まだ見ぬ明日へ

ポイント１２にP１が移動するのに１０分、P４が移動するのに８分。
その間にP4部隊がポイント4へ移動し、その時使用する脱出ルートは・・・
そこまで考えた時、頭にガツンと鈍い痛みが走った。

「いたっ」

スザクは思わず頭に手を当てながら、隣にいたL.L.を見た。今書店で買ったばかりの小難しくて分厚い本を持ち上げているので、どうやらそれで叩かれたらしい。

「スザク、お前は考え過ぎだ。一度頭を休めろ。そんな事では良い案は出ないぞ」
「でも、不安なんだよ。もっといい手があるんじゃないかって」

昨日、戻ってきた泉も交え夜遅くまで作戦を練っていたのだが、これ以上根をつめてもいい案は浮かばないだろうと、L.L.とC.C.に一時解散を命じられ、今日の１４時に再び集まる事となっていた。明日の朝１０時までに作戦を完成させ、準備を進めなければならない。時間はそんなにない。
クラブハウスに戻ってもなかなか眠らず、その上朝の鍛錬を終えた後もずっと考え続けていたスザクを見かねたL.L.は買い物に付き合えと、スザクを町へと連れ出していた。
L.L.は帽子とメガネ、長めのコートで変装している。スザクも帽子とサングラスで変装しているが、それらはユーフェミアが美術館から拉致された日、L.L.がスザク用にと買っていた物だ。
モデルにも見える２人が揃って歩いている事で人目は引いているようだが、素顔を見せていた時ほどではない。おかげで以前より人ごみの中の移動も楽で、つい気が緩んでもいた事も、思考に没頭してしまった理由だろう。

「その気持ちは解るが、休めるときは休む。切り替えは大事だぞ。ふとした事でいい案が浮かぶ事もある」
「そうだね。ごめん。・・・って、何選んでるの？」

よく見ると、本を持っていない方の手には黄色い毛糸玉。スザクとL.L.が立っている場所は、毛糸が積まれたワゴンの前だった。同じく毛糸を選びに来たのだろう女性客が何人も、こちらをチラチラと見ていた。そもそも毛糸を男が選ぶ時点で珍しいのに、選んでいるのがL.L.なのだから仕方がない。毛糸に興味がなさそうな女性も、L.L.を近くで見るためだろう、次々とこのコーナーへ集まって来ていた。
女性がうらやむような白い肌と、細身の体、色のついたメガネと長い前髪である程度目元は隠れていても、整った顔立ちは遠目でもわかる。男が寄らないだけ楽だが、それでも集まりすぎだと思う。
僕も女性に声を掛けられる事はよくあるが、彼は次元が違いすぎた。

「何って・・・見ての通り毛糸だ。ここに来てすでに１０分は経っているぞ」

本当に大丈夫なのかお前。疲れているんじゃないかと、心配そうに聞いてくるので、僕は口元に笑みを乗せた。

「大丈夫だよ。でも毛糸なんて何に使うのさ？」
「何って、編むに決まっているだろう。あいつが寒くなる前に新しいマフラーを編めと煩いんだ」
「え？君、編み物もできるの？」

どれだけ女子力が高いんだ！と、思わずL.L.の顔を見つめるが、彼としては性別など関係なく、編めることは当たり前だろう、どうして驚くんだ？と言いたげだった。

「編んだ方が自分好みの物が作れるだろう」

よく見ると、床に置かれた買い物籠の中には、黒と灰色が混ざった糸と、銀の毛糸が入っており、そこに黄色と薄茶と、金の毛糸を入れていった。
すべて同じメーカーのもので、値札を見ると、結構いい値段だった。
値段に驚くスザクに、L.L.は苦笑した。

「エクストラファインメリノの中でもこのメーカーのものは値は張るが、肌触りがいいんだ。何時もは通販で買うんだが、ワゴンセールだけあって値段が1割ほど安い。荷物になるが、ここで買っていくから少し待ってくれ」

毛糸のことは全く解らないが、L.L.が言うのだから、とても良いものなのだろう。
そして、僕には想像できないほどの貯蓄があるのに、L.L.の金銭感覚は主婦並だから、ほしい品が安くなっているのを眼にして買わないという選択肢はない。

