まだ見ぬ明日へ 第66話


目の見えない少女が、突然強い力でその背を押され、バランスを崩した。
彼女の正面には会議用の机。
目の見えない少女にはそれを避ける手は無く、このままではその顔を机の角にぶつけてしまうだろう。
咲世子の手は間に合わない。
悲鳴で駆けつけてきた彼女はまだドアの傍だ。
助けられるのは、自分だけ。

「邪魔!!」
「きゃ!」

スザクは自分とカグヤの間に立ち、邪魔をしているその人物を乱暴に押しのけ、必死にその手を伸ばした。そして、届いた手を勢いよく引っ張り、自分のほうへカグヤを引き寄せる。

「きゃあっ!」

前に倒れていた体が突然横に振られたことで、驚いたカグヤは手にしていたバスケットと杖を落とした。ぽふりと、抱き寄せられたその場所は良く見知った従兄のもの。
逞しいその胸も、抱きしめる力強い腕も、そしてその温かさもよく知っている。
だから、カグヤはほっと息をついた。

「カグヤ、大丈夫!?痛い所は無い?頭、ぶつかって無いよね?」

スザクは慌ててカグヤの顔や体を確認する。
痛がっている様子は無いし、赤くもなって無い。
驚いて呆けてはいるが、問題は無い。
そこまで確認して、ようやくスザクはカグヤを抱きしめ、ほっと息をついた。
あと少しで、その顔面は机の角にぶつかっていただろう。
本当に、ギリギリだったのだ。

「よかった、カグヤ。・・・本当に、良かった」
「危なかったわね今のは。カヤちゃん大丈夫?」

ぎゅっとスザクに抱きしめられているカグヤに、ほっとした声音でミレイは話しかけた。

「大丈夫ですわ。ほら、お兄様、大袈裟すぎますわよ。私は怪我などしておりません」
「それは今、僕が助けたからだろ?」
「ええ、お兄様が助けてくれたから平気ですわ。だから離してくださいませ?」

にっこりとほほ笑みながら、自分を抱きしめ続けるスザクにそういうと「ああ、ごめんねカグヤ」と、スザクは少し恥ずかしかったのだろう、頬を赤らめてカグヤから離れた。

「はいカヤちゃん、杖」
「ありがとうございますシャーリーさん」
「あちゃー、クッキーは諦めるしかないな」

リヴァルが残念そうに言ったその視線の先には、床に散らばるクッキーがあった。
ああ、勿体ない。残念。じゃあ野鳥の餌にしましょう。
カグヤが無事だったのだ。
L.L.には悪いが、こちらは些細なことだ。
ちゃんと謝って、また作ってもらおう。
そこまで確認した後スザクは自分がつき飛ばした人物を思い出し、振り返った。
そこには茫然とした顔で立ちつくしているユーフェミア。

「あ、あの、私」
「ユーフェミア様、申し訳ありませんでした。御身を押しのけるなど」
「御待ちなさいスザク。今のは私が悪いのです。貴方は何も悪くはありません」

スザクの言葉を遮り、ユーフェミアはそう口にした。
皇族に害をなしたのだ。
それは重罪。処罰の対象だという事をここに居る誰もが知っていた。

「ですがユーフェミア様」
「スザク、貴方のおかげで、貴方の妹を傷つけずに済みました。ありがとうございます」
「・・・いえ、妹を守るのは当然ですから」
「ええ、ですから今の事は不問とします。皆さんも口外しないようにしてくださいね」

どこからこの話が漏れ、スザクを罰せよと皇族を崇める者が騒ぐ可能性がある。
その事は理解しているのだろうユーフェミアは、穏やかな口調でそう言った。
皇族がそう言ったのだから、臣民は従う。
スザクはカグヤの手を引き、自分の傍の席に座らせると、再びユーフェミアに向き直った。

「ユーフェミア様、何かお急ぎだったようですが、いかがしました?」

その声には硬質な物が含まれており、口調もいつもと違い丁寧だった。いつもであればユーフェミアは、ユフィと呼んでください。とか、普通に話してくださいとスザクに詰め寄る所なのだが、やはり今のショックを引きずっているのだろう、その事には気づかないのか特に言及せず「ああ、そうでした」と、その顔に笑顔を乗せた。

「行政特区のお話できました。スザク、カグヤ、そして生徒会のみなさん。ぜひ行政特区に参加してください」

にこやかな笑みで放たれたその言葉は、皇族による命令と変わらない。
臣民に逆らう事、断る事は許されない。
その事に、この皇女は気づいているのだろうか。
いつもであれば軽く流し、うやむやにすることもできただろうが、スザクはストレスを貯め込み過ぎていた。L.L.のおかげで多少は癒せているが、それでもイライラは募り、その上今の暴挙だ。もう少しでスザクが守り続けていた宝に新たな傷がつくところだったのだ。だが、相手は皇女。押さえろと、表面的な笑顔を繕いながら、スザクは自分の怒りを必死に鎮めていた。
彼女もまた、自分の守りたい相手なのだ。
こんな感情、向けてはいけない。
その事に気づく様子の無いユーフェミアは、咲世子が用意した紅茶を口に含むと、にこやかな笑みで全員を一度見渡した。

「学園祭の時に私が話したのを覚えていますか?行政特区日本、日本人もブリタニア人も仲良く暮らせる場所なのです」

忘れるはずなど無い。
あの日初めて、スザクはユーフェミアを敵と認識したのだから。

「忘れるはずなどありませんわ。あの日ユーフェミア様が宣言をされたことで、学園祭は中止となりましたもの」

スザクはその言葉にはっとし、隣に座るカグヤを見た。
にこにこと笑顔ではあるが、長年一緒に居るスザクと咲世子には解った。
これは、拙いと。

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