まだ見ぬ明日へ 第77話 |
昼に生徒会室へ向かうと、そこにはカレンを除く生徒会メンバーが揃っていた。何かあったのだろうかと訝しみながらも、あいさつをした後いつもの席へ腰を下ろした。 「スザク君、昨日帰ってきて正解よ。今日も明日も飛行機駄目みたいね」 ピッピッピッとチャンネルを変え、ニュースを確認しながらミレイは言った。 「でも早かったよな?カグヤちゃんの目、見てもらえなかったとか?」 「大丈夫、予定より早く検査が終わったから昨日帰ってこれたんだ。それより、ユーフェミア様が中華連邦に行ったって本当なの?」 実際にはそれを知ったから即その場を離れたのだが、あくまでも知らないという体でスザクは話をすすめることにした。今欲しいのは情報。皆が持つ情報を少しでも引き出したいのだ。 「あら?ニュース見てないの?」 新聞もニュースもその話で持ちきりなのにと、ミレイは今朝の朝刊を渡してくれたので、ありがたくそれを受け取ったが、一面に乗っていたユーフェミアの写真に思わず顔を引き攣らせてしまった。 あからさまな反応に周りから苦笑が聞こえ、我に返った。 「あー、えーと、僕達、昨日あの騒ぎに巻き込まれて疲れちゃって、会長の電話を受けた咲世子に起こされるまで寝てました。だからニュースもまだろくに見てないんですよ。カグヤもジュリアスもまだ寝てます」 顔色のあまりよくないL.L.はベッドに戻したから嘘は言っていないし、カグヤは爆睡してた。ニュースもテレビを軽く流し見た程度だから詳しい事は何も知らなかった。 新聞をめくると1面どころではなく2面、3面もユーフェミアに関する記事で、正直読みたくないなと思いながらも、渋々1面から目を通すことにした。可愛さ余って憎さ百倍という言葉があるが、今彼女に向けている感情は正にそれだった。ユーフェミアを大切に思う気持ちはあるが、これだけ振り回されると写真すら見たくないと思ってしまう。 「だよね、あれに巻き込まれたら誰でも疲れちゃうよ。ニュースで見たけど、なんかすごかったもん。今朝会長からスザク君とカヤちゃんが戻ってきてるって聞いてホント安心したんだよ」 「で、お前が空港行ったときはどうだったんだ?やっぱり人だかり凄かったのか?」 こちらは全員無事だと解り、野次馬根性が出てきたリヴァルは楽しげに尋ねてきた。 「うん、凄い人だかりだったよ。あんなのに巻き込まれてカグヤが怪我をしたら困るから、さっさと飛行機に向かったけど、大正解だったね。騒ぎに巻き込まれて手続きできずに乗れなかった人もかなりいたみたいだし、僕が乗った後の便、殆ど欠航だし。一体どんな理由でユーフェミア様は中華連邦に来たんだろう」 「あー、うん。その話をしたくて呼んだのよ」 ミレイは眉根を寄せ、心底呆れたと言いたげなため息をついた。 「会長、なにか知ってるんですか!?」 「え?もしかして、あの騒動に俺たちが関係しちゃってたり!?」 どうやら全て知っているのはミレイだけらしく、リヴァルとシャーリーは驚いたようにミレイを見ていた。ミレイは肯定するように軽く頷くと、話し始めた。 「昨日、朝からユーフェミア様が学園に来られたのよ。でも大型連休だからクラブハウスには誰もいないでしょう?ユーフェミア様が来られたのに誰もいないとは何事だっ!・・・て、護衛の方々が騒いでね。生徒会のメンバー全員呼び出されたのよ」 「・・・連休中にユーフェミア様が来るなんて話ありましたっけ?」 「ないわよ。私はたまたま昨日は予定入れてなかったからすぐ来れたけど、部活をしてたシャーリーと、ここのパソコンを使ってたニーナはともかく、バイト中のリヴァルまで強制で呼び出されたわけ」 「・・・はあ?」 