まだ見ぬ明日へ 第19話 |
休日の朝早くから、僕とL.L.は互いに険しい表情で口論を続けていた。 「何で俺が作らなきゃならないんだ!」 「僕だけ君の手料理食べた事がないなんて、ずるいだろ。だから君は、今日の僕たちのお弁当を作るんだ」 しかし、口論の内容は低レベルで、こんな言い合いをしているなんて黒の騎士団には絶対に知られるわけにはいかない。 知られれば確実にゼロの求心力が落ちるだろう。 L.L.は僕が断言した事に、不愉快そうに眉を寄せ、作業を終えたパソコンの電源を落とした。椅子を回転させこちらへ体を向けると、腕と脚を組み、僕を見上げながら冗談じゃないと言わんばかりの声音で文句を言った。 「何で決定事項になってるんだ」 「僕がそう決めたからに決まってるだろ」 今は朝の6時。 いいから立って、と僕は無理やりL.L.の腕を引っ張りながら台所へ向かった。 腕に若干抵抗を感じるが、L.L.が抵抗したところでたかが知れている。僕は気にせずどんどん階段を降り、目的地へ足を進めた。 「大体、当日に言うな。そういう事は、せめて前日の朝までに言え。今からじゃ材料を買う事も出来ないだろう」 抵抗しても無駄だと悟り、大人しく腕を引かれながらL.L.は台所へと足を踏み入れた。 「それでしたら大丈夫です、L.L.様。お弁当に使いそうな食材は用意しております」 台所で朝食の準備をしていた咲世子が、僕とL.L.におはようございます、とお辞儀をしながらそう言い添えた。 L.L.には当日話したが、咲世子にはあの日に話を通していたから何も問題は無い。 「咲世子・・・こういう時に、その優秀さを発揮しないでくれ」 L.L.が困ったような顔で咲世子を見ると、咲世子はにっこりと笑って「カグヤ様と私のお弁当もお願いいたします。カグヤ様は昨日から楽しみにしていましたよ」と告げられると、L.L.も観念するしかなかった。 作ると決めてからのL.L.の動きは速く、冷蔵庫の中身を確認すると、次々に材料を出し、下ごしらえをはじめた。 包丁さばきも驚くほどで、朝食を終えた僕と咲世子は、L.L.の調理する姿を眺めたり、カグヤにその様子を解説をしていたら、流石にL.L.に怒られ、台所から締め出された。 そしてその日、騎士団の打ち合わせがひと段落したお昼時、アジトのゼロの部屋でお弁当箱を開いた僕は、思わず歓声を上げた。 スザク様は沢山お食べになるので、と咲世子が用意した重箱の中には、色とりどりのおかずがぎっしり詰められていた。 咲世子もお弁当を毎日作ってくれるが、あくまでも友人たちと食べる前提なのでブリタニア風のお弁当だった。 でも、L.L.が作ったそれは、どれも昔の日本ではありふれていた料理で、思わず感動してしまう。写真などでは見た事のある、一般的なお弁当のおかず、と言うものもあった。 お絞りで手を拭いた後、箸と取り皿を手に、どれから食べようか思わず迷ってしまう。 「迷い箸は行儀が悪いぞ」 オニギリの入ったタッパを机の上に置きながら、L.L.は苦笑した。 「え?だって、どれも美味しそうで、どれから食べようか迷うよ」 「時間が無かったから、大したものは作ってない。いいからさっさと食べろ。この後また会議だぞ」 この部屋には椅子が一脚しかないので、L.L.はベッドに腰掛けながら、重箱に箸を伸ばし、アスパラのベーコン巻きを一つ摘まんだ。 「今度からはせめて前日に言え、煮物や揚げ物が作れれば、もう少し種類も増やせる」 パクリと一口食べ、目をそらしながら咀嚼しているその様子が妙に可愛かった。 あれだけ渋っていた事を忘れたのか、また作るというその言葉に、思わず顔が綻ぶ。 「分かった、次は早くに言うよ」 では、とまず卵焼きを一口食べると、少し甘めで、優しい味がした。 美味しい、という素直な僕の感想に、そうか、と嬉しそうに彼は微笑んだ。 その珍しく素直な反応がまた可愛くて、つい顔が緩んでしまう。 