まだ見ぬ明日へ 第75話 |
クラブハウスに戻ると、全員ホッと大きく息を吐いた。 一先ずお茶を飲みましょうと咲世子がいい、荷物を持ったまま全員ダイニングに集まり、疲れたと椅子に腰を下ろした。疲れきった顔のL.L.は、いつの間にか手にしていたリモコンを操作した。ピッという機械音と共にテレビがつけられ、中華連邦の空港での騒ぎが大々的に取り上げられているニュースを選ぶ。 どうにか気づかれず中華連邦を離れる事は出来たが、エリア11に着陸する直前にまたスザクが嫌な予感がすると言いだし、見ると報道陣や軍人が空港に押し寄せていた。当然だ。ユーフェミアが中華連邦にいて、今はあの騒ぎのせいであの国から出る事も出来ないのだ。ユーフェミアを救い出さなければとクロヴィスは燃え上がり、エリア13にいたコーネリアまで騒ぎだす始末。 おかげでエリア11の空港もカグヤとスザクにとって非常に危険な状況となっていた。仕方がないと、ロロとスザクのギアスを要所要所で使い、監視カメラの映像をL.L.が操作しながらどうにか空港内を移動し、車に乗り込んだが今度は検問。 そこもどうにかやり過ごし、ようやく帰ってこれたのだ。 「だが、今日にしてよかったな。俺たちが乗った後の便はほぼ欠航している。あす以降も飛ぶか解らないな、これは」 それでなくても敵対国と言っていい国に行ってしまったのだ。今ユーフェミアは安全のためという名目で中華連邦の朱禁城に軟禁状態となり、それが気に入らないというブリタニアと一触即発の雰囲気となっていた。 「だが、これで暫く時間は稼げるんじゃないか?副総督でありながら、ここまでやってしまったんだ、行政特区はその分遅れるとみていいんだろう?」 C.C.はそう言いながらマオを連れてダイニングにやってきた。 「戻っていたか」 「ああ、昨日のうちにな。お前たちが戻ってこれるかハラハラしたぞ?」 「俺もだ。マオ、顔色はだいぶ良くなったみたいだな」 「うん、もう大丈夫だよL.L.。心配掛けてごめんね」 「大丈夫ならそれでいい。あまり無理はするなよ?」 「わかってるよL.L.。それよりその子誰?一応見たほうがいいのかな?」 マオはそれまでL.L.に向けていた笑みを消し、明らかな殺気を込めてロロを見た。 ロロもまた、殺気を隠すことなくマオを見つめた。 「兄さん、こいつ誰?こんな危なそうな奴、なんで傍に置いてるの?」 L.L.を背に庇うように立ったロロに対し、マオはすっと目を細めた。 「兄さん?何言ってるんだよ。L.L.には妹はいても弟はいない。それにその目、人殺しの目だよね。L.L.から離れてくれないかな」 「そういうあなたこそ、人殺しの目をしていますね。それも狂人の目を」 瞬時に相手を敵として認識した二人に、L.L.とC.C.は困ったように眉尻を下げた。 どちらの言葉も正解だ。 同類の匂いを嗅ぎ取り、二人は互いにL.L.を守ろうとしている。 この緊迫した空気を破れるのは、守られる側のL.L.だけだった。 立ち上がったL.L.は、ロロの肩に手を置いた。 「マオ、この子はロロ。俺の弟だ。ギアスで心を見る必要はない」 「え?でも、L.L.には腹違いでも弟はいないじゃないか」 「この子は違うんだよ。訳があって、俺の弟になった子だ。血のつながりはない」 「でも、やっぱり見ておこうよ。安全かなんて解らないじゃないか」 マオはそう言いながらギアスの制御装置を手にしたが、L.L.は首を横に振った。 「大丈夫だよ、ロロは。それにマオ、この子の心は見ない方がいい。とても辛い思いをして生きてきた子だから」 そう言いながら、L.L.はロロの体を優しく抱きしめた。その瞬間、ロロの纏っていた殺気は霧散し、兄さんと甘えた声で呼びながらL.L.に抱きついた。 「血など関係ない。お前は俺の、俺だけの弟だ。それだけで十分だよ」 「兄さんっ!僕も兄さんの弟でいられるならそれだけで十分だから。だからっ!」 「ありがとう、ロロ。愛しているよ」 「っ!僕も!僕も愛してるよ兄さん!!」 L.L.の慈愛に満ちた笑顔に、どこか不安げだったロロは安堵と喜びで泣きそうなほど顔を歪め、その眦に涙をためた。