まだ見ぬ明日へ 第72話 |
携帯に緊急連絡のメッセージが入っており、すぐに立ち上げられたパソコンで、黒の騎士団が誇る最高の技術がつめ込まれた通信画面が開かれた。 そこに映ったのは黄緑色の長い髪を持つ美少女と、その背にはぐすぐすと泣き続けて、縋る様に彼女に抱きついている長身の男。 マオのギアスを使うと言っていたから、おそらくマオはそのギアスで人の醜い部分を見続けたのだろう。そして何か心を不安定にさせるほどのものを見て苦しんでいるのだと言う事は容易に想像できた。だが、苦しんでいるのはこちらも同じだと、スザクは不愉快そうに顔を歪めていた。 『どうした枢木スザク。何かあったのか?妙な顔をして』 「・・・いや、それが、その」 スザクは、どう話せばいいのか困惑した顔でそうつぶやいたとき、後ろから明るい声が聞こえてきた。 その声に、スザクの顔はますます面白くないと言いたげになり、C.C.は眉を寄せたが、すぐにその理由に思い当たった。 「こら、動くなロロ。危ないだろう?」 「ごめんね兄さん。くすぐったくて」 その声に、C.C.は視線をスザクの後ろに移動させると、そこには少年の髪を切っている見慣れた男の姿が映っていた。成程、今度はそういうイレギュラーが起きたか。 マオがこういう状況で現れたのだから、無い話では無いなとC.C.は嘆息した。 甘ったるい声と甘ったるい笑顔で、弟の髪を切る男。ああ、懐かしいな。懐かしいが、完全に自分たちの世界に入り込んでいるなとC.C.は嘆息した。それを何か勘違いしたらしいスザクは、状況を説明しなきゃと口を開くが、上手く言葉にならないようだった。 「あー、えっと、あの少年は・・・」 『・・・いや、皆まで言うな枢木スザク。お前の気持ちは察した』 「え?あ、解るんだ?」 『どうしてこういう状況になったかは、後でL.L.から聞くが、お前たちに一言言っておく事がある』 珍しく真剣な声音のC.C.に、スザク、カグヤ、咲世子、ジェレミアは息をのんだ。 『いいかよく聞け。L.L.は極度のブラコンだ』 「・・・は?」 思わず間の抜けた声でポカンと口を開けたスザクに、まあ、そういう反応になるだろうなとC.C.は目を細めた。 『更に言うなら、それを遥かに上回るほどの重度のシスコンだ。いいか、今のあの光景は、あいつらの、ごく当たり前の日常風景だからな。諦めて慣れろ』 シスコンにブラコン。 あのL.L.からはとても想像できない単語が飛び出し、スザクは軽く混乱した。 「・・・え?えええっ!?って待って、C.C.もあの弟を知ってるの?ってか血の繋がりは無いんだよね?」 『・・・そうだな。だが、あのロロはL.L.の血の繋がった妹にそっくりだ。いいか、血の繋がりの無い偽りの弟でこれだからな。妹相手になれば、こんなものではなかったからな』 「これよりって、想像できないんだけど!?」 甘ったるい二人だけの世界に入っているL.L.とロロを見ながら、スザクは困惑した声でそう言った。 『その気持ちは解るが・・・そうだな。L.L.は自分の妹以上に可憐で清楚で御淑やかで愛らしい女性はいないと言い切る男だ。理想はと聞かれれば迷うことなく妹だと断言するぞ』 妹は嫁には出さない、一生自分が守ると臆面もなく言う男だ。 「ええええ!?」 そんな話を今までした事はなかったが、まさかそんな。 だからカグヤにも甘いのか!? 『そして妹もそれに負けないブラコンだ。理想は兄で、兄さえいれば他に何もいらないと言い切るからな。ああ、そこにいるロロも十分ブラコンだが、妹には負けるぞ』 これに勝つってどれだけなんだろう。そして理想が兄妹って何!? 自分も十分シスコンではあるが、L.L.の足元には到底及ばない。 何か世界が違う。 違いすぎる。 というか、L.L.はまあいいとして、何で兄の言葉に弟が頬を赤らめているんだよ!? それってホントに兄弟の枠に入ってるの!? 困惑しながら辺りを見回すと、カグヤはポカンと口を開けて驚き、流石大人というべきかジェレミアと咲世子は静かに笑っていた。 『ロロはL.L.の敵であれば、友であれ、家族であれ、たとえ私であっても排除しようとする性格だ。あれの見た目に騙されるなよ。・・・L.L.を呼んでくれ。もう終わったようだしな』 みると、髪を切り終わったらしく、テキパキと二人で談笑しながら後片付けをしていた。そのL.L.の表情は柔らかく、今まで見た事のない甘い笑みと声音で、まるで別人のようにも見えた。 「L.L.、C.C.が呼んでるよ」 思わず低い声でそう告げると、L.L.はすぐにこちらにやってきた。 その表情は既にいつものL.L.で、切り替えの速さに呆れて声も出なかった。 『相変わらずだなL.L.。あまりロロを甘やかすなよ?』 「甘やかしてなどいない。それで?何か収穫はあったようだな」 L.L.の声に安心したのか、C.C.の背に隠れていたマオが視線をこちらに向けてきた。 『ああ、想定外の事態だ。私達はこれからここを発ち、日本に戻る』 「解った。俺もすぐに戻ろう」 『その前に確認しておくが、ロロは持っているのか』 何を、とは言わなかったが、L.L.にはそれで通じた。 「ああ」 『そうか。ならば、無理はさせるな』 「わかっているさ」 『では、日本で会おう』 そう言うと、通信回線は切断された。 「スザク、カグヤ。予定より早いが、明日帰国する」 予定は1週間だったが、3日も早めての帰国となる。それを申し訳なさそうに口にする彼に、スザクは迷うことなく首を縦に振った。 