まだ見ぬ明日へ 第33話

「なんだか、面倒なことになってしまいましたわ」

俺と一緒にこのマンションへと逃げてきたカグヤは、溜息交じりにそう呟いた。 このマンションは緊急避難用に用意したもので、ソファとテーブル、僅かな調理器具と食器、保存のきく飲食物は用意している。
だから暫くの間ここに隠れていることは可能なのだが。

「困ったな。この展開は予想していなかった」

まさか副総督という地位がありながら学園に生徒としてやってくるとは。
流れる文字をカグヤのために読み上げながら、つい俺も溜息を吐く。
そんな俺の様子に、カグヤはくすくすと笑った。

「L.L.でも予想外ならば、誰にもこの展開は予想できませんわね」

カグヤは陰りのある笑みをしばらく浮かべた後、再び重い溜息をついた。
ユーフェミアの行動のために、息を潜めていた7年間が無駄になってしまう。
その事に不安を抱いているのかもしれない。

「・・・起きてしまった事を言っても仕方がない。問題は、スザクの素性を軍が調べるという事だ。特に純血派が護衛として来ていたのだから、こと細かく調べるだろう。スザクが騎士には相応しくないという証拠を見つけるためにな。ならば俺がすべきことは、ユーフェミアと純血派が学園から動く前に、スザクとカグヤ、そして咲世子のデータをより完璧に書き換える事だ」
「書き換えるのですか?学園のデータはすでに手を加えたのでは?」
「これから変えるのは国のデータだ。2人の身分はアッシュフォードが偽造したものだが、どこかに穴がある可能性はある。日系人でブリタニアに長く住んでいたのだから、両親、祖父母、親戚関係そのあたりも全て完璧に整えよう。当然、書き換えられた事も気づかれないようにするし、違和感など残すヘマはしないから安心していい」
「可能なのですか?」
「ああ、何も問題は無い。その前に何か飲み物を入れるかな。カグヤはミルクティーは嫌いか?」
「大好きですわ!」
「そうか、よかった」

妙に疲れた。
今は甘い物を飲みたいと、俺はロイヤルミルクティを作るため、キッチンへ向かった。
純血派はスザクとカグヤが日系人と言うだけで嫌な顔をするだろうし、名前も気に入らないと言っては来るだろうが、そこは仕方がない。
2人が元首相の息子と天皇だと知られないようにする。
それが最優先だ。
ランペルージを弄れない以上、皇神楽耶と枢木朱雀の方に手を加える必要があるな。
年齢や生年月日など、多少でも弄れるなら弄っておく必要がある。
ただし、疑問を持たれないように。
軍だけでは無い。エリア11となる前の日本、ブリタニア本国、そしてそれ以外の国々に何かしらのデータが残っている可能性も考える必要もある。
書面に残ったデータと、人の記憶以外は全て作りかえる。
これからの予定を考えながら、食糧庫から備蓄用の長期保存牛乳と砂糖を出した。




「どうしよう、L.L.。こうなったら、カグヤと咲世子連れて逃げよう」
「お前、俺の予想以上に追い詰められていたんだな」

咲世子と共にこのマンションへやって来たスザクは、力無くぐったりと項垂れながらソファに座っていた。
今までにないスザクのその様子に、咲世子もカグヤも心配そうに様子を伺っている。
L.L.とスザクはブラックコーヒーを、咲世子とカグヤにはカフェオレを淹れ、昨日焼いたクッキーをテーブルに置き、L.L.もソファに座った。

「僕たちの素性を調べられるのは間違いないんだよ?」
「解っているさ。お前たちの情報は、可能な限り俺が弄っておいた。軍人やジャーナリストがいくらデータを調べても、お前たちと枢木・皇は結びつかない」

さも当然のように語られる言葉に、スザクは「え?」と、目を丸くした。
今とんでもない話を聞いているのではないだろうか?

「ただし、お前たちの写真や映像が外部に出回らないようにだけ注意しろ。見る者が見れば、お前たちだとばれるからな」
「そんなことまで出来るんだ!?」
「当然だ。この手の情報操作で俺の右に出る者は居ない。念のため今後も監視は続けるが、いくらデータを漁った所でもう意味は無いだろう。とはいえ、紙媒体で残っている物や、人の記憶はいじれないから100%安全と言うわけではないが、当面は問題ないだろう?」

軍が調べても素性がばれる事はほぼ無い。そう不敵に笑いながら断言したL.L.を見て、スザクは安堵したようにホッと息を吐いた。
少し落ち着いたことで、ようやくクッキーがある事に気が付いたスザクは、クッキーを頬張り、美味しそうにコーヒーを口にした。

「問題はユーフェミアだ。間違っても騎士にはなるなよ?騎士になれば表に出る事になる。そうなれば、俺には何も出来ないからな」
「・・・解ってるけど」
「解ってるけど、とは何ですの?まさか、枢木のお兄様はユーフェミアの騎士になりたいと?」