咲世子さんの料理も美味しいが、L.L.の料理はそれに負けないぐらい美味しい。 なんだろう、初めて口にするのに懐かしい味。お袋の味という言葉が当てはまりそうな懐かしさを感じた。 半分ぐらい食べ進めた時、扉をノックする音が聞こえた。 「ゼロ、少しいいか?」 外部通信を開くと、訪ねてきたのはナオトだった。 「どうした?午後の打ち合わせまでまだ時間はあるはずだが?」 「ああ、それは分かっているんだが、あのブリタニア人から気になる情報が入ったんだ。皆の前では話せる事ではないから」 その言葉にL.L.はフードをかぶり、コートのボタンを締め始めたので、僕も食事の手を止め、わかった、少し待ってくれ、と告げながら仮面をかぶった。 扉のロックを外すと、ナオトだけではなく、扇と泉も部屋へと入ってきた。 中にL.L.が居た事に気が付いたナオトが、来てたなら会議に出てくれればいいのに、と笑顔でL.L.に近づいた。 泉も口元を緩めたが、扇は不満そうに眉を寄せている。 扇はL.L.をあまり良く思っていないため、こうして態度に表れるのだ。 机の上の弁当に気が付いたナオトが、あっ、と声を上げた後、すまない、食事中に、と謝った。 「これを見てもらえるか?」 ナオトはナリタの情報を流してきたブリタニア人、ディートハルトから渡されたのであろう資料を僕に手渡した。 封筒に入っていた書類は、そう枚数は多くなかった。 「なあ、ゼロ。俺は正直あまりあの男を信用しない方が良いと思うんだが・・・」 ゼロが資料に目を通すのを黙って見ていたナオトと泉は、その声の方へと目を向けた。その声の主は扇。ゼロに告げたこの警告は、すでに何度目になるだろうか。 いや、それ以前に声をかけてくるなら、資料に目を通し終わった後にするべきだ。 資料を見つめていた僕は、全てを目に通した後、その資料を隣に居たL.L.に渡した。 L.L.も資料に視線を落としたので、僕は扇へと顔を向けた。 「この男については私に任せて欲しいと言ったはずだが?」 「だが、相手はブリタニア人だ」 これがL.L.が顔を隠す理由の一つ。 ブリタニア人だと分かれば、それだけで彼らに排除されかねない。 差別される事に文句を言いながら、自分たちが差別をする事は当然だという団員は多い。どういえば理解するのだろうか。だが、僕が口をあける前に、その言葉に反応した人物がいた。 「要、ブリタニア人だからと差別するな」 「だが、ナオト」 「なあ要。ブリタニア人を差別するという事は、カレンも差別するのか?」 カレン。それはナオトの妹だ。この兄妹は父親が違い、ブリタニア人を父に持つカレンは今、ブリタニア人として生活をしている。 「カレンは違うだろ、お前の妹なんだから」 「だが、今はブリタニア人だ。身内だからいいという考えは、ブリタニアの皇族と変わらないぞ」 その言葉に、扇はハッとなり、すまない、と俯いた。 こういう時にはナオトが居てくれる事に感謝してしまう。 恐らく扇の意見は、黒の騎士団の団員が抱えている不満だろう。扇は性格が穏やかで、その上いくらか人が良すぎるため、トップに直接は言えない愚痴を扇相手に吐き出している団員の姿が容易に想像できた。 そして、そうやって言われた事を、自分の胸の内に収めておくことはせず、自分がトップに進言しなければという使命感を持っている節があった。 ナオトがここを収めた以上、ゼロは口を出すべきではないと判断し、今見た資料の話に戻すことにした。 「ブリタニア軍の出立の遅れか。今月末の予定が一週間ずれ込む事は確実だということだが、何かあったのか?」 「あの男も理由までは調べられなかったそうだ」 ゼロが、扇に対して何も言わなかった事でナオトは安堵したようだった。僕としても、これで扇が差別発言を言ってこなくなる可能性が高いので、ナオトに心の中で感謝した。 ちらりとL.L.を伺ったが、彼は何も言わず、僕達の話を聞いている。 「そうか。だが、計画に変更は無い。