まだ見ぬ明日へ 第102話


「神よ!私たちを勝たせたいのであれば、この場にシャルルの騎士を!この者たちを打倒す力を!」

響主は上空に鎮座している異形の球体、神を仰ぎながら叫んだ。
その直後、嚮主の呼びかけに呼応するかのように空間が震え、次の瞬間、皇帝・皇妃・響主達の前の空間が揺らめき、白い騎士服に身を包んだ者たちが姿を現した。
彼らもまた突然このような場所に移動したことで混乱しているようで、一様に目を白黒させていたが、流石騎士。反射的に警戒するように身構えると辺りを見回した。そして自分たちが守るべき主である皇帝と皇妃の姿を視界に収めると、表情を改めた。
彼らは、数時間前から姿を消した皇帝を探していたのだ。
無事な姿に全員が安堵の息を吐いていた。
そして皇帝の視線の先には、エリア11最大のテログループの首魁ゼロ。その姿を認識すると、彼らは皇帝の壁となるように整列し、剣を、あるいは銃を構えた。
皇帝の命令が下ればすぐに戦闘に入れるように。
だが、その中でも二人だけは即座に皇帝たちの元へと駆け寄った。ナイトオブワンは皇帝に、シックスは皇妃をその背にかばう。

「・・・ナイト・オブ・ラウンズ・・・」

カレンは突然現れた彼らに対し力無く呟いた。
その声は今まで聞いたことがないほど重く、震えていて、悲痛なほど絶望が滲んでいた。様子を伺うと、絶望を浮かべたその顔に表情は無く真っ青で、瞳からは光が消えていた。まるで地獄を見つめてきたような、そんな妹の姿にナオトは我が目を疑ったが、当然か、カレンは誰よりも彼らの実力を知っているのだろうと考え、すでに戦闘態勢に入ったラウンズを見つめた。
ブリタニアが誇る最強の騎士。
たった12席しか無いその場所を得た、一騎当千の猛者達。
こちらには非戦闘員が多く、1対1で戦えるほどの人数はいない。
戦って勝てる相手では無い。
ここから逃げる方法も解らない。
完全な負け戦だった。

「大人しくしていれば殺しはしない。まずはその男が蘇生する前に確保しろ。手足を切り落とし、動けなくするのだ」

響主の命令に、ラウンズ達は聞き間違いか?と一瞬表情を歪めた。命令の内容もそうだが、皇帝と皇妃を差し置いて、我が物顔で皇帝の騎士であるラウンズに対して命令をしたこの男は誰なんだと訝しげな視線を向ける。

「我が騎士達よ、紹介しよう。この者が我が国の宰相を務める男よ。この者の命令は儂の命令と思え」

重厚な声音で皇帝はそう告げた。
この司祭風の男の命令は、皇帝の命令と同じ。
そしてその内容を皇帝は訂正することもしなかった。
それはつまり、あの胸に傷を・・・致命傷といってもいいほどの重傷を負い、倒れている人物の手足を切り落とし、身動きが取れなくなってから確保しろという非道な命令に従えという事。わが耳を疑いながらも、皇帝の命令だとラウンズは若干覇気のない声音で「イエス・ユアマジェスティ」と口にした。
皇帝の騎士である以上、皇帝の命令は絶対。
手足を切り落せば・・・恐らくあの者は死ぬだろう。
四肢を失った状態で生きるわけではない、それがせめてもの救いか。
ラウンズ達は意を決し、足を進めた。
流石にこの状況は拙いと、C.C.はすっと目を細めた。
ラウンズが踏み込んできた瞬間にショックイメージを流せば何人かは倒せる。
だが、全員は無理だ。
L.L.のように殺されたら身動きが取れなくなる。
残りをどうする?
嫌な汗を流しながら思考を巡らせていると、視界が急に狭まった。
見上げると、カレンとナオトがC.C.の前に立っていた。

