まだ見ぬ明日へ 第106話 |
突然現れたのは、ギアスを身に宿した能力者。 どのような異能を持っているかわからない相手に、流石に分が悪いと、咲世子は唇をかんだ。カグヤのそばを離れる訳にはいかない、だが、遮断装置を持つものが相手をしなければ・・・ 「咲世子さん、ここは私に任せて、スザク君たちをお願い」 見ると、カグヤの傍にはミレイが立っていた。 「ミレイ様・・・」 だが、カグヤは盲目。ミレイを信用していないわけではないが、目の見えないカグヤを連れて動けるのだろうか・・・。そんな咲世子の不安に気がついたラクシャータは、カグヤに近づいた。 目元の包帯を見て、キセルを指先で回す。 「プリン伯爵~カグヤ様の目、まだ無理なの?」 カグヤの目の治療をした事は、ここに来るまでの間にセシルから聞いていた。 流体サクラダイトを用いた、画期的な治療方法。 これも、過去のもの。 ゼロレクイエムの後、世界は平和になった。 戦争に向かっていた技術が医療にも向けられるようになり、その結果生み出された奇跡の技。 正確に言うならば、ジェレミアの体に施された、流体サクラダイトを用いた技術から、ラクシャータが見つけ、確立した医術だった。 「一昨日の早朝に処置したから、そろそろ大丈夫だとは思うけど?」 たいして興味が無いと言わんばかりの態度でロイドは言った。 態度が悪いと、セシルが襟首を捕まえているのが見える。 「一昨日の早朝・・・ならもう馴染んでるわよね。包帯取るわよ?」 え? 思わずもれた驚きは、誰のものだろう。 ラクシャータは特に頓着するでもなく、するするとその白い包帯を解いて行った。 最後に両目に充てられていたガーゼを外す。 「いいわよ、ゆっくりと開けてみて」 カグヤはごくりと固唾をのんだ。 今までは黒から白へと変わった眼球を見られるのが嫌で、ずっと瞼をおろしていた。 その瞼をゆっくりと、上げる。 途端にまぶしさを感じ、思わず瞼を閉ざした。 光から受けた刺激で、ポロリと涙がこぼれる。 だが、今間違いなく、光を感じた。 その事に、カグヤは驚いた。 いままで何も感じなかった瞳に、光が。 ああ、わかる。 瞼を閉じていても、この目は光を感じている。 「最初は痛いかもしれないけど、頑張りましょう?眼球に埋め込まれたサクラダイトは、光を受けて変質するの。痛みはそのせい。大丈夫、痛みはすぐに消えるし、徐々に見えるようになるわ」 その言葉に頷き、カグヤは再び瞼をそろそろと上げる。 光が強すぎて、目の前がチカチカする。 光が痛い。 目に映ったのは、辺り一面真っ白な世界だった。 だが、瞼を上げたまま暫く我慢していると、世界に色が付き始め、やがてその色は輪郭を形成し、自分を取り囲んでいる人たちの顔を明確に映し出した。 「・・・見える・・・見えますわ」 僅かに震えた声で、カグヤは言った。 「上手くいったみたいね。まあ、残念なのは瞳の色が変わってしまう事なんだけど。気になるようならカラーコンタクトを用意するわよ」 本来緑色のはずの彼女の瞳は、今は神秘的なピンク色だった。 それは瞳になじませた流体サクラダイトの色。 「いえ、大丈夫ですわ」 ぽろぽろと、痛みと感動の涙を流しながらカグヤは答えた。 「うんうん、ピンクの瞳も可愛いわよ。で、咲世子さん」 「はい。カグヤ様をお願いします」 咲世子はミレイに任せてその場を離れ、スザクの元へ走った。 ギアス無効化装置を身に付けたスザクと咲世子。 ギアスを無力化するジェレミア。 ジェレミアから離れることなく戦うアーニャ。 ギアス兵などギアスさえなければ、並みの兵士よりも弱いただの雑魚。 数は多いが、負ける要素など欠片も存在しなかった。 不安はただ一つ、ギアスに対処する力の無い者にギアスを使われる事。 彼らがその方法に気づく前に、全員沈める。 