まだ見ぬ明日へ 第16話 |
暗い倉庫の中、そこにはブリタニアのグラスゴーを改造した無頼がずらりと並んでいて、黒の騎士団の新人団員は、初めて見るKMFに歓声を上げた。 その歓声を背に、古参メンバーとゼロは2騎のナイトメアを見上げていた。 「キョウトの人たち、こいつまで」 1騎は白を基調とし、1騎は青を基調とした機体。 武骨な無頼とは全く違う、まさに騎士と呼ばれるにふさわしいその美しい機体に、思わず感嘆の声を上げた。 「これが、ランスロットとランスロット・クラブ」 「へっ、嬉しいね。京都のお偉いさんも俺たち黒の騎士団を認めたってことだよ」 玉城がようやくここまで認めてもらえたのだと、嬉しそうに語った。 「ざ~んね~んで~した。この機体がここに来たのは、そんな理由じゃないんだよね」 彼らの喜びを遮るように、間の抜けた男の声が倉庫に響いた。 声の方へ視線を向けると、そこには長身の、眼鏡をかけた白衣の男。 その容姿は、明らかにブリタニア人のものだった。 「誰だてめえ!」 見知らぬ人物に、玉城は怒鳴りつけ、古参のメンバーはブリタニア人とわかると、警戒を露わにした。 「てめえ、ブリキ野郎!何でここにいんだよ!」 「君、顔だけじゃなくて口も悪いんだね~」 にへらと笑いながら、その長身の男は臆することなくランスロットの前まで歩み寄った。 「ロイドさん!もう、そんな言い方したら駄目じゃないですか」 その後ろから青い髪の女性が、ファイルを片手に走ってくる。 「またブリキが!お前ら、ここが黒の騎士団のアジトだって分かっているんだろうな!」 今まさに掴みかかろうとする玉城を、ロイドと呼ばれた男は冷めた視線で見つめていた。その顔には恐怖も焦りも無い。 「やめろ玉城!何をやっているんだ!」 女性の後ろから、ナオトが姿を現すと慌てて玉城を叱りつけた。 ナオトには、KMFとは別の車両でこちらに向かっていたこの二人の迎えを頼んでいたが、どうやらブリタニア人相手でもナオトはその人当たりの良さを発揮し、それなりに打ち解けてくれたようだった。 ブリタニア人と言うだけで敵視する他の団員と違い、やはり妹がブリタニア人として生きているナオトは、その辺の偏見が薄いようだ。 「だけどよぉ、ナオト。こいつら」 「この方たちは、このランスロット、そしてランスロットクラブの開発をしているロイドさんとセシルさんだ」 ロイドを庇うように玉城との間に入ったナオトが二人を紹介した。 「へ?ブリキがこれを?黒の騎士団に協力するってのか?」 玉城はあり得ないだろうと目を白黒させながら聞いてきた。 「いや、事実だ。お待ちしておりました。ロイド・アスプルンド博士、そしてセシル・クルーミー女史」 カツ、と足音を立て、僕はロイドたちのほうへと歩みを進める。 「へぇ~キミがゼロなんだ。はじめまして~」 「はじめまして。よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしく頼む。二人にはこれから騎士団に協力していただくことになる」 ゼロとセシルが握手を交わすその姿を、玉城を含めた古参メンバーが呆然と見守った 「とはいえ、僕のランスロットは乗る人間を選ぶですよね~」 「キョウト六家より黒の騎士団全員の騎乗データをいただいた結果、ランスロット、そしてランスロット・クラブを黒の騎士団に、という事となりました」 「ええ、伺っております」 その内容は事前に連絡が来ていたため、僕は頷きながら答えた。 ランスロットは非常に操縦が難しい機体らしく、今までどの反ブリタニア勢力も手に入れる事が出来なかった。 現段階で、世界最高峰の技術と性能を秘めたワンオフ機。 黒の騎士団の誰かが彼らの目に止まったため、無頼と共に黒の騎士団の機体として贈られたのだ。ロイドは、ポケットに入れていた手を出し、ゼロの前に差し出した。 その指には純白に金の装飾が施された起動キーがぶら下がっていた。 「僕の大事なランスロットのパーツになるのはゼロ、君だ。乗れば変わるよ。君も、君の世界も」 つまり、この白い騎士はゼロが騎乗するという事。それは予想外の人選だった。 不敵な笑みでそう語りかけるロイドに、僕は首を横に振ることで答えた。 「残念だが、私は指揮官だ。無頼は使うが、ランスロットは戦いに集中できる者が乗るべき機体。他の者を指名してほしい」 僕がそう答えると、ロイドは大げさなアクションでざ~んね~んで~した、とこちらを見据えた。 「さっきも言ったけどね、僕のランスロットは騎乗する人間を選ぶんだよ。悪いけど、君以外の人間のデータでは稼働率は30%を切るものばかり。