まだ見ぬ明日へ 第29話

エリア11総督クロヴィスの融和路線により、ゲットーの復興も格段に早くなり、黒の騎士団の活動の効果で、犯罪も劇的に減ってきた。
たまには騎士団の活動を休む日も必要だろうというL.L.の言葉で、今日は日曜日だというのに、会議も作戦も何も無かった。
せっかくの休みだからと、L.L.に帽子とサングラスで変装をさせ、2人で町まで来た。
僕が用意した帽子とサングラスが不満だったのか、L.L.は先ほど別の帽子を購入し、今は眼鏡を選んでいた。

「サングラスにしないの?」
「サングラスは悪目立ちすぎるし、それでなくてもお前のは論外だ。まあ、少し色を入れた眼鏡で十分だろう」

どうせだからと明るめの縁を選んでいたが、お気に召さないらしい。
あれもこれもと試していたら、いつの間にか1時間ほど経っていた。
しばらく迷った後、彼の手がシンプルな黒渕を手に取り、それを掛けた。

「あ!それいい、すごく似合う」
「やはり黒縁が一番違和感がないか。よし、これを買おう」

顔を隠す目的の眼鏡のはずが、余計にその美貌を際立たせているような気がする。
というか似合いすぎる。
これは当初の目的を果たせていないんじゃないだろうか。
でも、その眼鏡は絶対買って欲しい。
選んだ眼鏡を手に持ちながら、まだ何か探している様子の彼の後ろに着いていると、突然激しい爆発音と共に地震のような振動で建物が大きく左右に揺れた。
咄嗟に片手で彼の頭を押さえ僅かに屈ませると、僕はその体に覆い被さる様に抱きかかえ、状況を伺った
周りの客や店員が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
振動はすぐに収まり、僕は辺りを伺いながら彼を解放した。

「・・・何なんだ一体」

L.L.はすぐに携帯を操作し、情報収集を始めた。
店の外を見ると、通行人が同じ方向を向き、何やら指をさし、叫んでいるのが見える。

「ジュリアス、ここに居て。ちょっと外の様子を見てくるから」
「わかった。危ない真似だけはするなよ」
「大丈夫だよ、君じゃないんだから」

僕はそう言って、店を後にした。
通行人が見ている方へ視線を向けると、黒い煙が建物の向こうから上がっていた。
それが何なのかを確認するため、僕はその煙目掛けて走り出した。



たどり着いた先は最近完成したばかりのクロヴィス美術館。
野次馬からの情報では、黒煙は美術館の奥、恐らく中庭あたりから出ているらしい。
今日は総督のクロヴィスが副総督のユーフェミアと共にこの美術館の落成式に出席をしているらしく、美術館の周りは物々しい空気に包まれていた。
警察と軍のKMFも動いているのが見える。
中の様子を伺っているとき、携帯が鳴った。
名前を確認するとL.L.で、僕は携帯を耳に装着した。
人の居る場所を避けながら、路地裏へと足を向けた。

「爆発があったのはクロヴィス美術館の中庭じゃないかと思う」
『ああ、中庭で間違いは無い。副総督が誘拐されたようだ』
「え!?」

副総督と言うと、ユフィが?
その内容に、ざわりと鳥肌が立った。
彼女は守らなければならない。失ってはならない。
彼女と話をしたのは本当に短い時間だったけれど、彼女がとても優しく、穏やかで、慈愛の姫と呼ばれる理由がよくわかった。
ブリタニアの皇族だけど、それでも失いたくない人だと、心の底から守らなければならない人だという思いがあふれる。

『犯人は、今日の総督と副総督の式典での立ち位置も把握していたようだ。爆発と黒煙で視界を奪い、一瞬のうちにユーフェミアを浚い、その場から逃げだした』

それはつまり、内部に協力者が居たということだった。

「犯人の逃走経路は?君の事だから予想は付いているんだろ?」
『・・・知ってどうするつもりだ?』

それは肯定を示す言葉。
さすがだなと、思わず口元に笑みを浮かべた。

「助けるに決まってるだろ」
『相手はブリタニアの皇女だ』
「関係ない。彼女は僕たちの敵ではないだろう。それに僕たちは正義の味方じゃなかったのか?正義の味方なら、誘拐された女性を救うモノだ」
『・・・そうか、わかった。お前がそう望むなら、俺はお前の進む道を示すだけだ』

僅かに彼の声のトーンが落ちたのは気のせいだろうか?
騎士団とは関係ない事に首を突っ込むから?相手が皇女だから?
だけど、今回の事は僕の方が間違いなく正しい。
コーネリアがブリタニアに戻っている以上指揮官はクロヴィス。
手を拱いている間にどんな目に遇わされるか。
僕はL.L.の示した場所へと走った。
裏道を通り、シンジュクゲットーへ抜け、地下鉄跡へと足を進める。