アポを取らず勝手に来ておいて、誰もいないのは皇女に対して無礼だと? おそらく護衛の純血派が独断で、皇女にいいところを見せたくてやったのだろう。 ・・・勝手すぎる。 ますます彼女とは当分会いたくないなと思いながらリヴァルを見ると、一番の被害者であろう彼は、大袈裟なほど大きなため息をついて肩を落とした。 「ユーフェミア皇女殿下の命令だから、マスターも仕方ないって言ってくれたけど、あれはないぜ?」 バイクで急いで学園に戻ったのだというリヴァルは、珍しくその顔に怒りを乗せて呟いた。せめて今日ならバイトも休みだったのにと項垂れている。 「で、スザク君はいくら探してもいないわけでしょ?しつこく追及されたから、旅行に行ったって話しはしたわけ。目の悪いカヤちゃんを腕のいい医者に見せるために連休を利用して海外に行ったってね。そしたら、どこに行ったのですか?スザクの妹の治療でしたらブリタニアの最新医療技術と最も腕のいい医者を探して行います!みたいな話しになったのよ。まあ、私たちは聞いてませんで通したんだけどね」 とても有難いお言葉ではあるんだけどね。 心底うんざりしたと言いたげに、三人はほぼ同時にため息をついた。 その場の様子が容易に想像でき、スザクもまた嘆息した。 「でも、どこに行くか誰にも話してないのに、どうして中華連邦だとわかったのかな」 「・・・それなんだけどね。そのことで、皆に集まってもらったの」 ミレイはちらりとニーナに視線を向けた。 そう言えば先ほどからニーナはこの話には加わらず、顔を俯かせているだけだった。 「ニーナ、君、何かしたの?」 スザクは思わず問い詰めるような口調で尋ねると、ニーナはびくりと体を震わせた。 「わ、私は悪くないわ!だって、ユーフェミア様が知りたいって・・・だから私・・・スザク君が悪いのよ!どこに行くか教えてくれれば!」 「・・・何をしたか聞いているんだけど?」 思わず目を眇めて、低い声で再度尋ねると、ニーナはびくりと怯えた視線を向けた後、身体を小さくし、俯いて口を閉ざしてしまった。・・・なんだろう、これではまるで弱い者いじめをしているみたいだと、スザクは思わず眉を寄せた。ニーナは固く口を閉ざしてしまったため、ミレイはため息をつき、あのね。と口にした。 「どうやらユーフェミア様に、スザクくんがどこに行ったか調べられないか聞かれて、ニーナったらハッキングをしてあなた達がどの便に乗ったか調べたみたいなのよ。そしてそれを教えたわけ」 完璧に作られた偽造パスポートではあるが、その名前はあくまでもスザク・K・ランペルージと、カグヤ・S・ランペルージだ。だから、搭乗者を調べれば見つけられる。 偽名のパスポートも用意してあるらしいが、今回はあくまでも学生の旅行。 L.L.が手を加え続けていたのは、あくまでも二人は日系のブリタニア人であって、間違っても日本人、それも枢木、皇の人間ではありえない、というものにすぎない。容姿から、年齢から、指紋から、血液型から、あらゆる要素からも二人を枢木、皇と繋げられないようにしただけなのだ。 「え!?何してんだよ!じゃあユーフェミア様が中華連邦に行った原因ニーナじゃん!」 あくまでもスザクに会いに行ったという前提で、リヴァルは声を上げた。 「わ、私じゃないわ!スザク君が中華連邦に行くのが悪いのよ!」 ニーナの予想外の返しに、リヴァルは「はぁ!?」と呆れたような声を上げた。 そして、流石にこんな意味の分からない返しを聞かされて、長年守り続けていた宝を危険に晒された守人がおとなしくしているはずもない。 別人かと思うほど怒りで顔を歪ませたスザクは、ギロリとニーナを睨みつけた。 「何言ってるんだ!万が一を考えて、どこに行くか誰にも言わなかったんだ!護衛の方だって、解らないなら仕方ないと済ませたはずだ!