まだ見ぬ明日へ 第67話


「学園祭が中止に?どうしてですか?あんなに皆さん楽しんでいたじゃないですか」

心底不思議そうな顔の彼女は、本当に解っていないようで。
自分の行動がどのような結果を招くのか、どれだけ周りに被害を与えるものなのかを一切理解していない事だけは全員に伝わった。
副総督としての公務がある彼女は毎日登校しているわけではないが、この日のために生徒達が知恵を出し合い、放課後も残って作業をし、その日に挑んだか見ていたうえで及んだ暴挙。
本来であれば2日間開催される学園祭が半日で終わった原因だというのに、当の本人はその理由が解らないというのだから、まさに空いた口がふさがらない状態だった。
先ほどの行動もそう。スザクだけを視界に入れ、傍に居たカグヤは見えていない。
彼女は自分の目指す物以外、周りが見えなくなるタイプなのだ。

「ではお聞きしますが、あの日のメインイベントである世界一のピザ作りがどうして失敗したか、その理由はご存じですの?」

にこにこと笑顔で、だがその胸の内には怒りの炎を燃やして少女は尋ねた。

「え?失敗したのですか?どうして?」

本当に解らないという声で、ユーフェミアは首を傾げて尋ねた。

「その日、本来いらっしゃらないはずだった、どこかの国のお姫様が突然現れたからですわ。あの時丁度巨大ピザをまわしていましたよね?ですが、そのお姫様に気づいた民衆のおかげで周りは騒然となり、集中してピザなど作れる状況では無くなった。ご自身が何に助けられたのかお忘れですか?あれで、ピザをまわしていたのですよ?」

カグヤの言葉に、ユーフェミアが思い出したかのように「あっ」と声を上げたことで、ああ本当に気付いていなかったんだと周りは呆れかえった。

「あ・・・そ、そうでした。ごめんなさい。見つかるとは思わなくて」
「でも、見つかりましたわ。その可能性も考えず、碌な護衛も無く、テロリストが居るかもしれない場所に来るなんて危機意識が足りなすぎますわね」
「そ、それは。アッシュフォードは警備が万全で、私が通学できるぐらい安全だから」
「その安全は、部外者が立ちいる事の出来ない日限定では?あれだけ部外者の居る学園祭でも万全だと?それが無理だからこそ、参加を控えてほしいと、何かあったらアッシュフォードの責任となってしまうからと、ミレイさんやお兄様たちに説得されていたと、記憶しておりますが、私の思い違いでしょうか?」
「カグヤ、もういいだろ?相手は皇女殿下だ」

これ以上は拙いと、カグヤをたしなめた。カグヤと同じく内心いら立っているスザクだったが、さすがにここで皇女を敵に回すのは得策ではない。

「そうでしたわね、皇女様にこれ以上言ってしまうと、皇族侮辱罪に問われてしまいますわね。口のきき方や話す内容にも注意しなければならなかったのでした。大変失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんユーフェミア皇女殿下」

にっこりと、それでいて敵意をこめたカグヤの発言に、ユーフェミアはどうしてこんなことをスザクの妹に言われているのだろうと、困惑した表情を顔に浮かべた。

「い、いえ、気にしないで。学園に居る時はただのユフィですから」

何を言っても不問にします。
その言葉に、カグヤはニッコリと笑顔で頷いた。
皇族という立場を強調すれば、ユーフェミアがそう返すことがわかった上での発言。
カグヤが今この場で欲しかった言葉。

「では、その唯のユフィにお聞きしますわ。学園祭という小規模のイベントが突然中止となっただけで、これだけの雑務が増えますの。そうですわね、すでに処理の終わった内容では有りますが、先ほどのピザを例にしましょう。失敗した以上大量の食材が余ったわけですが、それらを腐らせずに消費する方法を考え、それを決行させるだけでもかなりの時間と労力を必要とする事はお分かりになります?クラスの出し物で食材を扱っていた所の分も考えなくてはいけなかったのですよ?ああ、目の見えるユフィなら、書類の量は解りますわね?皆さんの連日の努力の甲斐があり、ここまで減ったのです」