反対にこちらが準備する時間に余裕ができたのだから、感謝してもいいぐらいだ」 この言葉に、扇が僅かに顔を曇らせた。 ナオトも泉も、計画が遅くなるだけなのだから、この情報で変更は無い事が最初から解っていたのだろう、その表情に変化はない。 「それよりも、ナリタ周辺の状況を正確にまとめて報告してほしい」 「ああ、検問の場所や、ブリタニア側がナリタ周辺に出すだろう指示は調べている」 「それに加え、偵察部隊がどこに展開しているかも調べて欲しい」 「わかった。・・・ゼロ、まだ作戦が決まっていないのは分かるんだが、質問をしても?」 今までこちらが作戦を話すまで口出しをしないナオトが、珍しく口ごもりながらも聞いてきた。 「なんだ?」 「日本解放戦線と共闘するのか?あーいや、つまり、日本解放戦線と共にブリタニア軍を挟み撃ちにするわけじゃないよな?」 「ナオト、お前なら分かっているはずだ。挟撃など不可能だと」 「ああ、そんな事をしたら簡単に各個撃破されて終わってしまう」 「その通りだ。だから我々は挟撃などと言う愚策は取らない」 「そうか、よかった」 あからさまにホッとした表情でナオトが笑った。 「とはいえ、まだ作戦を練っている段階だ。悪いがこれ以上は答える事は出来ない」 その言葉に、分かっているとナオトは頷いたが。 「どうしてだ?今考えている事を教えてくれてもいいんじゃないか?」 口を出したのは扇。 この男はこういうことに対して口を出さないタイプだと思っていたのだが。 ・・・いや、ディートハルトの件でも口は出していたか。 口を出すにしても、まずはナオトに話をしてから、こちらに意見を言うという事は出来ないのだろうか。 今まで静かに様子を伺っていたL.L.は、変声機越しでもわかる、何時もより低い声音で話し始めた。 「その危険性は、少しでも考えたのか、扇」 「危険性?何も危険な事は無いじゃないか。今どんな事を考えているか言ってくれれば、俺たちもそれだけ早く心構えや準備ができるだろ?ナリタでブリタニア軍と戦う事も皆に教えた方が良い」 ナリタ連山でブリタニア軍と戦う事を知っているのは、今ここにいる5人だけだ。 その言葉に、L.L.は呆れたような溜息を吐いた。 「例え話をしようか。とある施設に強襲をかける事となった。まだ作戦を練っている段階だが、今のところ地下から侵入する予定でいる、と扇に教える。そしてお前は地下から侵入する予定だ、と団員に伝え、その心構え、というものをするわけだな?そしてそれに合わせて事前に下準備をしたいと」 そのL.L.の問いかけに、そうだと扇は答えた。 「作戦を練っている段階ということは、決定ではない。勿論変更はある。最初は地下からと考えていたが、その考えを捨て、空から攻めるとゼロが決定した場合、皆は素直に従えるだろうか?話が違う、地下から侵入する心構えと準備をしていたのに、とは思わないのだろうか?今までの準備もまた無駄になると不満には思わないのだろうか?実際に作戦を行った場合、本当の作戦と自分たちで想像していた偽りの作戦に惑わされる者が出る可能性は無いだろうか?」 「そんなこと」 分からないじゃないか、と続けようとする声を制しながらL.L.は続けた。 「それだけではない。ナリタ連山へ黒の騎士団が向かうのはあくまでも奇襲。万が一にもブリタニア、あるいは日本解放戦線に知られればその時点で終わりだ。誰も口外しないという保証はどこにある?それこそ、ブリタニア軍の、日本解放戦線のスパイが紛れている可能性は考えないのか?」 「仲間を信用できないっていうのか?」 「それは、ゼロと私を信用していないお前が口にする言葉ではないな」 L.L.の言葉に一瞬固まり、そんな事は無い、という扇は、ゼロとL.L.から視線を外した。 素性を隠しているから。という理由で信頼されていないのは知っているが、その様子をこう目の前で見ると、正直嫌なものだ。 