まだ見ぬ明日へ 第61話 |
ユーフェミアの行政特区宣言で、学園祭は予定を全て取りやめ閉会した。 本来、土日の2日間の日程で行われる学園祭を1日目の午前中で終了させる事は、ミレイにとって苦渋の決断だった。 生徒や教職員が連日遅くまで残って、今日と明日のための準備をしていた事を、この生徒会長は誰よりも理解していたから。 だが、学園祭として楽しめる空気では無くなり、近隣住民もテレビで皇女が映し出された為に、ひと目その姿を見ようと学園内になだれ込んできたため、問題が発生する前にと急遽終了となったのだ。 自分の宣言に満足した顔のユーフェミアは、行政特区の感想をスザクから聞きたいと駄々をこね、学園内に居座っていたのだが、マスコミが来ていることを理由にどうにか政庁に返し、入り込んでいた部外者を追い払い、今は生徒総出で学園内に誰か残っていないか、何か仕掛けられていないかを調べているところだった。 その後は当然中途半端に終わってしまった祭りの片づけである。 ユーフェミアの登場でガニメデの操作をミスしてしまい、駄目になったピザ生地も今だ木の上に乗った状態で、トマトなどの具材もそのままだ。 あまりの惨状に、ミレイはいつになく憤慨し、いつもなら後処理はスザクに押し付け高みの見物を決め込むところではあるが、今日は自ら陣頭指揮を取って精力的に動き回っていた。 ミレイは怒っていた。 リヴァルとシャーリーが声をかけるのを躊躇うほど、その怒りは大きかった。 「ほんっと猪突猛進って言葉がぴったりだわ。なにが『イレブンとブリタニア人が仲良く暮らせるようになります』よ!」 平和で楽しい祭りを壊しておいて、その口で平和を語らないで! 「会長!それは言っちゃ駄目ですよ!」 「落ち着いてください会長!あ、俺飲み物買ってきますから、それ飲んで落ち着きましょう!」 怒りに震えるミレイを宥める二人には悪いが、ミレイの怒りは静まらなかった。 祭りがダメになったことも腹立たしいが、あの時カグヤとスザクがユーフェミアにつかまっている姿をガニメデから見てしまったのだ。 ユーフェミアが来ているという声で慌ててそちらに視界を向けた時に、カグヤを抱きかかえたスザクと、その二人を守る様に走る咲世子が見えた。 あの我儘姫の事だから、二人は無理やり呼び寄せたのだと即座に気づいた。 その瞬間、全身の血の気が引いた。 甘かった。 甘すぎた。 あの自己中心なお姫様が、周りのことを考えるはずがなかったのに。 思い立ったら即行動。 それがどれだけ周りに迷惑をかけるか考えるはずないのに。 ユーフェミアには何度も頼んだ。 なにより、当日は公務がある。 テレビも世界記録のためで、彼らは映らないようにする。 これで何も問題はない。 今度こそ世界記録を作り、みんなの一生の思い出にするのだ。 その考えの甘さをミレイは痛感していた。 守るべき者を、最大の危険にさらしたのは、自分のミス。 彼らはユーフェミアの行動に、どれほど恐怖した事だろう。 だから、今日はもういいから二人とも休んでと、早々に帰宅させた。 これ以上ここは荒させない。 --いや、すでに致命的な何かが、起きてしまったのかもしれない。 胸の奥にどす黒い不安が湧き上がるのを、ミレイは感じていた。 憔悴した顔のミレイに「今日は何もしなくていいから休んで」と言われ、正直ありがたかったので、その言葉に従いカグヤと咲世子と共にクラブハウスへ戻ると、L.L.がC.C.とマオに昼食を用意しているところだった。 具合の悪い人に何をさせているんだと、半ば八つ当たりでスザクは怒鳴り、L.L.を無理やりベッドに寝かせた。 