まだ見ぬ明日へ 第78話


白で統一された豪華な部屋で、金髪の青年は一見して高価だと解る、洗練された美しさを持つティーカップを傾け、向かいのソファーに身を縮ませて座っている異母妹の反応を伺った。昨日、彼女は公休だった事は知っていたが、何を思ったのか最低限の護衛だけを連れ、民間の旅客機に搭乗し、緊迫関係にある中華連邦へ降り立った。そのため、一時は一触即発の雰囲気となり、この機に中華連邦に攻め入ろうとする血気盛んな軍人たちが何人も謁見に訪れていた。
今攻め込むのはあまりにも愚かだと言う事を理解できない者たちの相手をし、皇帝に許可を願い出て、帝国宰相補佐、第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニア自らが異母妹を迎えに中華連邦まで赴いたのだ。
そして中華連邦の大宦官たちとの交渉の結果無事この愚かな異母妹を取り戻し、この戦艦アヴァロンでエリア11へ向かっていたのだが、異母妹のユーフェミアは、中華連邦へ向かった理由をいまだ口にしていなかった。
自分の軽率な行動で騒ぎを起こした事を反省はしているが、その原因を秘匿し続ける姿に呆れて思わずため息が漏れた。

「ユフィ、いつまでそうしているつもりかな?何の説明もせずに、この騒ぎを終息できると思っているのかい?」
「ですから、お兄様。私は昨日はお休みだったので、一般の方と同じように中華連邦へ観光に行きたいと思い、護衛を連れて飛行機に乗ったのです」

ユーフェミアは俯き、胸元でギュッと握りしめている自身の両手に視線を注いでいた。
本当だと、そう言い切るのであれば、目をそらさず、もっと堂々と胸を張り口にすべきだ。この程度の言い訳でこちらが折れると思っているのだから、考えの甘さに苦笑するしかない。

「本当の事を話しなさい。私に嘘が通じると思っているのかな、ユフィ。私を謀るのであれば、もっと納得できる理由を用意しなさい」
「い、いえ、嘘など。お兄様を謀るなど、そんな」

明らかに動揺しながらいう言葉に、説得力など皆無だった。

「仕方のない子だね。では、私が説明をしようか」

ユーフェミアは驚いたように俯いていた顔を上げ、シュナイゼルを見た。

「昨日の早朝、君はアッシュフォード学園に出かけ、そこの生徒を呼び出したそうだね」

ゆっくりと紡がれた言葉に、ユーフェミアは明らかに動揺し体をびくりと震わせた。どうして知っているのだと言いたげに瞳を揺らしている。

「昨日は休日のため、学園は休みで誰もいなかったが、君は生徒会の者を招集したね。でもそこに、君の会いたかった人物だけは姿を見せなかった。なぜならその人物は長期休暇を利用し、海外へ行っていたからだね」
「お、お兄様、それは」

どうして知っているのだと言う目でこちらを見てくるのだから呆れてしまう。護衛についた者たちが、これだけの騒ぎになったその理由を話さずにいるとでも思ったのだろうか。愚かな娘だと、思わず目を眇めた。

「生徒の一人から、その人物が中華連邦に行っていると聞いた君は、護衛に命じ、空港へ向かい、中華連邦へ向かう便に飛び乗った。皇女という身分を使い、その飛行機を予約をしていた者たちの席を奪う形でね」
「奪うなんてそんな。空席がある一番早い便でとお願いしました」
「ブリタニアの皇女が一番早い便でと望んだのだから、空席が無くても作るのは当然じゃないのかな?」

事実、彼女と彼女の護衛分の席は、空席ではなく無理やり作り出した物だった。それも皇女に何かあったら大変だと、ファーストクラスを全席だ。エコノミーではなく最上級の席が用意され、自分たち以外人がいない事に、疑問すら感じなかったのだ。

「いえ、あの時は皇女としてではなく」
「君がどう考えていようと、君自身が皇女である事は覆らない。何を言われても、周りは君を皇女としてしか扱わない事を忘れてはいけないよ」
「ですが、学園では皆、唯のユフィとして接してくれています」
「唯のユフィとして接しているという演技だよ。その事にいい加減気付いてあげなさい」
「そんな事ありません!」
「それだけ皆がユフィに気を使っているという事だよ」