にっこりとほほ笑みながら、カグヤはその手を机の上に向けた。
彼女の眼はみえないが、紙の音や周りの発言で、どれだけの仕事があるかおおよその見当はついていた。うながされれるままユーフェミアが机を見ると、書類の山が出来ており、その時初めてユーフェミアは申し訳なさそうな表情となった。

「たった二日間、そして学園内という限定された環境でさえ、これだけの仕事が増えるのです。では、行政特区日本を設立する、となると、その仕事量は膨大となったはずです。その上、設立までの日数は驚くほど短い物ですから、関係者は皆寝る間を惜しんで仕事をされているはずですわ?だというのに、行政特区建設の指揮をされているはずのユーフェミア様は、わざわざ学園まで足を向け、私たちを行政特区にと説得されるなんて、どうやってそんな時間を作られたのですの?」

にっこりと愛らしい笑顔と優しい声で、カグヤは尋ねた。
穏やかな空気に騙されてしまうが、言っていることはかなり辛辣だった。
だが、ユーフェミアは自分の仕事を皆に知ってもらえると、強張った表情から一転にこやかな笑顔を浮かべ、答えた。

「そうなんです。私が行政特区の構想案を作り、その指示を出しているんですよ。私の思う特区のために、皆協力してくれているんです。とても素敵な場所になりますから、皆さんにも参加して欲しくて、直接どうしても話をしたかったの。だから、お願いして今日は半日お休みを頂きました」

きっと皆さんも気に入ります。
自信に満ちたその言葉に、自分が聞いたことの意味を理解してもらえていないことにカグヤは気がついた。嫌味を込めた言葉なのに、どうして気づいてくれないのだろう。

「・・・まさか、大まかな内容だけ案として出して、細かな物はすべて部下任せ、という事ではありませんよね?見てください、この学園のトップであり、学園の指揮をとられるミレイさんでさえ、連日こうして残務をこなしていますわ。今、本来であればユーフェミア様は、これ以上の書類に埋もれ、その決済を行っているはずでは?」
「え?いえ、私は」
「それに、私気になっている事があるのです。多分お兄様たちも気になっている事だと思うのですが、行政特区設立の資金は、どこから出た物ですの?」

驚いた表情で、ユーフェミアは否定の言葉を紡ごうとしたが、カグヤはそれを遮った。
この短いやり取りでわかったことが有る。
ユーフェミアの元にまともな決済の書類など届く事は無く、数枚の、ただ承認印を押せば終わる程度の物だけが彼女に回されるのだろう。 そうでなければ、こんな場所に来れるはずがないのだから。
だから、彼女の発言になど興味も意味も無い。

「え?」
「ですから、運営資金ですわ」

そのカグヤの言葉に、予想外の質問だと言わんばかりにユーフェミアは目を見開き驚きの声を上げた。

「まず、あの地域一帯に住んでいる方を転居させなければいけませんわ。相手がイレブンだからと、何も支払わずに今すぐ出ていけ、なんて手荒なまねはしないでしょう?そして荒廃し、瓦礫も多いあの地域に人が住めるような環境を整える必要があります。何せ100万人ですから。ライフラインの整備もそうですが、お店なども必要ですわ。仕事をする場所も作らなければならないでしょう?それらを誘致するにもお金は必要ですよね?私が想像することも出来ないほど膨大な資金ですわ。それをこんな短期間で用意されるなんて、凄いですわ。いったいどこから出したんですの?」
「え、と、それは」

予想通りの反応。
やはりそこまで考えず、ただ皇族として命令だけして終わっているのだ。

「そう言えば来月から増税されるそうですね。私たちも増税がされますが、イレブンにはかなりの重税ですわ。イレブンのための場所を作るのだから、その資金はイレブンに出せという事でしょうか?この増税のせいで、イレブンが更にブリタニア人の暴力による被害にあう事は明白。それを解った上で、行われるんですよね?」
「え?そんな話、増税など私は許可していません!」