「黒が君ので、茶色が彼女？僕のは？」
「・・・お前はマフラーを使うのか？」
「もちろん使うよ。君が作ってくれるならね」

僕のその言葉に、あちらこちらで女性の黄色い悲鳴が聞こえた気がする。
どうしてだろう？
というか、この近くに居る・・・いつの間にかすごい人数になっている女性たちは、僕たちの会話に聞き耳立てているのかな？なんか嫌な感じだ。今居るのは僕でも名前を知っている手芸店の店頭に置かれているワゴンなので、好奇心に駆られた女性たちがどんどん集まって来ているようだ。

「お前に作るなら、カグヤと咲世子、マオにも作る事になりそうだな。まあいい、お前がいるなら全員分買っても持って帰れるか」
「うん、まかせて。僕が持つからたくさん買っても大丈夫だよ」

その僕の言葉に再び女性達の息を呑む声と黄色い悲鳴が小さく聞こえる。
L.L.は気付いていないのか、僕たちの毛糸を選び始めていた。

「ねえ、毛糸、店内にもあるみたいだけど見た？」
「いや、まだだ。そうだな、そちらも見てみるか」

それが良いよ、じゃあ移動しようか。あ、籠は僕が持つね？
僕はさっさと毛糸が沢山入った籠を持ち、彼を店内へと移動させた。あからさまに着いてくる者は居ないようだが、時間がたてばまた囲まれそうだ。
その時はまたワゴンに行けばいいか。
新しい籠も一緒にL.L.の足元に置いて、それまでは一緒に毛糸を選ぶことにした。

「ほう、今年は茶色か」
「去年はオレンジだったからな。」

スザクたちが作戦を練っている間、L.L.は手際よく編み棒を動かしていった。三色の糸を使い、見る見るうちに綺麗な模様の入ったマフラーが編みあがっていく。その様子を、C.C.は楽しげに見ていた。
よく見なければ解らないが、黄色の糸でC.C.の好きなキャラクターを編み込んだ、C.C.専用の柄だ。金の糸を効果的に使い、上品に仕上げられている。相変わらず良い出来で完成が楽しみだ。

「で、お前が見てあの作戦はどうなんだ？」
「お前はどう思う？」
「ほう、質問を質問で返すか。そうだな、私ならあと１手入れるな」

L.L.の邪魔にならないよう編みあがった部分を手に取り、その出来を確かめ、手触りを確認しながらC.C.は自信満々と言った顔でそう言った。

「どこに？」
「ポイント７、P３」

C.C.は周りに聞こえないよう、L.L.の耳元へ唇を寄せ、小声でそう答えた。

「なるほど、悪くはない」
「悪くはない、か。まいったな、自信があったんだぞ？」
「俺ならあと３手入れる」
「だそうだ。スザク、進め方は悪くないが詰めが甘い。あと３手考えろ」

C.C.は頭を悩ませていたスザク、ナオト、泉、藤堂に視線を向けそう声を掛けた。

「３手？」

スザクはC.C.の方へ　振り返った。
衣装はゼロのものだが、その顔に仮面はつけていない。

「C,C,！」

ばらされると思っていなかったのだろう、L.L.は珍しく声を荒げC.C.を睨みつけていた。だが、C.C.は何事もないかのように、その視線を受け流した。

「良いじゃないか、ヒントぐらい。お前が考えるなら、あれにあと３手加えるんだろう？あと少しじゃないか。ちなみに私ならあと１手だ。私から見れば合格点、L.L.から見れば及第点の作戦ということだ。まだ時間はあるのだから、この段階で終わりにせず、後少し練ってみろ。内容自体はいい出来だ」

C.C.がそう言いながらカツカツと４人が作戦を練っている場所へと近づいた。

「３手・・・C.C.ならあと１手か」

ナオトは真剣な顔でもう一度全体の作戦を見直し始めた。泉も駒を再配置し、すでに不要となっている付箋を剥がし、盤面を解りやすくしていく。色とりどりの付箋はこうやって、必要か不要かを判断するのにとても役に立った。藤堂は数歩後ろに下がり、遠くから盤面を見る形を取り、全体の流れを読みなおした。

「じゃあ、一度休憩しよう。L.L.悪いけどお茶を入れてくれないか？」

今までは休憩をなかなか取ろうとしなかったスザクが、自分から休憩を申し出た事に、L.L.は僅かに驚いたが、すぐに顔に笑みを乗せた。

「いいだろう、脳の疲れには甘い物も必要だからな、今日は饅頭を用意した。C.C.」
「わかっている。冷蔵庫に入れてた奴だろう？」

少し離れた場所で編み物をしていたL.L.はそう言い立ち上がると、簡易キッチンへ向かいお茶の準備を始めた。