まだ見ぬ明日へ 第38話 |
授業を終え、ユフィは仕事があるため政庁へ戻った。生徒会の仕事も特に無く、何時もより早くに部屋に戻った僕は、その光景に驚き、言葉を失い立ちつくした。 僕の部屋のベッドにL.L.が潜り込んでいるのは、日常的な光景だから問題は無い。 むしろこの時間に居ない方が問題だし、こうして彼が寝ている姿を見れるという事は、今日も無事だったという事だ。 僕が帰ってきたことにも気が付かないほどぐっすりと眠っていて、顔色も良さそうだ。 手を切った傷程度なら、体調にさほど影響は無かったようだ。 うん、L.L.には何も問題は無い。 問題があるのは、L.L.の後ろにへばり付いている方だ。 ドア側の方に体を横向きにし眠っているL.L.。 その背後にはL.L.に抱きついて眠っている人物がいた。 L.L.の背中に頬を寄せ、すやすやと寝息を立てているのは、昨日救出した緑色の髪の少女、C.C.。 早朝クラブハウスへと帰って来たのはL.L.と僕だけで、彼女はロイドとセシルの元に居たはずだ。 なのに何でL.L.と同衾してるのさ!? そして、抱きつかれてなに平然と寝てるのL.L.! 君たち僕がいない間にこのベッドで・・・って違う。L.L.が僕のベッドでそんな事するはずない。一瞬嫌な妄想をしかけた頭を振り、無言のままベッドに近づくと、僕は眠っているL.L.を抱き起こした。 「え?なっ!?ス、スザクどうした、何かあったのか!?」 急に体を動かしたことで、眠っていたL.L.が目を覚ましたが、緊急事態かと慌てる彼に、僕は「ちょっとごめんね」と、その体を抱き上げた。 「ほわぁぁぁぁ!?な、何なんだ!?」 説明よりまずは彼女と引き離すのが先だ。 「・・・何なんだ一体、煩い男だな枢木スザク」 L.L.が居なくなった事と、その声で起きたのだろうC.C.が、文句を言いながらゆっくりと体を起こした。 彼のシャツを一枚纏っただけというのその姿に、僕は思わず眉根を寄せた。 抱えていた彼をソファーに降ろすと、ベッドに座り欠伸をしている彼女をみて、L.Lは嘆息した。 「C.C.お前、どうしてここに居るんだ?」 「って、君気づいてなかったの!?思いっきり抱きつかれてたんだよ!?」 普通は気付くものだろうと、抱きついている姿を見たとき以上に僕は驚かされた。 でも、本気だ。彼のこの呆れた様子は本気で言っている。 ごめん、僕は彼女よりも君に呆れてしまった。 「ああ、またか。お前、いい加減俺を抱き枕にするな」 「いいじゃないか別に、減るわけでもなし。お前は抱き心地が良いからな。ようやくあの実験施設から自由になった私を、少しは労おうとは思わないのか、お前は」 「それならそうと、昨日言えばいいだろう。俺もロイドとセシルの所に残ればよかったのだから」 「それも考えたが、お前が今住んでいる場所と、ゼロと言う仮面を外した枢木スザクを見ておきたくてな」 そう言いながら、C.C.は僕へ視線を向けてきた。 枢木スザク。僕は彼女に名乗っていないし、L.L.の傍には僕がずっと居たのだから、彼から漏れたわけではない。 ロイドとセシル、ナオトに顔は見せていても名前は名乗っていない。 では誰から?僕はすっと目を細め、彼女を見つめた。 「その名前をどこで?」 「どこでと言われても、どこだったかな。忘れてしまったよ」 「煽るなC.C.。8年ほど前に俺と一緒に見た枢木首相の特番が最初だろう。そこにスザク、お前も出ていた」 そういえば、あの当時は特番や取材でよく記者が枢木本家にやって来ていた。 国民から高い支持を得ていた父の特番を作れば高い視聴率を叩きだし、雑誌に載せれば完売する状況だった。 当時日本に住んでいいたのであれば、目にしていてもおかしくは無い。 おかしくは無いが、一目で僕だと解るのか?今まで7年間誰にもばれなかったのに。 じっと睨みつけていると、C.C.はやれやれと、眉尻を下げ困ったような顔で僕を見た。 「そう怖い顔をするな、私が悪かった。ちゃんと種明かしをしてやるよ。この近くまではマオがボディーガードだと付いてきたんだ。カグヤは今日3時限目からの出席だったようで、カグヤと咲世子がクラブハウスに居たんだ。マオが、私とL.L.に危害の無い人物か2人の事をギアスで調べてな。お前たちの立場も、L.L.がちゃんとここで暮らせているかもマオから聞いただけだ。よろこべ、枢木スザク。カグヤと咲世子はあのマオに合格点をもらったぞ」 「つまりここはL.L.にとって安全な場所だと証明されたわけだね。それは良かった。L.L.は僕たちがちゃんと見てるから、君はロイドさんとセシルさんの所に居て大丈夫だよ」 「ほう、私を邪魔者扱いをする気か」 「うん、うちは僕とカグヤと咲世子とL.L.の4人しか養えないから。君は騎士団の方に行ってくれないかな」 「待て、スザク。そんなに苦しい思いをしていたのか?すまない気が付かなくて。今までの分も含めて」 「あー、L.L.