なのになんでハッキングまでして教えてるんだよ!!」 「だってユーフェミア様が知りたいって!」 「僕が教えてないんだから、会長たちみたいに聞いていません、知りません、でいいじゃないか!犯罪までして教える必要なんてないだろ!?君がそんなことしなければ、ユーフェミア様が中華連邦から戻れないなんて事態にもならなかったんじゃないのか!?相手は皇女殿下だよ!?こちらである程度配慮して、危険から遠ざけないでどうするんだ!!」 「わ、私が悪いっていうの!?」 「悪いだろう!!それなのに僕が悪いとか、ユーフェミア様が悪いとか、自分の罪を人に責任なすりつけるな!!君が何もしなければ、こんな大事にならなかったんじゃないか!?」 思わず声を荒げて怒鳴りつけると、ニーナは今にも泣きそうなほど怯え、ミレイの背に隠れた。違う、私じゃないと首を振りながら否定している。あまりにも軽率な行動に、思わず舌打ちをしてしまう。それにさえ彼女はびくりと体を震わせた。 これ以上言っても、怯えさせるだけで意味はないかと、スザクは苛立ちを抑え、一度深呼吸をしたのだが。 「それに、万が一皇女殿下が誰かに会うために中華連邦に渡った事が知られ、どうやってその情報を知ったかを漏らしてしまった場合、あの皇女殿下ならあっさりと貴女から聞いたと言うでしょうね」 突然聞こえた声に慌てて入口を見ると、いつの間にかロロがそこに立っていた。 生徒会室の扉が開いた事に全く気がつかなかった。 それだけ興奮していたのか、あるいはギアスか。 冷たい視線でニーナを見つめながら、淡々とした声音でロロは彼女を攻め立てる。 それはまるで排除しなければならない敵を見るような目つきだった。 「ハッキングで手に入れた情報だと、ユーフェミア皇女殿下に言いましたか?言ってませんよね?だから、きっと殿下は誰にでもすぐ調べられる物だと勘違いしているはずです。だからどうやって知ったのかと聞かれたら迷わず答えるでしょう。貴女から聞いたと。そして、どうやってその情報を手に入れたか貴女は聞かれ、答えるんですね?ユーフェミア様に尋ねられたからハッキングをしたと。その時点でユーフェミア皇女殿下の名は地に落ちる。慈愛の姫と呼ばれているが、裏では学生に犯罪をさせているのだと。やはり何も知らないお飾りの皇女だと。それでなくても殿下の評判は悪くなっているのに、追い打ちをかける事になりますね」 自分を攻めたてる容赦のない言葉に、ニーナは唇をわなわなとふるわせ、先ほどよりも青白い顔でロロから逃げるようにミレイの背に身を隠した。 「ロロ、言い過ぎだ」 これ以上はまずいとスザクは慌てて立ち上がり、ロロの元へ近づいた。 だが、ロロは一瞬だけ視線をスザクに向けただけで、隠れているニーナを軽蔑したように見つめ、再び口を開いた。 「そうですか?でも彼女の場合、このぐらい言わないと解らないんじゃないですか?そうじゃなきゃ、ハッキングして手に入れた情報なんて普通渡さないでしょう?自分の行動の結果、周りがどうなるか全く考えていないんだ。ああ、もしかしてあの河口湖の事件で、不用意にテロリストを煽った馬鹿な学生がいるってネットで見ましたが、あれ貴女ですね?ブリタニア人を恨み、殺そうとしている相手をイレブンと呼ぶなんて、挑発以外あり得ませんからね。ユーフェミア皇女殿下を危険にさらした人物でありながら、殿下の希望で名前は公表されていませんでしたが、なるほど、貴女なら納得です。自分本位で、他人の気持ちなど全く考えない。軽率過ぎる発言がどれほど周りに迷惑をかけ、相手を挑発し、怒らせているかは一切考えず、言いたい事はすぐに口にする。原因をしっかりと作っておきながら、その結果を見て怖くなり、自分は悪くないと断言し、他人に全ての罪をなすりつけ、誰かの背に隠れ怯えていればいい。