まだ見ぬ明日へ 第56話


「大丈夫か、スザク君」

幹部による作戦会議の休憩中に、テーブルに伏せて眠ってしまったスザクの肩を揺らし、藤堂は声をかけた。
だが、いくら揺らしても熟睡しているようで、起きる気配はなかった。

「学生とゼロの二重生活で、いかに体力馬鹿のスザクでも疲れが溜まってきたようだ」

隣に座っていたL.L.はそう言いながら立ち上がると、ゼロの外套をハンガーから外し、眠るスザクの肩へ掛けた。

「ゼロは指揮官でなければならないから、考えて動くのが苦手なスザクには無理をさせている。それに表では普通の学生だから、学業も疎かにできない上に、カグヤのこともあるからな」

こうやって考えれば、一介の学生、しかも未成年の少年が一人で色々と抱え過ぎていた。文句一つ言わず大組織のトップに立ちながら学業もこなしているのだから、スザクはよく頑張っている。
とはいえ、L.L.は赤点は許すつもりはない。今後の事を考えればスザクの成績は平均まで上げ、学園内にその記録を残しておきたいのだ。
日本の中心に立つ人物が、万年赤点で、平均以下など体裁が悪すぎる。
となれば、削るべきはゼロとしての時間。
黒の騎士団に関する事は出来るだけ他の者に任せたいところだ。

「仕方ないこのまま眠らせておこう。スザク抜きで話を進めてくれ」

ナオト、泉、藤堂、四聖剣は眠るスザクを見た後、力強く頷いた。
そう、スザクは人間だ。
仮面で顔を隠し、自分を消してゼロを演じているが、その中身は人間で、当然だが感情もあるし、疲労もする。
黒の騎士団だけに意識を集中していればいい自分たちとは違い、一般市民を装い、しかも天皇も守らなければいけないのだから、その心労は計り知れない。

「早く彼の負担を減らし、宝の元に居られるよう我々も精進しなければな」
「今回の要の件も、ある程度案を練ったうえで相談するべきでだった。駄目だな、妹と同い年の彼に頼り過ぎていた」

泉と四聖剣は、藤堂とナオトの発言に大きく頷いた。自分たちよりずっと若い少年にどれだけ頼り切っているのだろう、どれだけ負担になっているのだろう。
今まで考えた事など無かった。
しかも、今回の内容は旧紅月グループの今後に関するもので、すでにあれだけの問題を起こした者たちなのだから、ナオトを中心に話を進めても何も問題はなかったのだ。

「それに気づいてもらえたなら、俺から言う事は何もない。スザクは生徒会の副会長もやっているから、今は余計学業が忙しいんだ」

それでなくても学園祭が近くて忙しかったのに、そこに20mピザが加わったのだ。
L.L.が手を貸しても、副会長という立場での仕事は減らしきれなかった。

「スザク君が生徒会の副会長を?それはすごいな」

藤堂は顔に笑みを乗せながら、よく頑張っているんだなと嬉しそうに頷いた。

「学生でいられる時間は短いからな。スザクはよくやっているよ。・・・さて、休憩時間も終わったようだ。会議を続けようか」

時計をちらりと見た後、L.L.がそう口にしたので、そうだな、と全員頷いた。

「C.C.とマオの協力もあって情報漏えいをしたのはやはり要・・・いや、扇だという事が判明した。玉城たちは、今回の作戦の中心にいる事もあり、一切口外しなかったようだ」

ナオトは申し訳ないと顔を歪ませて、そう口にした。
全員に問題があると考えられていたが、流石に話して良い事と悪い事の判断はできていたようで、玉城たちは誰にも何も口にすることはなかった。話すのは完璧に 作戦を終えた後でもいい。その方が自慢話といての価値も上がる。そういう考えはあったようだが、少なくても作戦の邪魔になる事はしなかったのだ。

「では、問題は扇だけか・・・」

藤堂が腕を組み呟くと、ナオトは「それだけじゃないんだ」と、首を横に振った。

「もう一つ問題が出た。扇が、その情報を話した相手なんだが・・・扇は今、ブリタニア人の女性と同棲している事がわかったんだ。そしてその女性なんだが・・・ブリタニアの軍人で・・・純血派に属している者だ」