「・・・負けることなど最初からわかってはいるが・・・恩人にこれ以上危害を加えられるのを見ているつもりは無い」
「手足を切るですって!?そんな事、許すはず無いでしょう!!」

赤と青を纏う兄妹は苛烈な光をその瞳に乗せた。

「最初から負けると考えるのは間違いですよ、僕も戦います」

すっと二人に近づいたのはロロ。

「お前はロロ!?この裏切り者めっ、まずはロロを殺せ!近接戦闘をするな、銃で撃て!絶対に近寄るな!」

響主の命令に従い、ラウンズは全員銃を取り出した。
だが、どこからどう見ても子供にしか見えないこの少年にどうしてそんなに警戒するのか解らず、いくら命令とはいえ引き金を引くのを思わずためらった。
その時。

カシャリ。

緊迫した空気をかき消すように、硬質な音が辺りに響いた。
音の方へ視線を向けると、ゼロが仮面に手をかけている姿が見えた。
金属質な音は、ゼロの仮面が外れる音。
全員の視線がそちらに向いた。
黒の騎士団の首魁、ゼロ。
その正体は謎に包まれた、仮面の指導者。
その下の顔を知りたいと思うのは、当然の心の動き。
それは騎士だけではなく、皇帝と皇妃、そして嚮主も同じだった。
ギミックが作動し、折りたたまれた仮面の下から、栗毛色の癖毛が現れる。
そして顔を覆う布を引き下げた。

「スザク!?」
「スザク君!?」

予想しなかった人物の顔に目を見開き、学生たちが驚きの声をあげた。空いた口が塞がらないというような顔で呆然と見つめていたが、そんな彼らの反応は無視し、スザクは強い意志を宿した瞳で前に立ちはだかる敵を見据えた。

「・・・まさか、枢木スザクか!?なぜだ!なぜお前がゼロなんだ!なぜ黒の騎士団にいる!お前は、ブリタニアの、シャルルの騎士だろう!!お前はラウンズに、ナイトオブセブンになる、」

喚く嚮主にスザクは視線を向けた。酷く凪いだ緑の瞳に射抜かれた嚮主は、言葉を詰まらせた。

「父が殺されたあの日、僕を浚いに来た男たちが言っていた。第7席が僕に与えられると。そして彼らに命じ皆を殺させたのは嚮主だと・・・僕はあの日、誰が仇なのか、その答えを知っていたわけだ」

その言葉の意味、嚮主という存在がわからなかっただけで、それ以外はすべて知っていたのか。
静かな声音で話しながら、スザクは既にその命を失ったL.L.の横に膝をつくと、手に持っていた仮面を床に置いた。そしてゼロのマントを外し、いまだ赤い血液が白い衣服を染め上げている体にマントを掛けた。
黒のマントに覆われたことで、目に痛いほど鮮やかだった血の赤が視界から消え去った。本当に死んでいるのか確かめるように頬に触れ、乱れた黒髪を整えても、死を迎えた彼は身動き一つしなかった。

「全ては嚮主の予言を実現させるために行われた茶番か。そんな理由で父さんたちが殺されたなんて」

スザクはそう呟くように言った後ゆっくりと立ち上った。

「ナオト、カレン、ロロ、下がっていてくれないかな。・・・ああ、後ろにいる彼らを護ってくれると助かるんだけど」

静かな声で言われた言葉を、三人共に理解ができなかった。

「な、ゼロ、どうするつもりだ?」
「スザクさん、まさか一人でラウンズを相手にするつもりですか!?」
「スザクあんた馬鹿じゃないの!?私も戦うわよ!」
「いらないよ。僕一人で十分だ」

淡々と紡がれた言葉に、ざわりと空気が震えた。
当然だ。
ブリタニア帝国が誇る最強の騎士、ナイト・オブ・ラウンズを目の前にし、自分一人で十分片付けられると言ったのだから、挑発以外の何物でもない。
だが、スザクは周りの空気など気にする様子もなく、足元に落ちていた漆黒のマントを拾い上げた。それは先ほどまでL.L.が身に着けていた、大きなフードが付いた豪奢なマントだった。

