まだ見ぬ明日へ 第60話


行政特区日本。
それは、どんな冗談なのだろう。
スザクはテレビカメラから身を隠すため、カグヤを抱きかかえた状態でギアスを発動した状態で、ミレイの操るKMFの掌に乗り宣言しているその姿を見つめた。

「お兄様・・・」

不安げに声をかけてくる目の見えない従妹のその体を強く抱きしめた。
気丈な彼女らしくないわずかに震えているその背中を優しく撫でながら、僕は目を細め、覇気に満ちた強者の笑みで宣言をする彼女を睨みつけていた。
学園祭には来ないはずだった皇女。
それが今、カメラの前に堂々とその姿を現している。
どうしてこんな事を。
ユーフェミアの影響力は大きすぎて、学園祭が報道陣や皇族の信者、あるいはテロリストによって台無しにされる恐れがあるからと、ミレイが内々に学園祭には参加しないようユーフェミアを説得し、彼女も渋々ではあるが了承したはずだ。
何より、開催日には副総督としての公務が立て込んでいると残念そうに言っていた。
そして、事前にユーフェミア皇女殿下は公務のため学園祭には不参加ということがテレビでも取り上げられ、後日不審者が何か仕掛けなかったかを念入りに調べる事にはなるだろうが、それ以外彼女絡みで問題は起きないだろう。そう、思っていた。
残念だったのはL.L.の事だ。
昨日から体調を崩し、今朝は起きれないほどで、C.C.が朝から看病に来ていた。「疲れが出たんだろう。たまにある事だから気にするな。何かあったら連絡するから、学園祭を楽しんで来い」そうC.C.に部屋から追い出されてしまい、L.L.の容体は心配だったが、学園祭当日はやる事が多く、スザクは朝から忙しく走り回っていた。
念のためにと、騎士団員の中でも軍に顔の割れていない泉が一般人を装い巡回している姿を見かけた。
あちらもスザクに気がついているようだが、周りにその事を悟らせるような愚は犯さず、日本人も受け入れる学園祭というものを見学し、本当に差別がないか、ブリタニア人の考えを調査するという名目で連れてきた旧泉グループ、つまり泉の腹心たちと共に周辺の安全を確認しつつ、学園祭を楽しんでいるようだった。
L.L.の下準備は完ぺきで、順調すぎると思ってしまうほど祭りは問題無く進行し、間もなく世界一のピザ作りが始まる時間となった。司会のリヴァルと、ガニメデに騎乗するミレイの声があたりに響き、アレさえ終われば今日の山場は終わると少し気が緩み始めたころ、カグヤから携帯に電話が入った。
慌てて指定された場所に行くと、人通りの少ない階段の上に困ったような表情のカグヤと、その隣に満面の笑みの少女が座っていた。
変装してはいるが、その少女がすぐにユーフェミアだとわかった。
ユーフェミアの隣に、カグヤ。
何て危険な組み合わせだ。SPを連れた彼女に思わず眉を寄せてしまった。

「ごめんなさいスザク。どうしても話したい事があったんです」

スザクが不愉快そうに自分を見たのは、学園祭を混乱させないために、今日は来ないはずだった自分が来たせいだと悟ったユーフェミアは、すぐに謝った。
だが、変装しているから誰にもユーフェミアと解らないはず。
それなのに、スザクには一目で気づかれてしまった。
その事が嬉しくて、ユーフェミアは頬を染めていた。
スザクは、カグヤとユーフェミアの間に割り込むような形で階段の上に座ると、不安げに眉を寄せるカグヤの手を、ユーフェミアに気づかれないようギュッと握りしめた。
僕に用があって来たのなら、どうしてカグヤがここに?僕だけ呼び出せばいい物を。
なぜカグヤを巻き込む?しかも、こんな人の多い場所で。咲世子からも離して。
出来れば今すぐカグヤだけでも何処かに移動させたい。
誰も見ていないのであれば、カグヤだけでもギアスで姿を消したい。
だが、皇女殿下の手前カグヤを移動させることも消す事も出来ない。
幸い、咲世子はすぐそばで控えている。
いざとなれば、僕がL.L.を、咲世子がカグヤを抱え、ここから逃げるしかない。
泉が来ているから、どうにでもなる。
焦る気持ちを抑え、早くにその話とやらを聞き出し、ここから離れるのが一番だ。
そう判断し、スザクは出来るだけ穏やかな笑みと声で質問した。

