まだ見ぬ明日へ 第59話


最悪の日。
そう言っても過言ではないだろう。
今日は何をしても変わらない日なのだ。
所詮無茶な話なのだ。
未来を変えるなど。

L.L.が眠っているベッドの端に腰かけたC.C.は、窓の外を凪いだ瞳で見つめていた。
鳴り響く花火の音。
人々の楽しそうな声。
いつもであればこの時間は授業中なのだが、年に1度この日だけは違った。
アッシュフォードの学生や関係者だけではない、近隣住人や、他校の生徒、皇族の信奉者まで集まってきているこの日は、この学園最大の祭りの日。

---学園祭。

土日の2日間開催される学園祭だけは、この学園内に部外者があっさりと立ちいる事が出来るのだ。
元々開放的な校風の学園ではあるが、ブリタニア人だけではなく、イレブンそして名誉ブリタニア人も分け隔てなく来場し、学園内を賑わせている。

この日は箱庭の番人が、唯一見せる隙と言っていいだろう。

今回は報道陣まで入り込んでいるのだから、致命的な隙といってもいい。
お祭り娘は少しでも楽しい学園生活をスザクとカグヤと、そして今はジュリアスにもに与えたいのだろうが、この隙が全てを駄目にする引き金となる。
最悪の未来へと転がる引き金に。
その事に気づいていても、今日この日を止めることが出来なかった。

「おまえは馬鹿な男だよ。歴史を動かす事が出来ないのであれば、どの道失われる命であるのなら、ユーフェミアを始末するべきだった。たとえ無理だったとしても、その行動を取るべきだった。そのほうがまだ、可能性もあっただろうに」

静かに眠る共犯者の髪を梳きながら、C.C.は窓の外を眺め続けた。
正暦が終わりを告げ、皇歴と呼ばれるこの時代が始まってからの2017年間、歴史の転換期に置いて私たちはさまざまな試みを行ってきた。
だから知っている。
小さな流れであれば、私たちでも歴史を操作できる事を。
そして、大きな流れを持つものは、どう足掻いても変わらない事を。
紅月ナオトの生存、扇要の捕縛。
ゼロによって失われるはずだった多くの命。
これらは小さな流れだから変えられた。
彼らの生死は歴史に大きな影響を与えないと、神が考えているからだ。
侵略戦争は止められなかった。
結局今も予定通り世界はブリタニアに蹂躙され続けている。
ユーフェミアのような、歴史の転換期を担う存在は、今まで一度も救えなかった。
シャルルのような、歴史の中心点を担う存在を、一度も殺せなかった。
神が、それを許さないから。
これはすべて神の描いたシナリオだから。
その方向を変えようと、何度試みても結局はそのシナリオ通りに事は進む。
その度に、私たちは己の無力さを痛感するのだ。
・・・どうせ変えられない運命ならば。
今日はせっかくのお祭りだ。楽しい気分のまま終わらせたい。
だから、せめてユーフェミアをこの場所から離し、あの最悪の日への引き金が引かれる日時だけでもずらしたかったが・・・どうやら、それすらも私たちは失敗したようだ。
だからこそ、今日、この時、この場所にユーフェミアは居る。
神が、そう定めたから。
本来の流れとは状況が変わっていたはずなのに、やはりこの時は訪れた。
私の魔王はいまだ諦めることなく神への干渉を続けているが、もう、時間切れだ。

「始まるぞ、心やさしい慈愛の姫君の遊戯が。無知な姫の自己満足が。多くの者が苦しみ、多くの命が失われる最悪の政策の幕開けだ。だからもう諦めろ坊や。神へ干渉し、この狂った世界への干渉をやめさせるなど、神に囚われたお前でも無理なんだよ。いくらお前が手を尽くしても、神に願っても、ユーフェミアは・・・いや、ブリタニアによる日本人の虐殺は止まらない、止められない。・・・ほら、聞こえてきたぞ」

それは、支配者の持つ力強い声音。
世界一のピザの世界記録を取るために呼ばれた報道陣を使い、皇女は命令する。
今からする宣言を、生放送で流せと。
ピザよりも、この学園に通学する皇女目当てであった報道陣は喜び、その命に従う。
そして宣言される。

