まだ見ぬ明日へ 第1話

パソコンの画面いっぱいに表示されているのは、ナリタ連山の地図。
三次元表示させたその地図には、地質から植生まであらゆる情報が表示されていた。
どこからこんな地図を手に入れてくるのだろうと、彼の情報網には毎回驚かされる。
そのL.L.は、無言のまま地図を見つめ、黒のキングを片手で回転させ続けて、すでに2時間は経過していた。
こんなに長時間、彼が思考を続けているのは初めてで、それだけコーネリアが強敵であるという事がよくわる。

「やっぱり、難しいんだね」

時刻は間もなく7時30分。
朝の鍛錬を終えた僕は制服に着替えながら、彼に声をかけた。
彼は机に向ったまま、僕の声に振り向くことなく、黒のキングを回転させる手を止めた。

「ブリタニア軍との兵力の差、恐らくブリタニアは主力であるナイトメアを300以上戦線に投入してくる。対して日本解放戦線はせいぜい50。勝てる見込みは無い」

指にはさんだ黒のキングの底を、机にカツ、カツと当てる。

「とはいえ、我々黒の騎士団と日本解放戦線は共闘などできる関係ではないし共闘する気もない。となればさらに兵力は削られる」
「下手したら三つ巴、という事はさすがに無いか。でもさ、どう考えても勝てる戦には見えないよ?」

黒の騎士団は、ランスロットとランスロット・クラブを手に入れたとはいえ、無頼と合わせて15程度。
そのため、団員の殆どが歩兵となる。まともに戦闘ができるレベルではない。

「ああ、そうだな。これで勝てたら奇跡だ」

そう言いながら、ようやくL.L.はこちらを見る。
僕と違い、あれからもずっと起きているせいか、少し疲れた顔をしていた。

「メシアでさえ奇跡を起こさなければ認めてはもらえなかった。ならば今回のナリタ戦は好機。ここで勝利を手にし、更なる奇跡を示す」
「奇跡・・・そんな事が、出来るのかな」

L.L.はパソコンを操作し、電源を落とした。

「出来るかどうかじゃない、やるんだ。昨日のあの資料を信じるなら、まだ時間はある」

作戦はじっくり練るさ。そう言いながら、L.L.は席を立つとそのままベッドに潜り込んだ。

「って、L.L.、自分の部屋に戻って寝なよ」
「煩いな。部屋に戻るのは面倒だ。ここで寝る」
「いつもそう言ってるけど、あの部屋使ったの、最初の数日だけじゃないか」

結局、L.L.はここに隠れ住んでいた時と同じように、僕の部屋で生活をしていた その事を誰かに知られ、妙な噂でも流されたらL.L.の性格を考えると、僕と絶対距離を取ろうとするに決まってる。
そんな面倒なことになるぐらいなら、日中は自分の部屋に戻って居て欲しい。
何時でもL.L.の姿を確認できるこの状況は正直捨て難いのだけれど。

「何だ、プライベートな時間が欲しいならそう言え。その時は部屋に戻ってやる」
「いや、別にそいう事じゃなくて」
「彼女を連れてきても何も驚かないぞ?」
「いや、居ないし、作る予定も暇もないし。そこは気にしなくていいから。それよりも・・・」

カグヤと、いずれ生まれるだろうその子供を守り生き続けるつもりだったし、何より今は日本を取り戻す為に動いているのだから恋人など作れるはずがない。その事を解っていないのだろうか?
それに、なんだろう、さっきから妙に目を逸らされているような。

「L.L.何か僕に隠してない?」
「・・・何だ急に。俺はただ移動が面倒だから、ここで寝るだけだ」

やっぱり視線を合わせない。
普段の彼の嘘は全く見抜くことは出来ないが、たまに分かりやすい時がある。
分かりやすい嘘は、彼自身の身に不都合な事が起きているが、僕に知らせる必要は無い、あるいは僕に知らせたくない時。

「で?部屋に戻らない本当の理由は?」

僕はベッドの端に腰かけ、L.L.が逸らしている顔を両手で包むと、無理やり僕の方に向け、至近距離からその紫紺の瞳を見詰めた。その紫紺がふるりと揺れる。
これは、確定だな。

「言っとくけど、君が答えるまで、学校に行くつもりは無いからね?」

騎士団の活動をしながらも、僕には出来るだけ学生生活をさせようとしているL.L.だ。
そう言えば、折れるに決まっている。
L.L.はしばらく視線を彷徨わせた後、諦めたように僕へ視線を向けた。

「大したことではないんだが」
「うん」
「本当に、くだらない話なんだが」
「うん」
「本来授業が行われている時間に、俺の部屋を訪ねてくる者がいるんだ」
「え!?」

それは予想外の内容で、思わず僕の声が裏返った。

「ど、どういう事?いつ頃の話?詳しく話して!」
「俺があの部屋に住み始めて2日経った頃から、だな。生徒会の者でもないし、今は分からないが、あの頃は男7人、女5人来ていて、そのうち一人は教師だ。あまり俺は顔を知られるわけにはいかないし、訪ねてくる理由も分からないから、居留守を使っていたんだが、それだけではどうにもならない時もあって。ドア越しに話をしてみても、まずは扉を開けてくればかりで話にならないし、中にはドアを乱暴に開けようとする者もいるから、ゆっくり寝ていられないんだ」