『ここから先は携帯は使えない。今度は電源を落としておけ、端末は持っているな?今からそちらに指示を出す』

言われた通り携帯の電源を落とした。
L.L.と初めて会ったとき、この電源が入っていた事で、彼を死なせる羽目になったのだ。
L.L.とロイド特製の万年筆型端末を取り出すと、そのペンの軸に文字が浮かび上がる。
L.L.の端末からメールのように、このペンの軸に文字が送信されているのだ。
最長20文字のL.L.の指示が表示される。
反対にL.L.へメッセージを送るときは、ペンの横にあるボタンを押しながら話しかけると、認識した音声を、文字に変換し暗号化して送信しているらしい。
音声ではなく文字表示なのは、現時点であの二人が作り出せる強固なプロテクトと、どんな場所に居ても電波が届くという高性能を生み出すための苦肉の策なのだそうだ。
このペン自体にも発信機が仕掛けられていて、今頃L.L.は彼専用に改造された携帯で、僕の位置を確認しながら指示を出しているはずだ。
目的地に向かいながら、僕がペンに向かい短い言葉で質問をすると、その返事がメッセージとして表示された。
犯人はエリア18の武装グループで、今回の美術館の警備を細かく把握していた。
むしろ、警備に穴をあけて、自分たちの作戦を進めやすくしていた節もあると言う。
美術館に仕掛け得られた爆弾は恐らく3か所。同時に爆発させ、警備員にまぎれていた犯人たちは、黒煙にまぎれあっという間にユフィを連れだした。
そして、あらかじめ用意されていた逃走ルート、マンホールから一度地下へと入り、そこからゲットー近くの公園に出、地下鉄跡に今身を潜めている・・・はずなのだと言う。
コンビニなどの町中の監視カメラをハッキングし、警察と軍、そして犯人の無線の傍受をしながら、導き出したのと言うのだから驚くしかない。
本当に味方だからいいけど、彼が敵だったら、あっという間に黒の騎士団のアジトがばれて壊滅されただろうな。
僕の運動能力を人外だとよくL.L.は言うが、僕から見れば彼の情報収集と分析能力の方がよほど人外だ。
地下鉄に入る前に購入した懐中電灯の僅かな光を頼りに、僕は地下を走り続けた。
地下を走り始めて30分ほどたってから、懐中電灯の明かりで気付かれないようにと指示が出た。どうやら目的地が近いようだ。
しばらく進むと人の気配を感じ、近くの瓦礫に身を隠した。
間違いなくこちらへ向かってくる足音が近づいてきて、息をひそめて様子を伺うと、武装した男が辺りを伺いながらやってきた。
辺りの様子を伺い、不可視化する必要は無いと判断し速攻で男を無力化、無線を奪い、無線から拾える内容を確認しながら、僕は人の気配のする方へと足を進めた。
最初の犯人から3人目の犯人を沈めるまでにかかった時間は3分。
まだ異変に犯人達は気が付いていない。
いい調子だ、気付かれる前に全てを終わらせる。
見張りが立っているドアを見つけ、ギアスで不可視化後、音もなく見張りを沈めると同時にギアスを解除。
ドアを蹴破り室内へ入ると、その部屋の一番奥に椅子に座らされたユーフェミア。
彼女に銃を突きつけている男が2人、彼女と向かい合い話をしている男が1人。
この男が主犯か?でも、今は関係は無い。
突然の侵入者に対処するまでにかかるタイムラグ。
そして、犯人達の銃口が反射的に僕へと向けられた。
これでユーフェミアへの危害はゼロとなる。
それだけの条件がそろえば、全員を沈めるには十分。
引き金が引かれる前に全員を沈め、呆然と成り行きを見ていたユーフェミアを安心させるようにっこりと笑いかけた。

「ご無事でしたか?ユーフェミア様」
「スザ・・ク?スザクなのですか?」

青ざめ固くしていた表情が、僕を認識したことで花が綻んだ様に美しく笑った。
ざっと見た限り、暴力をふるわれたり、怪我をした様子は見られなかった。
よかった、ユフィを助ける事が出来た。
彼女を救い出せた。
その事が、泣きたくなるほど嬉しかった。

「スザク、どうしてここに?」
「美術館でユーフェミア様が誘拐されたと聞きまして、可能性のある場所を探しておりました。お怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。ここは携帯の電波が届かないので、しばらくお待ちください」

部屋の中を見渡すと、ロープがあったので、そのロープと、犯人が持っていたナイフを使い、気絶させた犯人たちを拘束し、部屋の隅へ固めた。
ユーフェミアをその場に残し、通路で沈めた男たちも運び込む。
そんな僕の姿をじっと見ていたユーフェニアが、犯人一味を全員拘束した事を確認すると、何かを決心したかのような凛とした表情で、僕の前に立った。
そして。

「スザク、私の騎士になってください!」

その突然の申し出に、僕は一瞬で頭の中が真っ白になった。
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