まだ見ぬ明日へ 第68話


迎えに来るはずのスザクが来れなくなったという連絡を受け、調整を終えたジェレミアと共にクラブハウスへ戻ってきたL.L.の思考は今、完全に停止していた。
玄関を潜った途端に、自分と背丈の変わらない、いい年をした男が眉尻を下げ、まるで迷子の子犬のような表情で抱きついてきて、L.L.は何があったんだと困惑しながら、自分より逞しいその体を抱き返した。

「L.L.・・・僕もう疲れたよ・・・」
「あ、ああ、そうみたいだな。どうしたんだ一体」

ぐったりと力なく寄りかかり、首元に顔をうずめ呟いた男を宥めるようにその背中を撫でながら、説明してくれと、近くに居たカグヤへ視線を向けるが、カグヤもまた背中からL.L.の腰に腕を回し抱きついた。

「私も限界ですわっ!もうどうしてくれましょう!」
「なっ、カグヤもか!?どうしたんだ、何があった!?」

二人の予想外の態度に、L.L.は更に困惑し、助けを請うように咲世子を見つめた。

「ユーフェミア皇女殿下が原因でございます」

その名前を聞いた瞬間、ああ、ストレスの限界が来たのかと二人の頭を優しく撫でた。
玄関に立ったままでいる訳にはいかない。
まずはお茶でも飲みながらジェレミアの紹介をしようと、リビングに移動し、三人かけのソファーの中央に咲世子に促されるまま座ると、右にスザク、左にカグヤが座り、やはりそのまま抱きついてきた。

「・・・なんだこの状況は」
「しばらく我慢してL.L.」
「少しこのままでいさせてください」
「・・・ああ。それは構わないが、本当にどうしたんだ二人とも」

今までに無い状況に困惑しているL.L.は、とりあえずよしよしと二人の頭を撫でる。
そんな三人の正面のソファーにジェレミアが座っており、優しい眼差しでこちらを見ていた。元々純血派の軍人だというのに、給仕をする咲世子にも丁寧に対応していて、思わず安堵の息をついた。

「すまないな、ジェレミア。話に少し時間がかかりそうだ。今までこんな事は無かったのだが」
「いえ、私は今日よりL.L.様の部下でございます。私の事はどうかお気になさらず」

ジェレミアは笑顔を崩すことなく、優しい声音でそう答えた。

「咲世子、何があったか説明してもらえないか?ユーフェミアがまた何かしたのか?」
「今の状況のお話でしたら、私が提案いたしました。お二人はストレスの限界を超えられていまして、先ほどまで些細なことでも言い争いをされていました。そこで、そのささくれた心を癒やすために、L.L.様が戻られたら、お二人とも抱きつかれてみてはいかがですかと」
「なんだそれは」
「L.L.様の癒し効果は絶大ですから」

予想外の咲世子の言葉に、思わず眉を寄せると、左右に居る二人が抱きしめる腕の力を若干緩めた。先ほどのピリピリとした泣きそうな表情とは違い、二人とも頬を若干染め笑っているので、多少は落ち着いてきたことで、これはそれなりに恥ずかしい事だと気づいたようだった。

「でも思った以上に効果あるよこれ。なんか安心する。君が生きてるって解るからかな?」

二度も目の前で死なれたからね。と、スザクは苦笑した。

「本当ですわね。こうしていると、なんだか落ち着きますわ。ずっと昔もこうやってL.L.に抱きついた事がある気がします」

二人の声音も先ほどとは違い穏やかになっており、まあ、理由は解らないがこの程度で落ち着くなら安い物だと、L.L.は二人の頭をなで続けた。人の体温は涙に効くと言うから、同じように癒しの効果があるのかもしれない。従兄妹とはいえ互いに抱き合うのに抵抗があったのかもしれないし、咲世子は女性だからスザクは遠慮するだろう。
だから俺かと、L.L.は結論を出した。
それに、幼いころから隠れて生きている従兄妹は、大人の愛情に飢えている。だからこうして幼子のように甘えることで、満たされる物があるのかもしれない。

「少し落ち着いたのなら、説明をしてくれないか?何があったんだ」
「ユーフェミアが今日生徒会室にきましたの。私たちに行政特区に参加してほしいと言ってきたんですわ」

カグヤは再び眉間に皺を寄せると、ぎゅっとL.L.に抱きついた。

「ユーフェミアが?お前たちに?」
「僕たちというか、生徒会全員にだね。ああ、断ったよちゃんと」
「唯のユフィからの申し出ですもの。断っても何も問題は無い筈ですわ」

