まだ見ぬ明日へ 第107話 |
目を見開くと、見知った天井が視界に入った。 呆けた思考で、ああ、クラブハウスの天井かと考えていると、音もなく扉を開いた。 視界がぼやけはいるが、誰が入ってきたのかすぐに解った。 「あ、目が覚めた?大丈夫ルルーシュ?」 にこにこと、明るい笑顔で近づいてくるのはスザク。 「顔色、だいぶ良くなったね。具合悪くない?あ、水飲む?」 「・・・」 「ルルーシュ?聞こえてる?」 眠そうに両目を開けているが、どうにもおかしい。 どこを見ているのかわからないほど、視線をふらふらと彷徨わせていて、声をかけても反応がない。目の前で手を振ってみるが、反応が鈍かった。 「ルルーシュ?おーい、聞こえてる?ルルーシュー?」 ベッドの端に腰掛けたスザクは、確認のために軽く頬を叩いてみた。不愉快げに眉が寄ったので、もう少し強めにペシペシと叩く。 「・・・いたい」 「あ、起きた?」 起きたと言われれば起きている・・・と思ったのだが。 どうやら夢を見ているらしい。 遠い昔に捨てた名前を、この男が呼ぶはずがないのだから。 だが頬に感じた痛みは現実のようにも思えた。 「ほら、意識戻ったんなら起きよう。君、丸一日寝っぱなしだったんだから」 ヨイショと、スザクは本人の返答を待たずに上半身を抱き起こした。 「いち、にち・・・?」 ホオケテいたり体を無理やり起こされたため、定まらない視界にめまいが加わり気持ちの悪い。吐気がしたが、それはどうにか抑えこむ。 力の入らない身体はすぐに倒れてしまうため、スザクにもたれかける形になり、コトリとそのの肩に頭をあずけた。 蘇生した時は何時もこんな感じだから、俺はどこかで死んだのだろう。 傍にいるのはスザクだけ、そしてここはクラブハウス。 蘇生を急ぐ必要も、無理をして体を動かす必要もなさそうだ。 そこまで考えて、思わず苦笑する。 これは夢なんだ。 「ホント、君は生き返るのに時間掛かるよね。C.C.はすぐ生き返るのに、何でこんなに差があるんだろう?やっぱり体力かな?」 運動して筋肉つけなきゃね。 ああ、でも不老不死だから、体はもう変化しないのか。 スザクは苦笑しながら優しく黒髪を梳いた。声からも、指先からも、表情からも、どれほど心配していたかわかる。 それにしても、このスザクはおかしな事を言う。 いや、違うな。 現実ではないのだから、どんなことを言ってもおかしくはない。 あのスザクと、今のスザク。 二人の情報が入り混じってしまうのは、俺の記憶から産まれた夢だからだろう。 そんな呆けた状態でどれぐらいいただろうか。こちらを気遣うスザクの優しい声と、カチコチと鳴る、壁がけ時計の機械音を聞いていると、部屋の扉が音もなく開いた。 そこに居たのは青い髪が元気に跳ねたリヴァル。 少し暗い顔で扉を開けたのだが、こちらを視界に入れると、とたんに破顔した。 「なんだよ!ルルーシュ起きてんじゃん!起きてるなら起きてるって教えろよな!」 明るく元気な声で叫びながら、リヴァルは足早にこちらに近寄ってきた。 「ごめんリヴァル。でもまだ意識がはっきりしてないみたいなんだ」 少し困ったようにスザクが言う。 「へ?」 まじで?と、リヴァルもベッドの端に腰掛けて、こちらの顔を覗きこんできた。 耳に聞こえる音や声は、情報として脳へと入ってくるが、未だ視線が定まらず、リヴァルの顔がぼやけて見えた。リヴァルが顔の前で手のひらを広げ、ブンブンとふるので、ぱちぱちと思わず瞬きをした。 「ん~意識はあるみたいだよな。