全員バラバラで来るから、日に何度も起こされる。

「・・・それって」
「だが、お前の部屋にはそういう者が来ないからな」

僕たちが住んでいるのは生徒会のクラブハウス。その一部を居住区としている。
基本的に生徒会の人間と、ここに住んでいる者しか立ち入らないが、日中は鍵をかけているわけではないから、入ろうと思えば、だれでも自由に入れる。
一階は安全面を考えて、簡易的な玄関と廊下があり、カグヤと咲世子の部屋と居間や台所はそこを通らなければ入ることはできないし、咲世子か僕が留守の時は施錠しているので、誰かが入り込むことは無い。
でも、二階の僕たちの部屋は本当に誰でも歩ける通路に直接面していて、鍵も一階の居住区とは違い、職員室に予備があるし、生徒会長も持っているため、手に入る立場の人間ならいつでも入り込める。
僕は男だし、体術にも自信があるから、今まで気にした事は無かったが、人が住む事を考えたらかなり不用心な状況だ。
幻の美形、とまで言われ噂になっていた彼が、僕たちの従兄としてここに住む事になった事は、あっという間に学校内に知れ渡った。
堂々と住むことにもなったので、僕と一緒に近場に買い物に出かけたりもしたから、隠れていたころとは比べられないぐらい人目についていた。
そして日中は一人で彼がクラブハウスにいる事も、当然知られている事で。
え?つまり、L.L.が一人で居る部屋に、理由も言わずに部屋に入れろ、という生徒や先生がいると?しかも無理やりドアを開けようとする者もいると? 幸い鍵を手に入れられる立場の人ではなかったようだが、もし、手に入れることができたら?

「言っただろう、大したことではない、と」

あまりにも僕が何も言わないので、だから言いたくなかったんだと言わんばかりに不機嫌な顔でL.L.は言い捨てた。
同じ部屋で一緒に生活し続けていたからすっかり忘れていたが、こんな不機嫌な顔をしていてもこれだけ綺麗な人だ。見慣れている僕でさえ、たまに戸惑うのに、慣れていない人間なら。
彼は僕とは違い、外見通りのもやしっ子だ。下手したら、女性にも勝てないんじゃないかと思うぐらい体力もない。
そんな彼の部屋にやってきて、僕の部屋には来ない?
単純に彼が僕の部屋にいる事を知らないだけで、今も毎日のように彼の部屋を訪れる者がいるのだろうか?
それとも、僕の部屋で何かをすれば、僕を敵に回すという事になるし、僕がいる可能性もあるから来ないのだろうか?
それよりも、彼はそれがどういう意味を持っているか気付いていないのか?本気で言ってるのか?・・・この目は本気だ。本気なんだ。僕より長く生きてるんだよね?そういう感覚、鈍くなってるの?
いや、まて。いま大事なのはそんな事じゃない。

「わかった、この部屋で寝てていいよ」
「え?ああ、でも、そんなにお前の機嫌が悪くなるなら俺は」

眉尻を下げ、すまなそうな顔をする彼の頬を押さえたままの手に、思わずピクリ、と力が入った。そこで、ようやく僕は無意識に自分の目が据わっていたことに気づく。声も思わず低くなっていたようだ。
それを彼は、くだらない事を言った事で僕が怒ったと勘違いしたようだ。
どうしてそんな勘違いができるんだろう?
これ以上勘違いさせるわけにはいかない。
僕は一度深呼吸し、気持ちを落ち着けた。

「この部屋で寝てて。むしろあの部屋には戻らないで。最近は僕が帰るまで部屋から出てないの?」
「いや、咲世子とカグヤが居るときは、誰も来ないから出入りはしているが」
「わかった。今後もそうして?買い物に行くときも、咲世子さんに頼むか、僕が居るときに一緒に出かけよう。一人で出かけないこと」
「え?いや、それは」

頬に添えていた手に力を込め、彼の顔を少し上向かせると、僕は意識して眇めた目でその紫玉の瞳を見つめた。

「いい?一人で行動しないでね?」

否定を許さない声音と、顔が触れ合うほどの至近距離で見つめられたことで、L.L.は僅かに息をのんだのが分かった。
一緒に過ごしていてわかった事がある。
彼はなんだかんだと言っても、僕が強く出れば大抵の事は折れてくれるのだ。

「わ、分かった、善処する」

これ以上の回答は無理だなと僕は判断し、彼から手を離した。

「うん、じゃあ僕はそろそろ行くね。鍵はかけていくから君はゆっくり休んでて」

呆然としている彼をそのままに、僕は鞄を持って部屋を出、しっかりと鍵をかけた。
7時50分を過ぎてしまった。
急いで朝食を取って、咲世子とカグヤに今の話をしなければ。
どこの誰かは知らないけれど、L.L.に手を出そうという輩がいる事だけはハッキリした。
ここは彼にとって絶対安全な場所なのだと思っていたが、そうではなかったという事実が、僕を苛立たせた。
眉根を寄せ、口を真一文字に結び目が据わった、いかにも不機嫌な顔ですざくは急いで階段を下りた。




L.L.を部屋で飼う、という最初の目的を今まで忘れてたので、無理やり軌道修正。
部屋は用意されてるけど、あくまでもスザクの部屋でゴロゴロしてます。

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