まだ見ぬ明日へ 第74話 |
空港にたどり着くと、そこは物々しい空気が漂っていた。 厳重な警備、多くの報道陣。 いったい何が起きたんだと、L.L.は眼鏡の向こうで目を細めた。 念のため全員さり気ない変装をしているから、知り合いが見ても一見本人とは分からないはずだ。だから撮影されても問題はないのだが、この騒ぎの理由が解らない以上身動きが取れない。念のため早めに空港に来たから、出国手続きには十分間に合うが、イレギュラーが起こったら洒落にならないと、L.L.は手近な喫茶店に入り、全員にここで待つよう言ってからその場を離れた。 「何の騒ぎだろうねこれ」 「・・・俺は待っているよう言ったはずだが?」 「うん。でも君ひとりじゃ危険だろ?みんなには動かないよう言ったから大丈夫だよ」 大きめのサングラスに隠れて解らないが、にこにこと笑みを乗せたスザクが後ろからついてきていて、L.L.は思わず嘆息した。 先ほどまで不愉快そうな顔をしていたのに、今は妙に機嫌がいいのも気になったが、今はこの騒ぎが先だと判断し、勝手にしろと、言い捨てて足を動かした。 人だかりに阻まれそこから先には行けず、カメラのフラッシュから芸能人でも来ているのかと思い、手近な人物に話しかけることにした。 中華連邦の言葉も流暢に話すL.L.に驚きの眼差しを向けていたスザクは、ふと辺りを見回した。何か嫌な気配を感じた気がするのだ。 これは、駄目だ。 ここにいたら何か駄目な気がする。 心がざわざわして、落ち着かない。 まるで誰かが、すぐにここから離れろと警告しているようだった。 理由は解らないがここは危険だと察し、スザクはだんだんと人に囲まれる形になってきたL.L.の腕を引っ張り、有無を言わせずその場を離れた。 「スザク!?」 話をしている最中に急に腕を引かれ、バランスを崩しながらも付いて来たL.L.はスザクの突然の行動に驚き、目を白黒させていた。 「ん?ちょっとここから離れよう。なんかここは居ちゃいけない」 気持ち悪いほど胸がざわつく。早く早くと急かされているようだった。 「勘か?」 「うん、凄く嫌な感じなんだ」 「そうか。なら離れよう」 スザクに引きずられる形だったL.L.は頷くと、スザクの横を並び歩いた。 「ちなみに、何が嫌だったんだ?」 「ん~難しいな。なんか、あの人だかりは関わっちゃいけない気がするんだ。何て言うのかな、見つかったら拙い?って感じかな?」 う~ん、と唸り上がら話すスザクに、L.L.は眉を寄せながらそうかと答えた。勘というものに頼った事など無いが、スザクの嫌な予感は不思議と当たる気がする。 だから軽く見る訳にはいかないのだ。 今は少しでも危険なことがあるなら避けて通らなければならない。 本来は死んでいなければならない人間を連れて歩いているのだから。 「で、何か聞き出せた?」 「残念ながら、あの辺りにいた者は俺たちと同じ野次馬だった」 人集りやカメラのフラッシュに何かあったのかと集まっていた人々。 ああやっぱりね。と思いながらスザクは歩みを進めた。 L.L.に話しかけられたことで頬を赤らめていた男、そしてL.L.に気づき、囲み始めた人たちを思い出すと、無性に腹立たしく感じて思わず声も低くなる。 どれほど変装していても、L.L.の存在感は人を引き付ける。 惹きつけられた者達は、どうにかしてL.L.を自分のものにという欲に目をギラつかせるから、スザクや周りにいる者には気が気じゃない。 そんな状況に気づいていないのは当事者であるL.L.だけだろう。 「ふ~ん、まあいいや。手続き済ませて、早くここを離れよう」 「それも勘か?」 「なんか、それが一番いいと思うんだよね・・・って、え?」 突然L.L.が手を繋いできたので、スザクは驚き隣を振り向いた。だが、L.L.は片手に携帯を持ち何やら打ち込み始めていて、ようはそちらに集中するから、不振がられないよう引っ張っていけと言う言外の指示だったらしく、スザクは内心ガッカリしながらもその手をしっかりと握りしめ、携帯に集中するL.L.が人にぶつからないよう注意しながら歩き始めた。 L.L.は帽子と長い前髪、そして色の入った眼鏡で顔を隠し、何かあった時にカグヤを連れて歩けるよう、性別が分かりにくい服装をしていた。早い話、カグヤを連れて女子トイレに逃げ込める格好だ。ロロも同じくボーイッシュな女子で通せる恰好をしている。 だから男二人で手をつないで歩いても、モデル体型の女性と周りは勝手に勘違いしてくれるため、羨ましそうな視線は多かったが、奇異な目では見られなかった。 そして皆を待たせている喫茶店が見えてきた頃、L.L.はようやく顔を上げた。 「スザク、すぐにここを離れるぞ」 切迫したような声に、スザクは思わず目を眇めた。 「どうしたの?何かわかった?」 「ユーフェミアだ」 ここで聞くはずのない名前が挙がり、僕は思わず足を止めた。 「ユーフェミアって、え!?ユフィ!?」 「ああ、あのユーフェミアだ。何があったか知らないが、今日、ここに最低限の護衛でやってきたらしい。しかも中華連邦に一切連絡も入れずにだ」 だからマスコミが集まり、人だかりができていたのだという。 L.L.に急げと手を引かれる形となり、スザクは思わずたたらを踏んだ。 「なんで!?公務じゃないってことだよね!?」 「調べたが、今日は一日公休だ」 「休みになったから観光に来たの!?」 「本気で言ってるのかお前」 同盟国でもない、むしろ敵国に一切連絡も入れず、しかも専用機ではなく普通の旅客機に乗り、一国の皇女がやって来るなんてあり得ない話だ。 だが、その姿をエリア11の空港で見た者が、マスコミに連絡をしたらしい。そして乗り込んだ飛行機から、この場所に到着する事が知れ渡り、報道陣が待ち構えていたのだ。 先ほどのフラッシュは、同じくその情報を入手し、ここへ出迎えに来た中華連邦政府からの使者を撮影していたもの。ユーフェミアは既に飛行機を降り、出口へと向かっている姿がハッキングした防犯カメラの映像で確認できたが、いまだに出てこない所を見ると、外の騒ぎに気付き、出るに出られなくなったという所だろうか。 なんて軽率な行動だろう。 護衛は最低限。その上私服で碌に変装もしていない。わかるものが見ればひと目でユーフェミアと分かる格好だし、何より出国時に出すパスポートの類も全て本人のものだ。指紋等偽造したわけでもなく、ユーフェミア・リ・ブリタニアとして出国している。これで気づかれないと思うほうがどうかしているだろう。 だが再び防犯カメラの映像を開くと、そこに映しだされたユーフェミアは完全に顔色を無くし、護衛たちもパニックを起こしているようだった。それだけで御忍びで来たがばれたと言うのがありありと見てとれた。 「・・・じゃあ何」 「・・・何だろうな」 思わず低い声で呟きながら、二人は顔を見合わせた。 嫌な予感はしている。 生徒会メンバーからも、もし彼女が休暇で、スザクがどこにいるか知ったらと、冗談交じりに話しもしていたから。 だが、まさか。 スザクの勘は、見つかると拙い、関わらない方がいい、ここから離れたいというものだ。それが指し示している物は。 二人揃って眉根を寄せ、困惑した表情のまま急ぎ全員を連れその場を後にした。 |