まだ見ぬ明日へ 第57話


黒の騎士団本部地下にある会議室から出てきたナオトは、普段団員が使っている休憩室兼格納庫へと足を進めた。マオからの情報では、そこに扇が居るのだという。
冷静になれと自分に言い聞かせながら足を進めていると、格納庫へ通じる通路にも多くの団員が集まっているのが視界に入った。

「他にも何かあったと見るべきだろう」

ナオトは藤堂の声に、思わずびくりと肩をふるわせ振り返ると、後ろには藤堂だけではない、泉もついてきていた。頭に血が上りかけていたため、視野が狭まり、全く気づいていなかった事を恥じ、ナオトは深呼吸してから返事をした。

「そうですね。みんな殺気立っている気がします」

藤堂は冷静さを取り戻したナオトの肩を軽く叩くと、ナオトの前に出、格納庫に続く通路を先陣を切って歩き出した。それは藤堂が矢面に立つから、その間に冷静になれという、藤堂の気遣いであった。ナオトは心の中で礼を言うと、その後に着き歩き出した。
藤堂たちが来た事に気がついた団員たちは、一様に険しい表情をしており、すぐに三人に道を開けてくれた。

「扇が女を・・・ブリタニア人を連れてきたんです」
「しかも独断で」
「今C.C.と玉城が話をしています」

団員が口々に語る内容に、藤堂は頷いた。
格納庫には本部の殆どの団員が集まっているようで、黒山の人集りができていて、彼らは扇とヴィレッタを囲んでいた。
その二人と対峙しているのはマオを後ろに従えたC.C.と、玉城。
格納庫中に玉城の怒声が響いていた。

「だーかーら!扇てめー、いつも自分で言ってたじゃねーか!ブリタニア人は信用できない、ディートハルトだけじゃない、L.L.とC.C.だっていつ裏切るかわからないから信用するなって!!なのになんでそいつは信用できるって話になんだよ!!」

普段であれば、煩い馬鹿。と、玉城を止めるであろうC.C.は何も言わずに、じっと扇とヴィレッタを見つめていた。

「だから言っているだろう。彼女は大丈夫だって。俺の協力者なんだ」
「たとえそうだとしても、ここは黒の騎士団の本部で、幹部の許可をもらった奴しか入れないんだぞ!何勝手に連れて来てんだよ!そいつがスパイだったらどーするつもりだ!」
「だから彼女なら大丈夫だ!」
「その女が大丈夫で、ゼロの相棒のL.L.と、その連れのC.C.と弟子のマオは信用できないってなんだそりゃ!?そんな女よりずっとL.L.達のほうが信用できるだろう!何せここの参謀なんだからな!」
「違うぞ玉城!L.L.や、そのC.C.なんて信用出来るはずないだろう!いつもこそこそ俺達には内緒で動いて、俺たちを見下す様な態度まで取るやつだぞ!いつ裏切るかもわからない!きっとこの前の作戦が失敗したのも、L.L.達が情報を流したにきまってる!」
「はぁ?なんでそんな事すんだよ?助けに来たのはL.L.が指揮した部隊だぞ!?」
「ナオト達が組んだ作戦より、自分の考えのほうが優れている事を俺たちに知らしめるためだ!そうだ、きっとそうに違いない。あの時俺たちを囮にして、ブリタニアにひと泡吹かせる事が目的だったんだ!」
「お前、自分で何言ってるかわかってんのか!?」
「ああ、解ってるさ!L.L.は遊んでるんだよ、俺たちを駒のように扱って、自分はいつも高みの見物だ。ゲームのように、自分だけ安全な場所で命令を出して、自分の考えた策がどれだけ凄いのかを周りに見せつけたいだけなんだ。大体L.L.は大怪我をしてもすぐ直る体なんだぞ、そんな化け物なんだから、命を軽視しているにきまっている。俺たちは大怪我をしたら死ぬかもしれない事をわかっていないんだ!そんな人間を信用できるか!」
「ばっ!L.L.のアレは機密事項だろ!?なにこんな場所で言ってんだよ扇!?」
「ここにいるのは騎士団員だけ、しかも本部に入れるものだけだ。全員L.L.の体質を知っているべきだろう!」
「それは俺らが判断する事じゃねーだろ!どうしたんだよ扇、お前そのブリキ女になんか吹き込まれてんじゃねーか!?」
「なっ!?玉城、千草を侮辱する気か!?」

顔を怒りに歪め、今にも掴みかからん勢いで怒鳴った扇に、玉城は一瞬驚きの表情を浮かべたが、こちらもまた怒りをその顔に乗せた。
これはまずいな。
珍しく玉城がまともな発言をしてたので、思わず任せてヴィレッタの反応を観察していたが、そろそろ止めるべきかとC.C.が判断した時、第三者の声があたりに響いた。

「いい加減にしないか!!!」

それはこの黒の騎士団副司令、紅月ナオトの怒声だった。
まるで空気を震撼させるようなその声で、一気にあたりは静まり返った。
全員がその声のほうに視線を向けると、藤堂と泉を連れたナオトがそこに立っていた。
滅多に怒る事の無い冷静沈着な男の怒声だ。
その威力は絶大である。