再び険しい顔をしたスザクもまた、ぎゅっとL.L.に回している腕に力を込めた。

「それに、彼女は自分の希望を発言するだけで、書類仕事を一切していないどころか、来月からの増税さえ知らなかったんだよ。お金が湯水のごとく湧いてくると思ったのかな。ああ、もう、さっきの彼女の反応思い出しただけでイライラする」

可愛さ余って憎さ百倍という言葉がある様に、今のスザクはユーフェミアに対し、守りたいという気持ちはもちろんあるが、それ以上にいら立ちのほうが大きくなっていた。

「増税は至る所で取り上げられている。それを知らないだと?」
「私は許可していませんって言ってましたわ」

そのカグヤの言葉にL.L.は眉を寄せた。為政者であるなら、世間のニュースには敏感でなければならない。ましてや自分が立ちあげた政策に関わるものなのだ。知らないで済ませられる事ではない。

「それだけじゃないんだ。カグヤの背中に勢いよくぶつかって、もう少しでカグヤの顔、テーブルにぶつけるところだったし、周り見えてなさすぎるんだよ」
「なっ!カグヤ、大丈夫だったのか!?」

スザクの発言に慌てたL.L.は二人をなでる手を止め、カグヤの顔に手を添えた。
じっくりと見て確かめるが、怪我をしている様子はない。

「ああ、良かった。怪我はなさそうだな」
「僕が傍にいるんだから大丈夫に決まってるだろ。でも危なかったなー、丁度邪魔な位置にユフィがいたし」

思わずつき飛ばしちゃったよ。
そう言いながら、スザクは再び自分も構って欲しいと言いたげにL.L.の肩口に甘えるように顔を埋めたので、L.L.はその背を優しく撫でた。
失礼だとは思ったが、咲世子の目には、愛情に飢えた犬二匹が主人に構って欲しくてべったりくっついているように見えた。穏やかな表情の二人に、自分の判断に間違いはなかったと内心ガッツポーズをしていた。
すると、カグヤは思い出したかのように、ああ、と声を上げた。

「そうでした。ごめんなさいL.L.。今朝焼いてくださったクッキー、その時に落として駄目にしてしまいましたの」
「なんだ、そんなことか。気にしなくていいよカグヤ。また焼けばいいだけだ」
「生徒会の皆さんもがっかりしてましたわ。是非皆さんの分もお願いします」
「ああ、解っているよ。中華連邦から戻ったら、皆の分も作ろう」

良かったと満面の笑みを返したカグヤは、ようやくL.L.から離れた。

「枢木のお兄様。いい加減にL.L.を解放しませんこと?またL.L.が疲労で倒れてしまいますわ」

その言葉に、渋々スザクは離れたが、それまで静かにしていたジェレミアは、驚き、慌てて腰を浮かせた。

「なっ、L.L.様お倒れになったのですか!?そんな事とはつゆ知らず、私などの調整に遠くまでご足労いただいてしまうとは、何たる失態!」
「別に倒れてなどいない。あれは、その、単に起きれなかっただけで何も問題はない」

それ以前に体調不良でも無く、ただ精神が体に無かっただけなのだが、それを口にする事は出来ないため、L.L.は珍しく口ごもった。

「起きれなかっただけでも十分に問題ではありませんか!明日から長時間移動することになるのですから、今日は早くにお休みになってください!」
「ああ、解った。解ったから落ち着けジェレミア。お前の調整は粗方済んだが、あまり興奮すると不具合が起きかねない」
「はっ、そうでありました。申し訳ありません、思わず取り乱してしまいました」

ジェレミアは、心配そうな顔のまま、それでも大人しくソファーに座った。
そしてようやく、ジェレミアをカグヤと咲世子に紹介し、明日からジュリアスの叔父として同行する旨を伝えた。元純血派でブリタニアの軍人という話は前々からしていたが、本来敵である黒の騎士団に救われたからと言って、そのような人物を信用するのはどうなんだろうと、カグヤは不安げに眉を寄せた。

「カグヤ、心配なのはよくわかるが、俺がお前たちを任せると決めたジェレミアを信じてはくれないか?」

それはかつて咲世子に対し、L.L.を信用して欲しいとカグヤが口にした言葉。

「そうですわね。L.L.が私と枢木のお兄様を危険にさらすとは思えませんわ。よろしくお願いしますジェレミアさん」
「ありがとう、カグヤ」
「ご期待に沿えるよう、全力でお守りいたします」

ジェレミアの頼もしいその言葉に、カグヤはにっこりとほほ笑んだ。

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