まだ見ぬ明日へ 第20話

その作戦は見事しか言いようがなかった。
L.L.が秘密裏に日本解放戦線に地下協力員を潜入させていて、ブリタニア・日本解放戦線双方に気付かれることなく山頂に陣取る事が出来た。
逃げ場もない、状況は圧倒的不利、勝てたら奇跡だという状態では、生き残るためには死にもの狂いになるしかない。
背水の陣。
自殺行為ともいえるこの戦法はまさに諸刃の剣。
成功する方が奇跡ともいえるその作戦は、騎士団員を奮起させた。
L.L.とロイド、セシルが計算に計算を重ねた配置で、黒の騎士団が所有する爆薬全てを連鎖的に爆発させると、大規模な土石流を生み出した。
町へ流れ出す事の無いよう計算されたその土石流は、ブリタニア軍を分断させ、多くの兵をその冷たい土の下へと誘った。
逆落としという古典的な兵法を用いながらも、偽の情報によるかく乱やわざと通信を傍受させて罠を張り、さらに兵を削り取る。時には撤退した素振りをして、相手の行動をこちらの望む形へと持って行く。
L.L.達が開発したECMは、ブリタニア軍のECCMでも無効化ができず、通信回線を一時的とはいえ使用不能にし、相手の行動を制限。
日本解放戦線がどのように動くのかも正確に計算したうえでの陽動。
これはまさに情報戦。
ブリタニア側のあらゆる情報を瞬時に解析し、それを利用する。ブリタニア軍は混乱し、味方の位置の把握も出来ず、まともな連携は一切取れなくなっていた。
そんな中でも黒の騎士団は密な連絡を取り続け、些細な指示から、大胆な指示まで事細かになされたその作戦は、ブリタニア軍に黒の騎士団の兵力を本来の10倍以上に誤認させるほどの物だった。
殆どの兵を土石流にのまれた部隊は、偽りの情報に踊らされて撤退を余儀なくされ、盤上の駒は次々に減っていく。
だが、黒の騎士団の、ゼロの目的はブリタニア軍から日本解放戦線を救い出す事でも、ブリタニア軍から一勝を得るための物でもない。
必ず自ら前線に立つであろうコーネリア・リ・ブリタニアの捕獲にある。
日本解放戦線の監視拠点とも言える、山の中腹の小屋を陣取っていたL.L.は細かな指示を出しながら端末を操作していた。 ゼロと同じ変声機を使っているため、誰も指示を出しているのがL.L.だとは気が付かない。
副官であるナオトさえ知らない事実。知っているのはゼロとL.L.のみ。
今回は戦力が足りないため、スザクを指揮に回すのではなく、戦闘に集中させる事となったための苦肉の策だった。
ゼロと共にL.L.も無頼でコーネリアの元へ向かうのが最善手ではあったが、スザクがそれだけは認めないと頑なに拒否した。
L.L.は騎士団への通信を一時的にオフにし、携帯電話に手を伸ばした。

「さて、敵の陽動とかく乱を行っているランスロット・クラブの戦況は良好、あとは・・・いけるな、K-1」

『お任せください、ゼロ』

スザクとの通信は暗号ツールを付けた携帯電話で行われる。
万が一通信機を傍受された時の備え、スザクをK-1と呼び、L.L.をゼロと呼びながら交わされるその通話は、最後の作戦の開始を告げる合図。
KNIGHTでありKINGである唯一最強の駒が動き出す。
まるで舞うように闘うその美しき白い機体は、流れるような動きで次々とブリタニアの兵を沈めながら、作戦ポイントへ移動を開始した。
この動きに対応できるブリタニア兵は居ない。
ここまで作戦が進めばL.L.がやるべき事は、ほとんどない状態となる。騎士団への通信を回復させたL.L.は全部隊に最終指示を出すと、その小屋を後にした。



