まだ見ぬ明日へ 第37話


「まったく、助けに来るのが遅い、遅すぎる。とりあえずピザをよこせ、ピザを!今後100年は、毎日ピザを出すぐらいの甲斐性を見せろ、L.L.」

救出された美少女は、不機嫌そうにそう言いながら、L.L.にピザを要求した。
長い新緑の髪と、僕よりも年下に見える容姿、出会ったときに彼が着ていたのとは色違いの、白の拘束衣を身に纏っていた。
口を開かなければ可憐な少女にも見えるのだが、その言葉遣いは尊大で、完全にL.L.を見下し命令をしている、そんな姿でそこに居た。
そこは黒の騎士団のアジトの一室。作戦を終えた藤堂たちと、陽動を担った僕たちは、ここでようやく合流した。
僕たちが戻って来た時には、すでに椅子に座りふんぞり返っている彼女がそこに居て、周りの騎士団員は、彼女をどう扱っていいのか困っているようだった。
だが、L.L.も負けないほど不機嫌な声音で、C.C.に答えた。

「黙れ魔女。そもそもお前が碌でもない事をしたのが原因で、私とお前が捕まる事になったのだろう。助けてもらえただけ有難いと思え」

てっきり仲がいいのだと思っていた僕は、2人の険悪と言ってもいい言動に驚いた。

「ほほう、私にそんな口を利くかL.L.。いいのか?せっかく土産を持って来てやったというのに、いらないのか?いらないんだな?」

からかうような口調のC.C.に、周りの団員は不愉快そうな顔を彼女に向けていた。
だが、C.C.もL.L.もこれが当り前の会話だと言わんばかりに、言葉を交わしあう。

「土産、だと?」
「なんだ、気になるのか?仕方がないな。おい、藤堂。あれを連れてこい。そろそろ目を覚ましているだろう?」

C.C.が、藤堂を顎で使った事で団員は益々苛立ちを憶えたらしく、ギスギスとした空気があたりを包み、藤堂は、不愉快そうに眉を寄せ部屋を後にした。そして藤堂と隣室に居た四聖剣が連れてきたのは、どこか呆けた目をした背の高い青い髪の男。

「この男、どこかで見覚えがあるのだが?」

僕のその言葉に、C.C.はにやりと笑い答えた。

「ブリタニア軍の純血派だった男だ。名をジェレミア・ゴットバルトという。コードRと称する、エリア11総督クロヴィスが秘密裏に行っていた人体実験の被検体。この私の遺伝子を移植された、哀れな人間だ。体の大半も実験のために機械に変えられている」

L.L.とC.C.の体質を移植する実験。その被検体。自我を亡くしたような、視点の定まらない瞳。体に何かしらの金属を纏っている事が衣服越しでも解る体。何よりその顔の半分を覆っている仮面。非人道的な実験をその体でされていた事が、痛々しいほどにわかる姿だった。

「ジェレミアといえば、ナリタ戦後突然姿を消したと記憶しているが、なぜ実験台に?」
「さあな。私は大半の時間を、カプセルの中で強制的に眠らされていたから詳しくは知らないが、実験体として適応力があるとか何とか。大怪我をしたわけでもないのに、実験体として選ばれたために、健康だったこの体を、無残にも切り刻まれたようだ。私と共に救助されるまで、よく解らん緑色の液体に満たされたガラスのケースの中に、沢山の管や配線を体中につけられた状態で入れられていた」

その内容に、皆は驚きの視線をL.L.とC.C.、そしてジェレミアに向けた。
人体実験の被検体。体を切り刻まれ、機械と、他人の遺伝子を埋め込まれ、自我を失ってしまった元軍人。それもブリタニアを愛する純血派リーダーであった男。辺境伯という爵位があった貴族でさえ、こうして使い捨ての実験体にされてしまう。
こんな人道に反する行為を行うブリタニアに、騎士団員の怒りはより深まった。
ぼぉっとした視線を彷徨わせているジェレミアを、L.L.は静かに見つめていた。

「C.C.、マオには会ったか?」
「ああ、今ピザを買いに行かせている。よくあれだけ心が壊れた人間を、味方に引き込めたものだ。相変わらず恐ろしい男だよ、お前は」
「褒め言葉として受け取っておこう。C.C.、お前はマオとジェレミアと共にロイドとセシルの元へ行け」
「ロイドとセシルだと?」

その二人の名前に、C.C.はピクリと眉根を寄せた。

「今は黒の騎士団の技術員としてここにいる。マオの制御装置も2人が作ったものだ。ジェレミアの調整も2人に任せる事になるだろう。お前も多少はこの手の事に詳しいだろう?ロイドとセシルに協力しろ」
「・・・まあいい、詳しい話は今度ゆっくりしよう。・・・また会えてうれしいよ、私の魔王」
「それは良かった。あまり人を惑わすなよ、魔女」

今までのピリピリとした2人の会話とはガラリと変わり、C.C.もL.L.も親しみを込めた優しい声音でそう言った。

「安心しろ、これ以上お前を困らせる真似はしないさ。しばらくの間は、な」

C.C.は、穏やかな口調でそう言い捨てると、意識の混濁したままのジェレミアの腕を引っ張り、部屋の外に待機していたロイドとセシルの元へと向かった。
残されたのはゼロとL.L.、そして騎士団員。
L.L.はぐるりと部屋の中を見回した。

