まだ見ぬ明日へ

その日、朝から揉め事を起こした玉城を除く、ゼロ、ナオト、扇、泉の４人がキョウトの呼び出しに応じた。
朝早くからかなり長い距離を走リ続けたその車を降りると、そこは何やら施設の中で、そこから見えたのは、かつての美しさを失った日本の象徴の姿だった。
そのガラス面はマジックミラーだったのだろう、男の声と共に、富士に面していた透明だったガラスは景色を映さぬ壁となり、ナオト達はその声へと目を向けた。
この声には覚えがある。L.L.が予想していた中の一人。

「顔を見せぬ非礼を詫びよう。が、ゼロ。それはお主も同じ事。わしは見極めねばならぬ、お主が何者なのかを。その素顔、見せてもらうぞ」

その声と共に、左右からKMFが銃口を向け、近づいてきた。
ナオト、扇、泉は息をのみ、すぐに立ち直ったナオトは、ゼロをその背に庇う様、キョウトの代表と対峙した。

「お待ちください！ゼロは我々に勝利をもたらしてくれました」
「黙るのだ、紅月。お主がゼロの仮面を外せ」
「出来ません。ゼロには仮面をつけ、我々に素顔を隠す理由があります」
「紅月、お前はその理由を知っているのか？」
「いいえ、知りません、ですが！」
「ならば黙れっ！ゼロの横に居る男、お前が取れその仮面を！」

ゼロの横に居た扇は、ゼロの方へ顔を向けると迷うこと無く足を進めた。

「要！！」
「すまないゼロ。でも、俺も信じたいんだ。だから」

そう言いながら、仮面を外すため扇が伸ばした手を、ナオトが掴んだ。

「紅月！」
「ナオト！」

キョウトの代表と、扇がそのナオトの行動に声を荒げた。
ゼロは、その様子を何も言わずじっと見つめた後、ナオトの肩に手を置いた。

「ナオト、やはりお前は信頼に足る人物だ。・・・有難う」

そう言うと、ゼロは自ら仮面に手をかけた。
カシャリと音を立て、仮面のストッパーが外される。
仮面の下から現れたのは、さらりと流れる艶やかな黒髪と、透き通るような白い肌に深いアメジストを思わせる瞳をもった人物。
まるで精巧に作られた人形のような麗しい容姿に、皆が思わず息をのんだ。

「・・・お主、日本人ではないな。ブリタニア人か」
「正解だ。お初にお目にかかる、キョウトの代表、桐原泰三」

低く威厳のある声音で、美しい顔に不敵な笑みを浮かべながら放たれたその言葉に、桐原の傍に控えていたSPの一人が拳銃を取り出した。

「御前の素性を知る者は生かしておけぬ！」
「それが日本人にあらざれば、尚更！」

もう一人のSPが右手を挙げ、KMFに攻撃の指示を出した。

「なっ」
「待ってください！」

ナオト達が制止の声を上げたその時、KMF４騎の内１騎のがスラッシュハーケンを打ちだした。
一瞬のうちに正面にあった２騎を行動不能にし、隣の１騎も沈めると、桐原の元へと機体を動かし、その銃口を桐原に固定した。

「やり方も考え方も古い、だからあなた方は勝てないのだ！」

その機体から姿を現したのは。

「ゼロ！？」
「なっ！じゃあこのブリタニア人は！？」
「ゼロが２人！？」

ナオトと扇、泉、そしていつの間にかKMFを奪われたSPも驚きの声を上げた。
ゼロを撃とうと銃を構えたSPは、仲間のSPから、遠隔射撃をされる、という制止の声で慌てて銃を降ろした。
誰も手を出すな、と言う言葉を聞いたゼロはKMFから降り、桐原の元へとゆっくりと歩いた。

「桐原泰三、サクラダイト採掘業務を一手に担う桐原産業の創設者にして、枢木政権の陰の立役者。しかし、敗戦後は身を翻し、植民地支配の積極的協力者となり、通称売国奴の桐原。しかし、その実態は、全国のレジスタンスを束ねるキョウト六家の重鎮。面従腹背か・・・。安いな貴様」
「御前のお気持ちを！」
「やめい」