そんな数値で、僕の大切なランスロットのパーツになれるわけないだろう」 パーツ、部品扱いか。 あからさまなその言葉に、周りの人間が不快感をあらわにした。 「君だけだよ、ゼロ。通常稼働率94%。君以外に僕のランスロットのデバイサーになれる人間はいない」 そう言いながら、くるりと体を回転させた後、再び僕の、ゼロの目の前に起動キーを差し出した。 本来ならエースパイロットが乗るべき機体。 指揮官に徹する僕が受け取るのは問題がある。 これほどの機体に、指揮をしながら騎乗などあってはならないのだが、僕しか乗れないと断言されてしまった。 ランスロットは欲しい、だが僕が騎乗するわけにはいかない。 どうするべきなのだろうか。 ゼロは手を出すことはせず、ロイドは手を引くことをせず、起動キーは宙ぶらりんのままで、二人は対峙していた。膠着状態が数分続いた時、倉庫の奥の光の当たらないその場所で、ゆらり、と影が動いた。 誰もいないはずのその場所に変化に、僕は思わず身構え、その場所を見つめた。 「受け取れ、ゼロ。その機体の製作者がそこまで言うのだ、お前が乗るしかない」 その声は、本来ここには居るはずのない人のもの。 暗闇が再びゆらり、と揺れるとカツカツと規則正しい足音と共にこちらへゆっくりと近づいてきた。明るい場所へ近づく事で、次第にその姿を明確にしていく。 それは黒いコートを身に纏い、大きなフードを深く被る、僕の共犯者。 「L.L.なぜここに」 君が来る話は聞いていない。僕は思わず強い語調で彼に問い詰めた。 こんな感情を込めた声を普段ゼロが出さないせいか、周りの人間が僕とL.L.を交互に見比べている。 「なに、散歩がてら現段階で唯一の第七世代KMFと、その製作者を見学にな」 一人でここまで来たのか。どうせ来るなら僕と来た方が安全だというのに。 僕は思わず嘆息しそうになりながら、彼の近くへと歩みを進めた。 「L.L.来ていたのか。丁度よかった、ゼロと君に相談したい事があったんだ。後で時間をくれないか?」 知り合いだとわかる声音でナオトが語りかけるので、周りはナオトも知っている相手なのかと肩の力を抜いた。 扇が、L.L.がゼロの協力者で、一度アジトで会っていると皆に告げると、さらに安堵するような声が上がる。 「ああ、わかった。L.L.いいな?」 「私は構わない。それよりもゼロ、ランスロットの起動キーをいい加減受け取ってやれ」 僕たちのやり取りを、なにか探るような眼で見つめていたロイドは、L.L.の発言を聞いて、ほら、ほら、と嬉しそうに起動キーを揺らした。 彼の言葉に従い、僕はロイドに近づくと、その起動キーを手に取った。 その姿に、ロイドとセシルは嬉しそうに口元を緩める。 手に取ったその白い起動キーを思わず見つめてしまう。グラスゴーやサザーランドと違い、起動キーにも拘った細工がされていた。 「あなた方の期待に答えられるかは解らないが、ランスロットは私が騎乗しよう」 「だ~いじょ~ぶ。キミなら僕のランスロットを、自分の手足のように動かせるよ~」 嬉しそうにロイドは両手を上げ、くるくるとその場で回転した。 「あとは、こちらのランスロット・クラブなんですが、こちらはランスロットよりも性能は落ちる分、デバイサーの融通がある程度ですが、ききます」 そんなロイドをそのままに、セシルが冷静に青の機体、ランスロット・クラブの説明を始めた。何事も無く進めるその姿に、これがロイドのいつも通りの行動なのだということが理解できた。 「ゼロに次ぐ適応者、紅月ナオトさんに騎乗していただきたいのですが」 セシルが、ランスロット・クラブの青の起動キーを手に持ち、ナオトへと差し出した。 指名されたナオトが、俺?と、驚きながら自分を指差した。 「はい。ナオトさんはランスロットの通常稼働率は52%でしたが、ランスロット・クラブの通常稼働率は83%。現段階でナオトさん以上の適応者は居ません」 その言葉に、元紅月グループのメンバーは喜びの声を上げた。 元々、赤いグラスゴーで敵をかく乱させたりと、黒の騎士団の現在のメンバーの中で騎乗能力が最も高いナオトだ。 この人選は、こちらとしても有難かった。 「ナオト、受け取れ。君がエースパイロットだ」 「あ、ああ。分かったゼロ。でも、いいのかな、俺で」 「問題があるとすれば、指揮官のゼロと副官のナオトが揃って新型のナイトメアに騎乗する、ということぐらいだ」 L.L.はそのこと自体は、大した問題ではないと言いきった。 その時、ロイドがL.L.に向かい数歩足を進めたので、僕は思わず彼を背にかばう形で二人の間に入った。 「L.L.