まだ見ぬ明日へ 第21話

ランスロットの専用トレーラーに乗り込むと、すぐにトレーラーは発進した。
L.L.の傷は深く、無数の破片がその体に刺さっており、鮮血がぽたり、ぽたりと床にこぼれ落ちていく。
心臓は今にも止まりそうなほど弱く、体温がどんどん失われていった。
恐らく後数分と持たないだろう。
それでも少しでも振動が彼の負担にならないようその体を抱きしめた。

「ゼロ、大丈夫でしたか?」

トレーラーを運転中のセシルからの通信に思わず顔を上げた。
ランスロットとトレーラーをつなぐ専用の回線が開いたのだ。
画面には音声のみの通信だと言う表示がされており、思わず安堵の溜息が漏れる。

「私は大丈夫だ。・・・だがL.L.が負傷した。今ここに一緒にいる」

声に動揺を乗せないよう、そう伝えるのが精一杯だった。
L.L.の話はしない方が良いのかと一瞬考えたが、すでにコックピット内は血だまりが出来ているのだから、下手な言い訳はしない方が良いだろう。
この出血量で致命傷を疑われるだろうが、そこは蘇生したL.L.を見せる事でどうにでもなる。
問題はこの状態のL.L.を人目に晒すこと無く、どうやってここから出すか、だ。

「L.L.が?」

セシルの声に緊張が走る。

「問題ない。アジトに着き次第、私が手当てをする」
「ゼロが、ですか?」
「ああ」

本来なら、セシルとロイドに任せるべき問題であるのに、ゼロが手当てをするというのは不自然すぎる。
それが分かっていても、死にゆく彼を抱えている手と、声の震えを抑えるので精いっぱいだった。
大丈夫だ、彼は不死。また生き返る。生き返るんだ。だから大丈夫。
僕を置いて居なくなるわけではない。落ち着け。落ち着くんだ。
不死だと誰にも知らせるわけにはいかない。
僕以外彼の傷を手当てすることは許されない。
知られたらどうなるだろう。彼らもまた実験材料にするのかもしれない。

「ゼロ、聞いてもいいですか?」

次に聞こえてきた声は、助手席に乗っているのであろう、ロイド。
いつも飄々としているロイドが、何時になく真面目な声で訪ねてきた。
その真剣さに、思わず彼を抱く腕に力が入る。

「何だ?」
「L.L.を僕たちに任せられない理由。それって彼が不死なのと関係あったりします?」

聞き間違いだろうか? いま不死と言わなかったか?
僕は自分でも驚くほど、びくりと体を震わせ、目を見開き、彼の体を強く抱きよせた。
なぜ知ってる?L.L.が話した?いやそれなら僕にその話をするはず。
二人は研究員だ。もしかして彼らがL.L.を実験体にしていた奴の仲間?
何を知ってる、どこまで知っている?誰から聞いた?

「・・・やはりそうなんですね」

僕が返事をしない事で、ロイドは自分の考えが当っていることを察したようだった。

「ゼロ、私たちの友人に不老不死の人間がいるのです。L.L.という名前からもしかして、とは思ってはいました」

名前から?
彼が名乗るこの名前は、不死者のコードネームのようなものなのだろうか?
彼が不老不死だという事を知られている以上、外部に漏らす可能性はあるが、口を封じるには惜しい人材。
いや、本当に味方になってくれるというなら、危害を加える事なんてしてはいけない。
どうすればいいんだ?
混乱する頭では考えなど纏まるはずもなく、僕は二人の話を聞き逃さないように注意することしか出来なかった。

「・・・他にもいると言うのか、彼のような存在が」
「います」

ロイドは即答した。
その言葉に、僕は思わず息を呑んだ。
彼のような存在が他にも居る。そんな話、彼から聞いたことはあっただろうか?分からない。思い出せない。

「もしL.L.が彼女と同じ存在ならば、僕たちにお任せください。勿論彼のその体質も能力も口外いたしません」
「ゼロ、私たちは不老不死の女性を通し、その苦しみと危険性を知っています。信じていただけませんか」

2人の声には偽りは感じられない。もし、彼らの言う言葉が本当であるなら、L.L.を任せる事の出来る人材をも手に入れた事になるのだが。
信じるのか、疑うのか、僕の頭は混乱しすぎていて、何も考える事が出来ない。
そっと、抱きしめていた彼の体を離し、彼の様子を伺う。
すでにL.L.の心臓は止まり、呼吸も停止していた。
いま大事なのはL.L.の蘇生。その後の事は蘇生した彼と考えるべきだ。
いざとなったら僕にはギアスがある。L.L.を連れ逃げる事は可能だ。

