まだ見ぬ明日へ 第15話 |
「いや~ほんっと助かるわ~」 ミレイがにこやかに紅茶を口に含んだ。 L.L.・・・いや、ここではジュリアスか。彼は、言われた通りアッシュフォード学園高等部の制服に身を包み、ここ、生徒会室へやってきた。 だが、部屋へと一歩足を踏み入れた途端、その美しい柳眉を寄せた。 大量の書類が机の上に置かれているその状態を見た彼は、深い溜息を一つ着いた後、文句を言いながらも、ものすごいスピードで書類を捌いていく。 僕たちの何倍のスピードだろう。 しかも問題のある書類には付箋を貼り、赤字で指示まで出しているのだからホント開いた口がふさがらない。 騎士団の活動でも、彼の優秀さは目にしてきたけれど、普段自分たちがしている仕事を、どんどん処理している彼を見ていると、頭の出来の違いを痛感させられた。 「助かる、じゃないですよ。どうしてこんなに書類が溜まってるんですか」 「気が付いたら?」 「毎日提出していれば、こんな事にはならないんです」 口を動かしていても手のスピードは一切衰えない。 「そうですよ、会長。もうちょっとこまめに出してくださいよ~」 ジュリアスの言動に頬を染めながらも、なんとか手を動かしているシャーリーも文句を言った。 「ほんっとジュリアスが来てくれて助かったよな~。ここ最近遅くまでやってるのに、書類の底が見えなくてさ~」 心底嬉しそうに、リヴァルが相槌を打つ。 そう、あまりにもスザクが生徒会の仕事に拘束される日が続いたため、ジュリアスが自分も手伝うと、今日来てくれたのだ。だが、彼の能力を使えると考えて、ミレイが彼に頼り切ることが無いようスザクは釘を差すことにした。 「会長、ジュリアスは本当は部外者なんだから、あんまり頼らないでくださいね」 騎士団の活動に影響が出ても嫌なので、とは流石に言えない。 皆からの一斉攻撃には流石のミレイも反省したのか、わざとらしくゴホンと一つ咳をした。 「今度からは注意しま~す。なのでジュリちゃん、今日はよろしく~」 「ジュリちゃん!?」 その呼び名に、僕は思わず聞き返してしまった。 流石のL.L.も、その呼び方に不満があるらしく、手を止めてミレイを睨みつけている。 「そ、ジュリちゃん。かわいいでしょ?」 「・・・可愛くありません。そして、話すより手を動かしてください」 紅茶のカップを手にしたまま書類作業を投げ出しているミレイは、はいは~い、と新たな書類を手に取った。 その時、生徒会室の扉が開き、カレンが部屋へ入ってきた。 「おはようございます」 「おはよーカレン。今日は体調いいの?」 「はい。なかなか来れなくてすみません」 「いいのいいの、カレンは体弱いんだから。来れるときに来たらいいんだよ」 すまなそうに話すカレンを見て、シャーリーがにこりと笑い、そう言った。 「あら?貴方は、ジュリアスさん?こんにちは」 「こんにちは、カレンさん」 「ジュリちゃん、今日から生徒会の仕事手伝ってくれることになったのよ。すごいわよ彼、仕事が早くて!」 我が事のように得意げに言うミレイに、そうなんですか、と儚げな笑顔でカレンは答えた。 「そう言えば、この前の河口湖の事件、みなさん怪我とか無かったんですか?私あれからずっと休んでいたから・・・」 カレンのその質問に、その当時の事を思い出したのか、シャーリーが珍しく不機嫌そうに頬をふくらませ、眉を寄せた。 「あの後大変だったんだから。四六時中追いかけまわされて、質問攻め。お風呂の中までよ?」 「ここ一週間、学校の外に出られなかったしね~」 報道陣が学園の傍に待機していたため、人質となったミレイ、シャーリー、ニーナだけではなく、生徒会全員外出禁止となっていた。 ミレイいわく友情らしい。皆がにこやかに笑っているその姿を見て、おもわず涙がこみ上げてくる。 「よかった」 「え?」 「また皆で集まれて、本当よかった」 涙を流し始めた僕に、リヴァルが突っ込みを入れ、皆がそれを見てまた笑う。 それはなんて平和な風景。 ああ、そうか。僕は皆を助けたんだ。 その事を僕は改めて実感出来た気がした。 「そう言えば、報道で皇族が人質に居たって聞いたんですが?」 L.L.は何気なさを装い、質問をする。 居たのはもちろんL.L.は知っている。だからこその作戦だったのだから。 それを今なぜここで聞くんだろう? 「そうなのよ、私驚いちゃった」 「ユーフェミア様、私を助けてくれたの」 うんうん、と頷くシャーリーと頬を赤らめて答えるニーナ。 でもそこは私を、ではなく私達を、ではないのだろうか。 「でも、なんでユーフェミア皇女殿下はあんな場所に?」 「ん~、ユーフェミア様、このエリア11の副総督になられるみたいなのよ。そのための視察なんだと思うんだけど」 たぶんね、とミレイは肩をすくめながら言った。 それは、僕たちも初めて聞く情報で。 「副総督に?」 「そうなの、今までこのエリア11はクロヴィス様御一人で統治されていたけれど、妹姫であるユーフェミア様が補佐に着くことになったそうよ?」 