それだけで優しい人が守ってくれる。だから、自分の行動を反省なんてしない。最低な人間だよね」 「ロロ!もういいから」 「どうしてですか?僕は間違った事を言いましたか?」 平然とそう言いながら小首をかしげるロロと、青ざめ、震えるニーナに頭が痛くなってくる。確かに自分も怒りにまかせ彼女に怒鳴りつけたが、ここまで追い詰めるつもりはなかった。 「もう少し言い方があるだろう」 「だから、彼女は遠まわしに言っても解らないと言いましたよね?今だって、ユーフェミア皇女殿下に気に入られたい欲から犯罪を犯したくせに、それをスザクさんとユーフェミア皇女殿下のせいにしている。自分の罪だと認めてないでしょう?こうやって怯えれば許してもらえると思っているから、怯えて見せてるだけなんですよ。この学校のパソコンを使ったのなら、学校側の管理責任も問われかねないんですよ?」 「ロロの言い分もわかるけど、彼女は昔犯罪に巻き込まれたせいで、人間が怖いんだよ。これ以上はもういいだろう」 「そうなんですか?でもその犯罪も、彼女が無神経に相手を煽って怒らせた事が原因かもしれませんよ?それで被害者面ですか。いい性格してますね」 あくまでも攻める手を緩めないロロに、スザクは眉尻を下げた。気持ちは解るし、言ってくれるのはうれしい。だが、これ以上怯えさせれば、彼女のようなタイプは何をしでかすか解らない。 追い詰めた結果、更に酷い状況になったらそれこそ困るのだ。 だから、スザクはロロを止めるのではなく、話題をかえることにした。 「それよりも、ロロ。君、何の用事でここに来たの?」 その問いに、ロロの表情が一変し、穏やかな笑みを浮かべた。 「兄さんに薬を届けに来たんです。居住区に鍵がかかってたので、ここに来たらいるかなと思って」 「薬?」 「ええ、カグヤを見た中華連邦の先生、僕の知り合いなんですよ。だからカグヤ用に調合した目薬を昨日出るときに預かって来てたんだけど、あの騒ぎで忘れてて。あ、スザクさんでもいいのか」 「カグヤの目薬?」 はい、と渡された袋には、確かに薬が入ってた。全て同じ容器で10個。中は液体で満たされていた。 「まずはこれで眼球の状態を改善するそうです。来週先生は日本に来るそうなので、その時もう一度診察すると言ってました。これで改善の兆しがみられるなら暫く点眼を続けて、その後視力を戻すための治療を始めるそうです。変化がなければ別の手を使うと言ってましたが、詳しくは来週聞いてください」 先生とはロイドの事だろう。成程、そう言う設定でカグヤの薬を届けることにしたのかとスザクは納得した。 「解った。これはどう使えばいいのかな?」 「1日最低3回使用すること。1日1本使い切る勢いで使ってもいいそうです。ただ、最初は痛みがあるはずだから、無理はしないよう、様子を見ながらと言ってました。まあその辺はスザクさんがやるんじゃなく、兄さんに任せればいいんじゃないかな?」 言外にスザクでは無理だから、L.L.に任せろと言ってくるので、そこは素直に頷いた。 「そうするよ。で、君はどうする?ジュリアスに会っていく?まだ寝ているけど起こそうか?」 「寝てるんですか?邪魔でなければ起きるまで待っていてもいいですか?兄さん昨日、かなり疲れていたから、無理はさせたくないんです」 「うん、じゃあリビングで待っててもらえるかな?これ居住区の鍵。間違ってもカグヤの部屋にはいかないでね?」 ロロはL.L.以外視界に入っていないようなので心配するだけ無駄と解っているが、年頃の妹を持つ兄として、念のため釘をさしておく。 「行きませんよ。では、失礼します」 ぺこりと頭を下げてロロはこの場を後にした。 |