辛そうに顔を歪めながら、ナオトはそう口にした。

「純血派!?」
「純血派だって!?日本人を下らない理由で殺している奴らじゃないか!!」

泉は驚き、声を荒げながら立ちあがった。バン、とテーブルをたたいたその音と振動で、眠いっていたスザクがガバッと身を起こした。
しまったという顔の泉、ああ、起こしてすまないと謝るナオト、まだ寝ていてもいいぞ、という藤堂に見つめられ、自分が居眠りをしていた事に気がついたスザクは顔を赤くして頭を振った。

「い、いえ、すみません。眠ってしまって・・・L.L.起こしてよ」

隣に座るL.L.に眉尻を下げながら、不貞腐れたような口調でつぶやいた。

「藤堂が起こしたが起きなかったのはお前だ。眠気覚ましにコーヒーを入てやるよ」

苦笑してL.L.は席を立ち、スザクの頭を些か乱暴にぐしゃぐしゃと撫でた後簡易キッチンへ向かった。珍しいL.L.のその行動に、スザクは驚き、不貞腐れていた事も忘れ、撫でられた場所に思わず手を伸ばし、瞳を瞬かせていた。

「スザク君、気にする必要はない。疲れが溜まっていたのだろう」

藤堂も苦笑しながらスザクの頭をなでるので、スザクはますます眉尻を下げた。
その様子がまるで、何か失敗し飼い主に怒られて落ち込んでいる子犬に見えて、思わず皆笑みを浮かべた。

「丁度いい。今、あの作戦の情報を漏らしたのが扇だという話をしていた所だ。そして、その扇はブリタニア人の女性、それも純血派の軍人と同棲中だという報告を聞いていた所だ」

どうせだから全員分を入れるつもりなのだろう。フレンチプレスコーヒーメーカーを手に、L.L.は戻ってきた。豆を入れ、適温にしたお湯を注ぐと、いい香りがあたりに漂い始めた。その様子を思わず目で追ってしまったが、眠っていた脳が次第にナオトが話した言の意味を頭が理解し始めたのだろう、スザクはしばらくしてから、間の抜けた声を上げた。

「・・・は?え?でも、扇はブリタニア人は信用できない、裏切るかもって散々僕に言ってたんですよ?その扇がブリタニア人と!?」

スザクはL.L.を見上げながら、驚きを隠すことなく、信じられないという声を上げた。
ここにいる者たちもまた、その言葉を何度も扇の口から聞いているので、皆信じられないという表情でスザクの驚きに素直に同意を示した。
なにせ扇が信用していない人物の筆頭はL.L.、次いでディートハルト。
理由はブリタニア人だから。
その扇の恋人がブリタニア人だなんて、普通であれば信用出来ないのだが。

「情報源はマオとC.C.だ」

L.L.のその言葉は、疑いようのない真実を告げるものだった。
ギアスを知らない藤堂達も、今まで二人がもたらした情報に間違いがないことから、その情報を全面的に信用した。
あの二人が不確定な情報を告げるはずがない。
ならば、真実なのだ。
途端に室内の空気はぴりっと緊張したものに変わった。

「・・・ええ?いや、え~!?しかも純血派の軍人!?」

だが、それでもやはり信じられない。スザクは困惑しながら、淹れたてのコーヒーに口をつけた。寝ぼけて聞き間違えたのだろうか?いや、周りの反応から、聞き間違えていないようだが、でも本当に?

「これを見てくれ。マオが隠し撮りした写真だ」

ナオトが懐から数枚の写真を取り出し、テーブルに置いた。そこには銀髪の長い髪と褐色の肌の女性。間違いなく・・・日本人ではない。そんな女性と共に外出している扇、そしておそらく扇の住んでいるアパートなのだろう部屋に出入りする姿などが映し出されていた。
そのうちの一枚をL.L.はその細く長い指で拾い上げた。

「・・・ヴィレッタ・ヌゥか。間違いなく純血派の人間だな。今資料を出そう」

そう言いながら写真をテーブルに戻すと、L.L.は端末を操作し始めた。
自分の親友が裏切り者だという証拠を提出したナオトに同情する。
それがどれほどの苦しみで、どれほど辛いことなのか。
考えるだけで胸が締め付けられるように痛い。
辛い表情のナオトから視線を逸らしながら、スザクも写真に手を伸ばした。
そして、その姿を見て、ああ、この人かと思った。