でも丁度いいんじゃね?皆心配してるしさ、うちの王様がぼけているうちに下に運んじゃおうぜ?」 じゃなきゃ絶対暴れるだろ? 「あ、そっか。今なら大人しいもんね」 納得したスザクは頷いた。 その直後、体が浮遊する感覚、変わった視界、支えが減って不安定になった体。めまいがひどくなり、思わず眉を寄せた。 「・・・」 「怒らないってことは、完全にぼけてるな。スザクちょっと待った。ほら毛布」 リヴァルが毛布を身体にかけてくる。 「とりあえずこれでよし。スザク、間違っても落とすなよ?」 「落とすわけ無いだろ、僕は彼の騎士だよ」 笑いながらおかしな事をいう。 ほんの瞬きほどの時間、あのスザクに騎士役を演じてもらったことはあるが、それだけだ。今のスザクは騎士じゃない。あのスザクの主は俺じゃない。 ・・・気持ち悪い。 俺の情報と、耳に入ってくる情報に食い違いが多すぎる。 現実と妄想がごちゃまぜになっていて、脳が混乱し吐気がする。 「それもそうだな。枢木卿、よろしくお願いします。じゃ、行こうぜ」 わざとらしく敬礼をしたリヴァルとスザクが笑う。 スザクが歩き出し、ゆらゆらと体が揺れ、それに合わせて意識が遠のいていった。 ざわざわと何人もの話し声が聞こえ、ふと瞼を上げた。 「・・・?あ、起きた?大丈夫?」 最初に見えたのは、今度もスザク。 横になるこちらを見下ろしていた。先程よりも視点が安定したのか、今度ははっきりとその顔が見える。それがわかったのか、安堵したような表情で、柔らかく笑った。 「なになに、ルルちゃん起きたの!?」 パタパタと人の歩く音と、複数の人が動く音が聞こえた。 「ルルちゃん!私、解る!?」 勢いよく顔を覗き込んできたのはミレイ。 「・・・ああ」 「ああって何よ、ああって。もうちょっとまともな返事は出来ないの?」 文句を言いながらも、その顔には柔らかな笑みを浮かべていた。 「ルル、大丈夫?まだ痛むの?」 シャーリーは未だ不安げにこちらを見ていた。 痛み。 少し胸が痛むが、死ぬほどじゃない。 いや、死んだあと蘇生したのか?いつ死んだんだ、俺は。 「ありゃ、まだボケてんのかな?」 ひょいっとリヴァルも覗き込んでくる。 視線をリヴァルにずらしたことで、自分がソファに横になっている事に気がついた。 頭の方にスザク、横にミレイ・シャーリー・リヴァルと続き、足元側からその体を乗り出し、ソファの背もたれを掴んで覗きこんでいるのは・・・カレン。 大人しい病弱設定ではなく、元気よく髪を跳ねさせたカレンだ。 「ルルーシュ、ちょっとあんたホントに大丈夫なの!?」 心配そうなカレンの声。 「・・・だいじょうぶ、だ」 「君の大丈夫は信用できないよ」 他の事での大丈夫なら、信用できるのにな。苦笑するスザクは髪を優しく梳いてきた。暖かく大きな手が、柔らかく髪を梳く。それが気持ちよくて、思わず目を細めた。 「あ、私も私も」 ミレイが楽しそうに手を伸ばし、髪の毛に手を埋める。 「あんた、猫みたいよね」 そう言いながら、カレンはソファーに乗り上げ、手を伸ばしてきた。よしよし、いいこいいこ。と言っているが、馬鹿にされているんだろうか?シャーリーとリヴァルまで加わって、四人の人間に髪をぐしゃぐしゃといじられた。 何なんだこの状況は。 ふと視線を動かすと、近くのダイニングテーブルには、こちらを伺うジェレミア・ロイド・セシル・ラクシャータの姿。彼らはこちらを見ながら楽しげに笑っていた。 思わず、眉が寄る。 「こらルルーシュ、こんな所に皺を作って、癖になったらどうすんのよ」 折角の美人が台無しになるわよ。 