あの現場にいた者に、おそらくユーフェミア自身が漏らしてしまったのであろう内容。 「あの事件の映像に、コーネリア皇女殿下の御姿が映っていたような気がするんですが、その事も関係が?」 皇帝シャルル、宰相シュナイゼルに次ぎ、名が知れ渡っている皇族、コーネリア。 その名前と姿は、ブリタニア人であれば誰でも知っていた。 「ユーフェミア様はコーネリア様の同腹の妹君なの。ユーフェミア様のお話だと、副総督としてユーフェミア様がエリア11に来られることになったので、コーネリア様はその就任式典への参加のため、エリア11に来られていた、という話だったのだけど」 そこで、ミレイは口ごもった。 「エリア11は、テロが横行しているから、しばらくの間エリア11に留まって、テロ組織の壊滅に乗り出すって話もあるそうよ?」 本国以外で、3人もの皇族が一所に留まるなんて、そうある事ではない。 これは好機か、それとも。 なるほど、それは心強いですね、と再び書類を捌き始めたL.L.を伺いながら、僕は新しい書類に手を伸ばした。 ホテルジャック事件での華々しい登場以来、世間は黒の騎士団一色に染まった。 黒の騎士団はゼロの宣言通り弱者の味方だった。 法では裁けない悪を一方的に断罪していくその姿。以前から正義の味方として活動してきた事も功を奏し、世間では好意的に受け入れられていた。 僕たちはあっという間に英雄になった。L.L.の予想通り協力者も、資金提供者も、表立っての話ではないが、順調に増えている。 普通は、どんなにがんばったところで、ここまで急激に力をつけることはできない。 この流れは、それこそ奇跡と言ってもいいほどのものだった。 『ここまで順調だと、反対に怖いな』 次々成功する作戦に完全に浮足立っている団員を見ながら、ナオトは真剣な声で携帯の向こうのゼロにそう言った。 「いい心がけだ。慢心しては足元をすくわれる。この流れが変わらないよう、常に警戒はするべきだ」 僕は自分の部屋で、ソファーに座りながらナオトの言葉に返事をする。 まさかナオトも、数学の教科書を睨みながら、ゼロが返事をしているとは想像もしていないだろう。 ナオトの声は、連動させているL.L.の通信機にも聞こえている。彼は僕の机で無言のままキーボードを操作していた。 『君の作戦はすごい。君の指示に従うだけで、全て成功する。おかげで俺たちは英雄扱いだ』 関心と言うよりも、不安が滲んだその声音に、僕は思わず教科書から顔を上げた。 「・・・・なにが言いたい?」 『ん、なんていえばいいのかな。勘違いをする者が出そうで怖いんだ』 勘違い?何の話だろうか。 僕は思わずL.L.の方を見ると、L.L.はそれに気が付いたのか、僕に喋るなと手で指示し、自分がつけている通信機の通話ボタンを操作した。 「ナオト、それは自分たちは本当に正義の味方なのだ、と考え、自分たちの考えが全て正しい、という類の勘違いか?」 キーボードを叩く手を止めたL.L.が、淡々とした声音で質問した。 『L.L.もそこに居るのか?実は、そうなんだ。世間から英雄と言われているこの状況を、当り前だと思い始めている者がいるんだ。しかもゼロの作戦がなくても、自分たちだけでもやれる、とか言っていて、馬鹿な事をしでかす可能性があるんだ』 L.L.の作戦は、団員に伝えられる段階で、非常に簡単な指示だけとなっている。 そこに行き着くまで、どれだけの思考を重ね、どれだけの下準備をしているか気付かない団員は多いだろう。 実際に傍で見ている僕とナオト・泉・扇はどの作戦も、想像以上に綿密な計算の上成り立っている事を知っていた。 だが、それに気づかない者から見れば、軍も警察も、自分たちが動けば碌な対応もできないのだと、勘違いし始めても仕方がないのかもしれない。 ナオトと泉はかつてリーダーをしていた事もあるため何も心配はしていないが、扇に関しては皆に流される傾向があるので、そのあたりも不安の種ではある。 「そうだな。そろそろ次の段階へ進める時期かもしれないな」 「次の段階?」 『というと?』 「長年ブリタニアの圧政に苦しんでいた日本人の心には、深く根付いた卑屈さがある。何をしても評価されず、所詮レジスタンスと唾棄される日陰の身。行動を起こせばブリタニアに制圧される。だが今はどうだ?民衆が自分たちを見てくれている、支持してくれていると、自分たちの力で現状を変える事が出来るのだ、という実感が湧いているはずだ。ならば、次にすべきことは、この日本を取り戻すための兵士としての意識を持つ事だろ?」 『何をするんだ?』 「今、この国にコーネリア・リ・ブリタニアが来ている。しかも、テロを撲滅させるために」 『なんだって?そんな情報どこで』 「まだ噂の段階だ。だが、本当なら何れ闘うときが来る。そして、その時には嫌でも次へと駒を進める」 何れ来るであろうコーネリアとの戦いを思い、電話の向こうでナオトが息をのむ気配が聞こえた。 |