皇帝と嚮主、そしてギアス兵は、押されている現状に驚きが隠せなかった。 普通の人間であれば、防ぐことの出来ない王の力、ギアスを使っているはずなのに、彼らは平然とした表情で迫ってくる。ギアスを消去、あるいは無力化できる事を知らない者から見れば、異様としか思えない光景だっただろう。 「なぜだ!なぜギアスが、王の力が効かない!」 声を荒げ、響主は叫んだ。 ありえない。ギアスが効かないなどあるはずがない。 だが、目の前の光景は受け入れるしかない事実。 ならば! 嚮主は再び銃を構え、その銃口をカグヤへ向けた。 日本という国の象徴を消し去れば、士気は落ちる。 ミレイがそれに気が付くと、その身を盾に立ちふさがる。 「どけ!アッシュフォード!」 「退きません」 にっこり笑顔で即答する。 「ならば、お前も死ね!」 そう言って引き金を引こうとした時。 「はああああああっ!」 鋭い一撃で、拳銃は宙に飛んだ。 斜め後ろからの鋭い一撃。 「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!」 蹴りあげられた腕は、おそらく折れているだろう。 おかしな方向へ曲がっていた。 誰だと視線を動かすと、そこにいたのは紅の騎士。 「カレン!この裏切り者め!!」 「うっさいわね、この偽物っ!よくも!よくもっ!あーもー信じられないっ!!」 そう叫ぶと同時に、嚮主の折れていない方の腕をとり、後ろ手にねじり上げるとそのまま床へ押し倒した。流れるような動きで、自分の倍以上はあるだろう体格の男を、カレンはあっさりと無力化する。 ぎりぎりと、骨が軋むほどの力に、嚮主は悲鳴を上げた。 今までL.L.とC.C.の傍、ナオトの隣にいると思っていた面々は、嚮主を抑えこんだカレンの姿に驚いた。一番驚いていたのはナオト。「え?カレン!?いつの間に!!」と、慌てて妹を守るため駆けだしていた。 全員がスザク達に意識を向けた隙に、気配を殺し接近していたのだ。 嚮主を捕えるために。 カレンを退かさなければと皇帝が動いたが、もう遅い。 既にその場には忠義の騎士が駆け寄っており、剣の切っ先を再び皇帝に向けた。 未だ倒れ伏しているマリアンヌには、アーニャが向かう。 すでにギアス兵は、ひとり残らず打倒されていた。 「ジェレミア、貴様っ!」 嚮主はジェレミアを睨みつけると、うめくように言った。 「シャルル皇帝陛下、そしてV.V.。この下らない遊びも、これで終わりでございます」 「下らないと、申すか」 皇帝が、凍りつくような冷たく重い声音で言った。 「実に下らない。どれほど策を練り、コードを手に入れ、アーカーシャの剣を生み出すことに成功したとしても、神を殺す事など不可能なのです。それさえ解らずに、神にいい様に操られた事は哀れとしか言えません」 「神を殺せないだと?操られていただと!?」 あり得ないと、嚮主がうめいたが、その背に体重をかけて座り込んだカレンは、深く深く息を吐いた。 「殺せないのよ、アーカーシャの剣じゃ。そもそも、コードがあってもアーカーシャの剣は作れないのよ。だって、神にはギアスがかかっているんだもの」 脱力したように言ったカレンの言葉に、ジェレミアは表情を改め、口元に安堵の笑みを浮かべた。 「なに!?どういう事だ!何を知っている!答えよ、カレン!」 嚮主が声を荒げ命令するように言うが、カレンにとって嚮主は、老害という認識にまで落ちていたため、命令に従うことはなかった。 達観したような様子のカレン前に膝をつき、その顔を覗き見たナオトは眉を寄せた。 先ほどまでは17歳の少女だったというのに、その表情は嫌に大人びて見える。 「カレン、大丈夫なのか?」 ナオトの声に、カレンは泣き笑いのような表情を浮かべた。 「思い出したの、全部。