SPがゼロへ反論しようとするのを止めた桐原は、じっとゼロを見つめた。
その視線をしばらくの間、だまって受け止めていたゼロは小さく笑うと、その手を仮面にかけた。

「貴方でよかった、桐原」

仮面のストッパーが音を立てて外れ、その下から現れたその顔を見て、桐原の眼は大きく見開かれた。

「お主・・・」

その下から現れたのは茶色のくせ毛と深緑を思わせる瞳の少年。
優しい面差しのその少年は、その瞳を柔らかく細め、微笑んだ。

「お久しぶりです」
「生きて・・・生きておったのか！なぜ今まで！！」
「しっ、そんな大声では周りに聞こえてしまう。・・・僕が生きている事は、本来なら貴方にも知らせたくはなかった」
「なぜだ、仮面などせずとも、お主なら日本の旗頭として」

桐原が最後まで言おうとしている事を、ゼロ・スザクは首を横に振ることで制した。

「僕が生きている、それだけなら姿を隠す必要など無いのです」

静かに凪いだ瞳でスザクは桐原を見つめた。
あなたなら、この意味が分かるはずだと、無言のままに問いかける。

「まさか・・・まさかっ！」

再び大きく目を見開いた桐原は、身を乗り出し、その顔を直接スザクの前へと晒した。
スザクは声に出さず、ただ二コリと笑うのみ。
あの日多くの者が死んだ。
その中にキョウト六家にかかわる２人の子供の名前があった。

一人は枢木朱雀。日本最後の首相の一人息子。
一人は皇神楽耶。日本が守り続けていた血族、天皇家最後の一人にして次代天皇。

枢木の本家で枢木玄武と、その使用人たちが殺されたあの日、行方知れずとなった二人の子供。
いたるところに出来ていた血だまりの中に、二人の血液も発見されていた。
だから、死んでいると、２人も殺されたのだと誰もが信じていた。
そのうち一人が今、目の前に成長したその姿を見せているのだ。
ならば、もう一人も生きていておかしくは無い。
いや、生きているからこそ、枢木朱雀は生存を隠す。
あの日消えた片割れが生きていると知られれば、日本だけではない、ブリタニアもまたその存在を手に入れようと動き出す。
日本の象徴を再び掲げるために、日本の象徴を今度こそ根絶やしにするために。

「私には守るべき宝があります。あの日からずっと守り続けている、たった一つ残された宝が」

そのスザクの言葉に、桐原の顔は驚きと喜びに彩られた。

「失われていなかったのか、あれは。今もお主の元にあるのだな」
「はい。あの日傷を付けられてしまいましたが、輝きは失われておりません」
「そうか、だが、それなら尚のこと、我らの力で」

その言葉にスザクは再び首を振った。

「貴方達は目立ちすぎる。日本からも、ブリタニアからも常に監視されている。今まで通り私と共に有るのが一番安全なのです」
「・・・儂が見る事はかなわぬか」
「今はまだ。日本を取り戻したその時、再び私の宝はそれを飾るべき台座へと戻されるでしょう。どうか、他の六家にも内密に。どこから漏れるか分かりませんので」
「わかっておるわ。そうか、そうであったか。フハハハハハハッ」

桐原が楽しげに笑い声をあげたことで、スザクとL.L.はほっと胸をなでおろした。

「紅月よ！」
「はいっ！」
「この者は偽りなきブリタニアの敵、素顔をさらせない理由も得心がいった。わしが保障しよう、ゼロに着いて行け。この者は日本人にとっての希望となる。キョウト六家は全面的に黒の騎士団に協力をする。・・・紅月よ、そのブリタニア人ではないが、お主は信用に足る存在だと儂も認めよう。今後もゼロを信じ、ゼロを全力で守れ！」
「はい！有難うございます」

ナオトは、真剣な顔でその言葉を返した。