まだ見ぬ明日へ 第45話


はぁはぁはぁ。人気の少ない学園のクラブ棟を、息を切らせながら一人の青年が走っていた。漆黒で少し長い前髪が特徴の細身のブリタニア人。その特徴を持つ者はこの学園では一人しか居ない。ランペルージ兄妹の従兄で、病気のため殆ど通学できないが、クラブハウスに住んで生徒会の仕事を手伝っているという人物、ジュリアス・キングスレイ。
殆どクラブハウスから出る事の無いその人物が、学生服を身に纏い、クラブ棟を走っているという状況は、本来あり得ない事だった。
その彼の後ろからは、彼よりも軽快な足音が聞こえていた。

「ジュリアス、逃げても無駄だ。今日はこのクラブ棟には誰もいない。俺と、お前だけだ」

息を切らすことなく、余裕のある表情で、男は前を走るジュリアスにそう言った。獲物を追い詰める事を心底楽しんでいると言いたげな恍惚とした表情。筋肉に覆われたその肉体は、細身のジュリアスをねじ伏せるには十分すぎる物だった。
はぁ、はあ。ジュリアスは時折後ろを振り返りながらも、前へ前へと足を進める。
入口はすでにこの男の手でふさがれてしまった。この道は一本道で、出口は無い。もうすぐ袋小路、つまり行き止まりだ。ジュリアスは、その袋小路手前のドアに手を伸ばすと、何の抵抗も無くドアが開いた。本来はどの扉も固く施錠されているはず。そう思っていた男は、ジュリアスが部屋へ逃れる姿に慌て、走るスピードを上げた。安全な部屋に逃れ、ジュリアスは急いでドアを閉めようとしたが、それを男の指がドアの間に入る事で阻止され、男は閉まりかけていたドアを無理やり開いた。
ジュリアスは、ふらふらと言った体で後ずさるが、男はそんなジュリアスの姿をみながら、ニタリと笑った。

「なんだ、もうお終いか?逃げ切れると本気で思っていたのか?お前は俺の物だと言っただろう。それなのに、なぜ俺の所に来ない!いつまで俺を待たせるつもりだった!俺に逆らえばどうなるか、今日はきっちり教えてやる!!」

そう言うと、男は壁に背を着き息を整えていたジュリアスの胸倉を掴むと、その痩身を持ち上げ、床へ放り投げた。

「っ!」

前髪で隠れてその表情は見えないが、痛みでジュリアスが声をあげた事に、男はさらに機嫌を良くし、倒れたジュリアスの上に覆いかぶさった。その瞬間、それまで怯えたようなジュリアスの体から恐怖は消え、気配も冷たい物に一瞬で変わった。その事に思わず眉を寄せた男の後ろから、カツリと足音がした。
慌てて振り返った男の後ろには、カメラを構えたリヴァルと、眉根を寄せ、あからさまに怒りを顔に乗せたスザク。そして、2人を従えたミレイが立っていた。

「あらあら~?私の見間違いでなければ、スポーツ特待生でサッカー部副部長をされている2年生よね?何してるのかな~こんな場所で。その子に何かご用?」
「生徒会長・・・!」

ジュリアスが逃げている姿を窓の外から見て、封鎖した扉を開けてきたのか?いや、最初からこの部屋に三人はいた。生徒会の用事で何かしていたに違いない。
男は三人から見えないように、片手でジュリアスを押さえこみ、引きつった笑顔を三人に向けた。

「いやだな、こんなところを見られるなんて。恋人との逢瀬に夢中で気づきませんでしたよ」
「恋人?貴方と?」

ミレイはあからさまに驚いたようにそう聞いた。
余計な事を言わせないため、男はジュリアスを拘束する腕に力を込めた。ジュリアスは一瞬息を呑んだが、その表情は前髪に隠れて確認は出来ない。

「ええ、皆には秘密にしてくださいよ。恋人が男だと知られると色々煩いですし、何より相手がジュリアスですからね。他の連中に嫉妬されてしまう」
「嫌がって逃げてたように見えたんだけど?」
「そういうプレイですよ。な、ジュリアス」

話を会わせろと言いたげに、男は再び腕に力を込めたが、ジュリアスは何も言わないので、男は睨みつけるようにジュリアスに視線を向けた。その瞬間、それまでミレイの後ろに待機していたスザクが音も立てずに動くとその腕を掴み、一瞬で捻り上げた。あっという間に関節を決められた男を不機嫌そうな顔で押さえつけるスザクと、何事もなかったかのように立ち上がったジュリアス。

「申し訳ありませんが、私はジュリアス様ではございません。恋人だと言うのでしたら、この程度の変装で見分けられなくなることは無いはずです。しかも性別までお間違いになるなんて。その目は節穴のようですね」

その言葉に、男は目を見開いて驚いた。
よく見ればジュリアスと同じ髪型で細身ではあるが、その顔は別人だった。
するりと頭を覆っていたウイッグを外すと、そこに居たのは以前おにぎり祭りの時に教室にやって来たメイドの女性。予想外の状況に、男は口を開けたまま咲世子を見つめることしかできなかった。

「さらに言うならね、このクラブ棟の至る所に防犯用の監視カメラ設置してあるのよ。勿論録音もしてるわ。それに、ジュリちゃん体調崩して今病院なのよね。そんな事も知らない恋人なんているのかしら?あ、そうそう。ジュリちゃんの部屋の前で散々貴方が喚き散らしてた事も記録してるのよ。理事長と、ご家族の方も含めてじっくりと話をしましょうか。女性を襲った現行犯でもあるわけだし、逃げられるとは思わないでね」

ミレイのその言葉の後、部屋の外から屈強な男が2人部屋へ入って来て、スザクにねじ伏せられていた男を両脇から拘束し、無言のままその部屋を後にした。
問題を起こした生徒を拘束したのはアッシュフォード学園の肉体派教師。そのうち一人はサッカー部の顧問だった。将来有望な選手だったが、このような事をした以上仕方がない。皇族とつながりのある貴族アッシュフォードの経営する学園で犯罪を犯したのだ。もう、スポーツで表に出る事は無いだろう。
教師二人は項垂れている生徒を見ながら、こんな事で人生を棒に振るなんてと溜息を吐いた。

「ストーカー諸々含めて28人目。これで今分かっている限り全員よね。すごいわ、咲世子さんお疲れ様!」
「ミレイ様、こちらがカメラと録音機となります」

咲世子は自分が身に着けていた小型のカメラと発信機をミレイに手渡した。

「はいはーい。こちらも含めてきっちりやっておくわよ。まーかせて!これにて作戦終了!皆お疲れ様っ!」

ミレイは明るい声で作戦の終了を告げた。

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