「急ぎの話って?」
「はい。どうしてもすぐにスザクに伝えたくて」
「そのためにわざわざ?メールや電話でいいのに。番号、教えてたよね?」
「でも、これは直接お話ししたかったの。私、いい事を考えたんです」

笑顔と共にユーフェミアが勢い良く立ち上がったその時、一陣の風が吹いた。
そしてその風が、彼女の帽子を吹き飛ばした。
遠くに飛んでいく帽子。
長く美しい桃色の髪が風になびく。
拙い。
僕はすぐにカグヤを抱きかかえ、その姿を僕の体で隠した。

「ごめんユフィ、行くね」

彼女の姿を見た誰かが、ユーフェミアだと気がつき、叫ぶような声を上げた。
そして一斉に、こちらに視線が集まった。
その事に気がついたユーフェミアは、すぐにこの場を離れなければと、SPの元へ足を向けた。

「え、ええ。ごめんなさい、スザク」

その時には既に咲世子も来ており、咲世子がスザクとカグヤの壁になるような形で三人は急ぎその場を後にした。
そして学園祭の運営のために設置していたプレハブの一つに入ると、すぐにギアスを発動させ、スザクとカグヤは姿を消した。咲世子はそれを確認した後、すぐにプレハブを出、あたりの様子を伺う。
カメラにカグヤの姿は映らなかったはずだ。
その前に咲世子が来たし、スザクも走った。
外は依然騒がしく、ユーフェミアに近づこうと人が押し寄せた。
そして、そんな皇女の危険を放っておけないと、ガニメデに騎乗していたミレイが、そのKMFの掌に彼女を乗せるという手段を使い、どうにか皇女を無事救い出した。
その後、彼女はテレビカメラに向かって宣言したのだ。

行政特区日本。

イレブンではなく、日本人という呼び名を取り戻せる場所。
日本人による自治が任された特別区域。
それを作るというのだ。

「・・・枢木のお兄様、どうなるんですか」

カグヤが震える声で尋ねてきた。

「・・・黒の騎士団は、どうなるのですか?」

カグヤも解っているのだ、これがどれほどの愚策か。
日本人にとって、どのような結果をもたらすのか。

「賛成しても、反対しても、黒の騎士団は潰される。そして、名ばかりの日本が戻ってくる。一部の日本人だけに。・・・特区によって、更なる差別と圧政が始まる」

僕の言葉に、カグヤが息を呑んだ事が分かった。
昔の僕なら、L.L.と出会う前なら、この行政特区に喜んだかもしれない。
ブリタニアが、日本を認める。
それを切っ掛けに、いつか日本全土も取り戻せるかもしれないと。
何も知らず、無知で、碌に物事を考えていなかった、あの時の僕ならば。
ユーフェミアに、なんて素敵な考えなんだと、手放しで称賛したかもしれない。
でも、僕はゼロだ。
楽観視せず、最悪を常に想定しなければいけない。
ゼロとして。
日本を取り戻すために。

その経験は、積んできた。
だから言える。
だから解る。
この行政特区で苦しむのは日本。
この行政特区で喜ぶのは、ブリタニア。
この行政特区で黒の騎士団を含む日本の反抗勢力は潰される。

勝者は、ブリタニア。
敗者は、日本。

戦争で名前も矜持も奪われたが、今度は抵抗する意志を奪われようとしている。
勝ち誇ったかのような笑みで宣言を終えたユーフェミアに仄暗い殺意を覚えながら、スザクはカグヤを再び強く抱きしめた。

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