まだ見ぬ明日へ 第18話

「え?何それ。私聞いてないわよ」

放課後、クラブハウスへやってきていたミレイを捕まえて、僕はL.L.を訪ねてくる人間の話することができた。

「ジュリちゃんの安全も考えてここに来てもらったのに、意味ないじゃないの。今はスザクの部屋にいるのね?」
「僕の部屋に居るとは相手も思ってませんから」
「なら当面はそれで何とかなるわね。分かったわ、なにか考えてみる」

教師までなんて、誰かわかった時点で解雇よね。と、腕を組んで何やら思案を始めた。

「そう言えば、咲世子さんが今日調査するって言ってたので、結果を聞いてきます」
「え?待って、私も行く!」

その言葉に、ミレイも僕の後について一階の居住区へと移動した。

「こちらが本日、ジュリアス様のお部屋に来られた方の写真です」

僕たちが居間に行くと、カグヤと咲世子が僕の帰りを待っていて、その写真を見せてくれた。
見覚えのあるその男は、確かラグビー部の2年生。
時間は2時間目が始まった頃で、咲世子さんがいつも買い物に出かけている時間なのだと言う。

「そして、こちらがその時の音を録音した物になります」

手に持っていた小型のボイスレコーダの再生ボタンを押すと、ドアを叩く音と、ジュリアスを呼ぶ声が聞こえ、カグヤとミレイは顔を顰めた。
L.L.の部屋は、出来るだけ人目につかないよう一番奥の部屋にしたために、多少の物音なら、一階の居住区には届かない。
すでに何度もここに訪れているのであろう男は、その事も熟知している様子だった。
そして、普段咲世子が帰宅するであろう時間前に、また来ると言い残し、男はその場を立ち去っていた。
ありえない。本当にこんなことが日常的にここで行われていたなんて。
というかここまで言われて、どうしてL.L.はその意味に気が付かないんだ!?
無理、もう絶対無理。
買い物があるなら通販させよう。出かける時は僕か咲世子が同行しよう。
あまりの内容に、しばらく誰も声を出す事が出来なかった。

「これは、思った以上に酷いわね」

ミレイが青ざめた顔でぽつりと呟いた。

「わたくし、全然気が付きませんでしたわ」
「申し訳ありません、私が気が付くべきだったのですが」
「いえ、咲世子さんは悪くないですよ、僕も全然気づいてませんでしたから」
「これは、ジュリちゃんだけの問題じゃないわね。今後カヤちゃんと咲世子さんを狙う不埒な輩が出てくる可能性もあるわ」

そうだ。それでなくても僕たちの安全を考えてここに住んでいるというのに、こんなに簡単に部外者が入り込み、犯罪を犯そうとしている。
この状況がどういう意味なのか、彼が気づいた時には、僕達の安全のために間違いなくここから出ていくと言いだすだろう。
かといってこのまま放置できる内容でもない。
ミレイは眉根を寄せ、しばらく思案した後、びしりと人差指で咲世子を指した。

「咲世子さんはもうしばらく調査続けて。どうやらジュリちゃんが知る限り12人ここに来ていて、その中に教師も混ざっているらしいのよね。今公表すると、他の人たち逃がしちゃうから、出来るだけ相手を特定してから一気にやっちゃいましょう」
「かしこまりました」

一人でも逃すわけにはいかない。
その案に、僕とカグヤも同意を込めて頷いた。

「あ、でも買い物困るわよね」

毎日の食材や日用品の買い出しは咲世子の仕事。
一日二日で終わる事とは思えないので、日常生活に支障の出ないよう考えなくては。

「では、明日からはスザク様が授業を終えられてから、買い物に行く事に致します」
「夕食の準備あるでしょ?大丈夫なの?」
「はい、先に下準備をしてから出かけますので問題はありません。遅くなるようであれば、ジュリアス様にお願いしますので」

その言葉に、僕とミレイは咲世子を見つめた。
ジュリアスに料理を用意してもらう、と言ったような?