「シンジュク事変の時に居た軍人だね。サザーランドに乗って、殲滅作戦に参加していた一人だ。あと、ユーフェミア皇女殿下の護衛もしてた」

ユーフェミアが転校してきたあの日、護衛としていた軍人。
最近見なくなったと思ったが、こんなところに居たのか。

「スザク、お前シンジュクでヴィレッタに会ったのか?」
「うん、会ったよ。君が僕を庇って撃たれたあの場所に、KMFで突っ込んできたのが彼女だ」
「ほう、よく無事だったな」
「その頃には僕たちを殺そうとした親衛隊は殲滅していたからね。陰に隠れて様子を見ていると、彼女が状況確認のためKMFから降りてきたんだ。だから隙をついて当て身をし、KMFを奪ったんだ」

そして、死んだと思っていたL.L.をそれに乗せて運びだしたのだ。

「ああ、あのKMFのパイロットだったか」
「そ、あのKMF。あれの持ち主が彼女だよ。僕にKMFを奪われて軍を除隊されたとしても、扇と居る理由にはならないよね」

大体、あの後ユーフェミアの護衛でいたのだから、シンジュク事変は関係ないか。

「除隊などされていない。今も軍属だ。特殊任務で離れてはいるが」

そう言いながら、L.L.は全員に画面が見えるようにくるりとパソコンを回転させた。そこにはヴィレッタ・ヌゥのパーソナルデータが映し出されていた。衣服と髪型、そして化粧のせいか、一瞬別人に見えてしまうが、間違いなく写真の女性だった。

「特殊任務?」

藤堂は画面を見ながら眉をよせ、そう尋ねると、ナオトが片手をあげた。

「・・・その話もマオから聞いている。どうやら彼女は扇から黒の騎士団の情報を手に入れる事が任務で、以前行った作戦時に負傷したと装い、扇に救助されている。そして扇は彼女が軍人だと知りながら、匿った」
「なんでそんな・・・!」

泉は声を荒げ、ナオトにそう言うと、ナオトは深く息を吐いた。

「彼女は、記憶喪失だと扇に偽っている。マオとC.C.で得られた情報はそこまでだ。C.C.がそこから、おそらく記憶喪失というのが鍵だと言っていた。・・・もしかしたら、救助される前に扇が気にするであろうキーワード、たとえば、ゼロの正体に関する事とかを口にし、その真偽を確かめるため扇が助けた、とか。どちらにせよ、報告せずに独断で行っているんだ。裏切り行為に変わりはないが」

おそらくそこまでがマオの手に入れた情報なのだろう。マオに関するギアスは極秘扱いとしているため、藤堂と泉でさえ知らない。だから、こうしてC.C.の見解として報告した。だが、C.C.とマオがナオト経由で報告を上げたと言う事は、ヴィレッタはゼロの正体には行き着いていないが、それに近いことを口にしたという事だ。
餌がゼロの正体とは。
扇が確実に食らいつく餌も調査したうえで、潜り込んできたのだろう。

「このまま扇を放置することは出来ないね。新しいアジトの情報も筒抜けになる。それにしても、記憶喪失の女性相手だとしても、機密情報を話すなんて・・・」

眉根を寄せ、カップのコーヒーをすべて飲み干していると、パソコンの画面を自分の方へ戻し、何やら操作していたL.L.が、その情報に追加が入ったと言ってきた。

「マオから連絡が入った。どうやら、彼女は黒の騎士団に入りたいと、扇に言っていて、そこから扇個人の地下協力員という立場になっているらしい。いま丁度、この上にその女を連れた扇が来ているぞ。全員にお披露目し、彼女は味方だと説明しているそうだ」

その言葉に、全員の目が大きく見開いた。
何せ移動が決まっているといっても、ここは今現在黒の騎士団の本部で、団員の中でも一定以上の立場が無い限りその所在さえ知らせていない場所なのだ。そこに独断で、記憶を無くす前は敵国の軍人だったと知っているはずの人物を連れてきたのだ。

「・・・あいつは!すぐ行ってくる!」

真っ先に立ちあがったのはナオト。だが、L.L.はそのナオトを制止した。

「そう慌てるな。相手がわざわざこちらに来てくれたのだ。これを利用しない手はないだろう?」

にっこりと、それはそれは見惚れるほど綺麗で美しく、それでいて背筋が凍るほど冷たい笑みを浮かべたL.L.はそう言った。

55話
57話