まだ見ぬ明日へ 第58話 |
香り高い紅茶と美味しそうなアップルパイを前に、4人の男女がティータイムを楽しんでいた。彼らが視線を向ける先にはテレビがあり、ニュース番組が流れていた。 連日ニュースを賑わせているのは、テロリストグループ・黒の騎士団の本部へ軍が入り調査をしている映像だった。その場所は、つい先日まで使われていた旧本部。 すでに全ての荷物は新本部に移動され、旧本部に関しては、髪の毛一本・指紋一つ残さないほどの徹底清掃を行っているため、何も見つかりはしない。今あの建物は、異常なほど綺麗に清掃された廃ビルでしかない。 扇がヴィレッタを本部に連れてきたあの日、ナオトと泉はこれから本部を移動することを告げた。そして今ここで見た事、聞いたこと全てに緘口令を引くと、扇とヴィレッタの目に入らない部屋から片づけをはじめ、防音のしっかりと効いた地下室でゼロとL.L.が扇たちの相手をしている間にも、騎士団のトラックやトレーラーがフル稼働し、荷物を順次運び出していった。扇の通る通路、休憩室兼格納庫などはギリギリまで弄らず、それ以外の部屋の清掃は前日までにすべて終え、施錠も確認した後、ゼロは朝の5時という、早朝と呼べる時間に扇とヴィレッタを緊急で呼び出し、これから行う作戦に、ぜひブリタニア人である彼女の協力を頼みたいと、ゼロ自らが次の作戦に関する内容を二人に告げた。そして、そのための布石という名目で、偵察という名の厄介払いを命じ、残っていた扇が普段足を向ける格納庫と通路、トイレなどを総がかりで清掃した。 報告は15時と指定されていた事で、その時間に必ずゼロがいると確信したヴィレッタは、昼食時に扇の目を盗んで軍と連絡を取ると、14時30分には報告のため二人で本部へと戻った。 本部入口のセキュリティを扇が解除したのを確認したヴィレッタが扇を抑え、隠れていた軍人が一斉に本部内に強襲をかけた。だが、本部内はすでにもぬけの殻で、綺麗に清掃まで終えていたのだ。 軍を動かし、手に入れる事が出来たのは扇要ただ一人だけだった。 当然、ニュースではそのあたりの事は触れられてはいない。 黒の騎士団員が多数捕縛され、アジトから幾つもの痕跡を発見し、現在それらを解析中だと報道されていたが、痕跡と呼ばれている荷物の山は、体裁のため軍が用意した物だった。複数人捕縛されたはずが、画面に映し出されるのは扇ただ一人。 本部の移動と同時に、騎士団のアジトはほんの小さな場所も含め全て同じように清掃も終えてから撤退しているため、どこからも痕跡は見つからないはずである。 本部、アジト、逃走経路、連絡手段に至るまで、扇が知りえる黒の騎士団の情報はすでに無意味なものと化し、過去の情報から団員の足がつく事はないよう手は打たれていた。扇と旧知の仲である者たちは、今まで住んでいた場所も引き払い、新たに用意された場所に移り住んでいる。当然、清掃をしてからだ。 綺麗に清掃された部屋を発見する度に、黒の騎士団に馬鹿にされているのだと、軍人が激高していると、野次馬を装って見ていた団員の報告が後を絶たなかった。 どうしてこんなに徹底的に清掃するのか、皆は疑問を感じていたが、痕跡を消すだけではなく、相手の神経を逆なでする事まで計算の上なのだと知った団員は、腹を抱えて笑い転げた。 最初は扇を見殺しにできないという声も上がっていたのだが、玉城たちがつい最近まで住んでいた場所にまで軍の捜査が入っており、扇が保身のため仲間を売った事が知れ渡ると、扇を擁護する声は上がらなくなった。 ニュースが終わると、L.L.はテレビの電源を落とした。 静まり返ったその部屋には、重い空気が流れ、はあ、とカグヤはため息をついた。 「扇はこの後どのような扱いになるのでしょう?」 「扇の持つ情報は役には立たないからな。これからは、知りえる限りの団員の人相書きを作リ始めるんじゃないか?」 扇が捕縛されたあの日、本部の移動を終えたナオト達は、扇の家も全て清掃し、家財道具はすべて処分していた。携帯電話はロイドの仕掛けで全テータが消滅し、使用不能となっているはずだし、カメラも持ち歩いていなかったので、扇から写真の類が出る事はない。マオのギアスでヴィレッタが何も所持していなかった事は確認済みだ。 