「ジュリちゃん、料理できるの?」
「はい。夕食はスザク様、カグヤ様とご一緒に取られますので私が用意をしていますが、それ以外はご自分で御作りになられますので」
「え?そうだったの!?」

聞いてないよ、僕!

「はい、お料理はお好きなようで、私もご相伴にあずかる事がございます」
「あら。枢木のお兄様知らなかったんですか?わたくしも何度か頂いてますわよ?」

コロコロとカグヤが笑いながら言うので、僕は思わず椅子から立ち上がった。

「え?ちょっと待ってよ、僕が一番一緒にいるのに、知らなかったってどういう事!?」
「それはきっと、お昼に枢木のお兄様がいらっしゃらないからですわ」

カグヤは目が不自由なので、時間割によっては午前中で帰宅する。その時にたまに二人の分も用意してくれるらしい。
当然だが、その時間は学校に居るため僕はここには居ない。

「今日も、あさりを使った和風パスタを作って下さいました」
「すっごく美味しかったですわ」

料理上手だという彼は、どうやら和食も得意らしく、咲世子が知らない料理も出てくる事があるらしい。自慢するかのように語る女性二人に、悔しさがこみ上げてくる。

「ずるい!ずるいよ二人とも!」
「わたくし、てっきり御休みの日に作って頂いているのだと思ってましたわ」
「お二人でよくお出かけになられているので、ジュリアス様が作られたお弁当を持って、出られているとばかり思っていました」

何それ、まるでデートじゃないか。
休日は騎士団の活動のため二人で出かけてはいるが、いつも外食で、作ってきてくれたことなんてない。そんな事口にできるはずもなく、複雑な顔をする僕の様子に、三人は面白そうに笑っていた。
よし、今度の休みに、絶対お弁当作ってもらう事に決めた。拒否なんてさせない。

「で、話題のジュリちゃんは?」
「今時間でしたら、スザク様のお部屋にいらっしゃるはずです」
「今時間なら?」
「はい。いつも昼食後お出かけになります。ですが、スザク様がお帰りになる前に帰宅されていますので」

へえ、何だろう。その辺も後でしっかりと、確認しておかないとね?

「じゃあ、僕呼んできます」

僕は女性陣に一声かけてから席を立った。
部屋に戻るとベッドの上が膨らんでいて、そこには、規則正しい寝息を立てているL.L.。無防備に寝ているせいなのか、いつもよりも幼く見えるその姿は、僕が帰宅したときにいつも見ていた光景だった。
だからてっきり、朝に寝てからこの時間までずっと寝ていると思っていたけど、実際は12時には一度昼食で起きて、その後外出しているという。
もしかしてタヌキ寝入りか?と一瞬疑ったが、どう見ても完全に熟睡していて、僕がベッドの端に腰をかけても起きる気配は無い。
となると、睡眠時間4時間を切るわけか。通りで普段から眠そうにしているはずだ。

「L.L.起きて」

こちらに背を向けて眠るL.L.の肩に手をかけ、揺らしながら声をかけた。
・・ぅ・・・ん・・・、と返事は一応?あったが、起きる気配は無い。

「L.L.起きてってば」

先ほどより強く揺すると、返事はあるのだが、もぞもぞとタオルケットの中に潜り込んでいってしまう。僕は一つ溜息を吐くと、その黒髪が見える程度にタオルケットを捲り、その髪に手を伸ばした。
真直ぐで指通りのいいその髪を梳きながら、彼を起こすための最強の呪文を彼の耳元で口にする。

「下にミレイ会長が来てる。あまり時間をかけると、ここに乗り込んでくるよ?」

ビクリ、と体を震わせた後、今度はもぞもぞとタオルケットから出てきた。 この短い間に、会長のとんでもない行動力の被害に何度も会った彼には、この名前は絶大な威力を発揮する。低血圧な上に、無理やり起こされたことで不機嫌そうなその顔に、僕はにこりと笑いかけた。

「おはよう、L.L.」
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