「ナオト、丁度良かった。扇の奴が」
「ああ、聞こえていたよ玉城。で、彼女が要の協力員かな?はじめまして、千草さん?」

先ほどの怒声が幻聴ではないかと思えるほど、にっこりと笑みを乗せてナオトはヴィレッタに話しかけた。その様子に、玉城は怒気を殺がれ、ポカンと口を開けた。

「は、はい。千草です。すみません突然来てしまって。私も黒の騎士団に正式に入りたくて要さんに頼んで連れてきてもらったんです」

怯えるように扇に寄り添う姿は、軍人であるヴィレッタとはまるで別人で、弱々しい、男の庇護欲をそそった。そんな女がなんの役に立つんだと、周りからはあきれたような野次が飛んだが、扇はそんな言葉に気づく様子もなく「すまない、怖がらせてしまって」と、ヴィレッタに優しく甘ったるい声をかけていた。
それだけで、この二人がただならぬ関係であることは明白だった。

「そうでしたか。丁度いま、ゼロが地下会議室に居ます。要、彼女をゼロの元へ案内してくれ。C.C.、マオ。L.L.が相談したい事があるそうだ。ついでだから要と一緒に会議室に行ってくれないか?」

ちらりとナオトが向けてきた視線に、そういう事かと、C.C.は目を細めた。
つまり、C.C.とマオは扇とヴィレッタを監視しながら地下会議室に向へという意味。
即座に理解したC.C.はナオトの言葉に素直に頷いた。

「仕方ないな、行くぞマオ。お前たちもさっさと来い扇、女」
「えー、でもC.C.この女」
「マオ”L.L.が呼んでいる”んだ。それに、この女が団員に何かをされないよう、護衛もしたほうがいい。まったく、人使いの荒い男だよ」

にやりと口角をあげながら言うC.C.に、察したマオはにっこりと笑った。

「そうだね、L.L.が呼んでいるなら行かないと。ほら、そっちの二人も早くいこう」

マオに背を押される形で扇とヴィレッタはC.C.の後について通路へ向かった。

「ナオト君」
「お願いします藤堂さん」

藤堂は頷き、4人の後を追った。
普通に考えればC.C.とマオで十分だが、相手は軍人。万が一のことも考えて藤堂も地下会議室へ向かう。
残されたのは今の展開についていけず、呆けている黒の騎士団の面々。
藤堂の姿が通路に消えたのを確認すると、泉は通路にいた団員と共に格納庫内へと足を踏み入れた。ナオトがここでヴィレッタ達と話を始めた直後、泉はこの本部内にいる団員を集めるよう通路にいた者に命じ、話が終わるまで通路で待機していたのだ。
そして全員が集まると、念のため施錠をした。

「ナオト!いいのかよあの女!」

しんと静まり返っていた格納庫内に、再び玉城の怒声が響いた。

「玉城、解っている。その前に皆、俺の話を聞いてほしい。・・・先ほど扇が千草と呼んだ女は、ブリタニア軍からのスパイだ。名はヴィレッタ・ヌゥ」

ナオトの口から出たその言葉に、格納庫内の団員は驚きの声を上げた。

「シンジュク事変ではKMFに騎乗し、あの虐殺に参加していた。彼女の今の任務は扇を懐柔し、黒の騎士団の情報を得、こうして内部に入り込むことだ。・・・だが、すでにC.C.とマオが証拠を押さえ、ゼロもL.L.も彼女の事は知っている。知った上で今、地下に呼んだんだ」
「・・・何のために?」

井上が眉を寄せナオトに尋ねた。

「この前の作戦で、ブリタニア軍に情報漏えいした理由はみんなもう気付いただろう?要を通し知った内容を、ヴィレッタが報告したんだ。・・・情報漏えいは、旧紅月グループの誰かが行う可能性があると、俺たちは予想していた。だからこそ、L.L.は最悪の事態に備え2重の策を練った。その結果があれだ。そして、誰が情報を漏らしたのかを、C.C.とマオがずっと調査していた。玉城、井上、南、杉山、吉田。すまない、俺はお前たちも疑っていた」

ナオトは玉城たちに向かい、深々と頭を下げた。
以前からいろいろな情報が洩れてはいた。
だが、その発端は、どの情報も扇だった。
副司令補佐である扇から聞いた情報なのだから、みんなに話しても大丈夫な内容なのだ。その考えから、玉城たちも周りに情報を漏らしたのだ。
先ほど、L.L.の体質に関しては機密事項だと玉城が注意したように、その場に居合わせ機密事項だと知っていれば、彼らは口外することはなかった。
扇がヴィレッタと同棲しているという情報を、C.C.がナオトに話した時「大本である扇を抑える事が出来れば、他は大丈夫だろう。あとの問題はあいつらに残る扇の求心力だ」と結論をだしていた。

ナオトは全員の顔を見まわした後、ゆっくりと目を閉じた。

戦争前から、扇要と紅月ナオトは親友だった。
その扇に全面的な信頼を置いていた。
だが、それは裏切られ続けた。
仲間を駒としているのは誰だ。
仲間を差別し続けたのは誰だ。
仲間を裏切り続けたのは誰だ。
自分の行為だけを正当化し、他人の行為は否定し続ける。
・・・今が決断の時。
すまない、要。

再び開かれたその瞳には決意の炎が宿っており、団員は固唾をのんだ。

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