「ユーフェミア・リ・ブリタニアの名において、行政特区日本の設立を宣言します!」

C.C.は黒髪を梳く手を止め、眠る共犯者の頬に指を滑らせた。

「泣くな、坊や。解っていた事だろう。今日この日の宣言は変えられないと」

その頬を滑り落ちる涙を拭いながら、C.C.は共犯者の額に口づけをした。
あらゆる手を使い、ユーフェミアをトウキョウ租界から離した事さえ無駄だった。
神の意志は私達の努力をいとも容易く覆してしまう。
負けが確定している勝負ほど、虚しい物はないなと、C.C.は呟いた。

「・・・だが、まだ時間はある。まだ、手はある」

C.C.の独り言を全て聞いていたかのように、L.L.はゆっくりと瞼を開いた。
涙に濡れる瞳は宝石のように美しく輝き、強い意志を宿していた。
ああ、まだ大丈夫。折れてはいないな。
それに満足したC.C.は口角をあげると、ベッドから立ち上がった。

「ああ、完成した遮断装置の追加分は、カグヤと咲世子に渡しておいたが、問題はないだろう?・・・だが、本当にいると思うのか?ブリタニアにギアスユーザーが」

マオの持っているギアス制御装置ではなく、ロイドとセシル、そしてスザクがペンダントとして身につけているギアス遮断装置が新たに2つ完成した。
どういう原理かは解らないが、スザクのギアスは遮断せず、他のギアスを無力化させるその装置。
本来であれば幹部にも持たせたい所なのだが、元となるサンフラワーストーンの数が足りないのだ。L.L.が所持していたのは4つ。そのうち二つをマオ、残り二つを咲世子とカグヤに渡したため、現段階ではこれ以上作成する事は出来なかった。
今、L.L.の私財の大半はジェレミアの調整に使われているため、財力に物を言わせて買うという手段もとれない。そもそも今は採掘されたそのレアメタルは全て研究施設に保管されている為、市場になど出回らない。
だからこそ、現状ではこのメンバーに持たせるのが最善手であった。

「マオのケースがある以上、コードユーザーが確認できないからギアスユーザーがいないという考えは捨てるべきだ。それに確認ができないという事は、あの状態でブリタニアに在る可能性が高いという事。ならばジェレミアのような人工ギアスを生み出す事は可能だ」
「それもそうだな。だが、少なくてもあの時点ではシャルルにギアスはない。マリアンヌにも、ビスマルクにもな。ならば問題は、血の紋章事件以降見つからないシャルルの兄と、あるか解らない響団だろう?だから私は、明日マオと共にブリタニアに渡る」
「直接調べるのか?」
「そのほうが確実だろう?行政特区の宣言がなされた以上、式典までブリタニアも騎士団も動けない。ならば私とマオが動くのには何も問題はない。式典までには戻るよ」

シャルルの双子の兄の存在は皇暦1997年5月6日に起きたクーデター、血の紋章事件までは確認している。その事件の最中に死亡したとされているが、それを信じるつもりなど無かった。そしてギアス響団。本来ならギアスを持つシャルルが、侵略戦争を始めるよりも前に作る研究施設だが、その存在は今だ確認されていない。
皇帝の目的がコードを使用しての神殺しという点に変更が無いのであれば、研究施設、そしてコードとギアスに関して、L.L.とC.C.の邪魔が入らないよう、神自らが厳重な防壁を引いていると考えられる。
神を殺そうと動いている者に加担している神の考えなど解らないが、神が警戒しているのは人間ではなく、神の使徒。
C.C.とL.L.のみ。
ならば人間の力でその防壁を破るまで。
今こちらには、マオという強力なカードが有るのだから。
魔王と魔女は動き続ける。
神の望む世界を破壊するため、そして新たな世界を創造するため。
2000年以上昔に失われた、明日という日を取り戻すために。

「解った。ただし、遺跡は使うな。この前俺が用意したパスポートを使え」
「解っているよ。私がブリタニアに行く事はアレにとって予定外だからな。使えるとは最初から思っていないさ。安心しろL.L.。私は必ずお前の元に戻る。約束しただろう、たとえ何があろうと、私だけはお前の傍に居ると」
「ならば俺は中華連邦を調べよう。シナリオ通り進められているのだとすれば、響団施設はあの国にあるはずだ」

立ちあがり、皇女の宣言で今だざわめく会場を視界に収めたL.L.に、C.C.は寄り添うように窓辺に立つと優しくその黒髪を梳いた。

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