あやふやな言い方のスザクに、カグヤはキツイ口調で詰め寄った。

「だって、あれだけ行動力があるんだよ?気が付いたら騎士にされてそうで怖いよ」

眉尻を下げながら言うスザクに、だらしがありませんわ!と、カグヤが叱りつけている。
咲世子もカグヤの援護に出、女性二人にスザクが叱られている様子を眺めながら、俺は純血派と、騎士の話を聞いたであろう軍の動きを確認すると、パソコン画面上の数字がめまぐるしく動き出していた。
やはりスザクの情報と、妹カグヤ、メイドの咲世子、そしてアッシュフォードに関する情報も調べられていた。
俺に関しても調べているな。
一人二人じゃないその動きに、クロヴィスとコーネリアも動いた事が解る。
いや、これは他にも動いたな。
誰だ?
情報の動きをさらに追ってみると、エリア20からはコーネリア、11はクロヴィスと純血派、ブリタニアは機密情報局が動いたようだ。
細かく動いているのは、ジャーナリストが聞きつけて調べていると言った感じなのだが、1つだけ気になる動きがある。
本国からだが、誰だ?
シュナイゼルか?いや、探り方が雑過ぎる。

「聞いてますの?L.L.」
「ん?ああ、すまない。聞いていなかった、どうかしたのか?」
「何をみてたの?」

スザクがパソコンの画面を覗き込んだが、明らかに理解できませんと言う顔で眉根を寄せ「何これ?」と聞いてきた。

「純血派が政庁から情報を調べている様子を確認していた。恐らくコーネリアとクロヴィス、本国の機密情報局も動いている」
「これで解るの!?」

スザクから見れば、画面いっぱいの数字とアルファベットが次々書き換わっているだけにしか見えない。
見ているだけで頭が痛くなると言いたげに目を細め、眉を寄せた。

「ああ、その為に組んだプログラムだからな。どう見ればいいか分かれば、便利だぞ?お前も使いたいか?」
「いや、いい。解りたくもない・・・です」

咲世子も覗いてきたが、スザク同様理解できないという顔ですぐに離れて行った。
今の話をしている間にも、検索人数が爆発的に増えている。
本国が多いな。これは、リ家の後ろ盾の貴族、他の皇族の後ろ盾か。
当然だな、皇位継承権が高い皇族が騎士に一般人を選ぶという、本来ではありえない事をしようとしているのだ。
皇位継承権争いのネタには最適だから情報の伝達が早い。
この分ではあと1時間もせずマスコミに情報が流れるだろう。
そうなるとさらに検索数は跳ね上がる。
俺一人で監視するには量が多すぎるか?
念のため、専用の監視プログラムを組んでおくのも手か。
問題はスザクの写真を手に入れようと動く連中だが、今使われているカメラの大半はデジタルカメラ。それならば手の打ちようもある。
周りが静かになったので、ちらりと三人に視線を向けると、どんな画面か咲世子から聞いたカグヤも、困ったような顔をしていた。
この手の物は三人とも駄目か。

「ユーフェミアの話を断り続けて大丈夫か、という話をしてましたの」
「ああ、その話か。ユーフェミアは、人前で騎士にと言う事は無いだろう。人前で言ってしまえば、お前を皇族の力で騎士にする事になるからな。それは望んでいないと、本人も言っていただろう?ということは、スザクが自分の騎士になりたい、と思えるぐらい親しくなれるように動くだろうな」

新たなプログラムの構想を頭の中でまとめ終え、情報監視プログラムを起動しているパソコンとは別の、このマンションに前もって置いていた予備のパソコンを起動した。
視線はあくまでも情報監視システムに向けたまま、指は別のパソコンのキーボードを操作しプログラムを構築していく。
この程度のものなら、構築に必要な時間は20分と言ったところか。
テストと、微調整を含めて完成には1時間と見るべきだな。

「親しく、という事は、僕と一緒に行動するってことなのかな」
「当然だな」

すでに情報を閲覧した人数は100人を超え、そのうち2人はかなりの深い所まで調べ始めている。
一人は情報局。
一人はブリタニア本国宰相府。
ユーフェミアが政庁へ戻って2時間程経ったが、予想より若干ペースが遅い。

「そうですわね。枢木のお兄様と恋人になりたいようですし」
「恋人!?騎士の話だよ!?」

考えてもいなかったのだろうか?心の底から驚いたという顔で、スザクはカグヤと咲世子、そしてL.L.を見た。

「何を言ってるんだスザク・・・」
「スザク様、普段はすぐにお気づきになるのに、そこまで追い詰められていたのですね」
「枢木のお兄様らしくありませんわ」

スザクは、俺たちの呆れたという視線に、え?え?と慌てたようすで目を瞬かせた。
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