「・・・彼の事は、黒の騎士団内でも極秘だ」
「分かっております」
「ブリタニアに知られるわけにもいかない」
「十分承知しております」
「・・・そうか」

それ以上何も言えなかった。
黒の騎士団は惜しいが、万が一の場合は諦めるしかない。
そう結論付けた僕は、トレーラーが止まるまで物言わぬ死体を腕に抱き続けた。
トレーラーが止まった先は、僕たちの知らない場所、ロイドとセシルが秘密裏に用意していた施設だった。
ランスロットから血まみれの彼を抱えて降りると、セシルとロイドが息を呑んだのが分かった。
彼の体を抱き上げたまま、2人が誘導する部屋へと足を踏み入れた。
そこは手術室のような場所で、中央に置かれていたベッドに言われるまま彼の体を横たえた。
2人は手際よく彼の衣類を切り取ると、破片を抜き取り、傷口を洗った
血の気の無いその肌は、いつも以上に白く人形のように見えて、その肌を染めている深紅はまるで塗料のようで。
人間の治療と言うよりも、人形の修復を見ているような、奇妙な感覚に囚われていた。
分かっている。これは現実逃避だ。
彼が死んだという事を認めたくない僕が見せている、ある種の幻覚。
傷から破片を摘出し洗浄、消毒した後、透明なシートのような物が傷口をふさぐように次々張り付けられていく。
開いている傷は、ロイドとセシルが2人がかりで傷口を手で引き寄せ、そのシートを張る。
強力な粘着力があるのか、張られた後はそれ以上傷口が開く事は無く、外気を遮断し、皮膚の替わりになるのだと言う。
傷を縫うのも手なのだが、縫うのは時間もかかるし、抜糸もある。そのためこの方法よりも回復に時間がかかるそうだ。
二次感染も防げるので、回復も早まる特殊素材のそれは、皮膚に負担をかけないロイド特性の絆創膏のような物。
彼を洗う水が段々透明になっていく。
彼の傷が塞がれていくの事がよく分かった。
ゼロ、と呼ぶ声にしばらく気が付かず、何度目かに呼ばれた名前に、ぼくはノロノロと顔を上げた。

「ゼロ、L.L.の頭部には傷は無いのかしら?」
「・・・確認は、していない」

破片の刺さった大きな傷ばかりに意識が行ってたので、それ以外はどうだったのか覚えていない。

「L.L.のお顔を見る事になっても、よろしいですか?」

様子のおかしい僕を心配するような声音で、セシルが訪ねてきた。
僕はずっと彼らの治療を見ていた。
彼の顔が自分たちの視界に入らないよう、大きなタオルを顔にかけ、体には大きな手術用の布をかぶせてからコートを脱がせるなど、彼を実験体ではなく、一人の人間として出来る限りの配慮をしてくれる。
そんな二人の様子に、僕は決心をする。彼らをを信用しよう。

「彼の顔を見ても構わない。だが、彼の容姿についての口外は禁止する」
「わかりました。では、失礼します」

そう言うと、ロイドは顔を覆っていたタオルをゆっくりと外した。
彼の顔を見た瞬間、二人の手が止まり、その瞳を大きく見開く。
しばらく彼の顔を見つめていた2人は、ぎこちなく再び手を動かし始めた。

「・・・ロイドさん」
「・・・なるほどね。胸の傷でもしかして、とは思ってたけど」

セシルは丁寧に彼の頭部や首元を確認している。
その様子から、どうやら頭部には傷はなさそうだった。

「胸の傷、というと?」

僕のその言葉に、ロイドは一端手を止め、こちらを見た。

「見た事ない?彼の、ほらここ。」

手招きをするロイドの傍へと近づき、示されたところへ視線を向けると、ロイドは胸元を覆っていた布をまくり、彼の胸部を露わにする。
すでに衣類を切り取られ、手当てが施された場所には、シートでふさがれているとはいえ、真新しい傷があちらこちらにあり、思わず顔をしかめたが、ロイドはそちらではなく、心臓付近の古い傷跡を指差した。

「ほら、ここ。心臓のあたりに何かで刺されたような深く、大きな傷があるでしょ?不老不死の体でついた傷はすべて消えるのに、これは残ったまま。つまりこれは、彼がまだ人間だった頃についた傷ってこと」
「人間の頃に?」
「そ、これが致命傷となって、人間だった彼は死に、L.L.という不死人が生まれた」
「・・・え?」
「ちなみに、僕たちの知ってるもう一人の不死人は、左胸に大きな傷跡が残ってた。恩人に殺されたそうだよ、彼女は」

僕の知らない情報が次々開示されていく事に驚きを隠せない。
ロイドは再び布をその体にかぶせ、腕に残っていた衣類をハサミで切断し始めた。

「あなたたちは、本当に彼ら不死人の事を知っているのですね」
「彼女との付き合いはそれなりに長かったからね。L.L.の事も含めて、色々話してくれた」
「・・・今どこにいるんでしょうね、彼女」