貴方の騎乗データも、是非いただきたいのですが?」 「残念ながら、君たちの期待に答えられる数値は、私には出せない」 「それはざ~んね~ん。でも、データだけでいいので今度、くださいね~」 へらっと笑いながら、それでも引くことなくデータを強請る。 なかなかこの科学者はいい根性をしている、ブリタニア人でありながら反ブリタニア勢力にここまで協力するぐらいなのだから当然か。 「ロイドさん、そんな頼み方失礼ですよ!」 セシルがそのロイドの襟首をむんずと掴むと、顔と声はにこやかに、でも、冷え冷えとした空気を漂わせて一言。 「人への物の頼み方、教えて差し上げましょうか?」 「い、いえ、遠慮します!!」 今まで何を言われても飄々としていたロイドが、顔色を悪くして、体を硬直させた。 その姿を見て、セシルに逆らわない方が良いなと、そこにいる全員が思った。 「でもさ~ゼロ。君さっき自分は指揮官だから、って言ってたけど、それって違うでしょ?あの数値見ればわかるんだよ~?君はホントは戦略家ではなく戦術家。そして、君がその背にかばっているL.L.は間違いなく戦略家。となると、L.L.は君のブレインで本当の指揮官だよね?」 セシルから逃れたロイドは、飄々とした態度をとりながらも鋭い視線で、いきなり核心を掃いて突いてきた。 紅月ナオトも最初の対面で気づいたように、頭のいい人間ならL.L.との多少のやり取りで、彼の優秀さには気づいてしまう。 そして彼がゼロにも指示を出している、本当の指揮官だと言う事は事実。 「それに君のその行動、無意識?どう見てもそれは、主君を守る騎士の姿だよ?日本で言うならサムライとかブシかな?」 僕は指摘された言葉に、思わず息をのんだ。 黒の騎士団のトップであるはずのゼロが、たかだか協力者を背に庇い守るのはどう考えてもおかしい。 あの死んだ姿を見たせいか、僕は常にL.L.を守ろうと無意識に行動している自覚はあった。彼が傷つく姿はもう見たくはない。その思いが行動に出てしまう。 何も答えない僕を伺うように、また一歩ロイドが足を進める。 「俺はゼロとL.L.の二人が指揮官って思ってたけどな。ゼロ一人では何をするにも限界はある。それをL.L.が軍師としてカバーしてるって感じかな」 穏やかかな声でナオトが、僕の近くまで歩み寄り、ロイドとの間に入るように顔を向けて告げた。 ロイドに向けたその眼は、あまり詮索しないでくれないか?と、訴えている。 ナオトは、人体実験の被検体だったL.L.を、ゼロが科学者から守ろうとしている、と判断していた。 迫る科学者、守るゼロ、制止を促すナオト。 何も知らない者の目から見れば、それはとても不自然な光景だろう。 その様子を後ろで黙って見ていた、L.L.が嘆息するのが聞こえた。 「私の事はあまり気にしないでくれ。私はゼロの影。ゼロ個人の協力者として、常にゼロと共に有る。ただそれだけの存在だ」 辺りの空気がひやりと冷える気配と、これ以上の回答はする気が無いと言わんばかりの強く、低い声音でL.L.は言った。 誰もが発言を封じられたその場に、その空気を打ち壊すような声が響く。 「せんぱーい、この機材、どう使うんですか?」 黒の騎士団に新たに入団した新人の声。 玉城は先輩と呼ばれたことが嬉しくて、明るい声で返事をした。 「お~う、今行く、ちょっと待ってろ」 小走りになりながら、玉城は顔でその場を後にした。 「仕方ないわね、新人は」 「全くだ」 「ホントに手がかかるな」 などと今までの冷たい空気など忘れ、和気藹々とした会話を交わしながらゼロ、L.L.、ナオト、ロイド、セシルを除く全員が、機材の方へと移動した。 「玉城はともかく、扇や泉たちまで浮かれ気分か」 L.L.は呆れたように呟いた。 「ああ、皆キョウトに認められた事が嬉しいんだよ。今までは歯牙にもかけられなかったからな俺たちは」 ナオトが苦笑しながら、立ち去っていく団員を見つめていた。 「違うな、間違っているぞナオト。これはただの試験に過ぎない」 「そう思ってもらえただけでも、すごい事じゃないか」 「前向きだな」 躊躇うことなく笑顔で答えたナオトに、L.L.は小さく笑ったように思えた。 「おっと、今のうちにいいかな?ゼロ、L.L.。変な情報が上がってきたんだ。入団希望のブリタニア人からなんだが」 そう言いながら、ナオトは小脇に抱えていた資料をゼロに手渡した。 「我々を誘い出すための罠の可能性もあるんだが、この前の電話での話しの事もあるから」 それは、日本解放戦線の本拠地があるとされているナリタ連山に、コーネリア率いるブリタニア軍が侵攻を開始するという情報だった。 |