ストップ。君は食材買ったり、家事をしてくれるから全然負担にはなってないし、カグヤの事も頼んでるのは此方なんだから、何も気にしなくていいよ」 僕が言った言葉に反応するのはやはりL.L.で、自分も出ていくと言いだしそうな彼にはカグヤの名前を出し引きとめておく。 これだけ一緒に居れば、カグヤの名前にL.L.が弱いことぐらい解っている。と言う事は、C.C.の事もカグヤを絡めればL.L.は援護をしてくれる可能性が高いか。 「では、私の分の金はこいつが出すのだから、何も問題は無いな?」 問題は解決したと不敵に笑うその女性に、僕は腕を組んで首を振った。 「良くないよ。そうやって人にお金を出させようとしたり、人を馬鹿にしたような口調で話をしたり、僕たちの前でそんな恰好をするような女性は、カグヤの教育上良くない。ハッキリ言うよ、君にここに居て欲しくないんだ」 「なんだと?たかだか17年生きただけの小僧が、この私にそのような口を訊くとはな」 僕の言葉にC.C.は据えた目でこちらを睨みつけてきた。それと同時に、まるで冷気が彼女の全身から噴き出したかのように、周囲の温度が一気に下がったような錯覚に陥った。それまでは、自分と変わらない年に見える尊大な態度の少女にしか見えなかったのに、突然異質な存在に感じられるほど、ガラリとその気配を変えたのだ。 蛇に睨まれた蛙と言うのはこういう心境なのだろうか。 僕は完全に彼女に気押され、呼吸をするのを忘れるほど、体を硬直させた。 一瞬で汗が噴き出し、体が震える。次元が、違いすぎる。 あまりにも人間離れしたそれに、化け物という単語が頭の片隅に浮かんだ。 「C.C.いい加減にしろ。スザクを怖がらせて楽しいのか」 その声とともに、黒い何かが僕と彼女の間を遮るようにスッと立ちふさがった。 見るとそれはL.L.で、彼はこの空気の中でも平然と彼女を睨みつけてた。彼がそこに居るだけで周りの柔らかく温かな空気に包まれた気がした。 ゆっくりと息を吐き出すと、硬直していた体から力が抜けていく。 「悪いが、スザクの意見は尤もだ。反論のしようもない。・・・目が見えず、気配に敏感なカグヤがいると言うのに何をしているんだ?」 L.L.とC.C.はしばらく睨みあった後、降参だと言わんばかりにC.C.は両手をあげ、身に纏っていた怒気を鎮めた。 「わかった、わかったよL.L.。枢木スザク、しばらくその男を貸してやる。そいつは私と違い、不老不死とはいえ傷の回復が遅い。極力怪我はさせるな」 その、C.C.の言葉に、僕は引っかかるものを感じた。 「不老、不死?」 「ん?聞いていたんじゃないのか?私とL.L.は不老不死だ。どれだけ共にいるかは忘れてしまったが、少なくても今の皇歴が始まるより前から共に居る」 不老不死、2000年以上生きている?あれ?そんな話聞いたことあっただろうか?不死なのは聞いていた。不死なのだから死なない。そう、死なないのだ。外傷だけではなく、不老だから老衰で死ぬ事も無い。だから、永遠にこのまま存在するのだ。 「お前が生きている間付き合うとしても、人間の寿命など100年程度、長くてもあと80年ほどでお前に寿命が来る。だから、少しの間貸してやるさ」 C.C.はそう言うと、ベッドから降り、僕たちが見ている前でシャツを脱ぎ始めた。 「なっ、少しは恥じらいを持てと言っているだろう!!」 L.L.は、慌てて僕の腕を掴むと、部屋の外へ出た。 「別にいいじゃないか?お前は気にしすぎだ」 「お前は気にしなさすぎだ!少しは人目を気にしろ」 ドア越しの会話で、2人の性格がどれだけ違うかよくわかる。 再会した時の険悪な会話も、こういう喧嘩も日常なのだろう。 これだけ性格の相違でぶつかる2人が2000年以上一緒に居るのは、同じ不老不死だからか、惰性からか?それとも、実は物凄く仲が良いのか。 「不老・・・か」 一緒に外に出た僕は、壁に背を預け、天井を見上げてつぶやいた。 「言ってなかったか?」 「どうだろう?覚えてないや。でもそうだよね、不死なんだからそうだよね」 「どれだけ生きても変化の無い生物など、異常だ。気味が悪いだろう?」 くすりと笑いながら言うL.L.の表情は悲しげだった 「え?」 何でそんな表情をするのだろうと、僕は素で驚いてしまった。 「聞いてたのか俺の話」 「聞いてたけど、どうして気味が悪いとかそういう話になるのさ?不死なのは最初から知ってるし、今さらだよ」 「なら、何でそんなに不老不死を気にしてるんだ」 「何だろ?」 首を傾げながら言った僕の答えに、L.L.は深い溜息を吐いた。 何を?強いて言うなら、ずるいと思ったのだ。 僕は普通の人間で、確実に年老いて死んでいく。 でも、L.L.とC.C.は今と変わらない姿で生きていく。 何故かその事に安堵し、嬉しく思った。 そして、一番強く思った事、それは、ずるい。 そう、ずるいC.C.は。 僕が死んだ後も一緒なのだ。 |