まだ見ぬ明日へ 第109話


Cの世界は、命が生まれる場所であり、死者が帰るべき場所。
死を迎えたものであれば、誰もが必ず訪れる神の座。
だが、どれほどの時を超えても、Cの世界に物語の英雄が姿を現す事は無かった。

「もしかしたら、地獄に落ちているんじゃないかって騒ぎになって、君を地獄の底から連れ戻すための決死隊が編成される状況にまでなったんだよ」

確かに、彼は世界を壊した。フレイアを撃ち、億の民を殺害し、日本人を虐殺し、侵略戦争を行なった暴君としても、その名を歴史に残している。
だが、その歴史は真実ではない。
嘘で塗り固められた、嘘だらけの歴史。
偽りの独裁者の、嘘だらけの物語。
Cの世界の者達は皆、悪逆皇帝の仮面の下に隠された賢帝を知っている。
暴君を演じた英雄を知っている。
心やさしい王が、地獄になどあり得ない。あってはならない。
必ず連れ戻す。
だが、地獄に行く術が見つからなかった。
嘗て地獄に落ち経験のある者から話を聞いても、シャルル、V.V.、マリアンヌの情報は得られたが、ルルーシュの情報は何一つ得られなかった。

「どのぐらい経った頃かは覚えていないけど?君、僕と会ったよね?」

スザクの真っ直ぐな瞳に見つめられても、L.L.は感情の見えない視線を返してくるだけだった。彼と長い時を共に生きてきたC.C.もまた同じ視線を周りに向けている。
イエスともノーとも返さず、こちらの反応をただ伺っている。
2000年を遥かに超える時を生き、その間培ってきた鉄面皮ではあるが、彼らをよく知るものであれば、二人が動揺している事にすぐに気づいただろう。

スザクは数度の生まれ変わりの後、魔王と魔女に出会った。
ほんの数時間ほどであるが、共に行動する機会を得、二人のことを死後も胸の内に残せるだけの思い出を手にした。
だから死者は、Cの世界は知ることになる。
我らの王は、今もあの世界で生きているのだと。
戦争の無い優しい世界を、今も世界の何処かで願い続けているのだと。

「Cの世界は集合無意識。僕たちもまた神の一部だ。つまり人類の意思が一つになれば・・・神の心を動かす事が出来る」

王が生きる世界に平和を。
王の願う世界を維持しなければ。
その願いは、今を生きる人々の心に影響を与える。
500年間続いた平和は、そうやって生み出された物だった。

だが、それでは駄目なのだと人々は気がついた。
明日を願った魔王と、死を願った魔女。
この二人は明日を生きてはいなかった。
息を殺し、身を潜め、平和な世界を見つめているだけの観察者。
ただ生を重ねるだけの存在と成り果てていた。

「だから、僕たちは・・・君たちが言う所の神の遊戯。ゲームを始めることにした。君たちに邪魔されても、必ずこの時を迎えられるように」
「・・・どういう、事だ」

重低音で出されたL.L.の問い。
もうここまで聞けば、この男はすべてを理解している。
だが理解しても、受け入れられるかどうかはまた別の話。
私でさえ、未だに受け入れられない内容だと、C.C.は投げやりな口調で答えた。

「・・・つまりだ。私たちはCの世界・・・いや、神という個と戦っていると思っていた。だがそれは間違いだったという事だ」

誰が気付くかそんなチート技に。
C.C.はルルーシュの背に体重をかけるように寄りかかると、大きなため息をつき、疲れたと言いたげに瞼を下ろした。
その様子を見ていたスザクの笑顔が一瞬引き攣った。
すぐさまC.C.の肩に手を伸ばし「駄目だよ、ルルーシュは本調子じゃないんだから」と、殺意もしっかり込めて、その背中から引き離した。
不愉快だと氷のように冷たい視線を向けられても、スザクは視界に入らないという様にすぐL.L.に向き直った。

「だが、まさか。あり得ないだろう・・・」

既に答えを導き出し終えている王は、ようやく鉄面皮を捨て人間らしい困惑した表情で見つめ返してきた。これだけ多くのヒントが出されたのだから、間違えようもない。
そこから導き出したのは、非現実的なありえない答え。
・・・だからこそ、それが正解なのだ。
ルルーシュの策を打ち破るのには、イレギュラーが必要だった。
正攻法で勝てる相手ではない。
ルルーシュが想定しない、普通ではありえない方法を使って、初めて彼に、悪逆皇帝に人類は勝つことができる。
これだけの手順を踏んで、ようやく。
スザクは柔らかく笑った。

「残念だけど、君たちが相手にしていたのは、全人類だ」

にっこりと、それはそれはいい笑顔でスザクは答えた。
人類が全て敵。
いかに知略に長けた悪逆皇帝であっても、勝てる人数ではない。
魔王と魔女への対策も、歴史に名を轟かせた策略家が集まり知恵を出し合った。
当然、その中にはシュナイゼルも含まれている。

Cの世界の住人は現世に祈りを送り続けた。
L.L.とC.C.は気づくことの出来ないその祈りは、確実に現世に影響を与え、この遊戯を終わらせようとする二人を押さえ続けた。
何せ全人類が相手なのだから、歴史だって忠実に再現できる。
二人の妨害があったことで多少軌道修正はあったものの、それでもほぼ変わらぬ歴史を紡ぎ続けた。歴史が変われば、未来も変わってしまう。目指すべき明日が変わってしまう。だから皇歴2017年、いや2018年まで二人を押さえ続けるつもりだったのだが。

「私たちの起こしたイレギュラーが大きな歪となり、神に一矢報いたわけだ」

ギアスに操られたユーフェミアの日本人虐殺と、それによって起こるブラックリベリオン。それは別の形で起こすことに成功した。
だが、開放されるはずのない日本が開放されてしまい、本来であれば、ゼロが捕縛されるはずの未来が消えてしまった。

「そうだね。それを修正するために遺跡の使用許可を与え、皇帝たちにゼロの妹を誘拐をさせ、ゼロを捕える舞台をどうにか作り出した。だけどそこに君たち二人がやって来たから一時ご退場願ったわけだ」

過去の歴史でも、あの場にゼロであったルルーシュは行った。C.C.を抑えるはずのジェレミアが騎士団側だったため二人で来たが、それは想定の範囲内だった。

「でもイレギュラーはそれだけじゃなくて、ロロとマオ、二人のギアスユーザーが君たちの傍にいて、妹であるカグヤ以外の人間も、皇帝たちは誘拐してきてしまった」

予定外の人物達が、黄昏の間へ。
これではゼロを拐えない。
記憶を操作することも叶わない。
歴史を辿れない。
だから、Cの世界は強行策に出た。
拐えないのならば、先に進めてしまおうと。
幸い、ここは黄昏の間。
2018年に再び使用されるべき場所。
皇帝と皇妃がこの場にいて、騎士も魔女も揃っている。
ならば、我らの王を、かの賢帝をこの場へ。

「・・・で?再現してどうするつもりだった?・・・そんな事をして何の意味がある!!」

大人しく話を聞いていたL.L.は激昂し、怒鳴りつけた。
怒られるのも覚悟の上ではあったが、思わず全員身をすくませた。

「僕達が君に・・・君たちに、明日を贈るためにしたことだ」

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