただけだ。そう機嫌を損ねるな」

どうせ意味を知る者などいはしない。
全てはもう、失われたのだから。
L.L.はC.C.の横に立ち、皇帝と皇妃、響主
そして台座の上に横たわる存在を視界に収めた。

「やはり、コードユーザーの遺伝子を移植し、ギアスユーザーを生み出していたか。悪趣味だな」

コードユーザーは、人から不死人へと変化した際に、その体内の遺伝子情報も書き換わる。人が持つはずのない因子。それを移植することで、本来とは違う方法でギアスを目覚めさせることが可能だった。
だが、人工的に移植したCの因子は人体に致命的な障害を与えるため、高確率で移植者は気が触れ死に至る。
ユーフェミアを操るために来たギアス兵たち。あの人数を作り出すだけでも、一体どれほどの人間が犠牲となったのだろう。

「・・・お前は、誰だ」

響主は今までの自信に満ちた表情から一転、奇妙な物を見るような視線でL.L.を見た。

「私は、L.L.」

感情の見えない声で、L.L.は名乗った。
皇帝と皇妃は嚮主を見つめ、嚮主は顔を歪め呻いた。
知らない名前、知らない人物。預言者である自分が知らない存在。そんなものが、この神の座にいるはずがないのに。しかもその名はコードを示すもの。そこに立つ存在は、あまりにも不気味に見えた。

「もう一度聞く。お前は誰だ。L.L.などという者が関与するはずがない」

それは決定事項なのだと響主は言った。

「関与するはずがない?だが、私は今ここにいる。私はゼロの共犯者、L.L.。黒の騎士団が活動するよりも前から、ゼロと共にある」

凛とした声音が辺りを包みこむ。L.L.がそこにいるだけで、今まで張りめくらされていた威圧感が和らぎ、皇帝と嚮主、そして苦しみもがく被験体、それらに対する畏怖の念が薄らいでいく。腰を抜かし座り込んでいた者たちは、我に返り慌てて立ち上がるのが気配で解った。

「・・・成程、お前だな。お前が我々の邪魔をするノイズ、イレギュラーな駒」

響主は冷たい声音でそう告げると、シャルルはにやりとその口元に笑みを浮かべた。

「ならば、その駒を消せば全て予言通りに進むという事か」
「そうだ、シャルル。このL.L.が我々の計画を掻き乱した元凶」
「ならば殺してしまいましょう?L.L.という事は貴方もコードユーザーなのかしら?ならばちょうどいいじゃない。C.C.とP.P.だけではなくL.L.のコードも揃えば、確実に神の息の根を止めれるわ」

そう言うと、マリアンヌはどこからか取り出した拳銃をL.L.に向けた。

「避けない方がいいわよL.L.。後ろに居る誰かに当たってしまうから」

私は元ナイトオブラウンズ・ナイトオブシックス。この程度の距離なら外さない。

「成程、さしずめ俺は肉の壁か?」

くくくと、押し殺したような笑いとともにL.L.は言った。

「そう言う事。ねえ、そのマント脱いでくれるかしら?狙いを外して後ろの・・・そうね皇カグヤに当たったら困るでしょう?」

もしL.L.が避ければ、その後ろにかばうカグヤにも当たるように角度を調整しながら、マリアンヌは楽しげに言う。まるで虫の羽をもぎ取り遊ぶ子供のような瞳と笑みを乗せたその姿は、その美しさも相まって、皆の恐怖を心の底から湧きあがらせた。

「ゼロ、このままでは全員殺されかねない」

いつの間にかゼロに近づいていたナオトが囁いた。
L.L.に皇妃の意識が向いている今がチャンス。
C.C.とL.L.は不老不死。
彼の言葉通り肉の壁となってもらいその隙に。
それが最善手だと解っていても、ゼロであるスザクはその策を踏み出す事が出来なかった。 先ほどから心がざわざわと気持ちが悪いくらいざわめいており、悲しみと怒りと焦燥と絶望と、あらゆる感情が胸の奥深くから湧きだしていた。あの衣装を身に付けたC.C.を見てからどうにも心が落ち着かず、L.L.の纏ったマントを見た時には、心臓が止まるほどの衝撃を受けた。
理由など分からない。
ここまで感情が揺り動かされる理由が、思い当たらない。
声をかけても反応を示さずただ立ち尽くしているゼロに、ナオトは混乱する頭をどうにか落ち着かせようと思考を巡らせた。
不老不死。
にわかに信じがたい話だが、その言葉が真実で、それがL.L.とC.C.を指す言葉であるなら、二人には悪いが一度その体を盾としてもらい、その隙に動くしか今は手が無いのだ。こちらにはたくさんの人質がいて、下手に動けばどれだけの被害が出るかも想像できない。
彼らの会話には正直ついていけないが、あの響主がどうやら預言者らしいことはわかった。その予言者の言葉をカレンのように信じ切っている皇帝と皇妃は、先ほどからC.C.は自分の味方だと決めつけるような発言をし、C.C.に拒絶されている。
もし自分たちがここに集まる事も全て決められていて、ブリタニアに膝をつく、あるいはここで死を迎えるという事が、抗う事の出来ない決定した未来なら、何をしても無駄だと思えるが、L.L.の存在もまた皇帝たちにとってはイレギュラーだという。
予定外が二つも存在する予言。
ということは予言はあくまでも可能性の一つであって、決定事項では無いのだろう。
ならばこの不利な状況をひっくり返す方法はあるはず。
ナオトは静かな声で後ろにかばっている学生たちに語りかけた。

