まだ見ぬ明日へ 第81話


黒と白の駒が、盤上で踊る様に動き回る。
殆ど思考する暇も無く次々に打たれるその盤面に、周りにいる物は息をする事も忘れるほど見入っていた。駒が盤上に置かれる僅かな音だけが響き渡る。静かな攻防が続き、やがて細く美しい指が黒のキングを手に取り歩を進めると、初めてシュナイゼルはその手を止めた。

「ここでキングとはね」

キングを守るため、いや逃げるための移動ではなく、攻めるための一手。
普通ではありえないその手にシュナイゼルは苦笑すると、L.L.は悠然とした笑みを浮かべ答えた。

「王が動かねば部下はついて来ませんから」
「成程、だが、こうしたらどうかな?」

挑発するような笑みを向けながら、シュナイゼルは黒のキングの斜め前に、白のキングを移動した。
次の手で、黒のキングが白のキングを打倒せるその場所に。
その理由が解らず、スザクはL.L.を見た。
白のキングは弱いから負ける訳ではない、可哀そうな黒を憐れんで、勝たせてあげるのだ。そんな挑発ともとれる一手。
L.L.もまたここで初めて手を止め、その美しい柳眉を寄せた。

「お兄様!わざと負けるおつもりですか!?」

咎めるような口調で叫んだユーフェミアに、シュナイゼルは冷たい視線を送った。

「黙っていなさいユーフェミア。見て解らないのかな?どの道この勝負、既に私に勝ちはない」

視線をL.L.へ向け、悠然とした笑みで告げるその言葉に、周りのもには息をのんだ。
一人L.L.のみが、気付いていたかと言いたげに目を細める。

「このままでは4手後にチェックをかけられる。これほどのうち手、今までお目にかかった事はないよ」

だからこそのキング。
勝敗を決めないためには、引き分けに持ち込むしか無い。
一度黒のキングを引かせ、こちらの白のナイトを移動すれば一時的に形成は逆転するが、数手後今の局面に戻されるだろう。これを打開するには互いのキングを動かさないことだが、同じ局面が訪れれば、また二人はキングを動かすだろう。3回同じ局面がが現れればスリーフォールドレピティションで引き分けとなる。

「お褒め頂き光栄です。では有難くこの勝負、勝たせていただきます。チェックメイト」

L.L.はその顔に笑みを乗せ、黒のキングで白のキングをコトリと倒した。
迷いのないその動きに、シュナイゼルは僅かに眉を寄せた。

「引いてはくれなかいか」

目を細め、君なら引くと思ったと言うシュナイゼルに、L.L.は薄く笑みを浮かべた。

「賭けの賞品はスザクですから、この程度の挑発に乗る訳には行きません」
「彼を守るためなら手段は選ばないか。君という人物が少しわかった気がするよ」

約束は必ず守ろう。その言葉を残し、なおも諦めきれずもう一度勝負をと口にするユーフェミアを連れ、シュナイゼルは学園を後にした。




「疲れた・・・」

心底疲れたという表情で、スザクはテーブルに突っ伏した。
その後ルーベンとの話し合いをし、クラブハウスに戻ってこれた時にはすでに深夜を回っていた。

「お疲れ様です、枢木のお兄様」

そんなスザクの背を、カグヤが労う様に優しくさすっていた。
いつもであれば既にカグヤの眠っている時間だが、昼過ぎまで寝ていたうえに、突然のシュナイゼルの来訪だ。通信機越しにやり取りを聞いていたカグヤは、スザクが戻るまで休めないと、こうして待っていたのだ。
シュナイゼルたちが学園を去ってすぐ、念のためカグヤ達を迎えに来ていたジェレミアがロロを連れて帰っていたらしく、既にその姿は見えなかった。L.L.がロロを返したという事は、少なくても今はもう安全だと言う事なのだろう。

