まだ見ぬ明日へ 第40話


「おーい皆、持ってきたぞー」

4時限目が終わると同時に、リヴァルが教室から走り出て、体育館に置かれていたこのクラス用のワゴンを押して戻って来た。
おにぎり祭りの詳細が書かれたプリントに、昼休みに炊きあがったお米の入っている炊飯器と、学校側で用意した基本の海苔と塩、ミネラルウオーターのボトル、そして水を入れるためのボウルと、皿を各クラス分用意しておくので、体育館まで取りに来るよう書かれていたのだ。
教室の手前の机の上には、クラスメイト達がそれぞれがおにぎりを調べて、これが良いのではないかと言う具を持ち寄り、並べられていた。
まずは作ってみようと、学級委員長を中心に皆慣れない手つきでおにぎりを握り始め、そんな様子を、スザクとカレンは少し離れた所から見ていた。
おにぎりは具も大事だが、ちゃんと握れるかどうかも大事なのだ。だが、プリントに書かれていない以上口出しはしないほうがいいだろうと、僕は傍観者になっているのだが、カレンも同じ心境なのかな?ナオトの妹という事は母親は日本人。カレンもおにぎりは食べ慣れているだろうし、もしかしたら作り慣れているかもしれない。
そんな事を考えながら、試食をしたり、味の感想を話し合う様子を眺めていると、ユーフェミアとシャーリーが、自分で作って来たおにぎりを差し出してきた。

「試食してくださいスザク」
「私のも食べてみて、スザク君」
「え?僕に?」

真剣な眼差しで差し出されたその二つを、僕は左右それぞれの手で受け取ると「ありがとう、いただきます」と、まずはユーフェミアのおにぎりを口にした。うん、持った感じ大きさの割に重かったので、予想はしていたが、ギュっと力を入れて握られている。崩れはしないが、完全にお米は潰れていた。あと、しょっぱい。中身は何だろう。変に甘みがある物だが、何かは解らなかった。
次にシャーリーのおにぎりを口にする。こちらもユーフェミアほどではないがギュッと握られている。そしてすごくしょっぱい。中身は梅干しで余計しょっぱさが増している。
僕の反応を伺う2人と、クラスメイトの視線を受けながら、僕はどう答えるべきか迷っていた。2人の事を考えるなら美味しいと言いたいが、これはクラスの勝敗がかかっている。下手な事は言えないし、この前似た状況の対処方法をカグヤと咲世子に教え込まれたばかりなのだ。
・・・ここで拒絶夜するような態度を?無理無理無理!
二人に恥をかかせるなんて無理!
困った、どうしよう。

「失礼いたします」

僕が答えに困っていた時、教室のドアが開き、咲世子が入って来た。

「咲世子さん?どうかしたんですか?」

リヴァルが入って来た咲世子に近寄り声を掛けると「ミレイ様より、おにぎりの作り方を全クラスに教えるよう命じられました」と、一礼した後炊飯器の前へと移動した。

「おにぎりは、握り方一つで美味しさが変わります。私が今から目の前で作りますので、よく見ていてください」

咲世子はてきぱきと、塩の使い方、力を入れずに空気も一緒に握るように形を整える事などを説明しながら、あっという間に4つのおにぎりを作り、教室を出て行った。
こうやって全てのクラスにおにぎりの基本を教えて歩いているのだろう。
咲世子の説明を食い入るように見ていたユーフェミアとシャーリーは、僕の食べかけのおにぎりを慌てて回収し、自分たちもそれを一口食べると、顔色を悪くして物凄く謝って来た。
次は美味しいのを作るからと、2人は再びおにぎりを握りに戻って行く。
咲世子が残していったおにぎりを試食した人は、自分とは味が全然違う美味しいと絶賛していた。
どんなに頑張っても、美味しい具材を入れても、咲世子とL.L.が握る塩むすびには勝てないだろうなと思いながらも、一生懸命おにぎりの研究をするクラスメイトの様子を僕とカレンは見つめていた。


「で、結局優勝は咲世子なのですか?」
「咲世子の見本以上に美味しいおにぎりを誰も作れなかったんだよ。一応順位は付いたんだけどね。だから準優勝のうちのクラスが優遇されることになった」