物解りの悪い子に言い聞かせるように、シュナイゼルはユーフェミアに話しかけるが、そんな事はありませんと、頑なに認めようとしなかった。

「中華連邦へ行っていたのは、以前ユフィが騎士にしたいと言っていたスザク・K・ランペルージだとは解っているんだよ。君は一体何のために彼を追って行ったのか答えてもらえるかな?」
「そ、それは」

頬を染め、俯き加減で言い淀む姿は確かに愛らしいとは思うが、愛らしいお飾りの範囲を既に超えている以上、追及の手を緩めるつもりはなかった。

「彼は、戦時中に怪我をし、視力を失った妹の治療のため中華連邦へ行ったそうだね。ユフィ、君は彼を追いかけてどうするつもりだったんだい?」

そのシュナイゼルの問いに、ユフィは困ったように眉を寄せ、視線をさまよわせた後、何かを思いついたのだろう、その顔に笑みを乗せた。

「お見舞いです。きっと慣れない土地で不安だと思ったので、お見舞いに行こうと思ったんです」

この言葉で、観光にという説明が嘘だったのだと自ら証明した事に気づいているのだろうか。

「どの病院にいるかも、何日に行くかも知らずにお見舞いにいくのかい?入院するのか、検査で通院するかも調べたうえで言っているのかな?」
「え、あ、それは、病院に連絡を入れて確認をすれば大丈夫です」
「どの病院にいるかも知らないはずだと私は言ったね?どうやって調べるつもりだったんだい?」
「それは、電話をして」

成程、立派な犯罪。
ストーカー行為だ。
ブリタニアであれば皇女の名前で医者もすぐ情報を流すだろうが、中華連邦でも同じように患者の情報を医者が漏らすと思っているのだろうか。

「中華連邦の大きな病院すべてに連絡し、ランペルージという者が予約をしていないか調べるつもりだったと?そこまでしたら彼に迷惑がかかる事は解らないのかな?」
「迷惑なんて、スザクはそんな事考えません」

きっぱりと断言しするその姿はあまりにも滑稽だった。
彼がユーフェミアに付きまとわれ困っている事も、それでも皇族に対する礼儀を忘れず、常に一歩引きながらもユフィの望むように対応しているという事も護衛から聞いている。あまりにも完璧に対応してしまったため、こうした勘違いが起きてしまったのだろう。学生でありながら、出来た人物だとシュナイゼルの中でスザクに対しての評価は上がっていた。

「皇女相手にそんな素振りをする人物ではない事を聞いてはいるよ。でも、内心では迷惑しているとは考えないのかな」
「お兄様はスザクを知らないからそんな事を言えるのです!」

知らないのは自分の方だとは考えていない発言に苦笑するしかない。
彼女の自信は一体どこからくるものだろう。

「第一、彼は騎士にはならないと、そう耳にしているよ」
「一度断られたからといって諦めなければいけないのですか」

強い意志を乗せてこちらを見つめてくる異母妹に、断られたのは一度どころでは無いことを知っているとは、あえて口にはしなかった。
相手が了承するまで粘ると言っている事に、この異母妹は気づいているのだろうか。

「彼は戦争で両親を亡くし、目の不自由な妹と共に遠縁にあたるアッシュフォードに身を寄せている事は知っているね。彼がユフィの騎士になると言う事は、たった一人の身内である妹と離れて生きろと、そう命じている事には気づいているのかな」
「そんな事ありません。私の騎士となっても、兄妹共に過ごせるはずです。確かに学生ではいられなくなりますが、いずれスザクも卒業し働くことになるのですから、それが早まるだけです」
「確かに彼もいずれ就職し働きに出るだろう。だが、妹と共に生きる事のできる仕事を選ぶはずだ。主に絶対服従し、生活のすべてを、その命すら主に捧げる騎士では無く、普通の仕事をね」
「それは・・・妹の問題があると言うのであれば、ちゃんと医者も、メイドもこちらで手配しますから、離れていても何も問題はないはずです。いくら兄弟でも、ずっと一緒というわけにはいかないでしょう?」

この異母妹との話し合いはいつもこうだ。
このまま話をしていても、決定的な物を突き付けない限り彼女は自分の行動を顧みることなく、物事を推し進めるだろう。エリア11の総督がコーネリアであれば、ユーフェミアの行動を抑えることも可能だろうが、残念ながら総督はクロヴィスだ。異母弟は、ユーフェミアに好き勝手させているに違いない。行政特区だけでも問題だというのに、これ以上大きな罪を犯す前に手を打たなければと、シュナイゼルはすでに冷めた紅茶を飲み干した。

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