作戦は完璧だった。
何も障害がないと錯覚させられるほど、流れるように進んでいく作戦に、本当にブリタニア軍と対峙しているのか疑わしくなるほどだった。
絶望的ともいえる圧倒的兵力差をものともせず、黒の騎士団は間違いなく、この戦場の主導権を握っていたのだから。
ランスロットとランスロット・クラブの性能も圧倒的だったが、この二騎だけでここまで戦局を動かす事など出来ない。
改めてL.L.の指揮能力の高さを思い知った。
そして、戦場における情報がどれほど重要なものかも理解した。
だが、彼でさえ予想できないイレギュラーは存在する。
コーネリアの乗るグロースターの両碗を破壊し、後は捕獲だけ、という状況でそれは起こった。
燃える炎のような深紅の機体と右手につけられた巨大な銀色の鉤爪。
ブリタニアのナイトメアは、騎士をイメージしたものが多い中、威圧感と力強さを感じさせる外見は、異彩を放っていた。
間違いなく河口湖で見たKMF。その動きは、唯一の第七世代KMFであるランスロットとほぼ互角で、何よりその銀の爪から放たれる、ナイトメアの装甲さえ歪めてしまうほどの超高温を放つ兵器は、あまりにも危険だった。

「くっ!」

伸びてきた銀の鉤爪をランスロットがぎりぎりかわす。
スザクの騎乗能力は高い。それこそ、相手を殺すことなく、パイロットに負担をかけることなく、機体だけを行動不能に出来るほどに。
スザクはブリタニア人が嫌いではあるが、命を無駄に奪う行為はもっと嫌いなのだ。
だが、この深紅の機体のパイロットには、その戦い方は通用しない。
本気でやらなければ、殺される。
スザクは瞳をすっと細めると、その顔と瞳から人間らしい感情が抜け落ちた。
相手を殺す。
そのための意識に瞬時に切り替わる。
腰から抜いたMVSで相手をなぎ払う。
それを躱されれば、迷うことなく追撃し、更なる一撃を。
今までとは打って変わった闘い方に、深紅のKMFのパイロットは一瞬戸惑った。
そこに好機が生まれる。
鋭い剣戟がその銀の鉤爪と、右足を一瞬で切り落とした。返す刀でコックピットを狙う。が、相手が一瞬早く後方へと飛び、MVSは空を切った。
深紅の機体は撤退を開始し、それを追おうと機体を進めたその瞬間。

『下がれゼロ!!』

本来外部マイクが拾うはずの無い声。その理由を考えるより早く、反射的に機体を引いたがもう遅かった。
突然ランスロットの電源が落ち、動きが停止する。

「なっ!?まさか故障!?」
『ゼロ!ハッチは開くはずだ、機体から降りろ!そのままではやられる!』

その声に、慌ててハッチを開き、機体から身を乗り出した。
片足で膝をついている深紅の機体が目の前にあり、左手に銃を構えていた。

『降伏しなさい、ゼロ。その機体はもう動けないわ。・・・特派ヘッドトレーラーへ。ゼロを発見、ゲフィオンディスターバーによりホワイトは停止しました。これより捕獲します』

意外な事に、深紅の機体から聞こえてきたのは女性の声。
銃口をゼロに向けられたその状況に、どうするべきか考える。
ギアスを使えば逃げることは可能だ。相手に認識されなくなるのだから。
だが、目の前で姿を消した場合、この能力を今後ブリタニア側に警戒される。
この不可視能力は、相手に知られていないからこそ、大きな効果を得られるのだから、出来れば使いたくは無い。
銃口はこちらを向いているが避ける事は可能だろう。その場合ランスロットは使えなくなる。いや、もう今段階で使えないか。
その時、再びランスロットの動力が動き出す音が聞こえた。

『え、もう?』

予想以上に回復が早かったのだろうか?深紅のKMFのパイロットから驚きの声があがった。
とはいえ、この状況で騎乗したところで銃を撃たれて終わり。
意味は無い。
その時だった。