ミレイは指を伸ばし、眉間をぐりぐりと触ってきた。反射的に目を閉じ、ますます眉を寄せると、心底楽しそうに彼女は笑った。 ・・・何なんだ、これは。 こちらの神経を逆なでする、たちの悪い悪夢。 こんな夢見たくもない。 二度と見ないためにも、全て吹き飛ばす。 すっと目を細めた時、慌てたような声が聞こえた。 「だ、駄目だよ兄さん、コード使う気でしょ!」 見ると、痛みで顔を歪め、ギアスの宿る右目を抑えたロロ。 頭の所に居るスザクもまた眉を寄せ、ギアスの宿った目を押さえている。 周辺に攻撃を仕掛けるためにコードを発動させた場合、近づくな、痛みのない範囲まで逃げろという警告から、ギアスが持ち主に激しい痛みを与える。 そこまで再現するか・・・。 だがこれで解った。 これはただの夢ではない。 普通の夢であれば、とうの昔に目を覚ましているはずだ。 ・・・ちっ、また神が俺に干渉しているのか。 神が見せる夢は、苦しみしか呼ばない。 胸をえぐるような悪夢ばかりだ。 ここにいる者達の夢も、今までに何度も何度も見せられた。彼らの情報をCの世界から引き出し、神の都合にあわせて情報を改ざんした、偽りの彼らを。 偽物と化した者達の夢を。 Cの世界に戻った彼らの魂と、俺の思い出を何度も何度も汚されてきた。 だからいつものようにコードを暴走させ、この身を縛る神の力と共に、この胸の悪くなるような、甘ったるい悪夢を吹き飛ばす。 それが、神の紡ぐ夢から抜け出す、最も簡単な方法。 ロロとスザクが止める声が聞こえる。 黙れ、偽物。 胸に記されたコードの紋様が赤く輝き、熱を帯びた。 「そこまでだL.L.。ここで暴走などして見ろ。ここに居る連中は一人残らず廃人だ」 声のする方へ視線を向けると、額に赤い紋様を浮かべたC.C.。 こちらのコードに反応しているのだ。 ・・・神の悪夢にC.C.は登場しない。 神はC.C.の偽物は作らない、作れない。 なぜなら、Cの世界にC.C.は存在しないから。 だからこれがこのC.C.は、本物のC.C.だ。 重い体を起こし、C.C.が近づいてくるのをじっと見つめる。 周りの者は、C.C.の歩みを遮らないよう、その体を移動させた。 その顔に不敵な笑みを浮かべ、C.C.はルルーシュの前に立った。 「残念なお知らせだ」 ゆっくりと、まるで噛みしめるかのように言った。 「神との勝負、私たちの負けだ」 「・・・何?」 「完敗だよ」 そう言いながら、C.C.はルルーシュが体を起こしたことで空いた場所に腰を下ろした。 そこはルルーシュの背中側で、スザクとの間に割る込む形となり、スザクは不愉快そうに眉を寄せ、C.C.は、魔王の隣など、お前には1000年早い。というような不敵な笑みをスザクに向ける。 冷やかな攻防戦を見て、青春ねぇ。と、にこにこ笑うのはミレイ。 顔を赤くし、あらぬ妄想を繰り広げているのはシャーリー。 スザク君、私、応援しているから。というのはニーナ。 スザクが隣なんて許さないわよ!という意気込みのカレン。 そんなやり取りを、おいおい喧嘩するなよと呟くのはリヴァル。 周りのやり取りなど気にも留めず、すっと目を細め、周りの空気を数度落としたのはルルーシュという名を捨てた魔王、L.L.。 「どういう事だ?」 完敗、だと? 「結論から言おう。神のゲームは終わった」 「終わった・・・だと?」 「そうだ。そもそもこのゲームは、神が望む状況を作り上げた時点で、強制終了するものだったんだよ」 |