・・・思い出さないわけ無いじゃない。あいつの、あんな姿を見て。あの時どれほど自分の愚かさを呪ったか。彼を信じられなかった自分をどれほど・・・私が崇拝してたのはね、あんたみたいな私欲見まみれた汚い人間じゃないのよ。とても高潔な魂を持つ英雄なのよ」 あんたなんかじゃなかった。 カレンはそう言いながら、空を見上げた。 視線の先には、神と呼ばれるものが浮いている。 「あんたたち、知らないでしょ?知るはず無いわよね。その英雄はね、神様に呪いをかけたの。明日が欲しいって呪いをね」 私が知ったのは、年老いた時。 終わりが近いこの体を抱え、戦う力も無くし、ただ過去を後悔し生き続けていた私の元に魔女がふらりと訪ねてきた。 あの当時と全くかわらぬ姿のC.C.が。 私の魔王は、明日を望んで死んだ。 それなのに、その騎士たるお前は過去ばかり見ているのか? そんな事では、あの魔王に叱られるぞ? 折角俺が作り出した明日を生きないのか、とな。 そして、秘密を一つ教えてくれたのだ。 彼が起こした奇跡を。 呪いを。 過去に囚われる事を否定した、彼の純粋な思いを。 「明日が欲しい?それは、呪いなのか?」 ナオトは一体何の話なんだと思いながらも、そう言った。 明日が欲しい。 それは呪いではなく、願いではないだろうか。 「でも、私はギアスは忌むべき力、呪いだと思っていたから。だからいいのよ、呪いで。願いという名の、優しすぎる彼の呪い。そして神はそれに応えた。アーカーシャの剣では神を殺せない。いえ、そもそもアーカーシャの剣は作れない。だって神は死を望んでいないから。明日という日を望んでいるから」 「そんなはずは無い!死を望んでいるからこそ、神は我々に力を貸したのだ!」 「それは違う」 否定したのは、魔王を腕に抱いた騎士。 その隣には魔女。 日本の皇と、学生達もここに集まってきていた。 彼らの表情は、ここに来た当初とはがらりと変っている。 その年に不似合いなほど、落ち着いたまなざし。 「違う、だと」 奇妙な違和感を感じながらも、嚮主はうめいた。 「違う。神の望みは別にあるんだ」 「・・・枢木スザク、お前はこの神の遊戯が何のための物か、知っているのか?」 C.C.は隣に居る男に視線を向けた。 そう、今この時代は嘗て魔王が生きていた時代の再現。 人々から明日を奪い、同じ過去を繰り返させる神の盤面。 既に決定した歴史を、ただなぞるだけの未来。 終わりが決定している未来に進むだけの無駄な時間。 こんなものを明日とは言わない。 言わせない。 だから過去の、歴史という名の呪縛から人々を解放するため抗ってきたのだ。 こんなゲームを仕掛けた神の思惑は解らなかった。 だが、その思惑をこの男は知っているという。 C.C.は眉を寄せ、冷たい視線でスザクを睨みつけた。 スザクは凪いだ瞳で、その瞳を見つめ返す。 全てを悟ったようなその様子に、C.C.は苛立ちを覚えた。 「この下らない世界が何のために構築されたのか、知っているのか枢木スザク!」 怒鳴る様に問われた言葉に、スザクはようやく表情を取り戻し、呟いた。 「多分、だけど」 自信があるのか無いのか。 よく解らない態度のスザクに、C.C.の怒りは限界だった。 だから、口にしてしまった。 歴史に埋もれた、真実を。 「ほう、ならば答えてもらおうか!こいつが命を賭して生み出した優しい世界を、私たちの目の前で消した理由をな!皇歴から正歴へと名を変え、500年もの間戦争が起きなかった、あの平和な時代を、世界を、なぜ消した!神が人々に干渉し、猜疑心と闘争心を煽り、フレイヤを世界各地に余す所無く落とさせ、文明が栄えたその痕跡さえも全て消し去り!人類を、生命を、その全て根絶やし、私たちの目の前で過去の時代を再構築した、その理由をな!!」 |