まだ見ぬ明日へ 第76話


すやすやとベッドに身を沈めて眠るL.L.を見て、ああ、やっと日常が戻ってきた。と、スザクは濡れた髪を拭きながらその顔に穏やかな笑みを乗せた。
ロロはL.L.と共にいたいと駄々をこねたが、L.L.が説得し、C.C.、マオ、ジェレミアと共にロイドたちの元へ行った。
今家にいるのはスザク、カグヤ、咲世子、L.L.だけ。
ようやく邪魔者がいなくなりホッと肩の力を抜いた、といったところだろうか。
偽りとはいえ、慣れ親しんだ生活だ。
やっぱり家族と共にいる我が家が一番だと再確認する。
さわやかな朝日に気持ち良く目を覚まし、毎朝の鍛錬も今日は普段よりも楽に感じられ、思わずの倍以上の時間体を動かしてしまった。まあ、こういう休日の朝もいい物だよね、と少しだるい体をほぐしながら、スザクはソファーに座った。
テーブルの上には今朝眠る前にL.L.が用意してくれたおにぎりと、水筒に入ったお味噌汁が置かれていて、スザクはお椀にみそ汁を注ぎ入れ、おにぎりを口にした。中に入っていたのは咲世子手造りの梅干し。少し塩分のきつい梅干しは、汗をかいた後の疲れた体には有り難い。美味しいおにぎりを咀嚼しながら、L.L.の寝顔を見ていると、やはり無理をしていたのだろう。かなり疲れているように見えた。
あの後、軽く仮眠を取ったL.L.は、出来るだけユーフェミアに関する情報を集めたいと、先ほどまでパソコンに向かっていたのだから当然か。
ユーフェミアの予想外の行動の原因はいまだ解らなかったが、あの場で見つからなくてよかったと、心底安堵していた。
見つかったら最後、ゼロとしての行動を封じられるだけでは済まない。
あり得ない話ではあるが、万が一にもその理由がスザクだったとしたら、完全にアウトだ。大国の皇女がめったにない公休を使い、会うためだけにお忍びで他国に移動するような相手。下手な勘繰りをされるだけではなく、騎士の話までマスコミは探り当てるだろう。逃げ道は完全に塞がれ、たとえ枢木スザクとバレなかったとしても、間違いなく皇女の騎士にさせられ、自由に使える時間など無くなるため、ゼロとして日本を取り戻すことは不可能となる。
最悪、あの未来を辿る可能性も出てくるのだ。
その事に思わず身震いしながら、いや、流石にそれは無いよねと、一人乾いた笑いを上げた。おにぎりを全て食べ、お味噌汁を飲み干すと、それらをキッチンへ持って行き、手早く洗う。 今日は疲れているだろうと、咲世子も休みとなっていて、いつもなら朝食を準備しているこの時間にも姿は見えなかった。カグヤは「今日一日寝て過ごしますわ」と昨日のうちに宣言していたので、まだ夢の中だろう。念のためクラブハウス内の施錠を確認し、カグヤの部屋を覗いた後、スザクは部屋へと戻った。
やはり旅行中の疲労と、いつも以上に体を動かしたせいだろうか。まだ眠いし、起きていたら余計な事ばかり考えそうだ。
ふあー、と欠伸をした後、L.L.の眠るベッドに迷うこと無く潜り込んだ。
この前の時も文句は言われなかったから、一緒に寝ても大丈夫だろう。C.C.とだって同衾していたのだし。L.L.と背を合わせる形で横になったが、C.C.という名前を思い出したことで、知らず眉を寄せ、その体を反転させた。そう言えば彼女はL.L.をまるで抱き枕のように抱きしめて寝ていて、彼はその事に気づかず眠っていた。ならばと、スザクはそっと手を伸ばし、気付かれないようその痩身を抱き寄せると、その肩口に顔をうずめるようにして瞼を閉じた。




C.C.が悪い。
絶対に、あいつのせいだ。
L.L.は今、身動きが取れず、かといって自身を縛り付けている者を起こすのも忍びなく、文句を言うどころか声も出せずにいた。
のどの渇きを覚えて目を覚まし、水でも飲むかと体を起こそうとしたが、後ろからがっちりと誰かに抱きこまれていて、それがC.C.では無い事に最初は混乱したが、後ろにいるのがスザクで、以前C.C.がやってきて人を抱き枕にしているのを見ているから、また真似をしたのだとすぐに気がついた。だが、C.C.といい、スザクといい、人を抱きまくら代わりにするなんて失礼にもほどがある。
C.C.なら問答無用で起こし、文句の一つでも言ってすぐに離れるのだが、何せスザクには無理をさせているという負い目があった。だから、休めるときに休ませたいのだ。これは気付かれないよう抜け出すしかないな。と、思ったのだが。

「・・・くっ、寝ているのに何でこんなに力がっ・・・」

残念ながらL.L.の腕力はこの体を抱き込んでいる腕の力に完全に負けていた。
あり得ないだろう、相手は寝ているんだぞ!?
拘束を緩めようと藻掻くが、緩まる気配はなく、それだけで息が上がってきた。