そして、スザクの部屋に全員が集まり、咲世子が用意した昼食のサンドイッチを食べながら行政特区の宣言について話をしていたのだが。 「駄目!絶対に駄目!」 横になっているL.L.の枕元に座っていたスザクは、L.L.の発言に拒絶の意思を示した。 同じくベッドの端に座っていたC.C.は、あまりの声の大きさに耳を塞いだ。 ソファーにはカグヤと咲世子が座り、マオはドアの側に立っている。 「C.C.とマオがブリタニアに行くのはまあ、いいよ別に。でも君が一人で中華連邦に行くのは絶対に駄目!」 「何が駄目なんだ。行政特区まではまだ間がある。今なら何も問題は無いだろう?」 「そういう話じゃないよ!大体君、体調崩して寝込んでたんだよ?昨日からずっと寝っぱなしで、今朝僕が何回起こしたと思ってるのさ。それでも起き上がれなかったのに、少し調子がよくなったら外国に行くなんて、許せるはず無いだろう!」 「だから、もう大丈夫だと言っただろう。こうやって横になる必要も、もう無いんだ。大体俺は不老不死だぞ?何を無駄な心配しているんだ」 L.L.の言葉に、不愉快だと言いたげに、スザクは翡翠を細めた。 それでなくてもユーフェミアのあの発言で虫の居所が非常に悪かった。 L.L.の今の発言でますます機嫌を悪くし、横になっているL.L.を見降ろした。 「無駄?僕の心配が無駄だって?悪かったな、勝手に無駄な心配して!!」 「いや、すまない、そういう意味では」 つい、スザクの言葉にいら立ち、余計な事を口にしてしまったと、L.L.は慌てて身を起してそう口にしたが、スザクは起きるなと言いたげにその肩に手を置くと、無理やりまたベッドに寝かせた。 「そういう意味だろ!それ以外に何があるっていうんだ!」 「まあ、落ち着け。一応L.L.は体調不良なんだ。そんな風に怒鳴りつけては、また悪化するぞ?」 まあ、本当は精神をCの世界に飛ばしていたから体が無反応だっただけで、体調などどこも悪くなかったんだとは言えず、C.C.はひとまずスザクを宥めることにした。 「悪化すればいいんだ。そうすれば、一人で中華連邦に行くなんてバカなこと、出来なくなるからね」 剣呑な光を宿した瞳で、スザクはL.L.を睨みつけた。 「スザク、俺は理由も無くここを離れる訳ではないんだ」 「理由があっても、君を一人でなんて無理。駄目。許可しない。これがC.C.と一緒だって言うなら100歩譲って許可もするけど、一人は駄目。大体理由って何」 「気になる事があるから調べに行くだけだ。お前が気にする事ではない」 「じゃあ駄目。余計に駄目」 「スザク・・・。わかった、俺の同行者としてジェレミアを連れていく」 「ジェレミアって、今ロイドさん達が治療しているジェレミアの事?」 「ああ。そろそろ表に出しても大丈夫なところまで回復したからな」 「そうだったか?先日見たときは・・・ああ、すまん余計な事を云ったな」 つい口にした言葉でL.L.に睨まれてしまい、C.C.は思わず顔をそむけた。ああ、しまった。このままでは私の魔王の逆鱗に触れてしまう。 触らぬ神に祟りなし。 そこまで考えたC.C.は、腰を上げた。 「あー、L.L.、私はあれだ。騎士団があの発表をみてどうしているか気になって仕方がない。ああ、気になるぞ、うん。だから、マオと共に一度黒の騎士団のアジトへ行ってくる。お前はここでスザクたちとじっくり話し合いをしてていいからな。ついでにジェレミアの様子も見てきてやろう。ああ、そうだ、それがいいな。うん。という事で私は戻る。無理はするなよ私の魔王」 そこまで一気に言うと、C.C.はそそくさとマオを連れて部屋を後にした。 「おいC.C.!」 「ちょっと!私の魔王って何!私のって!」 