とはいえ、咲世子とL.L.のおにぎりを食べ慣れてる僕がクラス全員のおにぎりを試食して、その中で上手だった3人が猛練習した結果だ。
これはこれで卑怯だった気はするけど、なんだかおにぎり祭りの目的が、美味しいおにぎりの具材対決から、美味しいおにぎりの握り方対決にすり替わってしまったため、仕方がないだろう。
結局、一番美味しかったのが咲世子の塩にぎりだったのだから、全クラスが塩にぎりを用意したのだ。
おかげで審査員に選ばれた各クラスの代表は、全クラス分の塩握りを食べて採点する羽目となり、見た目も、反応も物すごく地味で盛り上がりに欠けていた。
今回の件で懲りたのか、ミレイは食べ物を使ったお祭りはもう開催しないと、その場で宣言した。



すでに草木も眠る丑三つ時と呼ばれる時刻に入り、今日は風も穏やかなため、部屋の中はカタカタとキーボードを叩く音以外は僅かな呼吸音のみだった。
L.L.は監視システムを確認しながら、今後の作戦を纏めていた。
監視システムは、ここ数日殆ど反応を示さなくなった。
未だユーフェミアが騎士の話を撤回していないため、撤回させようと動いている者はいるのだが、スザク達の情報を集め、それを元に何かをという段階は過ぎただようだ。
最悪の事態に備え、いくつかのプログラムと、偽りの情報を用意していたのだが、使わずに済みそうだ。
四六時中監視する段階は過ぎたと判断していいだろう。
あとは異変があれば俺の端末にメッセージが出るようプログラムを組んで、この件はひとまず終了だ。これで俺も再び動けるようになる。

旧日本政府の澤崎と中華連邦の合同軍がキュウシュウのフクオカ基地を占拠するため動き出している。ブリタニア側はまだこの動きに気づいていない。
気付くのは実際に中華連邦がこちらに向かってからになるか?
何にせよ、黒の騎士団として動くべき道を探らなければならない。
ガウェインが動くのが一番なのだが・・・。
その時、僅かな声が聞こえ、L.L.のキーボードを打つ指が止まった。
しん・・と静まり返った部屋に、再び何かが聞こえた。
またか、とL.L.は席を立つと、眠っているスザクの枕元へと音を立てずに近づいた。
気配を殺し、スザクに気づかれないよう、ベッドの端に腰を下ろす。
声の主はスザク。
まただ、また泣いている。
耳を澄ましその言葉を聞くと、やはり内容も何時もと同じようだ。
スザクはこうして眠っている間、自分が泣いている事を知らない。
朝になれば、夢も見ずによく寝たと、すっきりとした顔で目を覚まし、明るい笑顔でおはようと言ってくる。
以前から、スザクが今と同じように悪夢に魘される事はあった。
だがそれは過去の、枢木ゲンブが死亡したあの日の事を夢で見て魘されている、という物だった。幼いころのトラウマが見せる悪夢。
だが、今のこれは違う。
過去の悪夢は純粋な恐怖から。
これは深い悲しみだった。
あのナリタ戦以降、スザクが過去の悪夢以外でこうして泣くようになり、俺は何が原因なのかずっと考えていたが、まさかあの時に、スザクがショックイメージの影響下に入っていたとは思いもしなかった。
恐らくはユフィの死を悲しみ、ゼロ.への憎しみと情に挟まれ、行き場の無い怒りがこうして現れているのだろう。
L.L.は優しくスザクの髪を撫でながら、安心させるような優しい声音で囁きかけた。

「スザク、大丈夫だ。そんな未来は来ない。来させない。ユフィが多くの日本人を虐殺する未来も、ユフィが俺に撃たれ死ぬ未来も、何も起こりはしない。たとえ、行政特区が宣言されても、黒の騎士団の力を殺ぎ落とされることになっても、そんな未来は絶対に俺が否定して見せる。別の未来をお前たちは進む事が出来る。お前たちはちゃんと、明日へと進む事が出来る。だから、安心して今は眠れ」

その言葉に安心したかのように、スザクの呼吸は穏やかになり、涙も止まった。
L.L.は流れ落ちたその涙をぬぐうと、スザクの頭を優しく撫で続けた。

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