「皆聞いてくれ。あちらのは銃はこちらに向けられている。流れ弾に当たらないよう、全員伏せていてくれないか」

その言葉に、緊張でがちがちに体を硬くしていた学生たちは、ゆっくりと地面にうつぶせになった。カグヤは咲世子が背にかばう形で立っており、そちらは彼女に任せるしかない。マオは相手の心を読む以上弾道の予測はできるだろうし、ロロはギアスを持っているという話だ。そして元軍人であるジェレミアもいる。ロイドとセシル、ラクシャータは彼らに任せるほかない。
響主と皇帝、皇妃、そしてL.L.とC.C.のやり取りを見て、まるで夢から覚めたような表情をしていたカレンは、ナオトの行動を見て、自分もいつでも動けるという視線を向けた。
話の内容は半分も理解できなかったが、皇帝が自ら神になり替わろうとしている事だけは理解できた。きっとそのために利用されていたんだ。何を信じればいいのか一瞬解らなくなり、今まで自分が立ってきた地面が崩れたような感覚に襲われたが、今ここには兄がいる。いつも自分を守ってくれた優しい兄が。
そして自分の背後には守るべき友人がいる。
今はそれだけでいい。
迷いを打ち消した視線で、カレンはさきほどまで崇めていた響主を見つめた。
しばしの沈黙の後、L.L.は「仕方がないな」と、その顔を覆っていたフードを上げ、マントを外した。このマントのせいで、後ろにいる者たちを危険には晒せない。・・・何より、このマントに穴を開けたくはなかった。
その下から現れたのは漆黒の髪。
それは彼が後ろに庇う全員が知る人物だった。
L.L.あるいはジュリアスと呼ばれるブリタニア人。
漆黒に金と赤い宝石で装飾が施されたマントはその手から離れ、パサリと音を立てて床に落ちた。

---白は似合わない。

その言葉に通り、彼らの視界に入ったのは白を基調とした豪奢な衣装だった。
白地に金の装飾、そして大きな赤い宝玉。
まるでギアスの瞳を思わせる、血のように赤い球。
その頭には同じような装飾がされた帽子も乗っていた。
C.C.の衣装、そして床に置かれたマントと対となっているような衣装。

「何度見ても似合わないな」

C.C.はL.L.の姿を見ると、からかう様に言った。

「煩い、黙れ」

キッと睨みつけながらL.L.は文句を言う。

「俺だってこんな衣装二度と着たくは無かったんだ」
「私も、二度と見たくは無かったよ。お前のその姿は」

二人は一瞬で感情を無くし、低く冷たい声音でそう言った。
だが、そこまでひどいか?とナオト達は眉を寄せた。
確かに黒を着ているイメージが強く、見慣れてはいたが、その白の衣装は彼によく似合っていた。
漆黒の錦糸のような髪と透けるような白さの肌、そして宝石のような輝きを放つ深い紫の瞳。それらをさらに引き立たせるような白い衣装は覇者の気配を纏い、近寄りがたい雰囲気を醸していて、まさに彼のために誂えられたものとしか思えなかった。
それは一つの芸術品といってもよく、皇帝と皇妃は思わず感嘆の声を上げた。
だが、ただ一人だけ全く真逆の反応を示した人物がいた。
彼の姿を見て驚き目を見開き、次第にその瞳に強い怒りと憎悪を宿すと、マリアンヌの手にあった拳銃を奪い取り、自らその銃口をL.L.へ向けた。

「一体どうしたの?」

いつになく激昂した様子の響主に、マリアンヌは困惑したように尋ねた。

「まさか・・・まさか、お前が存在しているなんて!なんでお前が!お前は!いないはずなのに!どこまで邪魔をするつもりだ!この、呪われた皇子が!!」

憎悪に歪んだ顔で、響主は躊躇うことなく引き金を引いた。
銃声が辺りに響き渡り、次の瞬間L.L.の体はぐらりと傾いだ。
チッと、鋭い舌打ちと、焦りを顔に乗せたC.C.は反射的に手を伸ばし、崩れ落ちるその体を抱きとめる。

仰向けに倒れたL.L.の胸の中心
純白の衣装が鮮やかな赤に染まっていくのを見た瞬間
視界が、赤に染まっていった。

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