まだ見ぬ明日へ 第103話


真っ白な衣装が鮮血に濡れ、止め処なく命が溢れだすのを見た。
その光景に、押さえきれない感情があふれ出し、鋭い刺を持つ茨が脳にまきつくような激しい痛みが襲ってきた。そして、激情に耐えきれなかった脳は、まるで茨の締め付けに耐えきれ無かったようにぐしゃりと音を立ててつぶされた気がした。
その瞬間、思考が停止し、今まで感じていた痛みも激しい感情も一瞬で消え去り、その代わりに視界が、赤く染まる。
赤い世界には自分だけしかいなかった。
周りにいたはずの人々はかき消され、自分と、頭上に神だけがいる世界。
停止した思考の端に、白い衣装を着た彼が微笑む姿が引っかかった。
視線をゆっくりと前に向けると、そこに彼がいた。
既に息絶え、床に横たわる彼ではない。
今から死を迎える彼が立っていた。
凶刃を突き立てられているというのに
これで平和が訪れる
これで皆が幸せになれる
全ては計画通りだ
全てをやり遂げたという達成感と
自分が死んだ後の未来への希望を抱き
慈愛に満ちた綺麗な笑顔を浮かべる姿
ゼロの剣で刺し貫かれたのは胸
彼が人としての死を迎えた時の傷
これは彼が人であった時の、最後の微笑み
ゼロという名の仮面の騎士に討たれた、至高の皇帝の最後の姿
その時、頭の中に漠然とあった全ての情報が一つの答えを導き出した。
パチリ、パチリと音を立て全てのピースがはまり、理解したその瞬間。
視界が明るく開けた。



酷く静かだった。
周りの音が掻き消えたような感覚。
体の隅々まで力が行き渡る感覚。
視界に映る者達の動きがスローモーションのようにゆっくり見えた。
ラウンズ達が迫ってくる姿を視界に入れても、焦りや恐怖は微塵も感じない。
負けるなど、あり得ないから。
だって懐かしい感覚が、声が、この体を支配していたから。
それは願いという名のギアス。

生きろ

その願いが言葉となり、静まりかえった脳の中に響き渡る。
それが今の自分にとって、唯一の音。

「イエス・ユアマジェスティ」

穏やかな表情で口元に笑みを浮かべ、地面を蹴った。
戦闘には邪魔になるであろう漆黒のマントを翻し、ラウンズ達の中へ自ら飛び込む。そして、流れるような動作で攻撃をいなし、強烈な蹴りを相手に打ち込んでいった。
多勢に無勢。
相手は一騎当千の猛者たち。
そのはずなのに、この戦場を支配していたのはスザクだった。
まるで赤子の手を捻る様。
大人と子供の喧嘩。
そんな言葉が当てはまるほどの差があった。

「・・・すごい」

ナオトはポツリと感嘆の声を上げた。
まさか、ゼロがここまで強いとは思いもしなかった。人間離れした身体能力に、これだけの力があれば、自分一人で十分だと言い切ったのもわかる。共に戦ったとしても、自分たちは足手まといにだと、ナオトはその戦いを食い入るように見つめた。
このままでは不味いと、ナイトオブトゥエルブが銃を取り出し、ナイトオブテンと攻防を繰り広げるスザクめがけて発砲する。だが、スザクはちらりと視線を向けた後何事もないかのようにその凶弾をかわし、一瞬でナイトオブトゥエルブの元へ駆け寄るとその銃を持つ手を蹴りあげた。

「なんだと!?弾も避けるって、あり得ないだろ!?」

化け物か!?
幾度と無く銃声が響くが、そのすべてを自然な動作でかわし続ける。連携したラウンズの洗練された攻撃でもかすり傷一つつけられない。拳銃もナイフも全てかわされる。こんな動き、人間じゃない。見た目はまだ少年だが、その戦い方は洗練されており、戦場に身をおいているラウンズたちよりも戦い慣れているようだった。
・・・ありえない。こんな人物がいるなんて。
これほどの人物が、息を殺し潜んでいたなんて。
宰相は死神と呼ばれるほどの人物だと言っていた。つまりそれだけ危険な人物なのだ。ラウンズ達に戦慄が走り、思わずスザクから距離をとっていた。