「行政特区だけでも頭痛いのに、これ以上は勘弁してほしいよ」
「ホントですわね。これではストレス発散の旅行も意味がありませんわ」

優しく宥めるようにいうカグヤに、ホントだよ。と不貞腐れながら呟くと、おかしそうに彼女は笑った。L.L.が来てくれなければ、この時間さえ手放さなければならなかったのかもしれない。あり得ない事だと、スザクは嘆息した。
自分は日本男児だ。
守るべきは天皇。
敵はブリタニア皇帝なのだ。
7年間守り続けていた宝を危険にさらし、敵のトップに近い者たち、しかも皇族と顔を合わせるなど、あってはならない事だ。
何より自分はテロリスト、ゼロなのだから。
そこまで考えて、スザクはハッとなった。

「枢木のお兄様?」

スザクの変化に気がついたカグヤが不安げに声をかけた。

「どうしたんだスザク?何か心配ごとでもあるのか?」

また嫌な予感か?と、向かいで情報収集をしていたL.L.は目を眇めた。

「L.L.~」

スザクは顔を上げることなく、情けない声でそう呼び掛けた。

「・・・だから、どうした」
「僕がゼロだって事、彼女が知ってるの忘れてた」

一体ユーフェミアが絡んでいる爆弾はいくつあるのだろう。
顔を上げることなく呟かれたその言葉に、L.L.は深く息を吐いた。

「どういうことですかスザク!!」

いつもはお兄様、あるいは枢木のお兄様とスザクを呼んでいたカグヤは、声を荒げた。カグヤにスザクと呼ばれたのはそれこそ7年ぶりだ。
思わずビクリと体を震わせた後、スザクは顔を上げ、慌てて説明をした。

「河口湖でゼロとしてユフィを助けた時、僕、その場にいる兵士を叩きのめしたんだ。ユフィが誘拐されたあのときも、素手で兵士を倒したんだよね。その動きでもしかしてって思ったらしくて、神根島で会った時に断言されて・・・」

告白された内容に、L.L.は素早くパソコンを閉じ立ち上がった。いつになく慌てた様子のL.L.に、カグヤはスザクに問い詰める事も忘れてL.L.へ意識を向け、スザクもまたL.L.を見つめた。

「L.L.?」
「その件は今すぐ対応する。俺が動くからお前は何もするな」
「すぐって、今から?」
「ユーフェミアをあれだけ追い詰めたんだ。今の彼女の思考と行動から、お前がゼロだとシュナイゼルに告発し、お前を捕縛した後、カグヤを盾にお前を手に入れる可能性は高い。大丈夫だ、今から俺が動けば間に合う」
「待って、何をするか知らないけど僕も行くよ」
「お前は動くなといっただろう。ユーフェミアとシュナイゼルがどう動くか解らない以上、今お前に動かれては困る。C.C.に連絡をし、こちらで対処する」
「でも」

携帯を操作しているL.L.は、スザクに近寄ると、落ち着かせるようにその頭を撫でた。

「安心しろ、打つ手はある。・・・C.C.手を貸せ。・・・ああ、そうだ」

話しをしながらL.L.はパソコンを手にリビングを後にした。




「成程、今度はスザクがゼロだから逮捕しなければいけないと?」

夜中だと言うのに、緊急連絡を入れてきたユーフェミアに、アヴァロンに用意された私室の寝台の上で体を起こしながらシュナイゼルは尋ねた。
今のままでは二度と会えないと考えた結果、彼を犯罪者として捉える事を思いついたのだろう。ゼロほどの犯罪者であれば、彼の妹もまた捉えられる。その妹を人質とし、自分の元へ彼を置くつもりなのか。 思いついたら即行動するユーフェミアは、こちらの都合など考えもせず、再びこうして行動を起こしたわけか。
時計を見ると夜中の3時。相手に連絡を取るには非常識と言える時間だった。
相変わらず短絡的な行動に、思わずため息がこぼれ落ちる。
彼女をエリア11政庁に置き、すぐにアヴァロンでブリタニアに戻る選択をしたのは正解だった。でなければ今頃部屋に乗り込んできていただろう。