これだけ手間をかけ時間を使い、黒の騎士団を成長させているというのに。 彼にとって僕とL.L.は仲間では無いのかもしれない。 「話は以上か?」 ゼロがそう言うと、流石に扇はそれ以上口を開く事は無かった。 「すまないなゼロ、L.L.」 「気にするなナオト。情報が早ければそれだけこちらも有利に動ける」 明らかにホッとした顔でナオトは、もう一度すまない、と口にした。 扇の事でナオトは随分と胃の痛い思いをしていそうだ。 「ところで、ゼロ。気になっていた事があるんだが」 「なんだ泉」 「その弁当なんだが」 思わず、泉が指をさした方へ全員が目を向けた。 そこには食べかけの重箱とオニギリ。 すっかり忘れていたが、先ほどまで食事中だったのだ。 「ああ、俺も気になってたんだ。すごい美味そうだよな、その弁当。もしかしてゼロが作ったのか?」 流石にそれは無いかと、ナオトと泉が笑った。 「私が作ったわけではない。これはL.L.が作ったものだ」 「え?L.L.が!?」 「本当か?こんなに、しかも和食だよなこれ」 これほどしっかりした和食のお弁当なんて目にすることは無い。 僕も驚いたのだから、彼らが驚く理由はよくわかる。 うんうん、L.L.の料理の腕を褒められるのは素直に嬉しい。 「そんなに驚く事ではないだろう?」 その反応に、何で驚いているんだと不思議そうな声音でL.L.が言った。 日本食の本なんかは戦前ではありふれていたが、戦後は日本料理の本など発売されることはなく、日本人でありながら日本食が作れない人も多い。 コンビニでも日本人向けの弁当は無いのだ。 租界の食堂は殆どブリタニア人向けで、ゲットーにある日本人食堂は食材の種類が少ない。日本人には品物を売らない、あるいは高値をつけたり、クズにしか見えない物を売るブリタニア人が多いからだ。そのため、メニューは殆ど固定化されている。すぐに出てきて、安くて量が食べられるものが主流なのだ。 そんな時代に生きる者にとって、このL.L.のお弁当は、まさに何時か食べたい憧れのお弁当なのだ。 「でも、L.L.は日本人じゃないんだろ?それなのに和食を?」 あからさまな差別発言はやはり扇。 なんだろう、僕の中で扇の評価がどんどん下がっていくのを感じる。 「私は戦前から日本に住んでいるからな」 「そうだったのか。道理で日本の事に詳しいわけだ」 そう言いながらも三人の視線は重箱に向いていた。 「・・・食べるか?」 流石にこのまま部屋から出すのは気がひけたのか、L.L.がそう言った。 いいのか!?と満面の笑みでナオトがきんぴらを、と言うので、L.L.が箸でつまみ、その手に乗せた。 泉はたこの酢味噌和え。扇はほうれん草の胡麻和え。 「美味い!こんな美味いきんぴら何年振りだろう」 「この酢味噌和え、すごく美味いな。酢味噌も自分で作ったのか?」 「・・・美味い」 口に入れた瞬間、皆の顔がほころぶのが分かる。 やはり美味しい食事は人を幸せにするよね、と僕はその光景に思わず口元が緩んだ。 とはいえ、これ以上食べさせるつもりは無いけれど。 「そうか、口にあってよかった」 L.L.は三人のテンションに若干押されながらも、そう口にした。 僕と出会う前から、殆ど外食せず自分で料理していたというL.L.には、きっとこの喜びは理解できないだろう。 三人は満足そうに部屋から退出したので、僕はすぐに鍵をかけ、仮面を外した。 「僕のお弁当なのに」 「いいじゃないか別に。まだあるんだから。それにお前だけのじゃないだろう」 俺も食べているんだから、とL.L.は首元を緩めながら、あきれ顔でそう言った。 「じゃあ、僕と君のお弁当なのに」 「はいはい、分かったよ。帰ったら夜食を作ってやるから機嫌を直せ」 「本当!?」 「ああ、こんなことで嘘はつかないよ」 「やった!楽しみだな~夜食」 予想外のその言葉に、先ほどまでの腹立たしさも忘れ、にこにこと笑った僕を見てL.L.は苦笑した。 |