きつく抱き合い愛していると告げる兄弟に、C.C.は冷めた視線を向けた後、ずずっと行儀悪くお茶をすすった。マオはポカンとした顔でその二人を見つめ、スザクは不愉快そうに眉を寄せ、カグヤは困惑した表情を浮かべている。まあ、L.L.のこの甘ったるさは、見慣れてたはずのC.C.でさえ、久々だとかなりくるものがあるから、慣れていない者から見れば、まあそういう反応だろうなと頷いた。 「・・・放っておけ。言っただろう?L.L.はブラコンでシスコンだ。この胸やけがするほどの甘ったるさはロロと妹限定の物だし、二人きりの世界に入った以上、当分戻らんぞ。そしてマオ、ロロの心は覗くな。L.L.の言うようにあの子は酷い世界で生きてきた。ギアスの欠陥から出来そこないと罵られて育ち、物心がついた頃には立派な暗殺者だ。人としての感情を持つことなく、愛情など知らず、ただ人を殺すだけの道具として生きていた。だからこそロロは初めて自分を人として見て、愛情を注いでくれたL.L.に心酔している。L.L.の敵は容赦なく、虫けらのごとくひねりつぶす男だよ」 「で、でもC.C.。ル・・・L.L.が、あの妹以外にこんな!?」 「こいつの数少ない溺愛対象の一人だ。だからロロに危害を加えるなよ?忘れたかマオ。L.L.は怖いぞ?あいつを怒らせる真似はするな」 「解ってるよ。L.L.の怖さはよく知ってるから」 ブルリと恐怖に震えたマオに、C.C.は思わず苦笑した。 さて、これだけ待ったのだから、もう十分だろう。これ以上二人の世界に浸られると、スザクの機嫌がどんどん悪くなるなと、C.C.は二人の世界を壊しにかかった。 「L.L.いい加減にしたらどうだ?マオが辛い思いをして手に入れた情報をいつになったら聞くつもりだお前」 その言葉に、L.L.はようやく戻ってきたらしく、ロロからその腕を離した。ロロもまた名残惜しげにL.L.から離れると、大人しく椅子に座った。 「すまなかった。C.C.話してくれ」 何事も無かったかのようにいうL.L.に、ああ本当にこれが日常なんだなと痛感しながらスザクはC.C.同様ズズッと行儀悪く音を立てお茶をすすった。 「まず確認だが、ロロを連れてきたという事は、中華連邦にあったんだな?」 「ああ。だがロロが壊滅させた。データはすべて処分し遺跡も一時封じた」 「幹部は?」 「全員僕が始末しました」 淡々と答えるロロに、C.C.は目を向けた。 「響主は?」 「僕が知る限り、コードも響主もいません。形だけの、名前だけの響団です」 自分は例外で、このギアスは誰にも気づかれていません。 「扉は?」 「開かれた形跡はなかった」 それは真っ先に調べたとL.L.は告げた。 「響団員の移動も車両によるもので、扉を経由してはいなかった。以前俺たちが使用したままだったよ」 「成程な。L.L.そちらはフェイクだ。本当の響団はブリタニアにある」 「・・・そうか」 中華連邦の嚮団は、C.C.とL.L.の目をくらませるためにだけ用意されたもの。 シナリオ通り設置だけはしたという、それだけの飾り。 「響主と呼ばれるのは年配の男で、ギアスの研究を長年続けてる。そして残念なお知らせだ。・・・見つけた」 表情を消し、C.C.はそう告げた。 「・・・いたか」 すっと目を細め、L.L.はそう尋ねると、C.C.は頷いた。 「ああ、響団に守られていたよ、あの状態で。だからこそジェレミアのキャンセラーのように、遺伝子移植による人工ギアスの研究をし、その結果ギアスユーザーが生まれていた」 淡々と紡がれたその言葉に、L.L.の瞳が暗く冷たい光を灯した。その凍えるような眼差しに、周りの者は知らず背筋を凍りつかせた。 「ならば、可能か」 「可能だな」 「だが、こちらにはジェレミアがいる」 「そうだな、マオとロロもいる。だから、まだ手は打てるさ。この二人は私達だけではなく、アレにとってもイレギュラーな存在だろう?」 二人だけが理解し、二人だけが納得するその会話に割って入れる者はいない。 感情を消した二人の瞳は怒りと悲しみに満ちていた。 |