「それはいいけど、もう少し解るように説明してくれないかな。大体君、遺跡に行ったんだよね?どうしてそこで弟が増える訳?」 C.C.も知っている弟なのはわかったが、それでも納得いかないと言う表情で、スザクはL.L.の隣に座ると、そう尋ねた。ちなみにその逆隣はカグヤが居たので、ロロは自分が横に座れなかったことで、あからさまに不愉快そうな視線を向けてきたが、スザクは気にしなかった。 「御茶を淹れましょう。ロロ様も空いている席に御座りください」 咲世子にそう促され、仕方なくロロはジェレミアの横の席に座った。 そこはL.L.の正面の席なので、スザクとしては何となく不愉快だったが、意識しないよう努めた。 「スザク、ジェレミアが人工的に作られたギアスユーザーだと言う事は理解しているな?」 C.C.の遺伝子を埋め込まれ、人工ギアスをその身に宿したジェレミアへ視線を向け、もちろん。と、スザクは頷いた。 「あれは元々クロヴィスの機関が行っていた研究だが、皇帝もまた同じくギアスの研究を行っていた。その施設が中華連邦の遺跡にあった。ロロはその研究機関でギアスの実験体として集められた一人だ」 それはつまり彼もまたギアスの人体実験の被害者という事だった。 「研究機関!?それ、大丈夫だったの!?」 クロヴィスの研究機関でさえ武装した軍人が警備していたのだ。スザクはL.L.とジェレミアが無事だった事は解っているが、そう口に出さずにはいられなかった。同じ気持ちだったのだろう、カグヤも心配そうな顔をL.L.に向けていた。 それに返事をしたのはL.L.ではなくロロだった。 「問題ありません。あの場にいた者は全員僕が殺しました。資料に関しては兄さんが全て抹消し、遺跡も現在使用不能です。貴方に心配されるような問題など何もありません」 先ほどの甘やかさなど欠片も無い冷たい視線と淡々とした声音でロロは告げた。 その変わり身の早さは確かに兄弟と言われれば納得できるものだった。 まるでスザクに敵意を持っているような眼差しに、スザクも思わず睨み返した。 「今、全員殺したって言ったのかな?」 「ええ、言いました。施設に潜入した兄さんを殺そうとした連中ですから死んで当然です」 当たり前のように言われた返答に、スザクは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。その目には罪悪感など欠片も無く、命を奪う事に何も感情が揺れない事が見て取れた。 先ほどC.C.が、ロロはL.L.の敵は排除すると言ったのはこういう事なのかと、理解はしたが、受け入れる事は出来なかった。 「あっさり言うんだね。君は人を殺した事を何とも思わないのかな」 「思いません。僕は人を殺すための道具ですから」 淡々と話すその言葉に、スザクは眉を寄せた。 迷いも何も無い、ただの事実として自らを人を殺す道具だと言ったのだ。 彼はどのような教育をうけて成長したのだろうか。 少なくても、L.L.の元で成長したのなら、このような思考にはならないはずだ。 再会したことで喜ぶのではなく思考を停止させたL.L.。 殺人を悪とは思わず、道具として成長したロロ。 違和感しか感じられないのに、二人は・・・いやC.C.を含め三人はL.L.とロロは兄弟で、周りが引くレベルでのブラコンだと認めている。 いくら考えても、この状況に納得などできない。 「ロロ、その言い方はやめるんだ。お前はもう、誰も殺さなくていい。響団の研究員だって、お前が手を汚す必要はなかったんだ」 「うん、解ってるよ兄さん。でも、僕がやらなかったら兄さんがやってたでしょ?だってあの施設は残してはおけないもの。僕ならあの施設内にいる全員の顔が解るし、取りこぼす事も無いよ?」 「そうだが・・・」 悲しげな表情のL.L.に、そんな顔させたくないのにと言いたげな視線を向けていたロロは、はっと気づいたように話題を変えてきた。 「そうだ兄さん、僕不思議に思っている事があるんだけど聞いていい?」 にっこりと笑顔でいうロロは、完全に今の話題を切り替える目的で話しをふっていた。 「何だい?」 言ってごらん。と、甘ったるい笑顔と声でL.L.は言った。 「兄さん、どうしてL.L.って名乗ってるの?まるでC.C.やV.V.みたいだよ?それに何で枢木スザクと皇カグヤが兄さんと一緒なの?ジェレミアと咲世子は解るけど、カグヤはともかく枢」 ガタン、と大きな音がし、そちらを向くと勢いよく立ちあがったL.L.がそこにいて、その顔が僅かに強張り青ざめていた。 大きな音は、彼が立ち上がったことで倒れた椅子。 ロロは思わぬ兄の反応にその大きな眼を瞬き、口をポカンと開けていた。 「ロロ、奥の部屋へ。スザク、カグヤ、すまないが少し失礼する」 L.L.のその変化に困惑するロロの手を引き、倒れた椅子もそのままに二人は奥の部屋へと姿を消した。あまりにもおかしなL.L.の反応に、皆言葉を無くしていた。 「・・・まただ。どうして僕たちの名前を?」 ロロはL.L.やC.C.と同様、スザクとカグヤのフルネームと、その出生を知っているようだった。そしてカグヤはともかくスザクは、というのはどんな意味が? マオの時もそうだった。L.L.の名前にマオは不思議そうな顔をしていて、それはつまりロロもまた彼の名を知る者だと言う事を示していた。 L.L.ではない、彼の本当の名を。 「それだけではありませんわ。今ロロは言ってました。V.V.と。つまりC.C.とL.L.以外にも不老不死の者がいると言う事ではありませんか?」 |