『ゼロはテロリストです。ですから』
「ユフィ。では聞くが、どうしてスザクがゼロだと?」
『私はあの仮面の下の顔を見たのです』
「証拠はあるのかな?」
『え?』

今の発言だけで、皆信じてくれると思ったのだろう。
聞かれた意味が解らないと言いたげにユーフェミアは声を上げた。

「証拠だよ、ユフィ。写真か何かあるのかな?その時の会話を録音した物でもかまわない。それを私に提出してくれれば、こちらで裏を取ろう」
『いえ、何もありません。ですが、間違いなくゼロなのです』
「彼を捉えた後もゼロが表に出て来るかもしれないね。そうなると彼は誤認逮捕、冤罪という事になる。その時はどう責任を取るつもりかな?」
『そんなことありえません。スザクがゼロなのですから』

仮面をかぶり、その姿を隠しているのだから、ゼロが一人とは限らない。影武者がいる可能性もある。何よりスザクの学園での成績も見たが、あれだけの作戦を発案し、行動できるとは思えない。一緒に学んでいたならそれがわかるはずだが、ユーフェミアはそんな事も考えず、スザクを捉えたらゼロはもう現れないと言い切った。その事にシュナイゼルは思わず額に指をあてた。もう少し考えてから発言は出来ないのだろうか。この妹が相手だと頭が痛む。

「もしそうだとして、ユフィ。君は一体スザクとゼロに何度その命を助けられたか考えた事はあるかい?君だけではない、多くのブリタニア人とイレブンがゼロにどれだけ救われたか、考えたことはあるかな?」
『・・・・』

予想外のシュナイゼルの言葉に、ユーフェミアは言葉を詰まらせた。

「君はスザクに命を助けられ、彼に大きな借りがある。ゼロにも救われたはずだね?それなのに君は彼に対し、何をしているのか考えた事はあるかな?恩を仇で返すという言葉が日本にある。今まさに君がしている事だよユフィ」
『で、ですが』
「君は負けたのだよ、彼に。私もそうだ。そしてもう彼らに関わらないと約束したはずだ。皇族が二人揃って成した約束を君は軽く見過ぎていないかな」
『いえ、そんな事は』
「これ以上スザクに関わると言うのであれば、ユフィ、君に専任騎士だけではなく夫となるべき者も探したほうがよさそうだね」
『お、お兄様、私は!』

シュナイゼルの言葉に、ユーフェミアの声が震えた。

「君がスザクに望んでいたのは、唯の騎士ではなく恋人、つまり将来の伴侶として共にあることだと私は見ていたが、違うのかな?」
『そ、それは・・・』

おそらくはユーフェミアの初恋だったのだろう。初めで出会ったときに救われ、二度目は奇跡ともいえる再会をし、その時にも救われた。箱入りの姫君には吊り橋効果は絶大の効果を与えたようだ。

「いいかいユフィ。今の話は、誰にもしないように。万が一誰かにこの事を話すようなら、私も本気で君の将来を考える事にしよう」
『ですが、スザクがゼロというのは本当なのです』
「たとえそうだとしても、皇族が行った契約だ。あの場でその事を口にしなかった以上、彼らに関わる事を口にしてはいけない。ゼロの正体がスザクだと言うのも、あの契約がある以上口にすることは許されないことだ」
『ですがゼロは犯罪者、テロリストです!』
「ならば、犯罪者を専任騎士としてブリタニアの内部に入れることは出来ない事は、解っているね?特に皇族であるユフィ、君の恋の相手などありえないことだ」
『そ、それは・・・必ず改心させて、更生させてみせます!』
「改心、更生というが、君はゼロの何を悪と考えているのかな?」
『え?・・・そ、それは、ゼロはテロリストですから』
「弱者の味方で自らを正義と名乗り、多くのイレブンとブリタニア人を救った。確かに我々ブリタニア人から見ればエリア11を日本に戻そうとする彼はテロリストだが、ブリタニア以外の国から見れば、彼は母国を取り戻そうとしているレジスタンスだ。わかるかいユフィ、彼の立ち位置は見る者によって善と悪が入れ替わる。君が言うように改心させるということは、彼の立場で言うならば母国を裏切り、敵に寝返えって膝を付けということだ。それを君は、善だというのだね?」
『そ、それは・・・』
「よく考えなさいユフィ。どちらにせよ、スザクがゼロであれ彼に関わる発言をする権利はもう君にはない。いいね、彼らにはもう関わってはいけないよ」

シュナイゼルはユーフェミアが返事を返せない事を確認してから電話を切った。

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