「この、体力馬鹿が」

思わずつぶやいたその言葉に、後ろの人物が反応した。
起きたわけではない。
それは条件反射と言える返答だった。
背筋がざわりと粟立ったのと同時に、体は強張り、知らず涙がこぼれた。
参ったな。
これは・・・不意打ちすぎる。
揺れた感情を押し殺し、拘束は腕だけなのだから、外そうとするのではなくこの腕から抜ければいいと、体を下にずらすと、ピクリと腕が動いた。

「・・・起きたのか?すまないが腕を外してくれないか?」

動揺を悟らせないよう、冷静に後ろに声をかけるが反応はなく、反対に足まで絡めてきたことで、身動きが完全に取れなくなった。

「だから、俺は抱き枕じゃないと・・・!」

先程よりも強い力でギュウギュウに抱きしめられ、どう抜け出すべきか思考を巡らせた時、トントンとこの部屋をノックする音が響いた。

「スザク様、今よろしいでしょうか」

咲世子の声に、L.L.はこの姿を見られるのは恥ずかしいが、喉が渇いて痛くなってきていたし、疲れているスザクはいつ起きるかわからない。仕方がない手を貸してもらおうと、扉の向こうへ声をかけた。

「咲世子、丁度良かった。入ってくれ、少し手を貸してくれないか」
「かしこまりました。失礼いたします」

そう言うと、咲世子は持っていた鍵でロックを外し、部屋へと入ってきた。そしてベッドに眠るこちらを一瞥し、あらあらと口元を押さえた。

「御邪魔をしてしまい申し訳ありません。やはりお二人は・・・」

どこか悟ったような咲世子に、L.L.は眉を寄せた。

「・・・何を言いたいのか解らないが、手を貸してくれ。こいつが離れないんだ」
「よろしいのですか?」
「いいに決まっているだろう。俺は抱き枕じゃないんだからな」

だが、咲世子の手を借りても、スザクの拘束が緩む気配はなく、L.L.は眉を寄せた。

「この馬鹿力が・・・。仕方ない、その机に置いてある水を持ってきてもらえるか?」
「お水ですか?」

視線を机に向けると、ペットボトルの水がそこに置かれていた。

「ああ、のどが乾いて痛むんだ」

言われてみれば、L.L.の声は僅かに掠れていた。

「そうでしたか。でしたらスザク様、いい加減L.L.様を解放されたらどうですか?あまりしつこいと嫌われてしまいますよ?」
「・・・は?咲世子何を言って・・・」

後ろで寝ていたはずの人物がもぞリと動き、今まで拘束していたその手と足をあっさりと離した。思わず眉を寄せ振り返ると、苦笑しながらスザクはその身を起こしていた。

「・・・まて、起きてたのか」
「まさかこの状況で、君が人を招き入れるとは思わなかったよ」
「ほう、つまり咲世子を呼ぶ前から起きていたと」

そして咲世子はスザクが起きている事を知っていながら、スザクの茶番に付き合っていたという事だった。咲世子に渡されたペットボトルの水を勢いよく飲んだ後、一段低くなった声で睨みつけながら尋ねると、困ったように頭を掻きながらごめんと謝ってきた。

「お前、何を考えているんだ。大体、人を抱き枕にして何が楽しい」
「ごめんね。でもC.C.が君を抱き枕にする理由はよく解ったよ」

男の体だと言うのに抱き心地がよく、その体臭はどこか甘い。自分よりも低い体温と僅かに伝わる心音を聞いているうちに気が付いたら熟睡していた。
それに楽しいか楽しくないかの二択なら、間違いなく楽しいと答えるだろう。

「・・・そうか。ならばお前とC.C.にいい抱き枕を買ってやろう」

この俺が選びに選び抜いた最高の物をな。
明らかに不機嫌な声と表情で告げられ、スザクはキョトンとした顔で首を横に振った。

「え?邪魔だからいらないよ。君がいれば十分だ」
「だから!俺を抱き枕にするな!C.C.といいお前といい、何なんだ!」
「いいじゃないか減る訳じゃないんだし。それに、咲世子が前に行ってた言葉も再認識したよ」
「私の言葉、ですか?」
「L.L.の癒し効果。おかげでよく眠れた。欲を言うならもう少し寝てたかったんだけどね」

ふあー、と欠伸をしながら、スザクはベッドの端に腰を下ろした。
負い目のあるL.L.はそれを言われてしまえばこれ以上文句を言う事も出来ず、成程、人肌による癒し効果か。スザクは疲れていたからなと無理やり納得し、ベッドから降りると、机に向かいパソコンを起動した。

「で、僕に用があったんだよね?」
「そうでした。ミレイ様から連絡がありまして、お昼に生徒会室に来てほしいと」
「あれ?僕たちが帰国してるのどうして知ってるの?」
「昨日のうちに報告しておりますので」

成程。優秀なメイドはしっかりと仕事もこなしていたらしい。
その内容に納得して時計を見ると既に10時を回っていた。

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