「今の会話で解っただろうが、私もかつてクロヴィスが秘密裏に行っていた非人道的な実験、コードRの実験体だった。コードRとは、私やC.C.の特異体質を、他の人間に移す事を目的とした研究だ」
「特異体質とは何だ?」

藤堂が、不審そうな眼で見つめてきた。団員の大半が同じ眼でこちらを見ている。
L.L.の空気が不穏だったため、僕はL.L.が話を始める前に、会話に割って入った。

「人よりも傷の治りが早い。大怪我をしても、大抵は完治する体質だ。ただし、時間はかかるが」
「大怪我でも完治?どのぐらいのレベルまで可能なんだ?」
「私がL.L.と出会ったとき、実験カプセルより逃げ出した彼を見つけたクロヴィスの親衛隊が、彼の心臓付近を銃で撃ち抜いていた。が、何も障害を持つことなくこうして生きている。ただし、起き上がれるようになるまで、かなりの時間は要したが」

一度死んだという内容は隠し、そう説明した。L.L.は僕の言葉を止める事無く、静かに話を聞いていた。

「そう言えば、ナリタでの怪我も、アジトに来れるようになるまで1カ月以上かかっていたな。あの後もよく寝込んでいたようだし、最終的には完治はするけど、治癒には時間が掛かるのかな」

ナオトには、ナリタ戦の後からはL.L.の体調が悪い時は話をしていた。そのため、この話には納得だと言う顔で、うんうんと頷いた。

「難点といえば、最終的には完治することが解っているから、傷の縫合や折れた骨をボルトでの固定などの治療は一切出来ず、あくまでも自然治癒に任せるしかないことだ。彼の体質に関しては、ロイドとセシルも把握している」

ナオトの言葉と、団員の健康管理も行っている二人の名前を出したことで、団員たちはある程度納得したようだった。

「完治はするが、時間がかかるか。だが完治するのであれば、この実験が完成すると、ブリタニアの軍人はどんな怪我をしても死なない限り数か月で復帰できるわけか」

藤堂は何度も頷きながらL.L.を伺っていた。
その瞳には、そんな話は俄に信じられないという色が見える。

「・・・そう言う事だ。軽い怪我ならばすぐに完治する。百聞は一見にしかずというからな。傷が治る所を見せよう」

それまで黙っていたL.L.は、そう言うと、手袋を片方脱いだ。そしてポケットに忍ばせていたナイフで、その掌にゆっくりと刃物を突き立てた。
白く美しい掌に真っ赤な血液があふれ出す。
ナイフを引き抜き、その傷を全員に見えるよう見せた後、ポケットからハンカチを出し、その血を拭った。

「血が、止まっているな」

ナイフが1cmほど刺さっていたのだ。こんなに早く血が止まるほど浅くは無いし、間違いなく刃物は刺さっていた。その証拠に傷口はぱっくりと割れている。

「よく見ていろ。この程度ならもうじき塞がる」

そう言っている間に、みるみる傷は塞がり、切った跡すら殆ど見えなくなった。
触ってみろと言われた藤堂は、L.L.の切れたはずの手をじっくりと触って確認するが、すでに完全にふさがっていて、どこを切ったかもわからないほどだ。その様子に、藤堂は納得したと頷いた。

「これだけ早く治るのであれば、確かに兵士には欲しい体質だな」
「今は1か所だから早いが、傷が多ければその分治りも遅くなる」

なるほど、と再び藤堂は頷いた。

「だが、この体質を移植することは可能なのか?」
「不可能だろう。適応があるとされたジェレミアでさえ無理だった。その証拠があの機械の体だ。・・・間違っても私とC.C.を実験体に、などとは思わない事だ。今日壊滅したあの実験施設と同じ目にあいたく無ければな」

研究内容と、機材関係は全て破壊した。バックアップも全てだ。
問題があるとすれば、実験内容を覚えている研究員だが、マオが相手の心を読み、何か脅しを掛けたらしい。全員顔面蒼白で震えていた。
心を読まれると言う事はそれだけ恐ろしいという事だ。そして読むのはあの人格が壊れたマオ。トラウマと、内なる悪意を刺激し、思うままに操れるというのだから、本来なら野放しに出来ない人物だ。
ロイドとセシルが用意した機械を身につけた僕の心が読まれる事は無いが、それでもマオは恐ろしかった。

これで、L.L.の治癒能力の高さとC.C.の事も噂される事となる。
どんな噂として広まるかは解らないが、碌な内容ではないだろう。
下種な想像の糧となる事だけは確かだった。
騎士団内にL.L.を守ってくれる者を増やしたい。
僕が傍に居ない時に代わりに傍に居てくれる人材が。
C.C.が居れば問題は無いと言うが、僕は彼女には任せたくなかった。
行動は早い方が良い。僕は今日のうちにL.L.とカグヤ、咲世子と話をして藤堂さんと四聖剣を出来るだけ早くにこちら側に引き込もうと、決心をしていた。

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