そう言いながらも科学者二人は手を休める事は無かった。
至近距離で破片を浴びた彼は、大小合わせて30以上の裂傷があった。
最後にもう一度血液をその体から洗い流し、用意されていた衣服を彼に着せると、ベッドが二つある病室のような部屋に彼を寝かせた。
その頃には既に蘇生は始まっており、心臓が動き出し、自力で呼吸も始めていた。
治療を始めてからすでに2時間が経過していて、2人の科学者の顔には疲労の色が見えた。

「さーて、彼はこれでお~け~。後は目を覚ますのを待つだけ。次は僕のランスロットの清掃だね~」

疲労と、大切なランスロットが汚れたという事実で、不愉快そうな顔をしながらも、ロイドはその部屋を出てランスロットへ向かった。

「ゼロ、あなたも着替えてください。シャワールームはあちら、そのクローゼットにいくつか洋服を用意しています」

彼の血に染まった僕の衣装を見ながら、セシルはそう言うと、ロイドの後を追ってランスロットへ向かった。
クローゼットを開けると、そこには色々なタイプの黒い洋服が掛けられていた。
長袖のパーカーとTシャツ、ジーンズとスニーカーという動きやすい洋服を選び、シャワールームへ向かった。
服を脱ぐと、想像以上に彼の血液を浴びていたらしく、全身が血に染まっていた。
その瞬間、彼が2度死んだ場面がフラッシュバックし、一瞬悲鳴をあげそうになったが、どうにか口を抑えて声を殺した。
震える体を叱咤し、なんとか立ち直ると、シャワーで念入りに赤くこびりついた血を洗い流した。
パーカーのフードを深くかぶり、クローゼットに入っていたマフラーで口元を覆い隠すと、僕はランスロットへと向かった。
にぎやかに言い合いながら、ランスロットの内部の血液を取り除いていた2人は、気配に気が付いたのか僕の方へ目を向けた。

「黒の騎士団には、ランスロットは回収済み、ゼロは別ルートで離脱したと伝えました」
「ナオト君だっけ?彼優秀だね。ゼロが直接連絡してこない事で、なんか気付いたのかな?自分に任せてしばらく休んでほしいって言ってたよ?」

L.L.と、この二人に気を取られて、黒の騎士団への連絡や、その後の確認を怠っていた事に今更気が付いた。
余裕を無くし、思考が完全に停止していたなんて、多くの命を預かる指揮官として失格だ。だが、どうやらナオトが上手く指揮をとってくれたようで、ホッと胸をなでおろした。

「助かった、有難う」
「あら、その状態でも変声機使えるんですか?」
「こういう事態に備えて用意はしてある」
「あ~L.L.のコートについててたのとか、取り外しできそうですもんね~」

流石に目ざといな。今僕が自分の口元を隠しているマフラーに付けた変声機は、彼のコートにつけているのと同じ物だった。

「それよりも、ゼロ。少し休んでください。L.L.を休ませている部屋にもう一つベッドがありますので、使ってください」
「いや、私は」
「鍵は内側から掛けられますし、内開きのドアですから、心配でしたら棚を移動してドアを塞いでください。監視カメラも盗聴器もこの施設にはありません。眠れないようでしたら、横になっているだけでもいいので、お願いします」

有無を言わせぬその口調でそこまで言われると、僕も断る事が出来ず、仮面や通信機、L.L.の端末類を回収し、L.L.の隣のベッドの端に座った。
静かに眠るL.L.を伺うと、心臓が動き出したことで顔色も先ほどよりも良くなっていて、呼吸も安定している。
白い肌に見える赤い傷跡が痛々しいが、見た限りどの傷もすでに血が止まっていた。この傷は数日で全て消えるだろう。
それにしても、不死者が彼以外にもいるなんて考えた事もなかった。
いや、一人でも存在しているのだから、複数人存在していてもおかしくは無いのか。
彼女と呼ばれた、その不死者を知ると言うあの二人になら、僕自身の正体を知られても大丈夫なのかもしれない。
あの二人なら、外部に情報を漏らすことなく、僕たちに協力してくれる気がする。
きっと僕は疲れていたのだろう。
それまでは味方と言えばカグヤと咲世子、そしてアッシュフォードのミレイとルーベンだけで、後は誰も僕が日本人である事さえ知らない偽りの日常。 嘘の名前と嘘の経歴、嘘の家族と嘘だらけの自分を演じ続け、黒の騎士団では顔すら誰にも見せられず口調もL.L.を真似て話していた。
そんな中で味方となってくれる可能性のある大人を見つけてしまい、頼りたいと無意識に思ってしまったのだろう。
疲れた。スザク・K・ランペルージに。仮面の男ゼロに。
疲れた。L.L.が居ないという状況に。
横になり目を閉じると、それまでのいろいろな疲れが体を襲い、数年ぶりに夢も見ず、泥のように眠った。

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