「どうやらスザク君に掛けられた呪い・・・いえ、願いが発動しちゃったようですねぇ」

その言葉にはっと視線を向けると、いつの間にかロイドはL.L.の傍まで移動していた。

「ああなったスザクくんは、ホント強いですからねぇ、負け知らずってやつですよぉ」

さも当然のようにそう口にするとL.L.の傍に膝をついた。
ゼロのマントを捲り撃たれた箇所に視線を向ける。
赤く染まった白い衣装に僅かに眉を寄せながら、状態を確認すると出血はすでに止まっているようだった。そしてわずかに胸が上下しているのも確認できる。
蘇生が始まっていた。
その様子を静かに見ていたC.C.は眉を寄せた。

この男、今何といった?
スザクに掛けられた呪い・・・いや、願いといったのか?

「・・・ロイド、お前は」

C.C.は探るような視線をロイドに向けると、ロイドは一瞬キョトンとした視線を向けた後、へらりと破顔した。
まるで悪戯に成功した子供のような笑みだった。

「おやおや、もしかして気づきませんでしたぁ?てっきりC.C.には、ばれているとばかり思ってましたよぉ」

ねえセシル君。と、ロイドは自分の横で膝をついていた部下に声をかけた。

「ええ。てっきり知った上で、気づいていない振りをされていると思っていました」

こちらもいい笑顔でにっこりと笑った。

「・・・どういう、ことだ?」

C.C.は底知れぬ何かをこの二人に感じ、無意識にL.L.の痩身を掻き抱きながら冷たい声音で尋ねた。
敵という空気ではない。
敵ではないが、なにか得体のしれない者だ。

「あらぁ?なによプリン伯爵。C.C.にはバレてるって、さっき言ってなかったかしらぁ?」

ああ、蘇生始まってるわね。安心したわ。
キセルを咥えたラクシャータがC.C.の背後に立ち、L.L.の様子を覗き見ながら呆れたようにそう言った。

「それにしても、よりにもよって胸なんて。しかもこの服だしねぇ」

なんて悪趣味。
まるで再現よね。

「ほんとですね」
「この服・・・僕、地味にトラウマなんだよね」
「それは私たちもよ」

科学者三人は先ほどの笑みを消し、不愉快そうに眉を寄せた。
この衣装を着た姿を、もう二度と見たくは無かった。
特に血に濡れる姿など悪夢でしかない。
その言葉でC.C.は悟った。
悟らずにはいられなかった。

「・・・っ!お前たち、まさか」

だが、それならば今まで疑問に感じていた事全てに説明がつく。
神がシナリオを書き換え、自分たちを混乱させようとしているのでは?と思っていた事柄にさえ、すべて説明がついてしまう。

なぜ、ランスロットが、ロイドとセシルが日本にいて騎士団に手を貸したのか。
なぜ、紅蓮が、ラクシャータがブリタニアに居てカレンと共に特派にいたのか。
なぜ、ロイドとセシルがコードとギアスについて知っていたのか。
なぜ、ギアスの遮断装置や制御装置が作れたのか。
なぜ、流体サクラダイトを用いた医療技術を手にしていたのか。
なぜ、L.L.が初対面となるはずのロイドとセシルの所に行けといったのか。
なぜ、ロイドとセシルが開戦前の日本に訪れ、行方不明となったのか。
なぜ、こちらの存在を疑うことなく全面協力してくれるのか。
なぜ、L.L.に対してだけ、様と敬称をつけて呼ぶのか。
なぜ、なぜ、なぜ。
考えだしたらきりがない。
この二人に関しての疑問は、それこそ一晩で語りつくせないほどあったのだ。
だが、そうか、そういう事だったのか。
・・・この可能性には至らなかった。・・・至れなかった。
これらのイレギュラーは神が関与していると思い込んでいたから。
まさか、自分たちの意志で動いていたなんて思いもしなかった。
二人も前例がいたのだから、彼らのことも疑うべきだった。
C.C.は体から力が抜けたとでもいう様に深く息を吐いた。

「お前たち、いつからだ。いつから・・・記憶がある」

その言葉で、傍にいたロロは悟った。
この科学者三人は持っているのだ。
自分とマオと同じく”前世の記憶”を。

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