虫の居所がひたすら悪いスザクは、普段なら聞き流すようなことにもいちいち突っかかってきていて、L.L.は珍しいその様子に思わず嘆息した。 「スザク、あの魔女の言葉を気にするな。咲世子、お茶を入れてくれ。いったん落ち着こう。な、スザク」 身を起こし、今だ怒りの収まらない様子のスザクの肩に触れながら、にっこりと微笑んだL.L.に、いつもなら笑顔で返すスザクは、不愉快そうに眉を寄せたまま頷いた。 ・・・その怒りで眇めている翡翠が、今にも泣きそうに見えるのは気のせいだろうか。 思わずその頭に手を乗せ、あやす様にそのくるくるでふわふわとしたくせ毛を梳くと、驚いたような目でL.L.を見つめた。 「めずらしいな、お前がこんなに不機嫌でいるなんて、初めて見たよ」 穏やかな眼差しで見つめ、柔らかく微笑みながら、優しくその髪をなでる。 まるで子供が駄々を捏ねているのを見かね、保護者が機嫌取りをしているようだ。 とたんに今まで激昂していた自分が恥ずかしくなり、口を閉ざしたまま俯いた。 優しく撫でられるたびに、抑えきれなくなっていた憤怒が静まっていくから不思議だ。L.L.の手はとても気持ちがよく、スザクはそのまま目を閉じった。 解ってはいるのだ。 L.L.は何も理由がないのに、中華連邦へ行くはずがない。 C.C.が体調は大丈夫だと判断したのだから、L.L.は回復したのだろう。 ジェレミアがどんな状況なのかはよく分からないが、連れていけると判断できるレベルにはあるのだろう。 L.L.は無駄な危険を背負う事などしないのだから。 「すまないな。お前には無理ばかりさせている。遊ぶ暇どころか、一人で自由に使える時間も殆ど無いから、ストレスも溜まっているよな。特区成立までしばらく時間があるから、お前は休め」 「・・・騎士団は、どうするのさ」 いつに無く、小さくて弱々しいその声に、L.L.は眉尻を下げた。 スザクなら大丈夫だろうと、無茶ばかりさせていた。 勝手なイメージだなと、L.L.は心の中で自嘲した。 まだ17歳の少年に、負担をかけすぎていた自覚はある。 自分達の望みを叶えるためとはいえ、無理をさせすぎた。 「C.C.が行ったからな。当分俺たちが行かなくてもいいよう手を打つだろう。どの道、特区で動けなくなったからな」 ここで騎士団が動けば、民衆の支持を失う。 「・・・どうしても・・・」 「・・・ん?」 「どうしても、中華連邦に行かなきゃ駄目なのかな?」 「気になる事があるんだ。今後のためにも、確認をしておきたい」 「他の人を送ればいいじゃないか」 「コードとギアスに関わる事だから、俺かC.C.でなければ調べられない」 「じゃあ、C.C.に行ってもらおうよ」 「ブリタニアにも気になる事があるんだ。優先順位でいうならブリタニアが上だし、それにはマオのギアスが必要だ。だからC.C.に任せるしかない。だから、中華連邦には俺が行くんだ」 「・・・どのぐらい中華連邦に?」 「そうだな、早ければ1週間とかからずに戻れるだろう。遅くても特区までには戻るよ」 俯いたまま口を閉ざしたスザクに、L.L.はますます眉尻を下げた。 精神がずいぶんと不安定になっている。 こんな状態のスザクを置いていく事は不安でしかないが、今のうちに懸念事項を一つでも潰してしまいたい。 それがギアスに関わる事ならば尚更だ。 だから、どうにかスザクを説得し、中華連邦に行かなければならない。 スザクたちが神の遊戯から解放され、明日を迎えるために。 「・・・ああ、そうだ。昨日、水羊羹を作ったんだが食べたか?」 「・・・食べてない」 「そうか、ではお茶うけに用意しよう」 L.L.はスザクに止められないうちにと、そそくさと部屋を後にした。 |