「それが終わったら、見せしめで処刑かな」 命が奪われる。 その事を何でもない事のように口にするスザクに、表面上は穏やかだが、内心相当腹を立てている事に3人は気づき、思わず苦笑した。 「いや、終身刑だな。何せ痕跡を消して逃げたという事は、扇がそれだけ内部に通じていたという証拠でもある。何かほかにも情報を引き出せるかもしれないし、救出作戦が行われる可能性もあるだろう?何より総督はクロヴィスだ。安易に命を奪う事をして、せっかく得始めているイレブンからの支持を失うような愚は犯さないさ」 「処刑されないのであれば、救出する必要などありませんわ。親友の妹まで売る者など必要ありません」 怒りを滲ませたカグヤの言葉は、今回の作戦の唯一の失敗。 団員が扇を見捨てた最大の理由。 No.2であり親友のナオトの住んでいた場所だけではなく、離れて暮らす妹、カレンの住むシュタットフェルト家にまで軍の手が入ったのだ。 それはハーフだと隠しているカレンにとっては致命的なもので、軍がカレンの元へ行った翌日には学園を自主退学し、カレンは母親と共に姿を消した。 もちろんナオトの部屋も清掃済みだったため、カレンの情報は扇から出たものだ。 「ナオトは仕方がないが、まさかカレンの事を話すとはな」 「カレンは実の妹のように思っているって、言ってたのにね」 だからこそ、ハーフでありながらカレンは扇の庇護対象者であったのだ。 だが、その彼女さえ売り渡した。 「これがさ、扇が前々からヴィレッタに話をしていたっていう話ならわかるよ?でも、取り調べを受けた扇が、次々話しているっていうんだから、救えないよ」 政庁付近の喫茶店から、扇の取り調べを連日聞いているマオの情報だから、疑いようがない。 扇の汚い心なんて、もう聞きたくない。と、駄々をこねるマオを宥めながら、C.C.は今日も政庁へ向かって行った。 「扇が話した場所はことごとく空振りだから、自分の話を信じて欲しいと必死なのだろう。こちらが切り捨てた事にも気付いているだろうしな」 L.L.は、アップルパイを口に運びながら、そう言い捨てた。 「扇という男、L.L.様の素顔を知っているのですよね。そちらはどういたしましょう」 咲世子はそちらの方が心配だと口にした。 ブリタニア人で黒髪、紫玉の瞳、細身で長身。その上美人。 これに当てはまるブリタニア人を調べられたら終わってしまう。 「ああ、それか。それに関しては何も問題はない。扇は俺とC.C.に関する情報を全て忘れたからな」 「え?」 「更に言うなら、マオやナオト達騎士団員に関する人相は、どこか間違えて覚えている。こんなことならカレンの事も忘れさせるんだったな」 だが、カレンは母と共にブリタニアの特別派遣嚮導技術部に居る事は確認済みだから、そう心配する事ではないのだが。 案外シュタットフェルト家と2重生活から解放されて喜んでいるかもしれない。 「まあ、そのような事可能なのですか?どのような方法で扇の記憶を?」 小首を傾げてカグヤは尋ねると、L.L.は薄く笑ってから口を開いた。 「・・・さあ、どうやってだろうな?当てたら何か褒美をやるよ」 L.L.はにこりと、悪戯っ子の笑みを浮かべると、紅茶を飲みほし、席を立った。 自分の皿とカップを持ちキッチンへ向かった背中を見ながら、スザク達は顔を寄せた。 「・・・どういう事ですの?」 「当てたらご褒美を頂けるそうですよ。これはチャンスですね、スザク様」 「咲世子さん、気にするのはそっちですか。しかもチャンスって・・・まあ、多分だけどL.L.のギアスだと思うよ」 「L.L.様もギアスを?」 「持ってるんですの?」 「うん。1年で暴走状態になったって話し、前に聞いたから持ってるはず。どんな力かわからないけど、多分クロヴィスとマオにも使ってると思うんだよね」 それならば、あの二人のあの態度にも納得できるのだ。 キッチンから聞こえていた水の音が止まったので、スザクたちは顔を離した。 「その件に関しては、枢木のお兄様にお任せしますわ」 ギアスも気になりますが、ご褒美も欲しいですわ。 そう、力強い言葉でそう言われると、僕の答えるべき言葉は一つしかなくなる。 「・・・できるだけ希望に沿えるよう努力します」 「それでこそお兄様ですわ」 |