『退くぞ!これ以上は消耗戦になる。ブリタニアが立ち直ればこちらに打つ手は無い。撤退だ!』

通信機越しに聞こえるゼロの声。
コーネリアを取り逃がした以上、当然の指示だ。
ここにいる彼女も、ランスロットのコックピットから漏れ出た指示は、僕が出した物だと認識するだろう。
仮面をかぶっている事の利点だな、と、こんな状況なのに僕は妙に冷静だった。
万が一自分が死んでもL.L.が居る。カグヤは大丈夫。
まあ、死ぬつもりは無いし、死ぬぐらいならランスロットを諦めるか、ギアスを使うけれど。
今後僕たちの邪魔になるであろう、この紅の騎士はここでつぶさせてもらう。
さて、どうするべきかと僕は再び目を細め、相手を見据えたその時、深紅のKMFの足元に、見慣れた黒い人影が近づいているのを目にした。

「・・・え?」

僕は思わず目を疑った。
いや、彼の声が外部スピーカーから聞こえていたのだから、近くに居てもおかしくは無い。いや、そもそも何でここに?彼の持ち場はここから離れているはずだ。

『え、黒の騎士団?』

相手も同じようで、まさか生身の人間がKMFに武器も持たずに近づくなんて思っていなかっただろう。
深紅の機体のパイロットは、銃口を僕に向けたまま、制止の声をかける事も出来ずに居た。

「たとえ誰であれ、この男に手を出すことは、私が許さない」

その黒い影、L.L.は躊躇うことなく、膝を着いたその深紅のKMFに触れた。
その途端、小さな女性の悲鳴が聞こえたあと、その機体はびくりと一瞬反応をした後、完全にその動きを止めた。
僕はランスロットに乗り込み、念のためその銃口から機体をずらし、少し離れた場所に移動すと、すぐに地面に降り立ち、L.L.に駆け寄った。

「L.L.!!」
「来るなゼロ」

こちらを振り向くことなく、L.L.は告げた。

「何をしたんだ?」
「ショックイメージを見せている。まあ、本人がどんな悪夢を見ているかは解らないが」
「ショックイメージ?」
「お前は今のうちにランスロットで撤退しろ。この機体は俺が押さえておく」
「何を言ってるんだ、君も一緒に」

何気なく彼の肩に触れたその途端、頭の中に奇妙な光景が流れ込んだ。
まっ白な空間と、通り過ぎる色々なイメージ。まるでギアスを受け取った時に見たあのイメージのような。

「・・・っ!この馬鹿が!手を離すんだ!」

彼のその声を聞きながら、僕はそのイメージを見続けた。
何なんだこれは、一体・・・・っ!

「やめろ!俺に、入ってくるなっ!見る、なっ、見ないで、くれっ!!」

彼の悲痛な叫びが聞こえたその時、心臓を鷲掴みされるような女性の悲鳴が響き渡り、僕は思わず彼から手を離した。

『うああああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!』

それは深紅のKMFのパイロットから発せられた悲鳴。
見えない何かに向かって攻撃を加えるかのように、やみくもに打ち出されたKMFの銃弾が地面を抉る。

「っ!しまった、コードの制御が!」
『いやああああああぁぁぁぁぁぁあ!お兄ちゃん!お兄ちゃん!助けてっ!!ああああぁぁぁぁぁぁぁ!』

至近距離に撃ちこまれた銃弾で、抉られた岩の破片が、僕たちめがけて飛んできた。
とっさに僕を背にかばったL.L.の体には、無数の鋭い岩の破片が嫌な音を立てて突き刺さった。

「L.L.!!」
「俺は大丈夫だ!いいから早く逃げろ!!」

大量の破片をその身に受け、ふらつきながらも、僕を庇い続けるL.L.を無理やり抱え上げると、破片をよけながらランスロットに乗り込んだ。
血を流し、力なく僕に寄りかかる彼を膝に乗せ、僕は急いで撤退を開始した。
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