「・・・っ待て枢木スザク!お前、まさか!」

C.C.がスザクの動作に一瞬息をのんだ後、慌てた口調で叫んだ。
スザクは凪いだ視線を一瞬C.C.に向けはしたが、迷うことなくバサリと音を立ててそのマントを身に付けた。
ゼロの衣装が、漆黒のマントの内側に消える。
後ろでC.C.の息を呑む音が聞こえた。

「嚮主、貴方は間違っている」

スザクは冷え冷えとした口調でそう言った。

「私が間違えているだと?」
「ええ、根本的な事を、間違えている」
「ほう、一体何を間違えているのか、教えてもらおうか?」

苛立たしげに口元を歪め、嚮主はスザクを睨みつけた。

「予言、ですよ」
「私の動揺を誘うつもりか?私の予言は絶対に覆ることのない未来だ!私は知っている!これから起きる事を、この先を、未来を!」
「絶対に覆ることがない?それはありえない。貴方の言う未来は絶対じゃなかったはず。いや、食い違っている事の方が多かったはずです」
「なに?」
「例えば、コード」

嚮主は目を眇めた。
なぜコードを知っているのだと思ったが、C.C.があちらにいた以上、コードに関する何かしらの情報を与えたのだろうと理解した。ゼロとなる者を消したことで、世界はその代役を用意していた。それがまさか、本来こちらの駒となるべきスザクだったとは。だが、スザクは元々ブリタニア寄りの思考を持っている。
説得は可能だろうと嚮主は口を開いた。

「・・・確かにそうだな。私の予言は完璧ではない。絶対であるはずの未来を、我々以外の誰かが歪めていた。コードにしてもそうだ、本来であれば私はコードを継承しするはずだったが、なぜか先代と出会う事が無かった。それはおそらく、そこにいる愚かな男のせいだ」

全ての元凶、全てのイレギュラーはその男に責任があるはずだ。

「・・・ああ、成程、そう言う事か。確かにそうですね、彼がいるから、貴方はコードを得られなかった」

一瞬、何かに気がついたような顔をした後、スザクは嚮主の言葉を肯定した。やはりそうかと、憎々しげに嚮主は顔を歪めた。やはり全ての元凶は、悪はこの男なのだ。

「でも、予言の認識が間違っている事に変わりはありません」
「そうやって我々を惑わせるつもりか。その男の傍にいたことで、人を惑わせる術でも身に付けたか?」
「いえ、惑わせるつもりなどありません。ただ、事実を言っているだけです」

すべてを見透かしたような瞳を向けられている嚮主は、いらだちを抑えられなくなり、眉寄せてスザクを睨みつけた。いまここで説得するのは間違いだ。あの男が蘇生する前にすべてを終わらせなければならないのだから。

「・・・もういい、ラウンズ達、枢木スザクを捕えろ。。イレブンでありながらナイト・オブ・セブンとなり、ブリタニアの白き死神とまで呼ばれる騎士になる男だ、甘く見るな」
「「「イエス・マイロード」」」

ラウンズ達はゆっくりと間合いを詰め始めた。

「自分はナイト・オブ・セブンではなく、ゼロです」

スザクはゆっくりと歩みを進めながらそう言った。

「お前はナイト・オブ・セブン。それが本来のお前だ。その男に惑わされ、ゼロなどという反逆者になっただけにすぎない」

響主は断言したが、スザクは首を振り否定した。

「いえ。自分は神聖ブリタニア帝国最後の皇帝の騎士。ナイト・オブ・ラウンズ、ナイト・オブ・ゼロ、枢木スザクです。・・・皇帝陛下に仇成す 者は誰であろうと許しません」

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