ユーフェミアはさっと顔いろをかえ、強い否定の声を上げた。

「・・・まさか、増税の話を知らないんですの?」

その内容に、ユーフェミアの発言を許さない勢いで話し続けていたカグヤは、眉根を寄せ、その口を閉ざした。ここ数日、新聞でもテレビでも大々的に取り上げられている内容だというのに、それさえも知らないなんて。呆れてものが言えないとはこういう事なのかと、カグヤは眉を寄せ、困惑した表情のお姫様を伺った。

「・・・ユフィ、ごめんね。カグヤ、もういいだろう?」
「ええ、すみませんユーフェミア様。口が過ぎました」

呆れてものが言えなかったのはどうやらスザクも同じで、それでも立ち直りの早い彼は、まず妹の非礼を詫びた。カグヤはこれ以上話しても無駄だと諦め、スザクと共に深く頭を下げた。

「いいえ、いいのです。それより増税の話ですが、本当ですか?」
「ユフィ、本当に知らないの?連日ニュースで取り上げられているじゃないか。新聞にも必ず載っているよ?」
「え?そ、そうなのですか?誰がったい・・・まさか、お兄様?」

なんてひどい事を、とでも言いそうなユーフェミアに、スザクは思わず眉を寄せた。

「カグヤも今言ったけど、行政特区を成立させるためにはたくさんお金がいるし、維持するのにもお金はかかる。増税は当然の選択だと思うよ」

困惑しているユーフェミアに、スザクは優しい声音でそう教えた。だが内心はカグヤではないが、自分の中に渦巻くこの怒りを怒鳴り散らしたい気分だった。
何も、考えていないのだ、この皇女は。
自分の願いを、目指す結果だけを指示しその後の事は丸投げしているのだ。
だから、それに沿えるよう部下が、あるいは総督が根回しし、どうにか形を作ろうとしている。ゲットー復興計画の為に用意されていた税金はその資金に充てられることも発表されていた。クロヴィスが進めていたレジャー施設も、一時工事が中断されるという。そうやってどうにか資金をひねり出しているのだがそれでも足りない。
これだけの計画であれば、何年も掛けて準備をするというのに、ユーフェミアは記者の質問に、行政特区設立の式典をいつ頃行うかまで口にしてしまったのだ。
皇族が発表した以上、実現をさせなければならない。
失敗などあってはならないから、おそらくクロヴィスでさえ休むことなく案を練っているだろう。だが、当の本人はそれに気づくこと無く、自分の発言が実現されるのに、どれほどの犠牲が必要なのかも気づいていない。
呆れてしまい、でも下手な発言は出来ないと他の生徒会メンバーは全員口をつぐみ、スザクとカグヤ、ユーフェミアを見つめた。

「ユフィ。行政特区だけど、僕たちは参加しない。僕たちに行く理由は無いし、何より君が区長である間だけ維持される特区に行く意味は無いからね」
「え?それはどういう意味ですか?」

ユーフェミアが区長の間だけ維持される。
資金面だけでもこれなのだ、その理由に彼女が至れるはずがない。
だから、スザクははっきりとその言葉を口にした。

「考えれば解るだろ?その特区はブリタニアの皇女殿下、それもイレブンに対しても優しい治世のとれる者が区長でいる間だけしか維持されないんだよ?ブリタニア側には何の利にもならないし、行政特区を日本人だけで維持する事は出来ないからね。ああ、でももし君が今のように皇女ではなく唯のユフィとして区長になる、というのであれば、おそらく3ヶ月と持たずに行政特区は無くなるんじゃないかな」
「どうしてですか!?」
「今言った通りだよ?あくまでもブリタニアの皇女殿下が統治する特区だから、形になるんだ。皇女殿下が進める政策を失敗させないために、多くのブリタニア人が動くからね。特に今頃、君の後ろ盾である貴族は必死に資金を集めて人員を動かしているはずだ。皇族では無い者がトップに立てば、当然動く者はいなくなる。だから君はあの特区を少しでも長く維持させたいなら、絶対に区長の地位を手放してはいけないよ」

スザクの言葉に、ユーフェミアは顔色を無くした。

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